43話 天然ギャルと幼馴染に挟まれた。

 僕はいま、赤霧さんとルリカに挟まれていた。

 いや、なに表題通りのこと言っているんだと思われるかもしれないが、これが紛うことなき事実なのである。残念なことに。


「み、ミッチー。苦しくないっスか?」


「ミツカゲ、ぬくぬくする」

 

 僕と、赤霧さんと、ルリカ。

 明かりの消えた真っ暗なリビングの中。この三名はいま、ひとつの布団の中で寄り添い合うように密着していた。

 


 ――ほんの三十分前のことである。

 以前の失敗を踏まえ、脱衣所にバスタオルを常備させていた僕は、女性陣の裸を見るというトラブルに見舞われることなく、つつがなく風呂イベントを済ませることができた。

 布団が二組あるのなら、もう心配はいらない。さあ、あとは明かりを消して寝るだけだ、と寝巻きに着替えてソファに寝ようとしたところで、ルリカが背後からガシッと僕を捕食……じゃない、捕獲してきた。

 困惑も最中。ルリカは僕を道連れに自分の布団にダイブ。愛用のぬいぐるみを手にした子どもかのように、僕を抱いたままスゥ、と目をつむりはじめたのだった。

 これに異を唱えたのは、もちろん赤霧さん。なにをしてるんスか、そんなのズルいっス、とすこしズレた指摘をしつつ、なぜか同じ布団に飛び込んできたのである。

 なんで助けてくれないのぉ……?

 そして、討論開始。


〝ボクの布団なんだから赤霧が出て行け〟


〝いや、元は私の布団なんスからそっちが出るべきっス〟

 

 僕の意思ないし人権はまったく考慮されぬまま話は進み、結果。


〝じゃあ、三人で一緒に寝るっスか〟


〝うん、もうそれでいい〟

 

 という結論に落ち着いたのだった――



(それでいい、じゃないんだよな……)

 

 胸中でぼやきながら、僕はすこしだけ身動みじろぎをした。

 仰向けになると幅を取り、誰かがハミ出してしまうので、全員身体は横に傾けている。

 並びとしては、右から赤霧さん、僕、ルリカの順だ。

 両脇の女性ふたりは、真ん中の僕を見るように身体を傾けていた。その真ん中に位置する僕は、赤霧さんと向かい合う形で横になっている。ルリカを背にしているのは、ルリカ曰く、僕に攻めさせないため、なのだそうだ。

 

 ルリカは僕の背中に密着し、抱きついたまま、その両手を僕のお腹の辺りに回している。お風呂上りでブラもしていないらしく、背中には常にマシュマロをふたつ押し付けられているような感覚があった。

 対する赤霧さんは、鼻先十センチという至近距離ではあるものの、触れている箇所は互いの膝小僧だけだった。その両手も、自身の胸元の前で小さく折り畳まれている。僕に胸が触れないようにするためのストッパー代わりなのかもしれない。

 ただ。この布団内はかなり狭いので、そうして胸の前に両手を持ってくると、やわらかそうな谷間がいつも以上に強調されてしまうのだけれど。


(……って、なに凝視してるんだ、僕は!)

 

 慌てて視線を上部にそらし、僕はふたりに声をかけた。


「ふ、ふたりは背中、寒くないですか? 布団の外に出ちゃってません? 僕は全然大丈夫なんですけど……」


「私は大丈夫っスよー。むしろ暑いくらいっス」


「ミツカゲ、人間湯たんぽ」


「いや、僕は湯たんぽじゃないです」

 

 そんなに僕の体温は高いのだろうか? 平熱時でも36度4分ぐらいなのだけれど。


「人間、湯たん、ぽ……スゥ、スゥ……」

 

 と。ルリカがぽやぽやした声でつぶやいたかと思うと、背後から小さな寝息が聴こえてきた。

 どうやら、一足先にルリカは眠ってしまったようだ。

 時刻は現在、午後十一時半。普通の人間は寝る時間である。おまけに、ルリカは今日引っ越してきたばかりだ。重い荷物の運搬作業などで疲れていたのだろう。

 とすると、先ほどルリカが僕と一緒に寝ようと抱きついてきたのは、エッチな目的ではなく、ただただ『さみしがり屋』ゆえの行動だったのかもしれない。

 そう考えると、背中のやわらかな感触もまったく気にならなくなるのだから、不思議だ。


(おやすみなさい、ルリカ)

