幕間3 金髪ギャルは決意する。(第三章、35話のその後)
七月七日。黒田ミツカゲが赤霧ナコを追いかけている最中。
肌黒金髪ギャル――紺野ミオは、幼馴染である灰村カイトと、ふたりきりの七夕祭りを満喫していた。
走り去ったナコのことが気にならないわけではない。むしろ、ナコに対しては罪悪感すら抱いているが、それらの『フォロー』はすべてミツカゲに託した。
ならば、いまは楽しむしかないだろうと、そう竹のようにスパッと割り切っていたのだ。
(それに、ウチはウチでやらなきゃならねえこともできたしな……)
灰村カイトとの関係を、仲がよかった小学生時代に戻す。
いや――そこからさらに前進させる。
それが、先ほどミオが密かに抱いた決意だった。
(名前呼びに戻ったいまなら、すこし踏み込んでも不自然じゃねえだろ……!)
グッ、と握り拳を作り、もらったラムネを一気飲み。
空になったビンを屋台通りのゴミ捨て場に捨てると、ミオはカイトの腕に再度抱きついた。
そのまま掴んだ腕をわざと胸の狭間に埋めて、小手調べとばかりにカイトを誘惑してみる。
が。
「……なあ、ミオ」
「ど、どうしたよ? カイくん」
「歩き辛いし、なにより暑い」
「なッ……!」
「先ほどまでの歩き方を見るに、痛みはかなり軽減されているのだろ? なら、俺に頼る必要はないだろうに。ほれ、ひとりで歩いた歩いた」
これぐらいのスキンシップにはもう慣れてしまっているのか。カイトはあやすように言ってミオの抱きつきをほどくと、平然とした足取りで屋台巡りを再開してしまった。
(……なんだよ、ウチの胸には興味ねえってのかよ)
ギリEカップはあるし、形も悪くないから、魅力がないわけではないはずだけれど。
歩きながら、連れ立つ幼馴染の横顔をジトー、と半目で睨みつける。
そんなミオの怨恨の視線にも気付かぬまま、カイトが辺りを見回しながら口を開いた。
「ふむ。ここらはゲームが主に並んでいるな。ヨーヨー釣り、輪投げ、金魚すくい、射的……ミオはなにか遊びたいものはあるか?」
「……じゃあ、あれ」
不貞腐れながらも、ミオは射的の屋台を指差した。
生粋のFPS好きとして、このゲームは外せない。
カイトへの自分勝手な恨みも晴らせるし、一石二鳥だ。
「へいらっしゃい! どんどん撃っちゃってねー!」
屋台の前に向かうと、ハチマキを巻いたおっさんが威勢のいい声をあげた。
ふたりで1ゲーム分のお金を払い、弾をもらう。
弾数は6発。並んでいる景品に興味はない。ミオはただ、腹いせになにかを射抜く感覚を味わいたかった。
キュッキュッ、とゴム弾を手際よく銃口に詰めながら、ミオはおっさんに訊ねる。
隣のカイトは、装填に苦労しているようだった。
「おっちゃん。台に身体乗せんのはあり?」
「ありだぜ! ただし、ほら、そこの景品手前の地面にテープが貼ってあんだろ? そのテープを銃口が越えたら、その一発は無効にさせてもらうぜ!」
「りょーかい。ゲームはフェアにいかねえとな――、っと」
言いながら、台に上半身を乗り出して、銃口を景品ギリギリまで近づける。
トリガーを引いて、ゴム弾発射。
パコッ、と情けない音を立てて、キャラメル箱が景品棚から落下した。
「大当たりいいぃぃぃーーーッッ!! 屋台を開いて二十数年、その景品を取ったのは嬢ちゃんが初めてだ! あいよ、大事に食べてくれよな!」
「どんだけ客足悪かったんだ、この屋台……」
呆れながら二十年来の景品を受け取り、次弾を装填する。
ふと隣を見やると、カイトはまだ一発目を詰めている最中だった。
昔はそう感じたことはなかったけれど、カイトは意外と不器用なのかもしれない。
「……カイくん、なんだったらウチが――」
「――さあ、嬢ちゃん! 次はなにを狙うんだい?」
カイトに話しかけるも、おっさんの声にそれを阻まれてしまった。
ミオは仕方なく銃を構え、ふたつ目の『ゲームガール』をゲットする。
「お、大当たりすぎておじさんドン引きいいいぃぃぃーーーッッ!! いま流行りの最新のゲーム機、そんなショボいゴム弾で落としちゃう!? おじさん目からゴム弾出ちゃいそう!」
「突っ込みどころが多すぎて拾いきれねえ……あ、どうも」
驚きに目を見開くおっさんから、二十年以上前のゲーム機を受け取るミオ。
まあ。これぐらい古いゲームなら、逆に『アレ』のネタに使えるかもしれない。
そんなことを考えながら、三発目を装填するミオ。
そういえば、カイトはちゃんと弾を込められたのだろうか?
