第36話「人間の血」-Chap.9


1.


 ワイヤ・ドリュークとの一戦から数日後。

「ちょっと、買い出しを頼んでもいいかしら?」喫茶店アエレの店主、モモコさんが、ザギに言った。

 あの一戦以来、ザギの精神はなかなか休まらなかった。結希に危険が迫ることを常に怖れていた。

(ガキは店に居るわけだから、俺が離れても心配はないか)

「・・・分かった」ザギは引き受けた。

 店を出ると、空が曇っている。陽の光は雲越しにうっすらと差してくる。

(・・・なんか、どうかしてやがるな。あのガキごときにここまで振り回されることはないだろうが)

 結希と出会った時と現在とでは、彼女に対する思いが変わっていることに気づいた。

(人間なんてゴミぐらいに思ってた・・・あの時が遠い昔のようだ)自嘲するように笑った。


 買い出しとは、店に出す用のパンを買いに行くことだった。店の御用達のパン屋で、ザギもこれまでに何度か買いに行った。

 パン屋の扉を開くと、入れ替わりに一人の少女が出てきた。

「あっ」少女がザギに話しかけた。

 聞き覚えのある声だと思って顔を見ると、少女が誰かすぐに思い出した。

「久しぶりじゃん!」

 香村水里だった。半年ほど前にこの町に滞在していた時に、出会った少女だ。

「オマエは・・・」

「元気にしてた?」香村は嬉しそうに言った。

 ザギが買い出しを終えるまで、香村はパン屋の外で待っていた。

「ねえ、ちょっと話そうよ」


2.


 二人はパン屋からほど遠くない、とある公園に行った。並んでベンチに座った。

「懐かしいね。もう結構前だけど、ここで色々話したっけ」

「ああ」その日のことは、ザギの記憶にも鮮明に残ってた。

「あの時はあなた、なんにも知らなかったもんね」香村は懐かしそうに笑った。

「そうだったっけな」

「どう?あれから、ちゃんと世間に馴染めてる?」

「フン、バカにしてやがるな。・・・まあ、ボチボチ」

「そう、良かった。それはともかく・・・」

 香村はザギの目をしっかりと見た。

「あの時はホントにありがとう」

 およそ半年前、香村がメンバーに襲われたことがあった。その時ザギは、彼女を庇いながら戦ったのだった。

(そういやあの時・・・だったな)ザギはその戦いの直後、「あの少年」と初めて接触したのだった。

「寒いね・・・パン食べよ」香村は袋の中からジャーマンポテトパンを取り出した。

「みっつ買ってて良かった。・・・はい!」さらにもう一個取り出してザギに差し出した。

 コロッケサンドだった。

「苦手?」

「・・・いや」食べたことの無いものだったので、苦手かどうかは分からなかった。

 受け取って、一口ほおばる。まだかなり暖かかった。コロッケの中から湯気が出た。

「いただきまーす!」香村も自分のをほおばった。「あったかいからいいね」

「ところでさ・・・」香村はパンを飲み下してから話し始めた。

「まだ、戦い・・・やってるの?」

「生きている限り戦いとは縁が切れない」

「その言い方だと、縁を切りたいみたい」

 ザギはそう言われて気づいた。今の言葉に表れていたのは、本心だったのかもしれない。

「・・・そうかもしれんな」ザギは目を遠くに向けた。

「私も戦いは嫌いだな。善悪に関係なく、誰かを傷つけるのに変わりないもん」

 その言葉に、ザギはまた気づかされた。それまで、メンバーであれ人間であれ、傷つけることに何も思わなかった自分が、初めて「罪悪」という感情を覚えた。

(傷つく・・・か。俺があの時戦ったせいで、コイツが傷ついたかもしれなかったのか・・・)ザギは隣に座っている香村を見た。

 いつの間にか香村は食べ終わっていた。荷物を持って立ち上がった。

「久々に会えてよかった!そろそろ帰らなきゃ。ねぇ、途中まで一緒に行こ」

「・・・いいや。もう少しここにいる」

「そう?じゃ、またね。あのパン屋さんにはよく行くの?」

「たまにな」

「なら、また会えるかもね!」

 香村は歩き出した。公園の入り口のところで振り返り、手を振った。

 ザギは少し笑った。


3.


