46話 天然ギャルとRINEで告白し合った。
なんて。まさか本当に転校できるわけもなく。
朝のHR終了後。僕の席には尋常ではない数のクラスメイトたちが一斉に集まってきた。前回、無雨先生とコントのようなやり取りをしたときの数倍以上の人数だ。
転入生とどういう関係? 恋人になりにきたってなに?
飛び交う質問の嵐に、僕は。
「ルリカの言ったことは冗談ですので、みなさん真に受けないでください」
と、まずは冷静になることを促した。
その発言を受けて「下の名前で呼んでる、キャー!」と数名の女子が騒いでいたけれど……とにかく、僕は自身の学校での立場を守ることに専念した。
ルリカ本人にも。
「さっきのは幼馴染ジョーク。信じないで」
と釈明させた。
僕がルリカの背中をくすぐって『攻める』ことで、無理やり言わせたのだ。
それと一緒に、赤霧さんも僕の擁護に入ってくれた。
さすがは校内一の有名人。赤霧さんの弁護を聞いた途端、野次馬たちは納得した様子で席を離れてくれたのだった。
まあ。全員が全員、素直に納得したわけではないのだろうけれど。
数名は、僕とルリカの関係を疑う輩が残っているはずだ。
こうした疑惑の種は、根絶しようがない。
「ルリカ。どうしてあんな自己紹介をしたんですか?」
一時間目が始まる直前。
僕はルリカにRINEを送り、別棟に続く渡り廊下の前に呼び出すと、至極真剣な表情でそう問いただした。
幼馴染だからこそ、僕が本気かどうかもすぐ判別がつくのだろう。ルリカは茶化すことなく、僕の話を申し訳なさそうな顔で聴いていた。
「たしかに過激な発言ではありませんでした。でも、あんな発言をしたら僕の立場がどうなるか、想像できないルリカではないでしょう?」
「……ゴメン」
「まあ、赤霧さんのおかげもあって、大半のクラスメイトは冗談で済ませてくれたようですが……ほんと、どうしてあんな発言を?」
「……だって、ミツカゲが取られちゃうと思ったから」
うつむき、上履きの爪先で廊下をトントン、と小突きながら、ルリカは拗ねた子どものように言う。
「セフレになりにきた、って言っちゃダメなんでしょ? なら、恋人になりにきたって言えば、ミツカゲを狙う女子はいなくなると思った」
「いや、そもそも僕を狙う女子なんて……」
「赤霧は? あんなかわいい子が、ミツカゲのこと好きになってるけど?」
「……それは」
「ミツカゲは、もっと自分に自信を持つべき。そのままでも、ちゃんと格好いいんだから……いや、どちらかと言うと、いまはやっぱかわいいだけど」
「…………」
「ともあれ。さっきの発言はゴメン。でも、前にも言った通り、ボクはミツカゲの身体だけが目的だから。さみしさをなくすことが一番の目的だから。ほかのひとにミツカゲの恋人なのかって訊かれても、ちゃんと否定しておく。だから安心して。恋人作りはミツカゲの好きなようにするといいよ――まあ、その前に僕がセフレにならせてもらうけど」
ほんとゴメンなさいでした、と。
最後にもう一度謝罪して、ルリカは教室に戻り始めた。
相変わらず狂った価値観だが、あれがルリカの『当然』なのだろう。そこを歪める権利は、僕にはない。
さておき。
「……こんな陰キャの僕が、自分に自信?」
中学、そして高校に入っても、僕が唯一自信を持てるのはアニメに関することだけだった。
アニメがあるから、空っぽな僕は僕でいられるのだ。
そんな自分に、自信を持て?
