28話 天然ギャルに「だーれだ?」って目を隠された。

「おーい、黒田ー」

 

 カイトと一緒に食堂で昼休みを食べ終えた帰り。

 教室に戻ろうとする僕たちにそう声をかけてきたのは、スーツ姿の幼女だった。

 もとい。ロリヤンキーちゃんこと、我が1-Bの担任である無雨キリエ先生だった。


「ま、待て待て、黒田。追いつけないから、そこで止まれって」


「ああ、すみません」

 

 北欧と日本のハーフだという無雨先生は、銀髪のポニーテイルを揺らしながらぽてぽて、と可愛らしい足取りで僕たちの下まで駆け寄ってくる。

 無雨先生は150センチの僕より小さい。130センチ弱ぐらいではないだろうか?

 そのため生徒と歩幅が合わず、いつもこうして小走りで追いかけるハメになるのだ。


「ハァ……ハァ……う、運動不足だわ。マジで」


「おつかれさまです」

 

 なんとかたどり着いた無雨先生の頭にポン、と手を置き、労いのなでなでをしてみる。

 案の定、ギロッ、と人を殺しかねない目でにらまれた。


「……なんの真似だ? 黒田」


「いや、がんばったなと思って」


「いますぐ手をどかさないと、オレの担任特権で単位全部落とす」


「先生。それただの職権乱用です」

 

 まあ、子ども扱いした僕が悪いのだけれど。

 さておき。僕は素直に手をどかし、本題を切り出した。


「それで、先生。僕を呼んでたみたいですけど、なにか用ですか?」


「ああ。期末テストのあとにある、進路面談についてちょっと訊きたいことがあってな……あ、灰村は教室戻っていいぞ」

 

 にべもなく言うと、カイトは「なぁッ!?」とアホほどデカい声とリアクションで。


「なにを言う無雨殿! 盟友であるミツカゲの大事な話とあっては、俺も聞かぬわけにはいくまいて! 俺にかまわず話してくれい!」


「無雨殿って言うな。つーか、普通に個人情報に関わる話だから、聞かせたくても聞かせられないんだよ。それでも聞くっつーなら……」


「き、聞くというなら?」


「お前らふたりの『カイ×ミツ』BL同人誌を、今年の『コミムケ』で配布する」


「教室で待っているぞ、ミツカゲ!」

 

 清々しい手のひら返しと共に、教室に向けて走り出すカイト。

 というか、待ってくれ。

 このロリヤンキー、いまとんでもなく腐った発言しなかったか?

 しかも、ちゃっかり僕を受けにしてやがるし!

 たしかに僕は、赤霧さんによく『ネコ』っぽいと言われてはいるけれども!

 静かに瞠目する僕をよそに、無雨先生は腰に手をついて、呆れのため息をひとつ。

 周囲にひとがいないことを確認すると、「さて」と僕に向き直った。


「訊きたいことってのはほかでもない。進路面談のときに、黒田のご両親がこちらに来られるのかどうか、ってことなんだが」


「あ、さっきの発言はスルーの方向でいくんですね……」


「? さっきのって?」


「いえ、覚えてないならいいんです」


「本来なら『ミツ×カイ』なんだけど、個人的に灰村のヘタレ攻めが見たくってな。あえての『カイ×ミツ』をセレクトしてみた」


「しっかり覚えてるじゃないですか! しかもその理由まで腐りきってるし!」


「くふふ。いやあ、お前ら同族オタクと話すのは楽しいなあ」

 

 ケラケラ、と楽しそうに笑う無雨先生。

 無雨先生にオタクであることを明かしたことはないのだが、おそらくは日頃の言動からバレバレだったのだろう。

 僕としては、無雨先生がオタクだったことに驚きなのだけれど……ともあれ。

 ここは、触らぬ神に祟りなし。

 僕は数秒前の腐った記憶をすべて消去し、話を本題に戻した。


「それで、無雨先生。進路面談のときに両親が来られるかどうか、でしたっけ?」


「おお、それそれ――黒田みたいにひとり暮らししてる生徒は、これまでにも何人か受け持ったことはあるけど、他県に親が住んでる生徒ってのは初めてでな。ちょっとどうしようかと思ってたんだ。お前のほうから話して、面談日にこっちに来てもらうことってできそうか?」


「進路面談って、期末テストのあとなんですよね?」


「そうだな。大体、七月中旬ぐらいを予定してる」

 

 彩色高校は進学校なので、進路面談もこうして高校一年の頃から行うそうだ。

 にしたって、その時期はすこしばかり都合が悪すぎる。


「その時期は、夏休み前ということで旅館が繁忙期に入るので、ちょっと厳しいと思います。ましてや、父と母は旅館のかなめを担っている役職なので」


「だよなあ……となると、どうしたもんかな」

 

 むむ、と眉根をひそめて両腕を束ねる無雨先生。

 駄菓子屋で、どのお菓子を買おうか迷う子どものようだ。

 なんて口にしたら本当に殺されてしまいそうなので、心の中で思うだけに留めておこう。


「オレが黒田の旅館に向かうわけにはいかないしなあ……」


「来ていただけたら、先生を無料で泊めてもらうよう両親にはからいますよ?」


「マジで? いや、そういう問題じゃねえんだ。誘惑すんじゃねえ」


「うちの温泉の効能は、腰痛と肩こりです」


「ゆ、有給残ってたっけな……いやいや、だから誘惑すんじゃねえ」

 

