17話 天然ギャルがお弁当を作ってくれた。
明けて翌日。
快適な布団での安眠を得つつも、なんとか寝坊することなく起床した僕は、寝ぼけ眼をこすりながら布団をたたみ始めた。
その最中に、僕はある異変に気付く。
身体がどこも痛くない。
あのソファで寝ていたときは、起きるといつもどこかしらの関節が痛かったのに。
「布団って大事なんだな……」
当たり前のことを再確認した僕は、カーテンを全開にしたあと、赤霧さんが用意しておいてくれた朝食をいただくことに。
メニューは、昨晩のお味噌汁とサラダ、それにオカカの入ったおにぎり三個だ。
「うん、やっぱりおいしい」
朝アニメの定番『37人はフリギュア』を見ながら、そんな
ただ。前述した通り僕は小食なので、おにぎりは一個しか食べられなかった。
というか、僕が小食であることを差し引いても、このおにぎりはかなり大きい気がする。
……大食いの赤霧さん基準では、これが普通の大きさなのか。
さておき。
残りは帰ってきたら食べよう――そう決めた僕は、洗い物を手早く済ませたのち、ベランダではためく洗濯物を確認して家を出た。
家の鍵を閉めながら、僕はすこし期待まじりにチラリ、と隣の504号室を見やる。
数秒ほど、なんとはなしに見つめていたけれど、赤霧さんが出てくる様子はなかった。
ばったりエンカウントしたら、一緒に登校しようかなと思っていたのだが……。
一緒に登校?
「……いやいや、なにを考えてるんだ」
隣人だからと言って、なにも登下校まで一緒にする必要はないのだ。
頭を振って変な考えを振り払い、気持ちをリセット。
僕はいつも通り、ひとりぼっちの登校を開始したのだった。
朝のHR五分前。
いつも赤霧さんが登校してくる時間になっても、僕の隣席は空いたままだった。
時間は刻々と進み、ついには朝のHRを迎え、無雨先生が教卓に立ってしまう。
(どうしたんだろう、赤霧さん……)
体調不良? まさか、事故かなにか?
なんて、過保護な親のように心配を
「す、すみません! ちょっと遅れたっス!」
そこには、肩で息をする赤霧さんの姿があった。
着衣や髪型がすこし乱れている。よほど急いで来たようだった。
ともあれ、何事もなくてよかった。
「ギリアウトだけど、まあいいや。さっさと席ついちまえー」
「ういっス。ありがとー、ロリヤンキーちゃん」
「赤霧、遅刻……っと」
「ああ、ゴメンなさい嘘っス嘘っス! ありがとうございます、無雨キリエ先生!」
「ったく……いいから早く席につけ。出席とるぞー」
無雨先生がクラスメイトの名前を呼んでいく中。赤霧さんはそそくさと自分の席に向かった。
椅子に座る間際。隣の僕と目が合って、赤霧さんは悪戯が見つかった子どものような、バツが悪そうな顔で「ふひひ」と笑った。
「生まれてはじめて遅刻しかけたっス。おはよ、ミッチー」
いつも通りの笑顔に、僕はホッと胸をなでおろす。
無事だったこともそうだけれど、隣人であると発覚したことで学校での接し方も変わってしまうのではないかと、すこしだけ危惧していたのだ。
だが。この様子を見るに、どうやらその心配はいらないようだ。
「おはようございます。僕ではなく、まさかの赤霧さんが寝坊ですか?」
すこし茶化すようにしてそう訊ねると、赤霧さんは「いやあ」となんだか歯切れ悪く応えた。
「寝坊したわけではないんスけどね……むしろ、今日は早起きなほうだったっスよ」
「では、どうして遅刻しそうに?」
「んー……まあ、先に渡しちゃってもいいっスかね。もったいぶるものでもないし」
「? えっと、いったいなんの話を……」
「すぐ隠してね?」
そう言うと、赤霧さんはキョロキョロと周囲を確認したのち、こっそりと僕の膝上に四角い箱を乗せてきた。
青い布に包まれた、お弁当箱だ。
誰のお弁当かは、推測するまでもない。
「これって……」
「ふひひ。がんばっちゃった。よかったら食べて」
小声でささやく赤霧さんと、暖かな弁当箱とを見やり、僕は困惑気味に言う。
「い、いいんですか?」
「モチのロンっスよー。ただ、家にあった残り物で作った寄せ集めっスから、豪華とは程遠いっスけどね。まあ、今日から始まる食事提供の初回特典だと思ってくださいな。毎日となると、ちょっとキツいっスからね。私低血圧だから、朝は辛くって」
「初回だけでもうれしいです。ありがとうございます。お昼が楽しみだ」
重ねてそう感謝すると、赤霧さんは胸に手を添えて「はぁー」と長い息を吐いた。
それはまるで、なにかを達成したかのような安堵の吐息だった。
「よかった、喜んでもらえて」
小さく、僕に聴こえるか聴こえないかぐらいの声量でつぶやき、ふっと目を細める赤霧さん。
その、本当にうれしそうな横顔を見て、どうしてだろう。
(……あれ?)
僕の鼓動は、なぜかすこしだけ早まったのだった。
原因は、わからない。
正確には、知らない。
「長期間にわたる不摂生がここに来て
「どうかしたっスか? ミッチー」
「あ、いえ。なんでもないです」
言い繕いながら、膝上の弁当箱を学生鞄の中に大切に入れる。
チラリ、と赤霧さんを見てみると、やはり動悸が早まった。
……僕の身体は、どうかしてしまったのだろうか?
登校前のように頭を振ってみても、このおかしな現象がリセットされることはなかった。
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