45話 幼馴染が転入してきた。
赤霧さんとの、言うなれば『休戦協定』を結んだ翌日。
朝方とは思えぬ高気温の中。僕は見慣れた通学路を、うな垂れながら歩いていた。
今日も雲ひとつない快晴だった。七月中旬にもかかわらず、まさに夏真っ盛りといった陽気である。このままいけば、人間が路上で溶ける日もそう遠くはないだろう。
「いっそ自転車通学にしてみようかな。風が気持ちよさそう……いや、でも自転車買うぐらいだったらアニメBDを一巻買ったほうがお得か」
通学の利便性よりも趣味を優先したほうが、僕にとっては気持ちいい生き方になる。
なんて、誰の役にも立たない人生論を脳内で語りながら、僕は大通りに踏み込む。
「おー、黒田っちじゃん。はよーっす……」
すると。背後からなんとも弱々しい声が聴こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは憔悴しきった顔をしている肌黒金髪ギャル、紺野ミオだった。
地肌の色でもメイクでもなく、その目元には濃いクマができてしまっている。
「お、おはようございます、紺野さん。随分とお疲れのようですね」
「いやあ、お盆のイベントに向けて、ちょっと練習しなきゃなんねーことがあってさ」
「練習、ですか?」
「ああ。ウチの想いを賭けた練習だ――でまあ、昨日の休み全部その練習に費やして、今日も徹夜してきたんよ。おかげで眠気マックスエンドなんだわ」
「そうだったんですか……あまり無理はしないように」
なんの練習かはわからないけれど、徹夜するほどには打ち込んでいることなのだろう。
「あいよー。つーかさ」
区切って、隣り合う紺野さんが僕の顔を覗きこんできた。
「まだすこし先の話になるけど、ウチら四人で海行くって話あんだろ?」
「ええ、ありますね」
「あれ、お盆を過ぎたらにしてもらえねえかな? さっき話した通り、お盆には外せねえイベントがあってさ。そこまではミッチリ練習しときてえのよ」
「なるほど。僕はかまいませんよ。というか、旅館や海水浴場の混み具合を考えたら、そちらのほうがいいでしょうし……あ、でも八月下旬前には行きたいですかね。下旬になるとクラゲが出ちゃいますから」
「了解、あとでRINEでみんなにも確認しとく。悪いな」
「いえ。練習がんばってくださいね」
「おうよ」
疲弊しながらも、拳をあげて意気込んでみせる紺野さん。
がんばって練習していることぐらいしかわからなかったけれど、その紺野さんの想いとやらが成就しますように、と僕は心から祈った。
朝のHR前。1-Bの教室内では、空気の抜けた風船のような雰囲気が漂っていた。
期末テストという山場を越え、残すは夏休みまでの消化試合。クラスメイトたちの表情も心なしかダラけていた。いつもは定時に登校してきている生徒も、遅刻寸前の時間に席についている。
そんな中。僕と赤霧さんだけは、ひどく
緊張している理由は、言うまでもない。
今日このクラスに、白里ルリカが転入してくる手はずになっているからである。
「……あと二分でHRっスよ、ミッチー」
「……ええ、わかっています」
転入の情報を伝え聞いたのは昨日、またも三人で夕飯を食べていたときのことだった。
教師たちの計らいか。ルリカのクラスは、馴染み深い僕がいる1-Bに決まったらしい。
別に同じクラスになることに不満はない。仲良くしていければと思う。
僕たちが心配していたのは、だから、ルリカのストレートすぎる発言のほうだった。
僕と幼馴染である事実まではまだいい。だが、クラスメイトたちに『ミツカゲのセフレになりにきた』なんて自己紹介しようものなら、僕の高校生活はそこで終わる。
僕とルリカは敬遠され、赤霧さんとの接触も自然と薄れることになるだろう。
僕と赤霧さんは箸を置いて、必死でルリカの説得にあたった。
学校にいる間は、そういった過激な発言は絶対にしないように。そんな発言をすれば、僕の学校生活が『奪われる』ことになると、ルリカの信条を突く言い回しで説得し続けた。
