15話 天然ギャルと一緒にご飯を食べた。
買い物を終えて帰宅後。
赤霧さんは早速、夕飯の支度に入ってくれた。
自分の家の台所に同級生が立っている図というのも、なんだか不思議な光景だ。
「赤霧さん。なにか手伝うことはありますか? さすがの料理下手な僕でも、簡単な単純作業ぐらいなら手伝えると思うんですが」
問うと、赤霧さんは手を洗いながら「んー」と宙空を仰いで。
「特にはないっスかね。今回はそんなに手間のかかる料理でもないんで、ひとりで充分っスよ。ミッチーはゆっくり待っててくださいなー」
「そうですか……それじゃあ、なにかあったら呼んでくださいね」
「ういういー」
無理に手伝おうとしても、かえって邪魔になるだけか。
早速サバの味噌煮を作り始めた赤霧さんを横目に、僕は台所を離れてリビングへ。
BGM代わりに今期の春アニメを流しつつ、リビングの中央に簡易テーブルを用意しておく。
本当、日用品だけは一丁前にそろえておいてよかった。
家中に味噌のいい香りが漂い出し、腹の虫を制御しきれなくなってきた頃。
「ミッチー、ご飯できたっスよー」
赤霧さんの、夕飯の完成を告げる合図がリビングに届いた。
すぐさまアニメをストップし、急いで台所に走る。
「はい、どうぞ。落とさないように頼むっスよー」
「おお……」
手渡されたサバの味噌煮を前に、思わず感嘆の声をもらす。
一見、なんてことはないサバの味噌煮だが、カロリーメイキングだけを食べて生きてきた僕にとって、ソレはまるで超高級料亭の至高の一品のように思えた。
配膳用のお盆は買っていなかったので、両手で慎重にふたり分の食事を運んでいく。旅館での過酷な配膳に比べればこの程度たやすい。
「ふー、これで終わりっスかねー」
「おつかれさまです」
赤霧さんが最後の一品である白米をリビングに運び、夕飯の準備は完成。
サバの味噌煮、里芋の味噌汁、白米、サラダ、冷奴、ほうれん草のおひたし。
小さなテーブルの上がまぶしいほど豪華絢爛に輝いている。
ほっこりと、暖かそうな湯気がリビングの天井に昇っていく。それと同時に鼻をくすぐる、味噌や生姜の入り混じった、和食然とした美味な香り。ふと脳裏に甦る小学生の思い出。帰り道に並ぶ家々から漂ってきていた、おいしそうな
匂いだけでわかる。これは確実においしい。
ゴクリ、と生唾を飲み込む音が聴こえた。
赤霧さんではない。僕の喉からだ。
と。対面に座る赤髪ギャルが「ふひひ」と悪戯っぽく笑った。
「ミッチーのお腹も限界みたいっスから、早速いただきましょっかねー」
「そ、そうですね。冷めたら台無しですし」
「素直じゃないっスねー。んじゃあ、いただきまーす」
「いただきます」
食材と赤霧さんへの感謝を胸につぶやき、まずはお味噌汁に口をつける。
ズズズ……。
合わせ味噌の香りが鼻を抜け、ジャンクフードで乱れきった僕の内臓に染み渡っていく。
喉をすぎた味噌汁は胃腸に教えてくれた。これが本当の主食なんだぞ、と。
箸を繰り、お椀に沈む里芋を噛み締めた。ほろほろと舌先で崩れるほどにやわらかいソレを、味噌汁と一緒に胃に注ぐ。
「ほふっ」
程よい熱さの里芋を咀嚼し、次いで、塩サバに手を伸ばす。
箸先をつん、と刺しただけで、奥まで貫通してしまった。よく煮込まれている。
サバの身をふたつに割くと、胃を締めつける甘美な匂いがむわっ、と眼前に立ち込めた。
大きな骨を取り除き、味噌、料理酒、みりん、砂糖、生姜が染み込んだサバを口に放る。
「……、はぁふっ!」
瞬間。僕はたまらず白米を頬張った。
たまらなく米に合う味だ! 味噌だけでも最高だっていうのに、料理酒やみりん、そして砂糖の甘みが白米摂取を促してくる。照り光ったサバの身を見ているだけで口内に唾があふれてくるようだ。
そこに、備えられた生姜のアクセントが交わり、おかずとして最高の一品に仕上がっている。父の料理といい勝負なのではないだろうか?
