幕間

幕間1 金髪ギャルは惚れ直した。(第二章、19話の後日談)

 すこし時はさかのぼって。

 

 五月下旬。黒田ミツカゲの本性を暴くために、昼食会を行った日のこと。

 肌黒金髪のギャル――紺野ミオは、風呂の湯船に浸かりながら今日のことを思い返していた。


(そか。灰村、ウチに慣れてきてんのか……)

 

 カイトと同じ高校に行くと決めたあとは、彼の好きなアニメキャラクターを真似して、肌を焼き、髪を金髪に染めた。髪染め自由の校風を掲げる彩色高校ならではの一手。かなり大胆な高校デビューになったけれど、昔のような関係に戻ることができるのなら安いと踏み切った。

 が。幼馴染カイトの反応は、期待したものとは真逆だった。

 目立つ容姿になったことで陽キャ扱いされ、これまで以上に避けられてしまったのである。

 しかし、今日。昼食会を強引にセッティングし、カイトとの会話の場を設けたことにより、ミオは彼の陽キャシールドを弱めることに成功したのだった。


(あとは、ウチ次第だな)

 

 今日の昼食会でも、カイトとはそれなりに会話することができた。ミオの容姿に対する壁は、かなり取り除かれているはずである。

 であれば、下の名前で呼び合う仲になれるかどうかは、紺野ミオのがんばり次第。


「よし、やるぞ!」

 

 ひとり奮起して、ミオは、ザバン! と浴槽から勢いよく立ち上がった。

 はやる気持ちを抑えるように身体を拭き、下着姿のままリビングに向かう。

 腹が減っては戦が出来ぬ。

 いや、糖が減っては乙女は舞えぬ。

 ということで。明日の実戦に備えて、買い置きのプリンを食べようと思ったのだ。


「……あれ?」

 

 だが、肝心のプリンは冷蔵庫の中になかった。どこを探しても見当たらない。

 ミオは首をかしげつつ、リビングで汗まみれになりながら『ボール・フィット・アドベンチャー』をプレイしている弟――紺野タケルに訊ねてみた。


「タケル。冷蔵庫にあったプリン知らん? ウチが買っておいたやつなんだけど」


「それ、ならば! さきほど、われの、血肉と、なった!」


「……は?」


「いまごろ、我の、邪神と共に、大腸で、元気に、暮らしている、はずだ!」

 

 案ずるな! と叫びながら、専用コントローラーであるボールを、ふんふん! と左右に振り回すタケル。

 タケルは十歳、小学四年生にもかかわらず厨二病ちゅうにびょうを発症しているので、話し方が若干ウザい。

 さておき。

 要約するまでもなく、タケルがミオのプリンを食べた、ということだろう。

 ミオは数秒沈黙したのち、静かに深呼吸。

 そっと忍び足で歩を進ませると、タケルの背後に陣取った。


「む? なんだ、姉者あねじゃ。鍛錬中の我に近づくと怪我をす――」


「――天誅ッ!!」

 

 言いながら、ミオはタケルの首と太ももに手をかけると、自身の首後ろにまで持ち上げた。

 俗に言う、アルゼンチンバックブリーカーである。

 首を支点にして、小さいタケルの身体を弓なりにグググ、と折り曲げていく。


「あいたたたたたッ!? あ、姉者ああぁぁーー!? な、これ……え、なんでー!?」


「それは予想してなかった、みたいに驚いてんじゃねえ! なに姉ちゃんのプリン勝手に食ってんだよ! おら、ゴメンなさいは!?」


「ハッ! こ、この我が慈悲を乞うとでも? 笑止ッ!! 我がこうべを垂れるのは、この身が滅び、前のめりに倒れて死ぬときだけだ!」


「コイツ、マジで灰村の口調に似てきてんな……」

 

 もしかしたら、ミオの知らないところで、タケルはカイトとわずかながら交流を持っていたのかもしれない。いや、小四でのこの語彙力を鑑みれば、そう見て間違いないだろう。異性の幼馴染よりは、同性の幼馴染のほうが接しやすいということか。

 自分の知らぬところで、カイトと接触。

 自分は、今日ようやく数年ぶりに話せたばかりなのに。

 そう考えると、ミオの手に知らず力が込められていった。


「……クソ! 羨ましいな、こんちくしょうがあああーーッッ!!」


「ぬああああぁあぁーーッッ!? せ、背骨が横に折れる! ご、ゴメン、ゴメンなさい! お姉ちゃん、謝った! ぼく謝ったよ!? だ、だれか、お母さんたすけてー!!」

 

 厨二病のことも忘れ、涙目で懇願するタケルの叫びが、夜の住宅街に響き渡る。

 別室で洗濯物を畳んでいた母親が呆れ顔でタオルを投げ入れたのは、それから五分ほど経ってからのことだった。

 


     □

 


