閑話

閑話(上) 金髪ギャルはハグするのが夢だった。

 波乱のDOD大祭を終え、時刻は午後八時すぎ。

 肌黒金髪ギャル――紺野ミオと、黒縁眼鏡のオタク――灰村カイトは、ミオの家の縁側えんがわで、仲良く隣り合って座っていた。

 鈴虫とカエルの音色が、ふたりの沈黙の合間に滑り込む。

 今大祭の功労者、黒田ミツカゲの姿はない。一時間ほど前、ミオがお礼を言う間もなく早々に帰り支度を始めて、帰宅の途についてしまっていたのだ。

 まるで、お見合いの場で『あとは若い者同士で……』と席を外す親御たちのように。


(変な気つかわなくたっていいのによ……)

 

 胸中でボヤきつつ、ミオはチラリ、と隣のカイトを見やった。


「あ」


「あ」

 

 カイトもちょうど、こちらを見ていたのか。

 バッチリ視線が合ってしまい、互いに慌ててサッ、と顔をそらす。


(き、気まずい……!)

 

 険悪だとか嫌っているだとかではなく、単純に気恥ずかしい。

 いまはもう、お互いに両思いであると発覚しているから、なおさらに。

 想いを伝えること自体がどこかゴールのような気がしていて、ミオはこうした『未来さき』の展開を考えていなかった。


(す、好きって伝えたあとは、どうすりゃいいんだ……?)

 

 ミオは『りぽん』などの少女漫画を腐るほど読んできたが、付き合ってからの物語を描いているものは見たことがなかった。

 これ以上の沈黙はマズい、とひとり焦燥感に駆られていると、カイトが意を決したようにして。


「お、俺たちは!」

 

 と、暗い庭の茂みを見つめながら口を開いた。


「好き同士であると、判明したのだよな?」


「お、おう……一応な」


「な、ならば……その、これからは恋人同士になる、という認識でよろしいか?」

 

 いつもよりも二倍増しで、カイトの口調がおかしくなっている。

 が。そんなことに突っ込む余裕などこちらにあるはずもなく、ミオはカーッ、と頬を赤らめながらも、うつむきがちに応えた。


「……よ、よろしい、よ?」


「そうか……ナハハ、そうか。うん、そうかそうか! 恋人同士か!」


「う、うれしそうに言うんじゃねえ! バカ!」


「うれしいものはうれしいのだ、仕方ないだろう……それとも、ミオはうれしくないのか?」


「うっ」

 

 途端。悲しそうな瞳でこちらを見つめてくるカイト。

 この幼馴染は長身で威圧感があるくせに、時折見せる表情は子どもじみているから、ズルい。声のカッコよさと相まって、なおズルい。


「う、ウチも……うれしいよ」

 

 顔をそらしながら、鈴虫に負けそうなほどの小声でつぶやくも、カイトはそれを聞き逃してはくれなかった。


「ナハハ、そうか! ありがとう。ミオがうれしいのなら、俺もうれしい!」


「~~ッ、こ、こんなことでうれしいんなら!」

 

 自分だけ照れているようでなんだか悔しい。

 そんな思いで、ミオは半ばヤケクソになりながら両手を広げ、カイトに向き直った。


「う、ウチと『ハグ』とかしたら、カイくんはどうなっちまうんだろうなあ! うれしさで死んじまうんじゃねえかッ!?」

 

 七夕祭りで腕組みや恋人繋ぎはしたけれど、全身が触れるハグとなれば話はちがう。恥ずかしさも恋人繋ぎの比ではないだろう。


(これで、カイくんを照れさせることができる……!)

 

 ミオが密かに勝利を確信した、その直後。

 カイトがわずかにこちらに近づいてきたかと思うと、そっとミオの身体を抱き締めた。

 唖然とするミオ。

 自分で招いた事態にもかかわらず、自分になにが起きているのか理解できない。

 ぎゅう、と、全身の熱を伝えるようにミオを抱きとめながら、カイトは耳元でささやく。


「たしかに。これはうれしくて死にそうだ」


「……、え、あ……」


「ミオもうれしい?」


「……ッ、う、うん……」

 

 大好きな声をこんな耳元でささやかれては、対抗心を燃やす気概も失せる。

 カイトの背中に恐る恐る両手を回しながら、ミオは従順にうなずいた。


「じ、実はウチ、こうするのが夢だったから……」


「ナハハ、そうか」

 

 区切って、カイトは耳元から顔を離し、真正面からミオを見つめると。



「俺は、こうするのが夢だった」


 

 ミオの唇に、自身の唇を重ね合わせた。

 

 一秒にも満たない、ほんの一瞬のキス。

 なんのリアクションも取れず、頭の中を真っ白にしてフリーズするミオを見ながら、カイトは照れくさそうに頬をかく。


「ナハハ……すまない、我慢できずに、つい」


「…………」


「さ、さて! そろそろ夕食にしようか! 二階で昼寝しているタケルも起こさねば!」

 

 口早に言って、縁側から家の中に入っていくカイト。

 その背中を見送ることもできず、しばし呆けた表情で庭の暗闇を見つめていたミオは。


「――きゅう」

 

 時間差で訪れた恥ずかしさとうれしさの波に襲われ、バタリとその場に倒れこんだのだった。

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