 香村が公園を出て行ってすぐ、ザギは背後に嫌な気を感じた。

 身構えて振り向くと、ワイヤ・ドリュークがベンチの背もたれに頬杖をついていた。

「!!!」ザギはさっとベンチから後ずさった。

「ふーん。何だお前、トライブのくせに人間なんかと戯れてやんの」

 カッカッカ、と笑いながらザギと距離を詰める。

「いいムードだったぜ。トライブと人間が付き合ってるとこって、ちょっと見てみたいなァ」

 ザギはカッとなった。

「そっちこそ。盗み聞きとは、また人間臭いことやるじゃねぇか」

「俺も人間とは多少の付き合いがあってね。行動を観察しているとなかなか面白いんだ。思わず真似しちゃうんだよ」

「人間と?どういうことだ?」

「ま、それはまた追い追い。そんなことより・・・」

 ドリュークは手を顔にあてた。眼が青く光った。

「あのカラスのヤロウが来る前にアンタを片付けちまわないとな!」

 地面に出現した魔法陣の中から、傀儡があらわれた。その数およそ100体。前の戦いで、ザギが窮地に追い込まれた数だ。

「フン。そう簡単にいくかな」

 ザギはパンツの尻ポケットから一枚の黒い羽根を取り出した。そして相手に見られないように羽根をちぎった。

「行くぞ!そらァ!」

 傀儡が一斉に襲い掛かってきた。

 ザギはすぐに手元に大剣を握った。さらに、怪人体に変身した。

(油断したらやられるな)

 変身したザギは、パワーもスピードも防御も人間体の数倍になる。

「ずあああアアアアアッッッッ!!!!」

 疾風のごとく剣を振るう。いつしか刃は紺碧に光り、瞬く間に敵をなぎ倒していく。

 10体、20体、50体と敵は倒れていく。

「前の俺とは・・・違うぞおおおォォォ!!!!」ザギは最初から恐ろしいほどの気魄を放っていた。

「うらあァッ!!」

 ここで初めて、ドリューク自身が戦いに加わった。怪人体に変身すらした。相手の想定外の力に焦りを感じたためだった。

 ドリュークは、剣を握る右腕の動きを固めた。

「調子に乗るんじゃねェぞォ!!王族の下に位置する弱者がァよォ!!」

 ザギは相手の腹に強烈な膝蹴りを入れた。

「ぐはアッ!!!」ザギは腹を抑えて後ろずさった。

「王族の下だァ!?それはいつまでもオノレの地位でぬくぬくしてるヤロウが言うセリフだなァ!!」

 隙のできたドリュークに渾身の斬撃を加えた。敵の両腕と胸に深い傷を負わせた。

 ドリュークは痛みに呻き、操っていた傀儡はみな動きを止めた。


「はあっ、はあっ」「はぁ、はぁ」両者にらみ合う。ザギは立って、ドリュークは尻餅をついて。

「いいこと教えてやる。弱者ってのはなァ、つねに上を見ておのれを磨くことを止めない。んで、強者ってのは自分より上に位置する者がいないから油断する。そしてテメェは・・・俺の力量を見誤る」

 剣を構えて、ツカ、ツカと相手に近づく。

「そろそろ・・・終わりにしてやるよ!!」


 すると、ドリュークは何を考えたのか、手近にいた傀儡の一体を人質のように捕えた。傀儡の首を腕で固める。

「こっちも・・・いいこと教えてやろう。お前が・・・何十体とぶっ倒してきたこの・・・傀儡たち、一体何でできているか・・・知ってるか?」

 ザギは歩みを止めた。

(何でできているか・・・だと?)その言葉の意味をにわかに理解できなかった。

「俺がチマチマと・・・工作したとでも思うか?」敵は不気味に笑う。

「何だと言うんだ?」

「こいつらはな・・・元は人間だ。生きた・・・人間だ!・・・いいか!?生きてる人間のだなァ・・・心臓を奪うんだよ!心臓をな!・・・そうすれば・・・俺の言うことを何でも聞く・・・操り人形になるわけだァァ!!!」

