14話 天然ギャルは耳を真っ赤にした。

 夜のとばりが落ち始めた、午後七時二十分。

 僕と赤霧さんは、マンションから徒歩十分ほどの場所にあるスーパーに来ていた。

 言わずもがな、今夜の夕飯の材料を買うためである。

 

 ここでの買い物の支払いはもちろん僕持ちだ。掃除をしてもらった上に布団を貸してもらい、あまつさえ、これから料理を作ってもらうのだ。

 赤霧さんには一円も払わせることはできない。


「今日のご飯はなににしよー、なになになになに、なににしよー」


「摩訶不思議な歌を唄いますね、赤霧さんは。なんか呪われそうです」


「失礼なミッチーは荷物持ちー、にもにもにもにも、荷物持ちー」


「いやまあ、全然持ちますけどね……」

 

 鼻歌交じりにスキップする赤霧さんを追いつつ、自動ドアの横に積まれた買い物カゴを手に取り、店内に入っていく。

 

 ちなみに。

 僕も赤霧さんも制服姿ではない。出かける前に各々、私服に着替えていた。

 僕は無難にジーパンと白Tシャツ。赤霧さんはデニムのホットパンツにオレンジのTシャツを着て、前髪にかわいらしい髪留めをしていた。

 なんともラフな服装の二人組みである。

 まあ。スーパーに足を運ぶ程度なら、こうしたラフな服でも問題ないだろう。


「あ、里芋が安いっスね。お味噌汁の具は里芋に決定ー。ミッチー、カゴに入れるっスよー」


「おっと」


「とりあえず、ミッチーの食生活の乱れを正したいんで、サラダも必要っスよねー。キャベツとタマネギを千切りにして、トマトと鶏のささ身を追加ー」


「おっとっと」


「おわ、塩サバが50円! これはお買い得っスねー。おかずはこの子でサバの味噌煮だー。あとはホウレン草のおひたしと、冷やっこでも作るっスかねー」


「おっとっとっと」

 

 様々な食材が、どんどん買い物カゴに収まっていく。

 きっと赤霧さんの頭の中には、料理の完成図がすでにできあがっているのだろう。食材選びに迷いがない。


「あ、赤霧さんは、いつもこんなスピーディーに買い物を?」


「んー? まあ、そうっスね。大体いつもこんな感じっスよ」


「すごいなあ……買い物の達人ですね」


「ふひひ。この程度で達人なんて言ってたら、世の主婦たちに失礼っスよー。私なんて全然」


「料理は自分で覚えたんですか? それとも、ご両親に?」


「――――」

 

 何気なく問うと、赤霧さんは数秒ほど間を空けたのち、変わらぬ声音で応えた。

 僕の前を歩いているので、その表情は見て取れない。


「いや、おばあちゃんに教わったんスよ。私、子供の頃からすごいおばあちゃんっ子で。一緒に買い物行ったり、色んな料理を教わってきたりしたんスよね」


「なるほど、そうだったんですね」


「だからまあ、ミッチーに出す料理もちょっと古臭い料理というか、和食ばっかになっちゃうかもしれないっスけど、そこは許してほしいっス」


「古臭いだなんてそんな。和食は大好物なので嬉しいです」


「ふひひ、よかった」

 

 振り向き、いつものかわいらしい笑顔を見せる赤霧さん。

 先ほどの、あからさまに不自然な『間』が、すこし引っかかるけれど。

 



 

 そうして。

 買い物カゴの中が色とりどりの食材であふれ返ってきた頃だった。


「ねえねえ。ちょいと、そこのおふたりさん」

 

 精肉コーナーに差しかかった辺りで声をかけられた。

 試食販売のようだ。エプロンをした五十代ほどのおばさんが、卓上ホットプレートでおいしそうなウィンナーを焼いている。


「晩ご飯の買出しかい? よければ食べていってよ、おばさんのノルマのためにも。あらやだ、ちょいとぶっちゃけすぎちゃったかしら? ガハハハ!」


「あ……えっと」

 

 赤霧さんに目配せすると、にこやかな顔で頷かれた。

 食べていこう、という意味だろう。


「はい。それじゃあ、いただきます」


「ありがとねー、坊や! やさしくて惚れちゃいそう! 夫と離婚したら電話するわね。あらやだ、ちょいと本音をもらしすぎたからしら? ガハハハ! はい、お待ち! そっちのかわいい彼女さんもどうぞ!」

 

 豪快なおばさんから紙コップに入れられた一口大のウィンナーを受け取り、試食してみる。

 うん。普通においしい。

 特別おいしいってほどではないけれど。

 でも、今回の買い物は赤霧さんに任せてるから、僕が買うかどうかは決められないんだよな。

 なんてことを考えていると、ウィンナーを平らげた赤霧さんが紙コップを捨てたのち。


「ごちそうさま。おいしかったっス」

 

 と、坦々と言い置いて、スタスタとおばさんの前から離れてしまった。

 僕も慌てて食べ切ると、おばさんに一礼して、赤霧さんの後を追う。


(さ、さすがだ……)

 

 普通ならおばさんのことを思い、「それじゃあ1個だけ……」とウィンナーを購入しているところだ。押しに弱い僕なら、おそらくそうしている。

 しかし、買い物の達人はちがう。

 話しかけられようが試食しようが、情にほだされるようなことはない。

 我が家に必要な食材以外は絶対に買わない、という硬い意志を持って店の入り口をくぐっているのだ。

 おばさんもその意志を察しているのだろう。赤霧さんと僕に悪態をつくこともなく、ほかの客に向けて試食販売を再開していた。


「さすがです、赤霧さん」

 

 小走りで駆け寄って、冷凍食品コーナーの前でそう賛辞の言葉を送ると、赤霧さんはスッ、と無言で先に行ってしまった。

 ……聴こえていなかったのだろうか?

 もう一度追いかけて、今度は隣に立ってみる。


「あの、赤霧さ――」


「彼女って言われた……彼女って言われた……彼女って言われた……くぅ!」

 

 僕の存在に気付いていないかのように、ボソボソとつぶやきながら歩みを進める赤霧さん。

 その耳は、先ほどのウィンナーのように真っ赤に染まっていた。

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