55話 金髪ギャルとゲームの練習をした。

 紺野ミオの弱点を探す。

 

 そのために僕は、まず彼女のDOD実況動画をすべてチェックするところから始めた。

 紺野さん……いや、実況者『ミオ』のDOD動画は平均10分と短めなものが多いので、およそ三時間足らずで全部視聴することができた。

 次に、ミオのプレイを脳内に焼きつけたまま、モンキーズ3ミザルのDOD実況動画を視聴する。


〝――モンキーズ3と比べると、どうしても見劣りするんだ――〟

 

 見劣りするということは、ミザルの動画のほうが優れているということ。

 つまり、その『弱点』はミオとミザルの動画を見比べることで、浮き彫りになってくるはず。

 僕はそう考えた。

 素人の僕がゲームプレイの優劣を見極めることはできないが、こと『映像の差異』に関しては、長年アニメを愛し続けてきた僕にも自信がある。

 

 その昔『旧世紀ガヴァンジェリオン』という社会現象にもなった超名作アニメが放送されたのだが、放送時の映像とDVDに収録された映像とでは微妙な違いがあったのだ。一番有名なのは、ヒロインふたりが無言でエレベーターに乗っているシーンだろうか。放送時には数分間の沈黙が続くのに対し、DVDは途中で片方のヒロインが不意にくしゃみをするのだ。おそらくは、沈黙時間が長すぎるという視聴者からの指摘を汲み取った監督のお遊びとも言える追加要素なのだろうが、ファンにとっては思わずニヤリとしてしまうシーンでもあった。

 

 ……っと、話がそれたので戻そう。

 とにかく。両者の動画を『映像』として捉え、観察するのであれば、僕にも気づけることはあるという話だ。

 そして。

 僕のその読みは、正しかった。


「……なるほど」

 

 思わずつぶやき、僕は紺野さんから借りているノートPCから視線を離した。

 ここは紺野さんの自室。部屋主である紺野さんは、僕にDOD大祭の説明をし終えたあと、日頃の練習の疲れからだろう、ベッドで大の字になって爆睡してしまっていた。

 なんとも気持ちよさそうな寝顔で、口端からはヨダレが垂れてしまっている。

 警戒心ゼロか。

 一応、僕も男なんだけれど……。

 それだけ僕を信用してくれている、ということなのだろうけれど、ここに愛しのカイくんを呼び出したらどんな反応をするか、すこし見てみたい気もする。

 さておき。


「なにか買いに行こうかな……」

 

 壁掛け時計を見ると、時刻はすでに昼過ぎ。

 そろそろ腹の虫が暴れ出す頃合いだった。

 

 僕は持って来たバッグを担ぐと、紺野さんを起こさないよう、忍び足で部屋を出た。

 そのまま二階の反対に位置する和室に向かい、荷物を置かせてもらう。紺野さんが爆睡する前に『お盆の間、黒田っちはここで寝てくれ』と指定してきたのだ。

 期間中。お風呂も貸してくれることになっているが、女性の家のお風呂を借りるのは初体験なので、いまからすこしだけ緊張してしまう。


「かと言って、入らないわけにもいかないし……夜中にこっそり入ろうかな?」


「あ、ミツカゲ兄ちゃん」

 

 と。財布片手に玄関に向かうと、リビングからタケルくんがひょこっ、と顔を出してきた。

 タタタッ、とこちらに駆け寄ってきて、ヒシッ、と僕の腰元に抱きついてくる。


「お腹すいた」


「……冷蔵庫に、なにかないんですか?」


「ない。正確にはあるけど、料理しないと食べられないものしかない。そして、いまこの家で料理できるのはお姉ちゃんだけ。台所の前では、ぼくは無力」


「無力は言いすぎだと思いますけど……」


「ミツカゲ兄ちゃんは料理できないの?」


「…………」


「……ゴメンなさい」


「謝らないでください。逆に辛いです……じゃあ、一緒にお昼買いに行きますか?」


「行く!」

 

 パァ、とまぶしい笑顔を浮かべるタケルくんを連れて、僕は家の外に出た。

 ここからなら、スーパーよりコンビニのほうが近いか。

 殺人的な陽射しの中。僕とタケルくんは手を繋いで歩いていく。人懐っこいなあ。子どもの頃、ミツミともよくこうして歩いたっけ。

 というか、いまさらだけどタケルくんを連れてきてよかったのだろうか? お巡りさんとかに見つかって、誘拐犯とかに間違われないだろうか?

