56話 僕は女の子になった。
「こ、紺野さん! 起きてください、紺野さんッ!! DOD大祭、もう始まってます!!」
他人の家だとか、なりふりかまっていられない!
布団から飛び起きた僕は、急いで紺野さんの自室に駆け込み、必死にそう呼びかけた。
また腕ひしぎ十字固めをかけられてもかまわない。
いまはとにかく起こさねばと、ペチペチ、とすこし頬を叩いたりもした。
しかし。
「紺野さん! お願いだから起きてくださいって!!」
「んー……キシシ、カイくん、それはエッチすぎるぜ……むにゃむにゃ……」
「古典的かッ!! クソ、全然起きそうにない!」
連日の徹夜に加え、昨日のぶっ通しの練習が堪えたらしい。
ベッドで横になる紺野さんは、一向に起きる気配を見せてくれなかった。
「このままだと、出場すらできずに敗退ってことに……」
サー、っと僕の全身から血の気が引いていく。
現時刻は午後二時五十分。
大祭開始から、すでに二十分が経過している。
焦燥交じりに、僕はとにかく、紺野さんのデスクトップPCの電源を入れた。
他人のPCを起動させる罪悪感はあったが、それもいまは気にしていられない。
起動後。DODを立ち上げて、IroTubeでモンキーズ3のチャンネルを開き、生配信中の番組をクリックする。
すると。デスクトップのスピーカーから、モンキーズ3の白熱した実況が聴こえてきた。
メインモニター上では、すでに参加者たちがDODで競い合っている。いままさに、一対一のトーナメントマッチを行っているようだ。
リアルタイム視聴者数は、およそ9万人。
「あああぁぁぁ……どうしよう、どうしよう!」
震えだした手を抑えながら、DOD大祭用のボイスチャットを開いてみる。
昨夜。ここで大祭出場者とやり取りするんだ、と紺野さんに見せられていたものだ。
瞬間。ピコンピコンピコン、と連続して、ボイスチャットに『未読メッセージ』が大量に送られてきた。
恐る恐る覗いてみる。相手の送信主は、モンキーズ3のミザル。
『ミオさん、打ち合わせの時間なんですがー?』『もしかして寝てますー?』『どうしようかな……』『ミオさん、このままだと不戦敗になっちゃいますよー』『大祭開始しましたー、気付いたらチャットくださいー』
そんなミザルからの心配のメッセが、僕の焦燥感を最大限に煽った。
「~~ッ、ヤバイヤバイヤバイッ!! もう、紺野さんってば!!」
半分涙目になりながら、背後のベッドで眠る紺野さんの両肩を揺さぶる。
まったく起きそうにない。いい夢を見てるのだろう、幸せそうな顔でまたヨダレを垂らしている。
「クッ、いまならタケルくんの気持ちがすこしだけわかる……!」
が。ここで油性ペンで落書きしても、事態は好転しない。
僕はPCに向き直り、配信ページの概要欄に目を通した。
トーナメントマッチの参加者一覧と、対戦表を確認する。
紺野さん……実況者ミオの出番は、いま行われている試合の次のようだった。
現時点で二試合目の中盤辺り。
平均で、一試合に十五分程度かかる計算だ。
気持ちを落ち着かせるためにも、僕はボイスチャットに記載された、トーナメントマッチのルールを読み上げることに。
「トーナメントマッチのルールは、カスタムフリーバトル。通常のフリーバトルよりもポイントを多く設定して、対戦者から50ポイント先取したほうの勝ち。対戦中は基本、放送画面は閉じて、ボイスチャットからも抜けて、各個人試合に集中する。試合前には、ボイスチャットで対戦者同士の挨拶を行う……対戦者同士の挨拶ッ!?」
つ、つまり、言うまでもなく紺野さん本人が話さないといけない、ということか!
「こ、紺野さ――」
クーラーは効いているのに嫌な脂汗をかきはじめた、そのとき。
ボイスチャットに、新たなメッセージが飛んできた。
送信主は、ミザル。
実況している裏で、こちらに確認のチャットを飛ばしてきたようだ。
『あ、ログインしてますね。よかったー。次、ミオさんの番ですので、よろしく!』
「なッ……!? ま、まだ二試合目のはずじゃあ……」
放送画面を見ると、すでに二試合目の勝敗結果だけが映し出されていた。予定よりも早く終わってしまったらしい。
ボイスチャットを開いているせいで、ミザルのメッセージにもすぐ既読マークがついてしまった。
追い討ちとばかりに『三試合目の準備が整ったら通話かけますー。たぶん五分後ぐらいです』と送られてきた。
これで、寝ているという言い逃れはできない。
唇を震わせながら背後を振り返るも、紺野さんはいまだ爆睡中。
ただ、心なしか寝息が大きくなってきている。
寝息やイビキが大きくなるとき、人間の睡眠は浅くなっている証拠だと言う。
なら、紺野さんが起きるのもあとすこしかもしれない。
「……ッ、紺野さん! 絶対に起きてきてくださいよッ!!」
最後の目覚ましとして大声で呼びかけると、僕は意を決してヘッドセットを装着した。
不整脈かと思うほどに心臓が暴れる中。僕はマイクの位置を調整し、「あーあー」と喉の調子を慣らしておく。
〝――キシシ。女みてえに高い声出せるんだな、黒田っち――〟
以前、通学路で紺野さんに耳元で話しかけられたとき、そう評されたこともある。
であれば、すくなくとも実況者ミオの性別を
そして。
運命の五分後。
『さあ、〝ゴリラン〟選手の抱負を聞いたところで、お次はこの方! 今大祭の優勝候補との呼び声も高い実況者、〝ミオ〟選手の登場ですッ!!』
ミザルの紹介を受けて、小さく深呼吸。
「――ど、どうもはじめまして! ミオミオちゃんねるのミオでっす!!」
喉をぶっ壊すレベルの甲高い裏声を出し、この瞬間だけ、僕は女の子になった。
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