02話 オタク友達が僕の恋わずらいを労いにきた。

 赤霧ナコとの邂逅を果たした、翌日。

 学校に登校した僕は、フラフラとした足取りで窓際最後方の自分の席につくと、学生鞄を枕にして机に突っ伏した。

 昨夜。録り溜めていたアニメを20話近く見たせいで、ひどく寝不足だったのである。


(もっと早い時間に見始めていれば……いや、合計で7時間半はかかったから、結局は寝不足になってたか)

 

 今年の三月初旬にこの街に引っ越してきた関係で、前クールのアニメ、数タイトルのラスト数話が未消化のままだったのだ。


(これからは暇を見て、小まめにアニメを消化していかないとな。うん)

 

 そうした決意を胸に、そっとまぶたを閉じる。

 すると。ドタドタ、となにやら騒々しい足音が近づいてきた。

 このやかましい足音は、間違いなくアイツだ。


「大変そうだな、我が友よ!」


「……相変わらず声が大きいですね、カイトは」

 

 伏せていた顔をあげて、僕は呆れたようにもらす。

 彩色高校で唯一のオタク友達、灰村はいむらカイトがそこにはいた。

 丸い黒縁眼鏡をくいっ、とあげながら、カイトは僕の前の席に荒々しく腰を下ろす。


「ミツカゲは随分と疲れているようだ!」


「昨日寝る前に、録り溜めてたアニメを消化しまして。二時間も眠れなかったんですよ」


「ああ、引越しで溜まっていた分か……では、『新緑しんりょくのガリオン』も?」


「もちろん見ましたよ。最近では珍しいオリジナルアニメでしたが、なかなかに熱いロボット物でした。最後はすこし涙腺にきましたね」


「ナハハ、そうだろそうだろ! 1クールで終わってしまうのが惜しいアニメだった!」


「ですが、12話で終わったからこそ、よかったと思えるアニメだった気もします。1クールという短い期間にすべてが凝縮されていたからこその面白さ、というか」


「うむ、それは俺も感じていた点だ。あれ以上は蛇足になる。1クールだからこそ、アニメスタッフも出し惜しみせず全力を出し切れたのだろうな!」


「初回から作画の熱量がすごかったですものね。スタッフもきっと大変だったと思います」


「大変……ああ、そうだ!」


 ハッ、と思い出したかのように、カイトは自分の太ももを叩いた。


「話がそれた! 俺はミツカゲが『恋わずらい』で大変だろうと思い、こうしてねぎらいに来たのだった!」


「……なんですって?」


「恋わずらいだ!」


 気持ちいいほどに断言して、カイトは僕の隣席、赤霧ナコの席を指差した。


「一年生にして我が校の有名人となった美少女こと『天然ギャル様』が、隣の席に降臨したのだぞ? 男なら惚れないわけがなかろう! まあ、俺の好みは『おねがい★宇宙教師スペースティーチャー』に登場するような年上のお姉さまゆえ、同年代の天然ギャル様に興味はないんだが……恋愛にうといミツカゲは別だ! この一ヶ月、隣にいる美少女を眺めながら、悶々とした気持ちで過ごしていたのではなかろうかと思ってな!」


「恋愛に疎いは余計です」

 

 たしかに恋愛経験はないけれども。

 というか。そう思っていたのなら、なぜ一ヶ月も放置していた友よ。

 ……もしかしなくても、僕が悶々としているであろう様子を楽しんでいたな?

 いい性格の友人だ、まったく。


「だがな? ミツカゲ。天然ギャル様は、俺たちとは住む世界がちがうのだ! いや、あれはもはや別次元体だ! オタクの俺らが関われる存在ではない! 早々に諦めるが吉だ!」


「諦めるもなにも、そもそも僕は赤霧さんに惚れていませんよ」


「あ、『赤霧さん』!?」

 

 驚きに目を丸くしてガタッ、と急に立ち上がるカイト。


「み、ミツカゲ……お前、天然ギャル様を苗字で呼んでいるのかッ!? なんて怖れ知らずなおとこよ! 天然ギャル様に憧れる男子生徒の中には、彼女の名を口にしただけで悶死した者もいるほどだというのに!」


「そんな、呪いの名前じゃないんですから……」


「それぐらい高嶺の花だという話だ! 庶民の俺らの手など届くべくもない! 中には、彼女と会話を交わすことを高校三年間の目標に掲げている者までいるほどだぞ!」


「低すぎません? そのこころざし


「だが、当の天然ギャル様はガードが固いらしくてな! 無視するわけではないが、男子に話しかけられると声のトーンがあからさまに下がるそうだ! 笑顔も一切見せないらしい!」


「へえ」


 たしかに、赤霧さんが男子生徒と話して笑っている場面を、この一ヶ月で見た記憶がない。

 なのに昨日、僕と話している赤霧さんは楽しそうに笑っていた。

 ……異性として見られていない、ということだろうか?


「というか、笑顔はともかく、会話ぐらいなら――」


 昨日、僕もしましたよ。

 そう言いかけて、寸でのところで言葉を飲み込む。

 会話を交わした、あまつさえ友達になろうと言われた、などと話せば、さらにカイトが面倒くさくなりそうだからだ。

 有名な隣人ぐらいにしか認識していなかったけれど……そうか、赤霧さんの人気は僕の認識以上だったようだ。


「? 会話ぐらいなら?」


「あー……いえ、会話ぐらいなら、誰でもすぐにできそうなものですけどね」


「かー! だから恋愛に疎いというのだ、ミツカゲは! かー! 男女の機微というものをわかっていない!」


「……じゃあ、カイトは恋愛にさといの?」


「いいや? まったくだが? 俺も恋愛経験はゼロだし?」


「…………」


「…………席に戻る」

 

 またな、と言い置いて、うなだれながら自席に戻っていくカイト。

 哀愁漂うその背中を見ていられなくて、僕は静かに、学生鞄を枕に目を閉じたのだった。

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