 そんなことを危惧しながら進んでいると、目の前の曲がり角からお巡りさん……ではなく、見知った人物が現れた。


「――む? ミツカゲに……タケル? なぜふたりがここに?」


「ああ! カイト兄ちゃんだッ!!」

 

 コンビニ袋を片手に持った、甚平姿のクラスメイト。

 オタク友達である灰村カイトが、そこにはいた。

 



 

「――ほう。紺野の手伝いを?」

 

 コンビニで昼飯を調達したのち。僕たちはコンビニ近くの公園に立ち寄っていた。

 カイトに、紺野さんの家に泊まっている事情を説明するためである。

 炎天下にもかかわらず遊具で元気に遊ぶタケルくんを見つめながら、僕とカイトは日陰にあるベンチに座ったまま、会話を続けた。

 無論。ゲーム実況をしていることや告白のことは伏せて話を進める。


「ええ。詳しくは話せないんですが、成り行きでそうなってしまいまして。お盆の間は、紺野さんの家に泊まり込むことに」


「……そうか。泊り込みで、か」


「あ、いや、でもアレですよッ!? 別に僕が紺野さんのことをそう思ってるだとか、逆に紺野さんが僕のことをそう思ってるだとか、そんな話ではありませんから! 勘違いしないでくださいね!? と、というか、僕には心に決めたひとが……!」

 

 変な誤解をさせないよう、慌ててそう言い繕うと、カイトは「ナハハハ!」と快活に笑った。


「わかっている。ミツカゲのことは、親友の俺が誰よりも信じている。それに、その手伝いとやらにも、すこし心当たりがあるしな――ただ、今回は俺に頼ることのできない類の試練、ということなのだろうさ」


「……まあ、そうなってしまいます。でもそれも、紺野さんがカイトを信用していない、という話ではないので、そこも勘違いしてあげないでくれると」


「それもわかっている……紺野とは、まあ、十年来の付き合いだからな。アイツが変に意固地で、こうと決めたら突っ走るタイプだというのは重々承知しているさ。今回のソレも大方、紺野が勝手な思い込みのままに、ミツカゲに一方的にお願いした形なのだろう?」


「せ、正解です……さすがは幼馴染」


「俺が言うことでもないかもしれんが、スマンな、巻き込んでしまって……だが、できることなら紺野の力になってやってほしい。頼めるか?」

 

 そう言って、カイトは左手の拳を僕のほうに向けてきた。

 ほんのすこし前は疎遠になっていたのに、いまとなっては、カイトは紺野さんのことを大切な幼馴染として扱っているように見える。いや、確実にそうだろう。

 そのことがうれしくって、僕も右手で拳を作り、コツン、とカイトの拳に当てた。


「当然です。任せてください」


「ああ。任せた!」

 

 DOD大祭、絶対に紺野さんに優勝してもらって、カイトに告白させる。

 そう、僕は胸中で強く誓った。


「それはそれとして、ミツカゲよ」


「? なんです?」


「お前の心に決めたひと、というのは、いったい誰のことなんだ? まさか隣の……」


「……、た、タケルくーん! 暑くなってきたので、そろそろ帰りましょうかー!」

 


     □

 


「紺野さん。起きてください、紺野さん。もう夕方ですよ」


「ん……んあ?」

 

 陽が沈み始めた午後五時半。

 カイトと別れたあと。タケルくんとお昼ご飯を食べ、一緒にゲームをして過ごしたりしたが、紺野さんが起きてくる気配は一向になかった。

 ので。さすがにこれ以上は寝かせられないと、僕は紺野さんを揺すって起こすことにした。

 その直後。


「タケルー! 起こすなって言ってあっただろうがああーーッ!!」


「うええぇぇッ!?」

 

 突如。寝ぼけたままの紺野さんが、僕の手を引いてベッドに押し倒してきた。

 半ばパニック寸前になっていると、紺野さんはこちらの右腕をその褐色の太ももで挟みこみ、伸びた僕の手をグググ、と逆向きに引っ張ってきた。

 いわゆる、腕ひしぎ十字固めである。

 手の甲に押し当てられた胸の感触だとか、寝汗で汗ばんだ太もものしっとり感だとか、そんなものに浸っている余裕などなかった。


「痛たたたたたッ!? こ、紺野さん!? ギブ、ギブアップですッ!」


「――ハッ」

 

