第44話「一族最後の戦い」-Chap.11

1.


 冬の終わりごろに王族の牙城に単身乗り込んでいった戦士を助けた一件もあったが、傀儡使いのメンバーとの一戦以来ザギのまわりではしばらく平和が続いていた。

 昔なら、こう戦わない日々が続くと退屈のあまりに気が狂いそうになるほどだったが、そんな過去の自分とはずいぶん考え方が変わった。ただ乱暴に無目的に自分自身の楽しみのためだけに力を行使することは愚かしいことであることに徐々に気づいていったのだ。この町に来てからは。

 そしてザギは今、この町で一人の市民同然に暮らしている。もう戦いに飢えることはない。

 喫茶店アエレで、今日も不愛想に働いている。

「勇治。ご注文とってきて」店主のモモコさんが厨房から声をかけた。

「ハイハイ」ザギはけだるげに返事をした。

 席に着いた二人客に注文をとりにいく。

 入れ替わりに、食器を片付けた結希が厨房に戻ってきた。

「ここに来てからけっこう経つけど、勇治は相変わらず仕事の時は無表情なのよね」結希がモモコさんに言った。

「でも思ったほど文句はこないのよ、お客さんからは」

 モモコさんの夫であるもう一人の店主は寡黙で、静かに料理をつくったりコーヒーを入れたりしている。

「でも心配だわね。あんなんで世の中うまくやっていけるのかしら」

「あたしも心配」

 モモコさんと結希は、注文をとっているザギを見つめる。

 注文を書いたメモをもってザギが厨房に来た。

「4番卓。コーヒー二つと、フルーツサンド」言い放つと、厨房に置いてある椅子にどかっと腰を下ろした。

「ホラ、座るな!」モモコさんが一喝した。

 しかし、ザギは言うことを聞かない。

「まったく・・・」


 そのときドアが開いて、一人の来客があった。その客は、厨房の反対側にあるカウンターの右端に腰を下ろした。

「勇治。注文」

「はいよ」

 のろのろと立ち上がって、すぐ目の前の客に声を掛けた。

「ご注文は?」

「俺だよ」

 よく聞く声だった。見たら、その客はアシラだった。

 アシラはにっと笑って手を振った。

「コーヒーね」

「あら、勇治のお友達の人!前にも来ましたよね?」奥から出てきた結希がアシラに気づいた。

「やあ、久しぶり。お嬢ちゃん」

「わざわざここに来たということは、何か用があるんだろう?」ザギが尋ねた。

「いや、今日は用とかじゃないよ。ただの客さ」

「だったらちょうどいい。俺の方から話がある。もうすぐ手が空くから、付き合え」

「お前が話?へぇ、めずらしいな」

 コーヒーを一杯飲み終えたアシラとザギはアエレを出た。モモコさんには買い出しに行くと言った。

「あん時はアリガトな。おかげで一人の貴い命が救えた」アシラが話し始めた。

 王族の城でのことであった。

「ああ。俺もヤツの城の中を覗くことができて一つ収穫だった」

「あれからの話なんだが・・・」アシラは王がついに動き出したことを説明した。

「本当か?」

「可能性は高い」

「どんな見てくれなんだ?王とやらは」

「さぁね。王に関してのことは謎が多すぎる」

「いつどこで遭遇しても、そいつが王だとは分からないということか」

「そうだね。厳しいな」

 そこからしばらく無言が続いた。ザギが先導して歩いてゆき、二人はいつしかとある公園にたどり着いた。ザギにとっては馴染みの公園だった。

「ガラじゃないな、君がこんなところに来るなんて」アシラはフンと笑った。

「言っておくが、遊具で遊ぶワケじゃないからな」

 二人はベンチに座った。

 ザギのほうから話し始めた。

「お前・・・王族の連中のやり方が不満でトライブを抜けたんだったな?」

「そうさ。そんなこと忘れていたかと思ってたよ。それがどうした?」

「自分が憎むものと自分が同類であること。・・・それについてどう思う?」

「ああ、君の言わんとしていることは分かるよ。・・・もちろん気に入らないさ。自分もアイツらと同じ怪人だなんて。だけど・・・この現実を変える方法なんてあると思うか?」

「どうだろうな」

「でも、なんで?」

「近頃、俺は本当に人間として生きたいと思うようになった。トライブから抜けたとしても、今はヤツらと戦う日々だ。それじゃ俺はあの連中と変わらん。戦いを一切やめる。そうしなければ、俺の望む者にはなれない」