「カイく――」
「――ミオ、すまない」
「ふぎゅうッ!?」
瞬間。耳元で腹に響く重低音が聴こえ、ミオは思わず『趣味用』の高音をあげて、その場で飛び上がった。
ザザザ! と横に数メートル離れたのち、ミオは頬を紅潮させながら、話しかけられた耳を押さえつつ。
「き、急に耳元でやさしく愛をささやくんじゃねえッ!! バカ!」
「愛をささやいたつもりはないんだが……いやなに、この弾の込め方を教えてほしくてな。どうにも、こういう細かい作業は苦手なのだ……」
「な、なんだよ。それならそうと早く言えよな……貸してみ?」
定位置に戻り、カイトのゴム弾を代わりに詰めていく。
動悸が激しすぎて、わずかに手元が震える。
カイトの声が好きなミオにとって、あの至近距離での声は卒倒レベルの破壊力を誇っていた。
(ほんと、心臓止まるかと思ったわ……)
そんなことを考えながら弾を詰め終わった、直後。
「ミオ。ひとつ確認したいんだが」
「なんだよ」
「お前、ゲーム実況者の『ミオミオ』ではないか?」
「…………は?」
ミオの心臓は、本気で止まりかけた。
関係の前進だとか誘惑だとか、この際どうでもいい。
いまはとにかく、彼への尋問が最優先事項だ。
「どうした? こんなところに連れ出して」
「――なんで知ってんだ?」
屋台の通りを外れた、薄暗い雑木林の中。
ミオは、大樹を背にしたカイトに詰め寄り、険しい表情でそう問いかけた。
射的屋の景品は手にしていない。持って帰る余裕など、いまのミオにはなかった。
「ウチが……その、ゲーム実況してること」
ほかの人間だったら隠し通すけれど、幼馴染のコイツになら明かしてもいい。
そんな思いでミオがそう訊ねると、カイトは「ああ、そのことか」と甚平の襟元をパタパタとあおりながら続けた。
「以前、ミツカゲに『僕パン』というアニメのPVを確認しておいてくれ、と頼まれたことがあってな。『IroTube』で確認していたところ、おすすめ一覧に女性実況者のゲーム実況動画が出てきたのだ。それで、試しにと動画を開いてみたら、ミオの声が聴こえてきたわけだ」
ミオミオちゃんねる。
それが、紺野ミオが『IroTube』に趣味で開設した、ゲーム実況ちゃんねるの名前だ。
登録者数は37万人。動画を撮り始めたきっかけは、カイトと疎遠になった中学一年生の頃。たまたまIroTubeで目にした『モンキーズ3』のFPS実況動画だった。
それから。学校帰りと週末に動画を撮り溜めて毎日アップしていくというルーチンを始めた。先ほどの射的ではないけれど、半ばカイトと疎遠になったことに対するウサ晴らしだった。
けれど。投稿を続けていくうちに、ミオの中でFPSゲームが……ひいては、ゲーム実況をすることが趣味になっていった。
一年目は、登録者数も一万人におよばないほどだったが、長く続けていくことでその人数は徐々に増大していった。
中学三年の時点で、登録者数は30万人を突破していた。声が綺麗という口コミが広がった結果なのだと、後々SNSで知った。
「なぜアニメのPVのおすすめに実況動画が? と一瞬訝しんだが、その動画のサムネを見て納得した。お前、『ミオミオ』の自画像をオリジナルのアニメ絵にしているだろ? おそらくはその絵がIroTubeの検索機能で『アニメ』に関連しているものだと判断されて、おすすめに挙がってきたんだろうさ」
「……なるほど、最近視聴回数が伸びてたのはそのせいだったのか――つーか、顔出しもしてない声だけの実況で、なんでウチだってわかったんだ? 動画中は、すこし高めに声作って話してんのに」
「先ほど、俺が話しかけたとき驚いて声をあげたろ? 普段あまり聴かないような高い声を。それが、ゲームをしていて敵に遭遇したときの『ミオミオ』の声と同一だったのさ」
「……それでも、他人の空似って可能性もあった」
「ありえないな。俺がミオの
「え?」
しまった、とばかりに口を押さえたのち、どこか気恥ずかしそうに視線をそらすカイト。
美声。
カイトはたしかに、そう評してくれた。
好きなひとが、自分の声を褒めてくれた。
「と、とにかく! ミツカゲほどではないが、俺も声の聞き分けには自信があるんだ! だから、『ミオミオ』の正体にも気付けたというだけの話で――」
「――ウチも」
遮って、うつむきながらそっと歩み寄ると、ミオはカイトの右手を握った。
いまは顔を上げられない。暗闇の中でもバレるほど、真っ赤に染まっているはずだからだ。
「ウチも、カイくんの声、嫌いじゃねえよ……?」
「……そうかい。それはなによりだ」
「でも、実況者であることはまだ周りにバレたくねえから……約束してくれ」
「約束?」
カイトの問いにうなずきで応え、ミオは互いの右手で指きりゲンマンの形を作る。
「ウチがゲーム実況してるってこと、みんなにバラさねえって」
「……約束しよう。ミオがゲーム実況していることは、絶対にバラさない」
「キシシ。ふたりだけの秘密だ」
「ああ、そうだな」
無言で指きりをしたあと、ミオはそのままカイトの手を恋人繋ぎにする。
「お、おい。ミオ……」
「こ、これも、ふたりだけの秘密……」
再度うつむきつつ、カイトの手を引いて通りにまで躍り出る。
恋人繋ぎでの屋台巡り。ふたりがどんな関係に見えるかは、まさしく一目瞭然だろう。
さすがのカイトも、すこし頬を赤らめていた。
「……ミオ」
「ど、どした?」
「頼むから、このことはミツカゲたちには内密に……」
カイトのそんなつぶやきに、ミオは思わず笑い声をあげる。
豪胆で、不器用で、デリカシーもないのかと思いきや、意外と繊細な部分を覗かせてきた。
これだから困るのだ。
これだから好きなのだ。
十年前から、ずっと。
「わかったよ、カイくん」
悪戯っ子のような笑みを湛えて、ミオは言った。
そして同時に、胸中で決意する。
「このことは、ウチの耳と心に刻んでおくぜ」
この夏中に、灰村カイトに告白しよう――と。
幕間 完
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