「無茶なこと言うなよ……」
ぼやいた声は、一時間目開始のチャイムにかき消された。
三時間目の休み時間のこと。
今朝からのゴタゴタで疲れた身体を癒すため、僕は食堂前にある自販機コーナーを訪れた。
百円を投下。大人の男らしくブラックコーヒー……は苦くて飲めないので、隣のカフェオレをポチッと押す。
「ハァ……ほんとに疲れた」
カシュッ、とプルタブを空けて、近くの壁に寄りかかる。
ルリカはいまも、二時間目の休み時間と同じく、クラスの女子たちに質問攻めにあっていることだろう。
不思議系であると指摘されてガラにもなく照れたりしていたが……そうか、あんな風に普通の会話もできるのかと、遠巻きに眺めながら思った。
「中学はほぼ不登校だったから、高校でいっぱい友達ができるといいけど――、え?」
と。そのときである。
――黒田くん、ちょっといいかな?
不意に。ひとりの男子生徒が僕に声をかけてきた。
平凡を絵に描いたような男子だった。身長も顔立ちも、すべてにおいて普通。失礼なたとえだが、すれちがっても記憶に残せる自信がない、THE・平凡な男子生徒だった。
名前は田中。
僕と同じクラスの生徒だと名乗った。
たしかに……言われてはじめて、見たことがあるような気がする。それでも、『気がする』レベルだが。
田中は、続けざまにこう問いかけてきた。
――黒田くんって、あの転入生と付き合ってるの?
あらためて、断じてちがいます、と僕は否定した。
すると。田中は一歩こちらに詰め寄り。
――じゃあ、赤霧さんとは?
と、重ねてそう訊ねてきた。
ひどく真剣な表情だった。
僕は質問の意図が読めず「?」と首をかしげつつも、付き合っていないですけど、と答えた。
こんな見た目からして陰キャの僕が、どうして校内一の美少女と付き合っているように見えるのか?
――そうなんだ。付き合ってないんだ。
田中はどこかホッとしたように言った。
――黒田くん、赤霧さんと隣の席で、よく話してるのを見かけるから。もしかしたらそうなのかなって。
なるほど。そういうことだったのか。
これは、人目につくところでの会話は、これまで以上になくしていったほうが良さそうだ。
マンションに帰れば、嫌でも話せるわけだし。
そんなことを考えつつも、そういうことでしたか、と僕は返答し、あらためて、赤霧さんは単なる知り合いですよ、と念押しした。
僕の言葉に、田中は胸に手を当てて、心の底から安堵していた。
そして。こう続けた。
――なら、ぼくが赤霧さんに告白しても大丈夫だね。
一瞬。思考がフリーズした。
どう返せばいいのか? なんて言うべきなのか?
いや、そもそも。
赤霧さんは、僕のなんなのか?
そうこう考えているうちに田中は、教えてくれてありがとう、なんてお礼を告げて、僕の前からいなくなっていた。
残された僕はひとり、唖然としながらカフェオレに口をつける。
いまの僕みたいに、中途半端に温かった。
「……ん?」
と。その直後。
ポケットに入れていたスマホが細かく振動した。この揺れ方はRINEの通知か。
取り出して確認すると、連絡相手は――赤霧ナコ。
『ミッチー。お昼休み、一緒にご飯食べませんか?』
□
昼休みを告げるチャイムが鳴ったのち。僕と赤霧さんは別々に教室を出ると、二ヶ月前友達条約を結んだあの人気のない場所――屋上に繋がる扉前で落ち合った。
「ふひひ。密会成功だぜー」
「ですね」
はしゃぐ赤霧さんと僕の手には、購買のパンが握られていた。
階段の一番上に隣り合って腰を下ろし、どちらからともなくパンを開封し、頬張っていく。
むしゃむしゃ、むしゃむしゃ……。
……ハッ!?
