42話 天然ギャルと幼馴染が家に泊まることになった。

 夕飯時に行われたルリカの唐突な露出は、赤髪ギャルの煩悩を打ち消したのだろう。

 正気に戻った赤霧さんの活躍により、なんとか僕のリビングから痴女はいなくなってくれたのだった。

 

 赤霧さんは真っ赤な顔でスカートを履きなおしていた。なんてことをしてしまったんだろう、とばかりに、その瞳は涙目になっていた。

 何度でも言うけれど、そんなに恥ずかしがるのならやらなければいいのに。赤霧さんのこうした『自爆癖』は、どうにかしてほしいものである。

 対するルリカは、不機嫌そうな顔でジャージを羽織っていた。彼女にとって、胸を露出したことは些事さじなのだろう。せっかく開放的になってたのに、とでも言わんばかりの不満顔だった。

 

 もちろん。僕の『息子』も鎮圧済みだ。

 いや、いたしたとか抜いたとか、そういうヤラしい意味ではなく。

 

 ともあれ――そんな痴女だらけの痴情な夕飯を終えたあと。僕たちはすぐには解散せずに、せっかくだからと『すべてがGになる』の続きを観賞し始めた。

 途中でブツ切りされたルリカは言わずもがな、赤霧さんも料理中にリビングから流れてくるアニメ音声を聴いていたので、すこし気になっていたらしい。

 

 大好きなアニメを見ながら、友達と一緒に語らう。

 ああ、なんて平和で幸せな空間なのだろう。

 さっきの夕飯時にも、これと同じ空気が流れていればもっとよかったのに。

 

 しかし。とかく幸せとは長く続かないもので。

 そうこうしているうちに、時刻はすでに午後九時半を越えていた。

 明日は期末テストの振り替え休日で学校はないけれど、さすがに解散しておくべきだろう。


「さて。いい時間ですし、そろそろ帰っておきますか? ふたりとも」


「そうっスねー。このまま残ってたら、ミッチーに襲われちゃいそうっスもんね」


「それは僕の台詞です……いや、僕の台詞にはしたくないんですけど」

 

 言いながら、おもむろに立ち上がって三人で玄関へ。

 赤霧さんが靴を履き、玄関の扉に手をかけた、ところで。

 僕は、靴も履かずに僕の隣に立っている、ルリカを見やった。


「あの、ルリカさん?」


「バイバイ、赤霧。ボクは今日、ミツカゲの家に泊まってくから」


「……はい?」


「実は、まだベッドが届いてない。だから、家に帰っても寝る場所がない。予想通り――じゃなくて、予想外のハプニング。これはもう、親しい幼馴染の家に泊まるしかないよね?」

 

 ニヤリ、と悪辣に口元を吊り上げるルリカ。

 僕と赤霧さんは、唖然と口を開くばかり。

 コイツ、最初から僕の家に泊まる気だったな!?

 それも、『予想通り』っていう言葉から察するに、ベッドの発注だけ遅らせたんだ!

 隣室の僕の家に泊まる『口実』を作るために!


「そういうわけで、またね。赤霧。ご飯おいしかった」


「…………」

 

 うつむき、プルプルと肩を震わせる赤霧さん。

 きっと憤慨するにちがいない。どんな反論をルリカにするのか。

 そう思っていた僕は――だから、赤霧さんがガチャリ、と玄関の扉を開け、素直に家を出て行ってしまったことに、ひどく驚かされた。


「あ、あれ? 赤霧さん……?」


「……ふん、張り合いのないやつ」

 

 つまらなそうに鼻を鳴らしたのち、ルリカは「まあいいや」と言って、僕の背後に回った。

 後ろからルリカの両手が伸びてきて、僕の両手の甲に覆うように重ねられる。


「邪魔者がいないのなら、それはそれで好都合。ミツカゲ、リビングにいこ?」

 

 ロボットを操るように、えいしょ、えいしょ、と僕を背後から押して歩かせるルリカ。母親が幼い子どもを歩かせるような仕草、と言えば想像しやすいだろうか。

 本当に、自分から触れるのは大丈夫なんだな。僕から触れるとすぐ赤面するのに。


「にゃはは、ミツカゲほんと小っちゃい。かわいい」


「る、ルリカが大きいんですよ……」

 

 互いの身長差のせいで、僕の後頭部には、ふたつのやわらかい感触が当たり続けていた。

 しかも。歩いているせいで、その『やわらかボール』はバインバインと上下に揺れている。

 ……そうか。

 きみは、どうしても僕の『息子』を起こしたいのか。

 いや、いやいや!

