49話 幼馴染と妹がツイスターゲームでからまった。
ツイスターゲームとは。
ルーレットを回し、指定された手足をシート上の四色の丸の上に置いていき、できるだけ体勢を崩さないようにするゲームである。
「ルーレットの指示によっては異性同士の局部が触れ合うような展開になるので、嫌っている人間からは『エッチ箱』などと非難されている――だってさ」
「ミツミ、僕の後ろにおいで」
スマホでツイスターゲームの概要を調べているルリカを警戒するように、僕はミツミを背後に避難させた。
「ルリカ。僕だけじゃ飽き足らず、まさか妹のミツミまで狙うような変態さんになってたとは……」
「る、ルリカちゃん、そんな……」
「いやいや、海よりも大きな誤解をしてるねッ!?」
赤縁眼鏡を外して、ルリカは見苦しい釈明をし始めた。
「そもそもボクがこれを持って来たのは、小説のため! 次の推理小説でツイスターゲームを利用したトリックを使うから、実際に体感しておきたくて持って来ただけなの! 言うなれば資料の一環! ミツカゲが疑ってるような、そんなエッチな目的で持って来てないよ!」
ツイスターゲームを利用したトリック、というのがものすごく気になるが、この慌てっぷりからするに嘘をついているようにも見えない。
「な、なんだ、そうだったんですか……すみません、僕はてっきり」
「もしエッチな目的で使おうとしてたら、そもそも服なんて着てこないよ!」
「その言い訳もどうなんですかッ!?」
それはつまり、エッチな目的だったとしたら全裸で僕の家まで来てた、ということか。
赤霧さん以上の露出狂だあ!
「ま、まあでも今回はそういった目的ではなく、小説の資料の一環としてプレイしたいということなんですよね?」
「そういうこと。誤解が解けたようでうれしい。だから、ボクとミツカ――」
「――じゃあ、ミツミとルリカで遊んでください。僕はルーレット役をやりますので」
遮るように言って、僕はすかさずルーレット板を手に取った。
ルリカが、あからさまに不機嫌そうに「チッ」と舌打ちする。
やはりな。
セフレになりたい、だなんて野心を抱いている彼女が、こんな絶好の機会を逃すはずがない。
真に迫ったあの釈明からするに、小説に使うのは事実なのだろう。しかし、全裸で挑むほどではないけれど、この機に乗じてすこしでもエッチなことをしようと目論んでいたのも、また事実なのだ。
それを証明するかのように、ルリカはパンツ一丁でここを訪れ、そして眼鏡を外している。
まるで、くんずほぐれつのトラブルが起きることを、あらかじめ予期しているかのように!
「かまいませんよね? ルリカ。僕がルーレット役でも」
「クッ……!」
悔しそうに歯噛みするルリカ。僕はニヒルに口元を歪め、シートのセッティングに入る。
僕との接触が断たれたいま、ルリカにエッチ展開を作り出すことはできなくなった!
というか、妹がいる前でなんでエッチ展開を繰り広げようとしてるんだ、この幼馴染は!
ともあれ。これでルリカの野望は砕かれた。
僕の勝利だッ!!