塩っ気が多くなってきたら、サラダを食べて口内をリセットさせる。キャベツとタマネギ、それにトマトと丁寧に茹でられた鶏のささ身が、サッパリとした味を届けると共に、僕に健康の二文字を思い出させる。
サバ、米、味噌汁、サラダのローテーションを維持しつつ、冷奴とほうれん草のおひたしにも浮気する。こうした主戦力にはなりえない一品こそが、料理全体の味を引き立たせる重要な要素になる。まさに縁の下の力持ちだ。
一口、また一口と食すたびに、自然と頬がほころんでいく。
(おいしい料理って、楽しいんだな……)
僕と同じように、幸せそうな顔で食べ続ける赤霧さんを見ながら、ふと思う。
カロリーメイキングは時間を短縮してくれた。
けれど同時に、食事の楽しみをも削いでいた。
その、生活において大切な要因のひとつを、僕はいま思い出せた気がした。
「ありがとうございます、赤霧さん。本当に、本当においしかったです」
夕飯を食べ終えたあと。僕は心の底からの本音として、そう口にしていた。
いつの間にかご飯をお代わりしていた赤霧さんは、両頬をハムスターのように膨らませたまま、呆気に取られたような顔でこう言った。
「ほうひはひはひへ」
「……『どういたしまして』?」
「ほれっふ(それっス)」
ニッコリ、と目を細め、満足げな表情で食事を再開する赤霧さん。
そういえば、赤霧さんはぷにぷにと程よい肉付きの体型をしている。
太っているわけではないけれど……まあ、ハッキリ言ってしまえば痩せ型とは言えない身体だ。こう言っては失礼かもしれないけれど、安産型というか、なんというか。
まあ、そうした健康的な身体だからこそ、あれほど豊満な胸元をしているのだろう。
(食べるのが好きなんだろうな、きっと)
僕自身が小食なので、いっぱい食べる女性はそれだけで魅力的に映る。
数年前に放送されていた『アイドルクイーン・シラユキガールズ』でも、ぽっちゃり体型のアイドルキャラがいた。僕が一番好きなキャラクターだ。
あまり意識したことはなかったけれど、僕の好きな女性のタイプは、そういったふくよかな体型の女性ということなのかもしれない。
……好きな女性?
いや、ちがうのだ。
そのふくよかなアイドルキャラが好きだから、赤霧さんも好きな女性である、という意味ではない。
赤霧さんの体型や
決して、『そういう』感情に繋がるような話ではない。
「ちがう、断じてちがうぞ……僕はそういう、惚れた腫れたなんて話は……」
「はひをうふうふいっへふんふはー?(なにをぶつぶつ言ってるんスかー?)」
「いえ、なんでも……というか」
「?」
首をかしげるハムスター赤霧さんを見て、僕は呆れたようにため息をつく。
「話すのなら、口の中のものはしっかり飲み込んでください。はしたないですよ」
「ふぁーい」
「ああ、もう。言ってるそばから、お米がほっぺたに――」
言いながら、僕は無意識に腰を浮かし、左手を伸ばした。
そして。対面の赤霧さんの左頬に付着した米粒をすくい取り、自分の口元にパクッ、と運ぶ。
数秒後。米粒を飲み込んだ僕は。
「……あ」
と、思わず声をもらしていた。
……いま、僕はなにをした?
ハムスター赤霧さんも箸を止め、なにが起きたのかわからない、といった顔で固まっている。
ちがっ、ちがうのだ。言い訳をさせてほしい。
この夕食は、本当に久々の手料理だった。
だからきっと、実家にいたときの感覚が――甘えんぼの妹の面倒を見ていたときの習慣が、ここに来て甦ってしまったのだ。
僕はあたふたと慌てふためきながら、なんとか弁解を試みる。
「あ、あの、ちがうんです! 昔、妹がよくほっぺたにお米をつけていて、それを僕が取ってあげてたから、その癖がつい出てしまって! あの、なんというか、すみませんでした……」
「……いふふおをふあうほへいふぁっふぁほひ、ほんはふいうひふふいっふほ……(……胃袋を掴む予定だったのに、こんな不意打ちズルいっスよ……)」
「え? あの、すみません。もごもごしてる上に小声だったので、ちょっと聞き取れませんでした。いまのはなんと?」
「……ふぁんへほはい(……なんでもない)」
不機嫌そうに応えて、もぐもぐ、と伏し目がちに食事を再開する赤霧さん。
照明の影になっていて顔色は見て取れないけれど、またも耳が真っ赤になっている。もしかしたら怒らせてしまったのかもしれない。
僕は胸中で再度謝罪しつつ、夕飯と一緒に用意してもらった煎茶を一口すすったのだった。
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