34話 天然ギャルと祭りを楽しむはずだった。
樹々に囲まれたこの神社は
七夕祭りの屋台は、そんな一本道の両脇に
「おお、すごい……」
入り口の鳥居をくぐった瞬間、空気がガラッと祭りのソレに変わった。
熱気と怒号めいた呼び込みが飛び交い、胃を刺激する油と甘い香りが境内中を包んでいる。屋台の上部に等間隔に吊り下げられたぼんぼりが、ホタルのように砂利道を照らしていた。
ふと。客たちの喧騒、屋台の調理音にまぎれて、ドンドン、と太鼓の音が聴こえてきた。
どうやら、本殿のほうで太鼓の演奏を行っているようだ。
演奏を見に行くのもいいが、屋台を巡り尽くしたいという気持ちもある。
「これは、目移りしちゃいますね……どうします? カイト」
「まずは食べ歩く! 腹が減ってはアニメは見れぬからな!」
「め、名言が飛び出てきた……よし、それじゃあまずは腹ごしらえからしましょう!」
「おうさ! 連いてこい、ミツカゲ!」
「はい!」
「なんだ、あのオタクどもの連携……」
背後で紺野さんの呆れるような声が聴こえたが、僕とカイトは気にせず屋台に駆け出した。
焼きとうもろこし、チョコバナナ、綿アメ、焼きそば、イカ焼き、タコ焼き……自身の欲望に従うままに屋台を回り、腹を満たしていく。
歩きながら食べる、という日常では味わえない行為が、僕たちの食を進ませた。
後ろに連いて来る赤霧さんと紺野さんも、ふたりで食べ物をシェアしつつ、祭りを満喫しているようだった。赤霧さんなら、シェアする必要もなくひとりで食べきれると思うけれど。
さておき。
そんな食べ歩きの道中。ホットドッグを頬張っていたカイトが、ついと視線を、背後の紺野さん――その足元に移して、神妙な顔つきで口を開いた。
「ふむ。さすがに限界が近いか……なあ、紺野」
「あ? なんだよ、灰村」
「コレ、俺ひとりでは食べきれぬから、残りを食べてくれ。腹が限界でな」
「は、はぁッ!? な、なんでウチが……」
「そう言うな。お詫びにラムネを買ってきてやるから。すこし待っていろ!」
紺野さんにホットドッグを半ば無理やり押しつけて、ラムネが売っている屋台に走るカイト。
近くにラムネ屋は見当たらないけれど、どこまで買いに行くつもりなのだろう?
唖然と立ち尽くす紺野さんだったが、僕と赤霧さんの視線に気付いた瞬間、ハッと我に返り。
「し、仕方ねえ野郎だなあ……まあ、捨てるのもなんだし、食べてやっか……うん」
食べかけのホットドッグを見つめたのち、胃を決したようにパクッ、と喰いつく紺野さん。
目をつむりながら不満そうに咀嚼するその頬は、ほのかに赤らんでいた。
(カイトと紺野さん、だいぶ仲良くなりつつあるんじゃないか?)
仲がよかった頃の関係に戻るのも、時間の問題かもしれない。
なんてお節介なことを考えていた矢先、赤霧さんがそっと歩み寄ってきた。
なんだろう? と訝しんでいると、赤霧さんは僕の手元に視線を落とした。
そこには、先ほど僕が買った食べかけのタコ焼きが。
ピキーン!
これで気付かぬ僕ではない。
ミステリー作家『
「どうぞ、食べてください!」
「…………」
数秒の硬直後。すこし眉をひそめながらも、タコ焼きを受け取る赤霧さん。
ジト目で僕をにらんだのち、ぷいっ、と顔をそらしてタコ焼きを頬張り始めた。
……あれえ?