 と。ようやく僕がタケルくんじゃないと気付いたのだろう。

 紺野さんはサブミッションを解くと、すぐさまベッドの上から飛び退いた。

 僕を押し倒した、という事実にいまさら照れているのか。その頬はほのかにピンク色だった。


「き、キシシ……悪い、なんか小さかったからタケルかと思っちまった。ほんと悪い」


「い、いえ、大丈夫ですけど……もうすこし、タケルくんにやさしくしてあげてください」

 

 ベッドから起き上がりつつ言うと、紺野さんは「いやいや」と呆れたように言う。


「ウチだってやさしくしてんだぜ? でもアイツすこしやさしくすっと、すぐウチの顔に油性ペンで落書きしやがるからさ。これぐらいしねえと懲りてくれねえのよ」


「……なるほど」

 

 自衛のために、暴力がレベルアップしていったのか。

 まるで国同士の戦争のようである。


「まあ、そこら辺はまた後日タケルくんと話し合ってもらうとして……紺野さん。起きたのなら、さっそくDODをプレイしましょう」


「お? うん、まあそのつもりだったけど……急にどうしたん?」

 

 素朴な顔で首をかしげる紺野さんに、僕はすこしドヤ顔を作って、こう言った。


「見つけたんですよ、紺野さんの『弱点』を」

 


 


 PC起動後。DODを立ち上げ、マルチ対戦の『フリーバトル』を選択させる。

 これは、ひとつのフィールドでオンライン上のプレイヤー16名とポイントを競い合う、というゲームモードだ。30ポイント先取で勝利となる。

 敵を倒せば1キルとなり、1ポイント。倒されれば1デスだ。


「じゃあ、まずは紺野さんの思うがままにプレイしてみてください。それと、あとで見返せるようにゲームクリップの保存も忘れずに」


「? なんかよくわかんねーけど、りょーかい」

 

 言いつつも、長い金髪をポニーテイルにくくり、ヘッドフォンを装着。

 直後。紺野さんはDODの世界に飲まれていった。


 二人きりの室内に、カチャカチャ、とマウスとキーボードの操作音だけが響く。

 本当はゲームクリップなどに保存させず、その場その場で指摘していこうかと思った。

 だが、これで正解だったと、僕は確信する。

 指摘を挟む余地などない。

 正確には、挟めなかった。

 圧倒的なまでにうますぎたのだ、紺野さんのプレイが。


 敵の位置が見えているかのように立ち回り、奇襲で撃たれても『伏せ撃ち』やジャンプなどで咄嗟に回避し、高速で背後を振り向き一斉射撃。小さな足音も聞き逃さず、急接近してきた相手には素早い判断でナイフキル。敵に吸い込まれていくような卓越したエイム力は、もはや人智の域を超えている。

 気付けば、開始四分で21キル、1デス。

 つまり、紺野さんはここまで一回しか倒されずに、21人も敵を倒してみせたのである。


「あともうすこしー」


 鼻歌まじりにつぶやき、紺野さんは右人差し指の関節をポキっ、と鳴らした。

 それを合図にして怒涛の追い上げ。秒数カウンターかのごときスピードでキル数を伸ばしていき――そして、五分も経たずに呆気なくゲーム終了。

 ラストキルももぎ取り、見事紺野さんのキャラクターが勝利を飾った。


 最終戦績は、30キル、3デス。

 圧巻の大勝利である。


「とまあ、こんな感じだけど……それで、ウチの弱点ってなんなん?」


「ああ、えっとですね」

 

 驚愕も最中に、僕はメインモニターに近づき、ゲームクリップを再生させる。

 問題のシーンは、一番最初の敵と接敵した戦闘シーンだ。


「エイムや反応速度なんかは文句なしだと思います。敵に動きに対する読みも完璧です――ただ、紺野さんは『残弾数』の管理ができていないんです」


「残弾数? いや、そんなの常に気にしてっけど」


「じゃあ、最初の敵を倒したあと……ここですね。ここでどうして、弾をリロードしたんですか? 紺野さんが使っている銃は最大装填数32発に対して、このときの残弾数は8。この銃の威力であれば、敵は5発で倒せるはずですけど?」


「……いや、でも8発って少なくね? 余裕を持っておきてえじゃん。人間の心理として」


「気持ちはわかります。ですが、その数秒のリロードタイムが入ったせいで、階段下から現れた敵に対処できず、はじめてのデスを奪われています。その8発を残しておけば、勝てた相手ですね?」