 とにかく、と無雨先生は話を戻した。


「そういうことなら、黒田の面談日だけズラすようにしとくわ。電話で済ませられたらそれがベストなんだけど、こればっかりは顔を合わせてお話させてもらわないといけないんでな……ちなみに、旅館の夏の繁忙期っていつ終わるもんなんだ?」


「旅館によって様々ですけど、うちはお盆が一番のピークで、それを過ぎたらやっと余裕が出てくる、って感じですかね」


「夏休みの終わりぐらい?」


「そのぐらいなら大丈夫だと思います」


「OK。じゃあその辺りに予定入れとくから、ご両親に話しておいてくれ」


「わかりました」


「それじゃあ、引き止めて悪かったな。『お隣』の赤霧によろしく」

 

 ニヒルな笑顔と共にポン、と僕の肩を叩いて、無雨先生は職員室がある第一棟に足を向けた。

 そうか。先生は生徒の住所やらも当然把握してるわけだから、僕と赤霧さんが隣同士だってことも最初から知ってるんだよな。

 隣人条約を結んだことまでは、さすがに知らないだろうけれど。


「……赤霧さんは、どうするんだろ?」

 

 赤霧ナコもひとり暮らしをしている生徒のひとりだ。

 他県に親が住んでいる生徒は僕が初めてということだから、赤霧さんの親は県内に住んでいるのだろう。だが、毎日の食事提供をしてくれていることからするに、少なくとも頻繁に家を訪れることができる位置には住んでいないように思える。


〝――いかないで、お父さん――〟

 

 涙まみれのあの台詞が、唐突に脳裏にフラッシュバックした。

 



 

 そんなこんなで、放課後。

 帰りのHRが終わったあとも教室に残り、黙々と『僕パン』のラノベを読んでいると、目元になにかが覆いかぶさると同時に、視界が真っ暗になった。

 いつの間にか、背後を取られていたようだ。

 事故かわざとか。僕の後頭部にむにゅっ、と柔らかなふたつの物体を当てながら、背後の人物は問う。


「だーれだ?」


「…………」


「ミッチー、ミッチー。ほら、目を隠してるのは誰かを当てるんスよ? はい、だーれだ?」


「……赤霧さん」


「うわあ、当てられたー!」

 

 オーバーリアクションと共に手を離し、「ばあ!」と僕の机の前に顔を出す赤霧さん。そのあとも、なぜかケラケラと笑い続けている。

 僕のあだ名とかその特徴的な口調とか、丸っきり隠す気がなかったみたいけれど……まあ、本人が楽しそうだからいいか。

 念のために、教室内を確認する。うん、いまの恥ずかしいやり取りは誰にも見られていないようだ。


「……朝から思ってましたけど、今日はなんだかテンション高めですね」

 

 紺野さんのアドバイスを聞いた上での『さぐり』を入れてみる。

 隠し事をしているというのなら、これですこしは動揺するのではないだろうか?

 が。赤霧さんは動揺もなにもせず、平然と隣の席に座り直して。


「テンション高いっスか? 普通にしてるつもりなんスけど……あー、でも」


「でも?」


「今日は六月九日で『卵の日』だから、そのせいかもしれないっスね。私、卵大好きなんで」


「意味がわからない理屈すぎて逆に笑いそうになりましたけど……というか、六月九日?」


「? うん、今日は六月九日っスよ」

 

 学生鞄からスマホを取り出して、日付を確認する。


「ほんとだ……今日、僕の誕生日だ。忘れてた」

 

 そうか。もうそんな時期になってたか。

 いつもは、妹のミツミが一週間前から旅館内に『兄さま爆誕祭』と書かれた垂れ幕やら暖簾のれんやらを飾り付けるのでいやおうでも気付けていたが、今年はひとり暮らししているのでわからなかった。


「あはは。僕、十六歳になりましたよ。赤霧さん」


「…………」

 

 そう言ってスマホから視線を移すと、赤霧さんはうつむいてプルプルと震えていた。

 寒いのだろうか?

 いや、気温的にはもう暑いし。

 なんて考えていたら、赤霧さんが突如「うがー!!」と叫び、椅子を吹き飛ばして立ち上がった。


「なんで、なんでもっと早く言わないんスか! お祝い、お祝いしないと!」


「い、いや、別にいいですよ……もう高校生ですし」


「何歳になっても楽しめるイベント、それが誕生日イベントなんスよッ!!」


「力強い断言だ……」


「とにかく、まずは食材を買って来ないと……アレとアレを作って……ケーキ、ケーキは必須っスよねッ!? となると、駅前に行かないと! 行くっスよ、ミッチー!」


「へ? ――、うわッ!?」

 

 突如。僕の手首を掴んできたかと思うと、赤霧さんは早足で教室の外に飛び出した。

 人気のない冷えた廊下を進んで行く最中。困惑する僕を引っ張りながら、赤霧さんが速度をあげて走り出す。


「あ、赤霧さん! だから、こういう目立つ行動は……!」


「ふひひ、知ーらない! いまは緊急時っスもーん!」


「……ッ、ああもう!」

 

 ヤケになった僕はギュッ、と赤霧さんの手を握り返し、併走するように隣り合った。

 赤霧さんが驚いたような顔でこちらを見ているけれど、そんなの気にしてられない。


「バレないうちに、早く下駄箱に行きましょう!」


「ッ……ふひひ! うん、一緒に行くっス!」

 

 茜日が差し込む放課後の廊下を、ふたりで手を繋ぎながら疾走する。

 運動部の怒声、吹奏楽部のメロディ。

 僕の心臓からは、すこし速めの小走りの音色が流れていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る