 それを聞いたアシラは嬉しそうに微笑んだ。

「なるほどね。・・・君、出会ったころよりも丸くなったよ、性格が。その、人間として生きたいという思いは、きっと君の中に眠る『一人の人間』がそうさせるんだろうな」

「お前はどう思っている?」

「俺は別にこのままでもいいやね。ただ、この戦いはなるべく早く終息させるべきだとは思う。戦いを続ける限り、罪のない人間を巻き込むおそれがある」

 二人は黙った。春の暖かい風が吹く。花壇の花がそよそよと揺れた。

「でも、この王族と反王族の争いはもうすぐ終わりを迎える、と俺は思う。ただ、俺らにとってのハッピーエンドになるという保証はどこにもない。あくまで俺たち次第だ」ザギが言った。

「だったらやるべきことはただ一つだ」ザギは立ち上がった。何か決心を固くしたようだ。

「ああ、そうさ!」アシラも立ち上がった。


2.


 以前、海空陸の三族に課せられていた、トライブ脱走者の捕殺と王族の一員ノマズ・アクティスの奪還の任務。今やそれらは、王族自身の仕事となった。もっとも、現在は王族内部の混乱によってそれらは一旦中止となっているが、そのことをタクアは知る由もない。

(今からでも遅くない。あの任務のうちのどれか一つでも遂行し、それを手柄として王族の仲間にしてもらうのだ!!)

 タクアの足は、ただこの一つの目的に向かって進んでいた。

 しかしタクア自身が、脱走者のなかで顔を知っている者はただ一体のみである。それは、同じ海族のサメのメンバー、ザギ。かつて、海族の中でも抜きんでた実力をもち、長たる己の地位を揺るがせたメンバー。

 タクアの狙いは、ザギのみに絞られていた。

(人間界に逃げていったアイツは、きっとかつての力を失っていることだろう!)タクアは思い込んだ。

 ザギを探し当てることはさほど困難ではなかった。トライブのメンバーは、たとえ人間体で人間社会のなかに紛れていたとしても、怪人体としての独特のにおいを隠すことはできない。己の嗅覚を頼りに、そのにおいを探っていけばよいのだ。ザギ自身も、以前はこのやり方で幾度となくトライブの手先に追われてきた。

 タクアは、海族のアジトを出発してから数日たって、ようやくザギのにおいにたどり着いた。そこは、海辺にある都市だった。街には多くの人間が生活していた。タクア自身も人間体になった。

 ザギのねぐらを突き止めた。「喫茶店 アエレ」だ。中にザギが居るのならば、今すぐ乗り込んでもいいが、ここで騒ぎが起こればあのバディアが来る可能性も否定できない。よって、どこか人気のない場所で戦うほうが得策だと考えた。タクアは日夜物陰からアエレを見張っていた。

 そして程なくしてチャンスは訪れたのだった。


3.


「明日、二人で行ってきなさいよ」

 そう言ってモモコさんが手渡したのは、クラッシックコンサートのチケットだった。

 明日はアエレが休みの日で、ザギと結希は1日中空いているのだ。

「昨日お客さんがくれたのよ。ちょうど二人分。このごろ休みの日はいつも4人でいたから、たまには兄妹でどこか行ってみたら?と思って」

「わあ、ありがとう!コンサートなんて久しぶり!」結希は喜んで受け取った。

 ザギはコンサートが何のことだか分からなかった。

「あたしたちはあたしたちで遊んでくるから。そうしましょ!」モモコさんは手を打ち鳴らした。


 そして翌日。ザギと結希は街のコンサートホールへと出発した。

 結希にとっては、行先はコンサートでもなんでもよくて、ただ久々にザギと二人だけでいられることが嬉しかった。

「ねえ、勇・・・じゃなくて、ザギ。コンサート観たらさ、お昼食べて、ショッピングして・・・日が暮れるまでずーっと遊んでいようね!・・・でもあんまり帰りが遅いと、モモコさん心配するかな?」結希がはしゃいで言った。