一緒にご飯を食べるのがあまりに自然すぎて、本題を切り出し忘れていた。
「そ、それで、急にどうしたんですか? 僕と一緒にご飯が食べたいだなんて」
「んー?」
ハムスターみたいにふくらんだ両頬でこちらを振り向いたあと、赤霧さんはごくん、と嚥下して続けた。
「ふひひ、えっとですね……まあ、そんな大した用事とかがあるわけではなかったんスけど」
「なかったけど?」
「すこし、確認をしたくなりまして」
確認? と疑問符を浮かべていると、不意に赤霧さんはスマホを取り出した。
タタタ、と慣れた手つきで操作すると、そのすぐあとに僕のスマホが微震した。
見ると、赤霧さんからRINEが飛んできていた。
『私のこと、どう思ってますか?』
「……え?」
なんだ? 突然。
声に出して前を見やると、赤霧さんは慌ててサッ、とスマホを顔の前に掲げた。顔を隠しているつもりのようだ。
なぜか真っ赤になっている耳までは隠れていなかったけれど。
目の前にいるのに、赤霧さんはRINEで会話を続けてきた。
『答えてくれないと、今日の夕飯抜きです』
「えっと……」
前を見るも、赤霧さんはやっぱり顔を見せてくれない。
これは、声で返さないほうがいいのか?
仕方なく、僕はRINEで応答することに。
『まず、どうしてそんな質問を?』
『……ルリっちが、ミッチーの恋人になりにきた、って言っていたからです』
『はい?』
『だから、ルリっちは本当は、ミッチーの恋人になりたいのかなって……エッチな友達になりたいだけって言っていたけど、本当はそうじゃなくて、本気で恋人になろうとしてるのかなって。そう思っちゃって、不安になったからです』
だから。
だから、僕の赤霧さんへの気持ちが変わっていないかどうか確認したい、と。
過去の大胆な攻めからは想像もつかないような健気さである。
しかし。
『いや、あのあとルリカと話しましたけど、ルリカはいままで通り僕の身体目当てだって言ってましたよ。恋人作りも、僕の好きなようにしろって』
「……ほんと?」
不安げな声と共に、赤霧さんがチラッ、とスマホの影から顔を覗かせた。
僕は、本当です、という意味を込めて力強くうなずく。
すると。赤霧さんはすこしだけ微笑んで、またもスマホの影に隠れてしまった。
『でも、せっかくなのでたしかめさせてください』
『せっかくって』
『私のこと、どう思ってますか?』
『いや、ルリカの目的は変わってないって判明したんですから、いちいちたしかめなくても』
『夕飯、抜きにしたいですか?』
スマホに隠れたまま、こちらにズイッ、と身体を近づけてくる赤霧さん。
圧がすごい。
僕は嘆息したのち、赤霧さんと同じように顔の前にスマホを掲げて、入力する。
赤霧さんのこの行動の意味がわかった。
こんなの、顔を隠さないと打ち込めない。
『好きですよ』
直後。驚き顔の猫のスタンプが出たかと思うと、『らびゅー!』という吹き出しと共にハートいっぱいに包まれた猫のスタンプが連打された。
クソ、ものすごい恥ずかしい。自分の顔が真っ赤なのが、熱で伝わる。
と。赤霧さんの両足が悶えるようにバタバタ、と暴れだした。赤霧さんも恥ずかしいらしい。
スマホで顔を隠した者同士。顔の前のスマホをコツン、と当てた状態で、なんともイチャついた会話を続ける。
『ありがとう。私も好きです』
『はい。ありがとうございます。僕も好きです』
『ニヤけちゃう。好きです』
『僕も同じです。好きですよ』
『好き好き、大好き。もう無理、顔が熱くて死にます』
『死なないでください。赤霧さんが死んだら嫌です』
『じゃあ生きます。好き』
『僕も好きです』
なんて甘ったるいやり取りを、パンが冷めるぐらいに続けた。
ひとしきりイチャついたあと、「ふ、ふひひ……」と照れくさそうにスマホを下ろす赤霧さんを見て、僕は胸にこみ上げる、ある気持ちに気付いた。
思い出すのは、自販機前の男子生徒との会話。
赤霧さんを奪おうとする、田中の宣言。
(誰にも、赤霧さんを渡したくない)
そんな強い独占欲が、僕の全身を
――そして、『親友』を終わらせる夏休みが始まる。
第四章 完
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