なにか間違ったかな、僕。
ひとり首をかしげつつ、自分の行動のどこが間違っていたかを思い返していた、そのとき。
「痛っ」
顔を苦痛に歪め、紺野さんがくず折れるようにしてその場に屈みこんだ。
僕と赤霧さんも、すぐさま紺野さんの傍で屈み。
「だ、大丈夫ですか? 紺野さん」
「ああ……ちょっと、鼻緒が痛くなってきてな」
「鼻緒が? すこし見せてください――って、えぇ!?」
「……、!」
驚きの声をあげてしまう僕。赤霧さんも思わず息を呑む。
紺野さんの両足の親指と人差し指の間が、血で真っ赤になっていた。
下駄の重みのせいで、予想より鼻緒が強く擦れてしまったのだろう。皮膚はペロンペロンに剥がれ、肉がすこし露呈してしまっている。鼻緒自体にも血が滲んでいるほどだ。
「す、すぐに手当てしないと! たしか社務所に医療スタッフが控えてたはずですから、そこで診てもらいましょう」
「いや、大丈夫だって。そこまでするほどじゃねえから……、痛っ」
立ち上がろうとするも、痛みで膝を崩してしまう紺野さん。
僕はそんな彼女の肩を取り、問答無用で社務所方面に足を向けた。
「お、おい黒田っち……だから、大丈夫だって」
「赤霧さん、カイトを呼びに行ってもらってもいいですか? 一応、僕のほうからもスマホで連絡しておきますけど、この喧騒じゃあ気付くのが遅れると思います。直接探したほうが早いでしょう。なにより、背の低い僕よりも平均並に背のある赤霧さんのほうが、人ごみに視界を邪魔されず探せると思うので」
「……(コクコク)」
「それじゃあ、あとで社務所で落ち合いましょう」
僕が言い終わるよりも早く、赤霧さんはカイト探しに向かい始めた。
「……悪ぃな、黒田っち」
困ったような笑みを浮かべる紺野さんに、僕は「気にしないでください」と応え、社務所への道を急いだ。
その後。
医療スタッフに診てもらい、なんとか紺野さんの傷の手当てを済ませると、僕たちは社務所の横で赤霧さんとカイトを待つことにした。
すこし人目がつきにくい、陰になっている場所だけれど、RINEで連絡しておけば気付くだろう。
視線を右に向けると、すぐ近くの本殿で上半身裸のおじさんたちが豪快に太鼓を叩いている様子が見えた。
RINEで『社務所の横にいます』と連絡したあと、社務所の
「太鼓の演奏も見られてお得でしたね」
「嫌味かよ……なかなかいい性格してんな? 黒田っち」
「い、いや、そんなつもりじゃなかったんですけど……」
「まあいいさ。迷惑かけちまったことには変わりねえし? 嫌味のひとつやふたつぐらい、甘んじて受けようじゃねーの」
「そんな卑屈にならなくても……お詫びにカイトの音声が入った動画あげますので、それで元気だしてください」
「灰村の……ッ、撮ってくれたのかッ!?」
嬉々とした表情でこちらにズイっ、と近づいてくる紺野さん。
僕は闇商人かのごとき、あくどい笑みを湛えつつ。
「もちろんです。ちゃんと約束してましたからね。一応三つほど撮りました。あ、もちろんカイトに許可は取ってます。『なにに使うのだ?』ってすこし不審がられましたけど」
「ありがとう……ありがとう……ッ!」
「どれから送ります? 朝の目覚ましボイスと、夜のおやすみボイス、それと告白ボイスなんがありますけど」
「こ、ここ、告白ッ!?」
「え――、うわッ!」
テンションがハイになりすぎたのだろう。
その場で腰を浮かしかけた紺野さんだったが、足の痛みにより体勢を崩し、僕のほうに倒れかかってきた。
相手はけが人、という意識が働いたのか。僕は咄嗟に、両手で紺野さんをしかと抱きとめるような形を取っていた。
そして。
ドサッ、と社務所裏の地面に倒れるふたり。
僕は下で紺野さんを抱きとめ、紺野さんは僕に覆いかぶさっているような体勢だ。
そんな体勢でもなお、紺野さんは興奮冷めやらぬといった様子で続ける。
「こ、告白ってことは、つまりその……す、好きって言ってくれたりするのかッ!?」
「そ、そうですそうです。紺野さんが喜ぶだろうと思って……」
「ああ、ああ! 喜ぶどころか死んじまいそうだ! ありがとう黒田っち! 愛してるぜ!」
「はいはい、喜んでもらえてなによりです……それより、早くどいてもらえると――」
と。
そこまでを口にしたところで、僕は思わず口をつぐむ。
視界の端に、誰かが立っていることに気付いたからだ。
はしゃぐ紺野さんを尻目に、僕は息を殺しながら、その誰かを確認する。
僕たちがいまいる社務所の裏。
そこに入っていく、入り口付近に。
「――――」
愕然とした表情で立ち尽くす、赤霧さんがいた。
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