「――あ」
と。
勝利に酔いしれる僕をよそに、ルリカが、なにか思いついたかのように声をもらした。
まるで、妙案を閃いたかのような、そんな声音だ。
その視線の先には、「なんでわたしが……」とボヤきながら旅行用バッグを漁り、運動用の部屋着を取り出しているミツミの姿が。
「にゃはは。そうか、それだけじゃなかった」
天啓を受けたお坊さんかのごとき達観した表情で、ルリカは僕を振り向く。
「いいよ、ミツカゲ。ルーレット役は任せる」
「……ええ、任されました」
「その代わり、ちゃんとゲーム進行を『見守って』ね」
見守って、を強調し、ルリカは柔軟体操に入った。
僕は、言い知れぬ不安に、額に脂汗を浮かばせたのだった。
なんて。
緊迫した雰囲気をかもし出しつつも、ツイスターゲームは楽しく進行していった。
ルリカもミツミも、名前は知っていたけれど触ったことはないらしく、女の子らしくキャッキャッと騒ぎながらプレイに没頭していった。
途中。ふたりが触れ合うことも、エッチ箱と揶揄されるような体勢になることもなかった。
(なんだ。エッチな展開を狙っているのかと思ったけど、普通に楽しんでるじゃないか)
この分なら、問題なくゲームを終えられそうだ。
ホッと胸をなでおろし、ミツミが右足を黄色に置いたのち、僕はルーレットを回した。
「ルリカ。次は左足を赤です」
「了解――、っと」
横向きだった身体を傾けて、猫のように四つ足を着くような姿勢になるルリカ。
直後。僕はルリカの思惑を知ることになる。
ぷりん、と突き出されたルリカのお尻が、僕のいる方向に向けられていた。
ハーフパンを履いてはいるが、僕のサイズでは小さいのだろう、その形の整ったお尻には、くっきりとパンツラインが浮かび上がってしまっている。
「グッ……、!」
「ミツカゲ、早く次ー」
思わず視線をそらした僕に、扇情的なポーズのままルリカが急かしてくる。
その声音は、どこか挑発的なソレだ。
……なるほど、これが狙いだったのか。
風紀委員も務める厳格なミツミがいる以上、エッチ展開に持っていくのはむずかしい。ならば、自身のエチエチなポーズを見せつけることで、僕の劣情を煽ろうという魂胆か!
しかも、僕の仕事はルーレットを回すことだけ……つまり、徐々に疲労していくプレイヤーよりも思考がクリアな分、視覚に映るエッチな光景に影響を受けやすいのだ。
直接的ではない、間接的な『攻め』。
変態、白里ルリカの底力を見せつけられた瞬間である。
できることなら一生見せつけられたくはなかったけれど!
「というか、しっかり見てる? ルーレット役にちゃんと見守ってもらわないと、ゲーム進行が滞っちゃうんだけどー?」
「ッ……、わ、わかってますよ!」
ここで照れて引いてしまっては、ミツミに兄としての威厳を示すことができない!
半ば意地になりながらも視線を戻し、僕は無心でルーレットを回した。
純粋にゲームを楽しむミツミの番が終え、再度ルリカのターン。
「ルリカ。左手を緑!」
「み、緑?」
思わぬ指定に、ルリカが戸惑う。
無理もない。左手を緑に着けるには、お好み焼きをひっくり返すかのごとく、身体を百八十度反転させなければならない。原稿尽くしで運動不足であろう小説家には厳しい動きだ。
事実、現在の四つ足を着くような姿勢を取っているだけで、ルリカの両手両足はプルプルと小鹿のように震えだしている。体力の限界が近いのだ。
真の勝利を確信した僕は、フン、と鼻で笑い、悪代官のような笑みと共に壁にもたれた。
(これで終わりです、ルリカ……!)
そんな余裕綽々といった表情の僕を見て、ルリカは。
「――甘いよ、ミツカゲ」
そう、震える声で言ってみせた。
強がりなんかじゃない。その声音には強い意志が宿っていた。
そんな強い意志、こんなくだらない争いで宿してほしくなかった。
「ボクが、この白里ルリカが、こんなことで終わる変態だと思ってるの……?」
「変態と認めてしまっているところにツッコミを入れたいのは山々だけど、まずはその強気な態度から問いただしていこう……どういう意味ですかッ!?」
「教えてあげるよ――こういう、意味さッ!!」
叫び、ルリカが身体を反転させ、バン! と辛くも左手を緑に着ける。
瞬間。仰向きになったルリカの体勢は、まるでこちらに股間を見せつけるかのごとき見事なM字開脚を描いていた。
加えて。体勢を何度も変えてきたことにより、ルリカは全身に汗をかき始めていた。ハーフパンは汗を吸って股に食い込み、本来なんてことはないはずのTシャツも汗に濡れ、ルリカの無防備な胸元を透かしていた。
というか、この子なんでノーブラなのッ!?
羞恥心はどこに忘れてきたの!?