 ここでそういう気持ちになったら、ルリカの思う壺だ!

 僕は雑念を振り払うように頭を振り、背後のルリカに問いかけた。


「ち、ちなみに確認したいんですけど」


「ゴムならお財布の中にある」


「そんな卑猥な確認じゃないです!」

 

 というか、なぜ財布に入れている。


「る、ルリカの家にベッドがないっていうのは、本当なんですか?」


「本当。なんなら見に来る? 毛布一枚もないよ?」


「……じ、じゃあ、僕はあのソファで寝ますので、ルリカはそこの布団で寝てください。そうだ、そうですよ。そうすれば別になにも問題は――」


「ダーメ」

 

 リビングに足を踏み入れた直後。ルリカが僕に寄りかかるようにして、前方に体重をかけてきた。

 僕は支えきることができず、ドサッ、とそのまま布団に倒れこんでしまう。

 押しつぶされる僕を、ルリカがくるりと翻し、仰向けにした。

 黒紫の長髪が垂れ下がり、僕の額や頬をくすぐる。

 天井の照明を背に、ルリカはジャージのジッパーを下ろしつつ、妖艶な笑みを浮かべた。

 艶やかな胸元が、否が応にも僕の視界に飛び込んでくる。

 ああ、ジャージの下が下着だけだったのは、『このとき』に備えていたからなのか。


「一緒に寝てくれなきゃ嫌だ。ボクは、さみしがり屋なんだから」


「い、いや、でもそんな……」


「スーパーで攻めてきたお返し」

 

 そうささやくようにつぶやいて、ルリカがそっと目を閉じ、唇を近づけてきた。

 そのときだ。


「――ちょっと失礼するっスよーッ!!」

 

 バン! と勢いよく玄関が開いたかと思うと、帰ったはずの赤霧さんの声が聴こえてきた。

 驚きに肩を揺らし、思わず玄関方面を見やる僕とルリカ。

 家の中に上がりこんでくる赤霧さんの両手には、僕の貞操を救う一組の布団が。

 ズカズカとリビングに入り、早速布団を敷きはじめながら、赤霧さんは鼻息荒く言う。


「ルリっち! 寝る場所がないんだったら私の布団で寝るといいっスよ! 男の子の布団より、女の子の布団のほうがいいっスもんね? ねッ!?」


「あ、赤霧……」


「それとも、ミッチーの布団を『奪う』ほど、ルリっちの常識は狂ってるんスか?」


「うぐっ」

 

 ルリカの論説を逆手に取った反論。

 その見事な返しに、さすがのルリカも二の句を継げない。

 ルリカが降参とばかりに大きなため息をつき、僕の上から離れたのは、ほんの数秒後のことだった。

 その表情は薄い微笑だが、目元がヒクヒクと引きつっている。


「ありがとう、赤霧。ありがたすぎて涙が出そう」


「いやいやー。私はケダモノから守りたいものを守っただけっスよー。お気遣いなく」


「……ミツカゲ、お風呂借りるね」

 

 赤霧さんとのにらみ合いを切り、ぷいっ、と頬をふくらませて脱衣所に向かうルリカ。あきらかに不機嫌そうである。

 なんであれ、一番大事なはじめてを奪われずに済んだ。

 いや、だから男の僕が心配するアレではないのだけれど。


「た、助かりました。赤霧さん。危うく食べられるところでした……」

 

 脱衣所の戸が閉まったところで、僕が小声でそう感謝を述べると、赤霧さんは突如、ガタン、とその場に膝をつき、フローリングに両肘までついてしまった。

「だ、大丈夫ですか!?」すぐさま駆け寄ると、赤霧さんは片手を腰に当てながら、こう言った。

 ものすごい棒読みで。


「あ、あいたたー。布団が重すぎて、ぎっくり腰になっちゃったー」


「…………」


「起き上がることもできないやー。これはもう、家に戻れそうもないなー。誰か、こんな私を泊めてくれるひとはいないかなー(チラチラ)」


「……ハァ。なら、僕の家に泊まっていきますか?」


「泊まっていきますッ!!」

 

 ガバッ、と起き上がり、授業参観で目立ちたがる生徒よろしく元気よく手を上げる赤霧さん。

 爛々と輝く瞳を前に、僕はやれやれ、と呆れのため息をひとつ。

 まあ、赤霧さんとルリカがそろっている状況なら、どちらか片方に襲われることもないか。

 だから、僕がこんな心配をするのはおかしいはずなのだけれど。

 

 というか、赤霧さん。

 元気よく起き上がってるけれど、ぎっくり腰はどうした。

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