 

 心の中でつぶやき、僕も眠るためにそっと目を閉じようとした。

 そのときである。


「ルリっち、もう寝た?」

 

 ささやくような小声で、赤霧さんがそう問いかけてきた。

 僕は、ルリカを起こさないよう背中に気を遣いつつ、同じくらいの小声で。


「みたいです。気持ちよさそうな寝息が聴こえてきますので」


「そうなんだ。じゃあ、気兼ねなく質問できるっスね」


「? 質問って……」


「さっき、私の胸見てたっスよね?」

 

 ギクリ、と僕の心臓が図星の音を立てた。

 夜目に慣れてきたのか。赤霧さんのからかうような笑みが薄っすらと見える。


「ミッチーのえっち」


「いや、それは、あの…………す、すみませんでした……」


「ふひひ。別にいいっスよ……ミッチーになら、見られても嫌じゃないっスから」


「え」


「なんなら、触ってみる?」

 

 言いながら、赤霧さんはもぞもぞと胸前の両手を腰元にズラすと、スッ、とすこしだけこちらに近づいてきた。

 狭い布団内だ。そのわずかな移動で、僕たちの距離は格段に縮まる。

 瞬間――むにゅ、と。

 僕の鎖骨のすこし下付近に、弾力のある豊満な物体が押し付けられた。

「な、え……ッ」脳が焼き切れそうな興奮に、言葉をうまく紡げない。

 

「ふひひ。どうっスか? ミッチー。ブラしてるから、ごわごわしちゃうかな?」


「あ、赤霧さん……そ、そろそろ離れてもらっても……」


「ダメっスよ。私が布団もってくるまでの間、ルリっちとイチャイチャしてたんでしょ? なら、私ともイチャイチャしてほしいっス」

 

 ススッ、とまたも距離を詰めてくる赤霧さん。互いの吐息がかかるほどの近距離だ。

 暗闇の中でもわかる。赤霧さんは確実に、発情していた。

 おそらく、ルリカが眠って『ふたりきり』という状況が生まれたこと……そして、眠気がピークに達しかけていることが関係しているのだろう。

 以前も、寝不足気味の赤霧さんとイヤホンシェアをしたことがあった。あのときの彼女も、かなり攻めっ気が強かった。

 赤霧ナコ、眠くなると歯止めがきかなくなるタイプなのかもしれない。


「キス……は、さすがに音が出ちゃうから我慢っスね。ミッチー、残念?」


「い、いや、あの……本当に、もう」


「ふひひ、なんでそんな苦しそうなんスか。ちょっとはうれしそうな顔してよ?」


「~~ッ、僕、やっぱソファで寝ますッ!」


「きゃっ!?」

 

 直後。僕はたまらず布団から飛び上がった。

 これ以上は、理性がもたないッ!!

「んー……」と、ぬいぐるみをなくしたルリカが、眠りながら僕の代替品を求めて両手を伸ばした。僕は赤霧さんの背中を強引に押して、ルリカの前に移動させる。

 すると。ルリカはホッとしたような安堵の表情を浮かべ、赤霧さんをギュウ、と抱き締めはじめた。


「ちょ、ちょっと……ミッチー」


「き、今日はルリカと一緒に寝てやってください。僕はここで寝ますから!」

 

 ソファをリビングの端まで運び、問答無用で眠りに入る。

 眠いときの赤霧さんは危険だ。いまはとにかく、彼女から離れることを最優先にしないと!

 程なくすると、赤霧さんの呆れたような諦めたようなため息が聴こえてきて、それから十分もしないうちに寝息はふたつになった。

 僕はホッと胸をなでおろし、そして、自身の『息子』を見やった。


「これ、どうしよう……」

 

 限界まで達したわけではないが、どうにも収まってくれる気配はない。

 悶々とした気持ちを抱えつつ、僕は不貞寝するように毛布をかぶった。

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