「ど、どう? さすがのミツカゲも、このエチエチなポーズには堪えられないはず!」
「クソッ……見ちゃいけないのに、視線が勝手に……!」
「に、にゃはは。所詮はミツカゲも、健全な男の子――」
「――も、もう無理なのです!」
と。
ルリカの真下で健気に踏ん張っていたミツミが、振り絞るように叫んで体勢を崩した。
その際。ミツミの手がルリカの左手に当たってしまい、ドサッ、とふたりして重なり合うようにして倒れてしまう。
ルリカの変態的な思惑が打ち砕かれた瞬間である。
って、そんなこと言ってる場合じゃないか。
「だ、大丈夫ですか? ふたりとも」
「いたた……うん、ボクは大丈夫。ミツミんは?」
「わたしもなんとか――、ひゅッ!?」
瞬間。空気を吸い上げるような驚きの声をあげるミツミ。
見ると、ミツミの短パンが、綺麗に足首のところまでズレ落ちていた。
倒れる際に、ルリカの左手が引っかかってしまったらしい。
必然。ミツミの可愛らしいクマさん柄のパンツが
……子どもの頃から好きだったもんな、クマさん。
中学二年生にもなってどうかとも思うけど……うん、可愛いくていいと思うよ。
「だ、大丈夫か? ミツミ。ほら、ひとりで起き上がれるか?」
「……に」
「に?」
「に、兄さま見ちゃダメーッ!!」
「ぬおッ!?」
差し伸べた手を無視して、顔を真っ赤にしたミツミが僕に飛びかかってきた。こちらの目元に両手を伸ばしてきている。僕の視界を直接塞ぐ作戦のようだ。
しかし。半脱ぎになった短パンが足に引っかかったのか。ミツミはバランスを崩し、僕に全体重を預けるようにして寄りかかってきた。
これを支えきれるほど、僕は大きくもなければ強くもない。
情けなくも、僕はミツミを抱きとめつつ、リビングの床に倒れこんでしまったのだった。
「うぅ、兄さまゴメンなさい……し、下着を見られたくないあまりに、つい」
「だ、大丈夫だよ。ミツミは怪我ない?」
「大丈夫なのです……あ、ありがとうなのです」
そう言って、僕の腕の中で「えへへ」と照れくさそうに微笑むミツミ。
そのときである。
突如。ガチャガチャ、と玄関の扉が開いたかと思うと。
「――あれ、鍵空いてる。ミッチー、ただいまー!! いきなりお邪魔するっスよー! これ、おばあちゃんにもらったお土産なんスけど、今夜の夕飯にで、も……」
赤髪のギャル、赤霧ナコが姿を現した。
現した瞬間、ピタリ、とその動きを停止した。
いま彼女の視界には、汗だくでスケスケの衣服をまとうルリカと、妹のミツミと抱き合う僕の姿が映っていることだろう。
この光景を見て、赤霧さんがどんな想像をするか?
言わずもがなである。
「み、ミッチー……こんな真昼間からなに大乱交してるんスかー!!」
「あれ!? 想像の三倍上をいく回答だった!! いや、これにはちゃんと訳があって!」
「訳もワカメもないっスよ! この発情猫ー!!」
涙目で地団駄を踏む赤霧さん。
あれ? 悲しんでるというより、なんか悔しそうにしているように見えるのは気のせいか?
ともあれ。
僕はミツミの抱擁を解除し、しっかりと事の経緯を説明した。
ルリカとミツミも擁護に回ってくれたおかげで、赤霧さんが変な誤解を抱くことはなかった。
なかったのだが。
「……私も、ミッチーと遊びたいっス」
そんな風に、赤霧さんはワガママを言い出したのだった。
ツイスターゲームで遊びたい、という意味ではなさそうだ。
ルリカとミツミは、赤霧さんの奔放さに慣れ始めているのだろう。やれやれといった風に、ツイスターゲームの片付けに入っていた。
どうすればいいんですか? 困惑気味に問うと、赤霧さんは気恥ずかしそうにしながら、僕にこう耳打ちしてきた。
「今度ふたりっきりで、カラオケ行かない?」
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