同時に、僕と赤霧さんのマンションに住んでいることも濁すように、と釘を差しておいた。
これは僕の保身のためだ。
ルリカは美人である。そんな美人転入生に加え、校内一の有名美少女である赤霧さんと同じマンションに住んでいると知られたら、学校生活どころか僕の生命が奪われることになる。余計な個人情報は明かさないようにと、こちらも口酸っぱく説得した。
〝――わかった。過激な発言はしないし、個人情報も明かさない――〟
不承不承といった風ではあったけれど、最終的にはルリカはそう、うなずいてくれた。
一時はホッと胸をなで下ろした僕たちだったけれど……相手はあの暴走特急ルリカ号だ。信用はしたいが、手放しで油断することもできない。
特に、個人情報のほうはまだしも、過激な発言はルリカ生来の性格がかかわっていることなので、説得だけでは制御しきれない部分がある。
と、いうことで。
僕と赤霧さんは登校したあともなお、こうして臨戦態勢を解けずにいたのだった。
「根は悪くない子なんスけど、ルリっちにはブラを外した前科があるっスからね……まだまだ予断を許さない状況っス」
「赤霧さん、スカートを脱いだあなたが言えた台詞ではありません」
「とにかく。ルリっちの自己紹介が終わるまでは――、来たっスよ!」
うまく誤魔化された。いや、うまくはないけれど。
ともあれ。赤霧さんの視線を追うように、僕も教室前方を見やった。
ガラガラ、と戸を開きながら、相変わらず小さいロリヤンキーちゃんこと無雨キリエ先生が「お前ら席つけー」と声をかけつつ現れた。
廊下側の擦りガラスを見やると、そこには背の高い女生徒のシルエットが。
教壇についた無雨先生が、クラスメイト全員が席についたのを確認し、口を開く。
「あー、全員おはよ。今日はみなさんに殺し合いをしてもらう……前に、こんな中途半端な時期にあれなんだが、転入生を紹介したいと思う。入れー」
ザワつく教室。ゆったりとした足取りで、ルリカのシルエットが教室内に踏み入る。
そうして。ルリカの容姿が見えた瞬間。
1-Bが揺れた。
「はあッ!? めちゃ美人じゃね!?」「すごい綺麗!」「やばっ、スタイルエグすぎでしょ!」「顔ちいさすぎ!」「美人すぎてビビんだけど!」クラスメイトの称賛はやまない。赤霧さんといい勝負なのではないだろうか?
そんな賛美の声を浴びながら、ルリカは平然とした様子で……というか面倒くさそうな表情で、教壇横、無雨先生の隣についた。
(……やっぱ、ルリカって美人だったんだな)
いまさらながらに再確認していると、無雨先生が咳払いをひとつ挟み、教室の喧騒を収めた。
「やっと静かになったな……ほい、それじゃあ白里。自己紹介よろよろ」
「うん。ありがとう、ロリちゃん」
「白里~? まだ転入し立てでわかってないのかもしれねえけど、それオレには禁句だから。絶対禁止のタブーだから」
「わかった。ゴメンね? よしよし」
「この、子どもあやすみたいに頭なでんじゃねえッ! なにもわかってねえじゃねえか!」
「白里ルリカです」
憤慨する無雨先生の頭をなでつつ、ルリカは僕と赤霧さんに一度視線を向けると、自信ありげな表情でコクリ、とうなずき、変わらぬ平静さでこう言った。
「そこ、窓の端っこにいる小さい男の子。黒田ミツカゲの恋人になりにきました」
一瞬の静寂。
のち。クラスメイトたちの大爆発かのごとき驚愕の声が、1-B全体を包む。
さすがに目を見開く無雨先生。一斉にこちらに視線を向けるクラスメイト。隣で涙目になって「ほら、やっぱり! やっぱこうなるんスよ!」と慌てふためく赤霧さんが、茫然自失とした僕の視界に映る。
たしかに、発言自体は過激ではない。
非常識ではあるけれど、過激ではなかった。
なかった、んだけれど……。
……………………。
…………。
……あは、あははは。
もう、僕も転校しようかな?
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