08話 天然ギャルはそっと心に誓った。

 赤髪ギャル、赤霧ナコは1-Bを出ると、ポスン、とすぐさま近くの壁に背を預けた。


 ――鼓動がうるさい。

 ――ほんの悪戯でやったことなのに、まさかここまで緊張するとは思わなかった。


 女性に対する免疫がないのだろう。黒田ミツカゲの反応はいちいち面白い。

 だから、つい嗜虐心をくすぐられてしまうのだが。


「ちょっと、からかいすぎたっスかね?」

 

 彼の言う通り、友達の範疇を超えた距離感だったかもしれない。

 赤霧ナコと黒田ミツカゲは、あくまで友達なのに。


「……うん、これからは気をつけよう」


 確実に赤いであろう顔面をパシっ、と叩いて気分一新。

 気持ちを切り替えて、ナコは小走りで廊下を駆け出した。


 弾むように階段を降りていき、あっという間に昇降口へ。

 そこには、友人である肌黒金髪のギャル――紺野こんのミオが待っていた。

 天然ギャル様、と周囲が遠巻きに自分を見る中、垣根を軽々と越えてきてくれた親友である。


 駆け寄るナコの存在に気付いたミオは、片手に持っていたスマホを学生鞄に仕舞って。


「お、やっと来やがった。遅えよナコー」


「ゴメンね、ミオっち。ちょっと探すのに手間取っちゃったっス」


「ったくよー。まあしゃあねえな、あるあるだ、あるある。ウチも電車の中に置き忘れたことあっからな。ミオ様のこのナイスバディーに免じて許して進ぜよう」


「ははー、ありがたき温情でござるー」


「キシシ、マジわけわかんねえやり取り! ウケる!」


「ふひひ、ほんとっスね。それじゃあ帰るっスかー」


「ういー」


 よし。いつも通りの会話ができてる。冷静だ。

 自身のコンディションを巧みに管理しつつ、校門に向けて歩いていると、ふと連れ立つミオが「つかよー」と背後の校舎を振り返った。

 そこの三階部分――1-Bの教室の窓際では、いまだ机に向かう黒田ミツカゲの姿が見えた。


「黒田っちを見てスマホ忘れたことに気付くって、それはそれでなんかすげえよな。黒田っちを見つけるまでは、別に普通だったのにさー」


「……そうっスかね?」

 

 ナコは思わず、学生鞄をかばうようにしてミオから隠した。

 教室にスマホを忘れた、というまでもが、見透かされてしまうような気がした。


「てか、私は別に、ミッチーを見て気付いたわけじゃあ」


「『ミッチー』? へえ、男なのにあだ名で呼んでんだ? 珍しいじゃん。ナコ、男相手には警戒心バリバリなのに」


「――、――」


「そういや、今日も数学の授業中に、黒田っちとこそこそ話してたよな? 暇つぶしに『RINE』送ったのに返事がねえから、こっそり横目で見てたんだけど……キシシ、なんともまあ楽しそうに笑っちゃってよー。なんか、ダチなのに妬いちまったよー」


「あれは、えっと……」

 

 思わず言葉に詰まる。

 

 ミオは親友だ。ミツカゲと友達になったことも、いずれ話すつもりでいた。

 しかし。ミツカゲと友達になったその『理由』だけは、親友の彼女にも話すことはできない。

 正確には、まだ話す勇気がない。


(ここでミッチーと友達になったことを明かせば、絶対にその理由を訊ねられる……!)


 数秒の沈黙を経たのち、赤霧ナコが思いついた策は。


「…………み、ミオっち! 突然っスけど、カラオケ行かないっスか!?」

 

 強引な誤魔化し、だった。


「なんか、今日は無性に歌いたい気分なんスよ!」


「お、いいねー! 今日はしゅうろ……じゃねえ、これといった用事もねえから、しゃかりき歌っちゃおうぜー!」


「うんうん、ミオっちは声がいいっスからね! その綺麗な歌声を聴かせてほしいっス!」


 無理やり話題をそらして、ふたりして校外に躍り出る。

 ミオも特に、そこまで深く言及するつもりはなかったのだろう。ミツカゲの話はすぐに忘れ、カラオケで歌う曲リストを挙げ始めた。


 口ずさむミオの隣を歩きながら、ナコはホッ、と胸をなでおろす。


 ――意外と鋭いんスよね、ミオっち。

 ――ミオっちの前では、ミッチーとの接触はできるだけ避けないと。


 ナコはそう、心に誓った。

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