41話 天然ギャルと幼馴染が下着をさらしてきた。

 この日のことを、僕は一生忘れないでしょう。

 


 セミも一日の活動を終了し、夕陽も沈みきった頃。

 スーパーでの買い物を終え、503号室に帰宅した僕たちは、早速夕飯作りに取りかかりました。

 時刻はすでに夜七時前。空腹もすでに限界を迎えていました。

 僕は言わずもがな、ルリカも料理が苦手なので、からあげ作りは赤霧さんひとりにお願いすることとなりました。

 本当、いつも感謝しかありません。

 

 僕とルリカはその間、リビングでアニメ観賞です。

 このとき見たアニメは、『すべてがGになる』。

 名作と名高い推理小説をアニメ化した、これまた名作とされるアニメでした。

 ルリカがミステリー小説家ということでチョイスしたこのアニメ。全12話と短めですが、その内容の濃さはしかと原作を反映したものとなっており、その作画や楽曲に関しても――

 ……失礼、話が脱線しました。

 

 短めのアニメとは言え、一本30分あるアニメです。1話目が終わった辺りでからあげのいい匂いがリビングにまで漂い始め、2話目を見終わる頃には「できたっスよー」という赤霧さんの声が響いてきました。

 はやる気持ちを抑えながら、僕たちはテーブルを用意し、盛り付けたからあげを運びます。

 LEDの照明に照り光ったからあげが、ほかほかと美味しそうな湯気を立てていました。赤霧さんのオリジナルスパイスでしょうか、衣に混ざった香辛料のスパイシーな匂いが鼻腔をくすぐり、胃袋が早く食わせろ、と胃酸を大量分泌してきます。

 最後に、サラダとコンソメスープを運んで、夕飯完成。

 

 うずき出した食欲を抑えつつ、僕たちはテーブルにつきました。心なしか、ルリカの表情も急き立てるようなものになっています。

 そして。三人そろったところで、いただきます、と合掌。

 言い終わった直後。さながら獣かのごとく、僕は眼前のからあげに飛びつきました。

 もう、からあげの味についてレビューすることはありません。そんな野暮なことはいたしません。みなさんが想像する通りの、あの美味しくて暴力的で魅惑的な味が、全身を駆け巡っただけの話ですから。

 無我夢中で食べ続けました。

 小食な僕でも、白米を二杯よそってしまったくらいです。

 ……赤霧さんは、そのときにはすでに四杯目を平らげようとしていましたが。

 

 さておき。

 それほどまでに熱中して食事をしていれば当然、体温があがります。これは生理現象です。

 あまつさえ、食しているのは香辛料たっぷりのからあげ。体温の上昇具合もほかの食事の比ではありません。

 そのせいなのでしょう。僕の右手側に座っていたルリカが。


「暑い」

 

 と言いつつ、ジャージのジッパーに手をかけました。

 まあ夏場にジャージは暑いよね、なんて思いつつ、僕はからあげを食べながら彼女がジャージを脱ぐ様をなんとはなしに横目で見ていました。


「ふぅ、涼しい……」


「ぐほぉッ!?」

 

 ジャージを脱いだ先にあったのは、純白のブラジャーでした。

 ルリカは、シャツもなにも挟まずに、下着の上に直接ジャージを着ていたのです。

 

 僕は口にしていたからあげを噴き出しかけました。対面に座る赤霧さんは、我慢できずに飲んでいた水を「ごふぁッ!?」と吹きこぼしていました。

 白里ルリカ、おそろしい子……!

 先ほど、スーパーであれだけ恥ずかしがっていた人間とは思えない大胆さです。

 僕に触れられさえしなければ、とにかくどこまでも攻めることができる、ということなのでしょう。知りたくなかった検証結果です。

 

 ともあれ。僕は注意しました。なんて恰好をしているんですか、シャツを着てください、と。

 そんな僕に対して、ルリカは豊満な胸をさらしながら、平然とこう応えました。


「ミツカゲ、勘違いしちゃいけない。これは下着姿になったんじゃなく、下着姿に留めてあげてるだけ。本気を出せば、ボクはいつでも裸になれる。むしろ、下着姿で踏みとどまったことを感謝してほしいくらい」

 

 厚かましい脅迫でした。

 けれど、幼馴染のそんな言論に、なぜか赤霧さんは「なるほど……」とうなずいてしまっていました。変人と天然。なにか通じるものがあったのかもしれません。こんちくしょう。

 

 僕は諦めました。ルリカは昔から頑固なのです。これ以上はぬかに釘を打つようなもの。視界にルリカを収めなければいいだけの話です。

 そう思い、僕は右側を見ぬよう、なるべく対面に視線をそらします。


「ふ、ふぅー。なんか私も暑くなってきたっスねー」

 