「……まあ、そうかもしんねえけど」


「そうした人間の心理を越えた先に、モンキーズ3はいるんですよ」

 

 ここで、僕は紺野さんから借りていたノートPCをデスクに置き、用意していたモンキーズ3のDOD動画を開いた。

 ステージは、紺野さんがプレイした場所と同じ。使用している銃も同じものだ。

 動画を再生させ、シークバーを2分12秒に合わせる。

 そこで、先ほどの紺野さんと似た接敵シーンが訪れた。


「ここでミザルさんはヘッドショットで最初の敵を撃ち抜き、残弾数を4発にする。けれど、リロードは一切しないんです」

 

 僕の解説通り、ミザルはリロードをしないまま、銃をかまえて建物内に入っていく。必ず敵がいると、信じて疑っていないのだ。

 辺りを警戒しつつ、物音をしっかりと聴きながら進むミザル。

 そして――階段下に潜んでいた敵を見つけた瞬間、素早く腕と胴体に3発射撃。

 紺野さんが敗れたふたり目を撃破し、ミザルはここでようやくリロード。建物の外へと駆け出していったのだった。


「見ている限り、このゲームは足音だけでなく、リロードでも音が鳴る。紺野さんはそのリロード音を不用意に鳴らしたせいで、ふたり目に撃破されてしまったんです。残りの2デスも、ほぼ似たようなミスから生まれた死に方でした」


「…………」


「余裕を持ちたいと思う心理のせいで死んでたら、元も子もない。そのことを、ミザルはよく理解してるんです。もちろん、リロードタイミングもケースバイケースではあると思いますけど、紺野さんの場合は不要なケースが多かった、という話です」


「……なるほど、それがウチの『弱点』か」

 

 独白のようにつぶやき、紺野さんの瞳に闘志が燃え始める。

 指摘したことで怒られるかもしれない、と思っていた僕は、だからすこしホッとした。

 こう言ってはなんだが、FPSプレイヤーは気性の荒いひとが多いと聴いていたからだ。


「よし! それじゃあ、そのリロード癖をなくせばいいわけだな!」


「そういうことです。がんばりましょう。僕も見守りますから」


「おうよ!」

 



 

 そうして。

 僕と紺野さんの練習は、翌日の朝陽を拝むまで続いた。

 この時点でお盆二日目。八月十四日。

 DOD大祭開催日は八月十五日の午後二時半だから、猶予は一日しか残されていない。


「黒田っち、まだ起きてられるか? あとすこしで、なんか掴めそうなんだけど……」


「だ、大丈夫です。まだまだいけますよ」

 

 疲労困憊になりながらも、ふたりで『実況者ミオ』のスキルアップに専念していく。

 

 楽しかった。

 ゲームのことを知らない僕でも役に立てることが、なにより、誰かと共同でなにかを育てていく、強くしていくという感覚が、陰キャの僕にはたまらない喜びとなった。

 そうした感情が、僕の脳内から眠気を忘れさせていった。それは、紺野さんも同じだったにちがいない。

 決してそういう意味ではないけれど、このときの僕と紺野さんは、運命共同体にも似た存在に近かった。それほどまでに、思考も言動も混ざり合っていったのだ。

 

 お盆二日目は、ほぼ休みを取らない練習漬けの日となった。

 必然、タケルくんのご飯はすこし質素なものになってしまったけれど、『姉者の趣味は理解している。精進せい』と山奥に住む師範代のような言葉を残してくれた。

 そんな弟さんの応援を受け、僕たちは練習に練習を重ねる。

 しかし。

 練習ばかりして、疲れを残したまま本戦に挑んでは本末転倒。

 ということで、僕たちはこれまでの疲れを取っておこう、と十五日に日付が変わった瞬間、しっかりと睡眠を取ることにした。

 与えられた和室に戻り、風呂に入ることも忘れて布団に倒れこむ。

 



 そして。

 ついに訪れた、お盆三日目。八月十五日。


「……え?」

 

 大爆睡の末に起床したあと、思わずそんな声がもれる。

 

 スマホに映し出されている現時刻――午後二時四十五分。

 大祭開始時刻は、午後二時半。


「寝坊、した……?」

 

 DOD大祭の火蓋は、すでに眠っているうちに切って落とされていた。

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