「構わんだろう。向こうだってもしかすると、夜になっても帰らんかもしれないぞ」

「だよね!」

「ああ」

 結希は、ザギのすぐ目の前を嬉しそうにスキップして歩いた。時々、ザギの手を握った。本当に楽しそうだ。

(ああ、やっぱ人間も悪くないのかもしれないな)結希を見てザギは思った。

 2時間にわたるコンサートは、ザギにとって終始退屈なものだった。結希も最初の方は熱心に耳を傾けていたが、後半に入ると頻繁にあくびを漏らしていた。

「早くお昼行こ!」結希は終演するとすぐに、ザギの手を引っ張って外にでようとした。

 ホールを出る前に結希は館内のトイレに入っていった。ザギはエントランスで腕を組んで待った。

 5分、10分、15分・・・。いつまで待っても、結希は戻ってこない。トイレが混んでいる様子もないので、ザギは怪しんだ。女子トイレの中を覗いた。

 個室のドアはすべて空いており、中には誰も居なかった。窓のカギも締まっていた。

(結希は・・・!!?)ザギは慌ててトイレの中を探し回った。しかしどこにも姿はない。あり得ないことが起こっていた。

 ふと、手洗い場のボウルを見ると、二つ並んだうちの一つだけ水が満杯近くまで溜まっていた。蛇口からは水は出ていなかった。

 ザギは直感的に不自然なことだと思った。たまった水の中に手を入れてみた。すると、手から腕がみるみるうちに奥へと入っていった。ボウルの底の深さから考えて、それはあり得ないことだった。

「これは・・・!」

 ザギは水面に顔をつけて、水の中を覗いた。見えたのは、ボウルの底ではなく、深海のような一面の暗い青色だった。

 ザギは何かを確信して、体ごと水たまりの中に飛びこんだ。水しぶきで、トイレの床がびっしょりと濡れた。


 そこは海の中だった。水の塩辛さで分かった。かなり深い場所で、生身の人間ならば到底潜ることのできない深さだった。少し泳いでみたが、自分の位置も方角も分からない。どっちに行けばどこにたどり着くのかもわからない。そこでザギは、泳ぐのをやめて上へあがっていった。しばらくして光が見えた。

 水面から顔を出すと、そこは大海のど真ん中だった。はるか数キロメートル先に陸地がみえた。ザギはその陸地に向かって泳いだ。

 陸地に近づくにつれて、そこが自分の知っている場所であることに気づいた。陸に上がると、記憶が完全に呼び起こされた。

 結希と出会った場所。津尾海浜公園だった。

(どんな偶然だ・・・!?)

 しかし、そんなことを考えている場合ではなかった。ザギは血眼になって辺りを探し回った。

「結希ーっ!!!」

 昼で外が明るいことは幸いだった。しかし、浜辺、芝生の斜面、林の中、どこを探しても姿はなかった。

 息を切らして、浜辺に戻ってきた。

「はぁ・・・はぁ・・・結希・・・」

 その時だった。

「探し物はコレか?」

 聞き覚えのある男の声が聞こえてきた。あたりを見回ししてもだれもおらず、どうやらその声は海の中から発せられたようだった。 

 海面から一人の男が姿を現した。それを見た途端、ザギは奥歯を軋ませた。

「テメェ・・・!!!」

 海族の長、クジラのタクア。右腕には、意識を失い体を二つに折った結希のすがた。

 タクアは海面を沈むことなくピシャピシャと歩いて来、浜辺に上がった。

「お前の横を歩くコヤツを見た時、ハッと思い出したのさ。そうだこのガキは、まだ人間だったキサマをさらった時にやたらとしがみ付いてきたヤツだ、と。それで、コヤツを餌に使ったのさ。お前をおびき寄せるためのな!」

 拳をギリギリと握りしめた。怒りで頭がぼうっと熱くなった。

「堕ちたな、ザギ。まぁそんなところだろうと思ったがな。人間なぞに情を出して、醜いヤツだ。クズが!一族の恥さらしだ!・・・もっとも、その一族は今や存在しないのだが」

「俺からすれば・・・テメェはクズ以下だ!!!」

「フハハハハハ!生意気さだけは、あの時のままだな!・・・俺がどういう目的でお前を呼び寄せたかは分かるな?」

「理由なんて一つしかないだろう。俺もお前がまだノコノコと生きていたと知れば、同じことをするつもりだった」

「お前の思い出の場所で死なせてやる!兄妹の絆とやらを、またあの時のように引きはがしてやるぞ!!フハハハハハハ!!」

「礼のコトバなんて・・・イヤミでも出てきやしねえんだよ!」

 ザギは怪人体に変身した。サメの力宿りし戦士、覚醒。


第45話につづく

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