 すると。赤霧さんが白々しい口調と共に、制服のシャツを脱ぎ始めました。

 おそらくは、ルリカの下着姿に対抗しての暴挙なのでしょう。

 普通にからあげが食べたいです。

 

 ですが。赤霧さんはシャツの下に、ピンクのタンクトップを着ていました。

 これを脱ぐのは至難のわざです――なぜなら、タンクトップというすでに布面積が小さい衣服になった時点で、暑さは八割方軽減されているはずだから。

 コレを脱ぐには、それ相応の理由が必要になります。

 どういう意味か?

 部屋のエアコンは効いている。フローリングも程よく冷たい。

 この環境下でタンクトップを脱ぐということは、すなわち自分の身体がひとよりも熱を持ちやすい身体……そう、ちょっと脂肪の多い『おデブさん』である、と暴露することにほかならないのです!


(なんだかんだ、赤霧さんは人目を気にするタイプだ。今日出会ったばかりのルリカの前で、そんな醜態をさらせるはずがない……!)

 

 加えて、ルリカのスタイルは抜群です。グラビアアイドルと見まごうその体型は伊達ではありません。本当の意味でのボン、キュ、ボンを、僕は初めて目にしたような気がします。

 対して。赤霧さんはルリカよりも巨乳ですが、それと同じくらいお尻も大きいです。いわゆる安産型と言いましょうか。服の上からでも、くびれの部分にほんのり贅肉ぜいにくが残っているのがわかります。

 決して太っているわけではありません。健康的ないい身体です。

 しかし。男性よりも何倍も肉体美を気にする女性が、自分よりも綺麗な肉体を前に、果たして対抗する気概を持てるのか?

 事実。赤霧さんはタンクトップに手をかけたまま、最後の一歩を踏み出せずにいるようでした。


(それでいい、赤霧さん……あなたはルリカのような変人にならなくていいんだ)

 

 いま思えば散々な言いようですが、とにかく僕は、リビングに下着姿の女性がふたりいる、という特殊な空間を作りたくなかったのです。

 

 しかし。その願いは叶いませんでした。


「こ、これが暑いんスかねー……ぬ、脱いじゃおーっと」

 

 そう言いながら、豈図あにはからんや、赤霧さんは頬を赤らめながら、タンクトップではなくスカートのほうを脱いだのでした。

 上じゃなくて下だとッ!?

 買い物前に目にした、オレンジと白のストライプ模様のパンツが視界に飛び込んできます。


「んんッ!?」からあげを口に含んだまま、僕は咄嗟にバッ、と視線を左にそらしました。

 ですが。身体の向きまで変えているわけではないので、どうしても視界の端に赤霧さんのパンツ姿が映りこみます。

 あまつさえ、ルリカに負けじと見せつけているのでしょう、赤霧さんは僕に見えるように、テーブルからすこし離れた位置でわざわざ膝を立てていました。M字開脚ほど過激ではありませんが、それに近しい体勢です。


(クソッ、痴女がふたりに増えてしまった……!)

 

 贅肉だらけのくびれを見せることはできない。

 なら、下腹部であるお尻と太ももをさらそう、と、赤霧さんはそう思い至ったようでした。

 たしかに。くびれのない肉体は忌避されがちですが、むちむちとした臀部と太ももは男性受けがよく、むしろメリットとして受け取られやすい。

 そうした世論を免罪符に、赤霧さんはこの暴挙に出たようでした。


(僕の負けです、赤霧さん……)

 

 弱々しく微笑み、僕はカチャリ、とお箸を置きました。

 これ以上は、僕の『息子』が反応してしまいそうだったのです。

 僕は静かに息を吸い、降参を告げるために顔をあげました。


「んん、これも邪魔」

 

 瞬間。右側のルリカが、最後の砦であるブラジャーを躊躇いなく取り払ってしまいました。

 ぷるん、とこぼれた乳房が、僕の視界の端でたわわに踊ります。


「なッ……なな、なにやってるんスか、ルリっちはーッ!!」

 

 お前が言うな、と突っ込まれること間違いなしの台詞を吐きながら、赤霧さんが慌ててルリカに詰め寄り、外したブラを着け直しにかかりました。

 ルリカは「だって邪魔だから……」と嫌そうに身体をよじります。

 

 その間。僕は机に突っ伏し、暴れ出した『息子』を両手で押さえつけていたのでした。

 

 

 この日のことを、僕は一生忘れないでしょう。

 はじめて女性の胸を見てしまった、この日のことを。

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