06話 天然ギャルにマーキングされた。

 昼休みのチャイムが鳴った直後。

 僕の席を取り囲むようにして、数名のクラスメイトが集まってきた。

 皆が皆、はじめて話す相手ばかりだった。どうやら、先ほどの四時間目に行った無雨先生とのやり取りを見て、黒田ミツカゲという人間はどれほど面白いのか、と興味を持ったらしい。

 

 さっきのやり取りは僕のオタク魂が暴走しただけの話で、別に僕自身が面白いというわけではないのだけれど。

 まあ……まず間違いなく一過性の好奇心だろう。

 新規オープンした動物園に足を運ぶ客と一緒だ。そこに大した意味などない。なんとなく、目についたから興味本位で来てみただけ。それだけのことだ。

 明日になれば、すぐにその好奇心も冷めるはずである。

 

 とは言え。

 せっかく集まってくれたクラスメイトを邪険にあつかうのも失礼だろうと、僕はみんなの話や質問にしっかりと応えていった。

 みんなが望む答えを出せたかどうかは、わからないけれど。


「やばっ、黒田くんってやっぱ面白いね」

 

 机の右側に立っていた女子生徒が、そんな言葉と共に僕の右肩をポン、と叩いた。

 なにも面白いことは言っていないが、どうやら僕の悪癖である敬語が面白く感じたらしい。


「そんじゃあ、またね。黒田くん」

 

 そうして。

 昼休みを二十分ほどすぎた辺りで、クラスメイトたちは三々五々散っていった。

 面白い人間という印象を拭えたかは定かではないけれど、まあ、悪い印象は抱かれていないようだった。


(陽キャ相手にこれだけ話せれば上々だろう……がんばった、僕)

 

 実家の旅館で集団客を相手にしたときのような疲労感に、僕は息を吐きながら椅子にもたれかかる。

 と、そのときだった。


「ほんとに人気者になっちゃったっスねー、ミッチー」

 

 ずっと隣席でお弁当を食べていた赤霧さんが、茶化すようにして話しかけてきた。

 食べ終えた弁当箱を包みながら、赤霧さんは不自然なほど満面の笑みで言う。


「友達として鼻が高いっスよー、うんうん」


「やめてくださいって。別に僕はそんなんじゃないですよ」


「えー、そうっスかー? さっきだって女の子に、こう……」

 

 言いながら、赤霧さんは僕の右肩をポン、と叩いた。

 先ほど、女子生徒に叩かれたのと同じ位置だ。


「肩を叩かれてニヤニヤしてたじゃないっスかー。まんざらでもないんでしょー?」


「いや、そもそもニヤニヤなんて……」


「こうだったっスかね? こうだったかも? いや、こうだったっスか?」


「…………」

 

 ポン、ポン、ポン、と執拗に僕の肩を叩いてくる赤霧さん。

 痛くはないけれど、なんだか不気味だ。

 笑顔なのが逆に怖い。


「あれ、こうだったかもしれないっスね。もしくは、こうだったかも?」


「あ、あの、赤霧さん」


「なんスかー?」


「これは、いったいなんの儀式なんでしょうか……?」

 

 思わず問うと、赤霧さんは僕の肩に手を乗せながら、小さな声でぼそりとつぶやいた。


「……上書きマーキング」


「え? あの、それはどういう……」


「さ、さーて。猫ちゃんイジりはこのぐらいにして、購買でも行くっスかねー」

 

 ポン、と最後に肩を叩いて、赤霧さんは白々しそうに席を立った。

 教室を出るその背中を見届けながら、僕は「?」と首をかしげたのだった。

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