 数日後。

 彩色高校に、昼休みを告げる鐘が鳴り響いた。


(よ、よし……やってやる、やってやるぞ)

 

 ミオは闘志を瞳に宿しつつ、学生鞄から男性用の大きな弁当箱を取り出した。

 カイトに渡すお弁当だ。

 カイトは購買のパンばかり食べているから、手作りの弁当に飢えているだろうと思い、今朝早起きして作ったのだ。

 事実。いまカイトの机の上には、あらかじめ購買で買っておいたのであろうパンが複数個、置かれている。あれを開けられる前に、早く渡さないと。

 包みの結び目を掴んで、ぎくしゃくとした足取りでカイトの席に向かう。

 が。その途中で、ふとミオは思った。


(……これ、キモくねえかな?)

 

 仲がよかった小学生時代ならまだしも、いまは疎遠明けの高校生同士だ。弁当ひとつ渡すことの意味が段違いで『重すぎる』。


(で、でも、せっかく作ったから食べてもらいてえし……)

 

 と。そんな風に思い悩み、カイトの背中を見つめるようにして立ち止まって考えていた。

 そのとき。


「キャハハ、ほら早く食堂いこー?」

 

 ドン、と。

 ミオの背中に、複数人の女子生徒がぶつかってきた。

 その衝撃で、ミオの手元から弁当箱が離れ、空中で反転。

 弁当箱の蓋を下にする形で、カイトの机にベシャ! と落下したのだった。

 驚きに目を見開き、こちらを振り向くカイト。

 女子生徒たちも思わず肩をすくめ、その場に立ち尽くしている。

 机の上の弁当箱は包みがほどけ、中身が三分の一ほど飛び出してしまっていた。


「……あー、マジかー……」

 

 ミオは、唖然とそんなことを口にすることしかできない。

「え、あ……ま、マジごめん! 大丈夫!?」女子生徒たちが慌てた様子でミオに謝罪し、弁当を気遣ってきた。

 ミオは真っ白になった頭で「大丈夫、気にしなくていーよ」と無感情に答えた。わざとじゃない以上、怒る気にもなれなかった。

 まあ、仕方ない。

 次の機会にでも、また作ってこよう。


(がんばったんだけどな……)

 

 どうしてかうるみ出した目元を拭い、ミオが女子生徒たちと共に机上の弁当箱を片付けようとすると。


「――ひとつ訊きたいんだが」

 

 と、カイトがミオに話しかけてきた。

 いつものようなバカデカイ声ではない、静かになだめるような声音だった。


「紺野は、パンは好きか?」


「? うん、別に好き、だけど……?」


「なら、俺の買ってきたパンと、机の上に広がっているこの弁当、交換してはくれないか?」


「……はい?」


「うちは共働きでな。昼食はいつもパンだから、こうした家庭の味に飢えていたのだ。それで、いいのか? ダメなのか?」


「そ、そりゃあ、別にかまわねえけど……でも」


「かまわないのだな。了解した!」

 

 言うが早いか。代わりのパンをミオに手渡すと、カイトは弁当箱の蓋を押さえ、ぐるん、と上下反転させた。

 素早く包みを開き、蓋を開けると、そこにはぐちゃぐちゃになった中身が顔を出す。

 が。そんなことはおかまいなしに、カイトは机上に散らばった食材もろとも、箸で口に放り込み始めた。

 ミオは瞠目し、思わずカイトの肩に手を置いた。


「なッ……バカ! お前、机の上でも汚えんだぞ! 吐き出せ!」


「三秒ルール、三秒ルール! 第一、これはもう俺のものだ! 俺がどうしようと勝手のはずだ!」


「それは、そうだけど……」


「ナハハハ! 紺野はそのパンをモソモソ食べるんだな! 俺はこのうまい弁当を飽くなく喰らい尽くす! 誰がなんと言おうとな!」


「……灰村」

 

 言葉を失うミオ。

 その背後にいた女子生徒たちが、どうやら一件落着したらしい雰囲気を感じ取り、再度謝罪を入れたのち、教室を後にしていった。

 ミオは、獣のように弁当を喰らうカイトを横目に踵を返して席に戻ると、顔を隠すようにして机に突っ伏した。


(ヤバい、泣きそう)

 

 一生懸命に作った、見栄えも彩りも悪い弁当を、うまい弁当、と言ってくれた。

 ミオのがんばりを、無駄じゃないものにしてくれた。

 きっとカイトは、あの弁当が自分のために作ってきたものだとは気付いていない。ただ単純に、ミオの弁当を無駄にしないために、あんな暴挙に出たのだ。

 やさしく、不器用に。


「……こんな状態で食えるかよ」

 

 鼓動の高鳴りと共に、カイトへの想いが加速する。

 いろんな想いで胸が詰まって、パンは喉を通りそうになかった。

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