 ギャハハハハッ!!!とドリュークは狂ったように笑った。

「な、何だと?」ザギはそこから動けなくなった。

「言ったろォ?俺は・・・人間とは付き合いあがあると。・・・フハハハハハッ!!どうした!?攻撃してみろよ!人間大好きちゃんよォ!」

 ザギは両腕をだらんと垂らして、棒のように立ちすした。右手から剣が滑り落ちた。

 今、目の前の傀儡に攻撃しなかったところで変わらなかった。これまでに倒してきた傀儡はザギの闘志を凍らせるには十分な数だった。

「へっへっへっへっ」ドリュークは傀儡を抱えたまま、ザギに近づく。

「さっきの勢いはどこへやら。・・・じゃあ、死ぬか?」

 眼が光る。それまでおもちゃのように動きを止めていた傀儡たちが一斉にザギの方に向かってくる。

 倒さなければ、自分が倒される。しかし・・・倒すことはできない。


 その時だった。

 空から何かが舞い降りた。

 アシラだ。

「ザギ!待たせたな!」

 アシラの背中から生えた黒い翼が、スウゥッと収納されていく。

「チッ、来やがったか。あと少しだったのに」ドリュークは舌打ちをした。

 アシラの後から、10体ものカラスの怪人体も舞い降りてきた。地面に降り立つや否や、傀儡を相手に攻撃を始めた。

「おい!止めろ!そいつらは・・・」ザギはカラスたちに向かって怒鳴った。

「分かってるよ、ザギ!だが心配するな!戦闘不能にするだけだ!」

「え?」

「消してしまいさえしなければ、また人間に戻せる!・・・親玉を倒せばな!」アシラはドリュークをビッと指さした。

「なぜそれを知っている?」

「長くなるから、後で説明する!」

「・・・信じていいのか?」

「信じてくれ!!」

 ザギは決意した。再び剣を構えなおす。ザギとアシラは、並んでドリュークと対峙する。


「ごちゃごちゃうるせェんだよ!!」

 ドリュークは自分の足元に魔法陣を出現させた。10体ほどの傀儡が円形に出現し、互いに肩を組み合うようにし、ドリュークを包んだ。

 傀儡たちはドリュークと融合した。ドリュークは怪人体に変身した。七色の絵の具を水の上に垂らしてかきまぜたような、マーブル色に全身を包んでいる。全体的に飾りっけがないのは、自身が操る傀儡に似ている。

「ウヒャ・・・ウヒャヒャヒャヒャ!!いいか!俺が変身することはめったにないぜェ!」

 さらに、ドリュークは全身に力を込めるような構えをした。すると、体中の虹色模様が流動し、光を放ち始めた。まるで不気味なイルミネーションのようである。

「変身することでェ、俺自身が人形となる!心臓と脳だけを残して、あとはすべてエネルギー体になるんだァ!」

 やがて、体は高温を放ち始めた。声にはいつしか狂気を帯びている。

「俺自身が爆弾となり、キサマらを吹っ飛ばす!今から逃げたって無駄だァ!途方もない・・・エ、エネルギーがァァ・・・」

 いよいよ爆発寸前となる。全身が熱気に包まれている。

「・・・どうする、ザギ?」アシラが声を震わせて尋ねる。

「考えが・・・ある」ザギは冷静だった。

「アッ・・・あと10秒だぁぁぁ・・・お前らが・・・チリに・・・帰っても、俺は生き残る・・・ざ、ザンネンだっ・・・」ドリュークの声はカラカラに渇いている。

(ここに来て・・・予想外のことを仕掛けて来やがる)

 ザギは右手を天に高くつき上げた。数秒後には、灰一色の分厚い雲が上空に広がる。

 大雨が降り注ぐ。まるで海がそのまま流れ込んでくるかのようだ。瞬く間に、地面は河川ほどの深さの水たまりができる。

「!!!?なっ・・・にぃ??」

 雨は当然、ドリュークの上にも降り注いだ。それまで放ち続けていた高温が冷めていく。

「キッ・・・キサマはァァ!!??」

「言っただろォ?テメェは、俺の力を見誤っているとな」

 ザギは足元の水たまりに体を沈めた。次の瞬間、ドリュークの背後に立っていた。電光石火の速さだった。

「ぐっ・・・!?いつの間に!?」

「さあ爆発してみろよホラァ!!シケて花火ほどにもならんだろうがなァ!!」

 ザギは背後から腕を回して固め、相手の動きを止めた。

「アシラ!!!倒せェェ!!!」

「やるじゃん、お前!」アシラはニッと笑った。

 アシラの背中に大きな黒い翼が生えた。その翼は、黒いエネルギーの渦と化した。

「避けろよォォ!!」「当たり前だァァ!!」

 黒いエネルギーの翼は、槍のようにまっすぐに伸びて、ドリュークの体に向かっていった。

 敵の体を貫くいた!!!その寸前に、ザギは身を横にかわした。

「ゴッ・・・ゴノオォォォォォォ!!!!!」

 翼に貫かれた体は、たちまち灰になって地面に崩れ落ちた。

 傀儡師が死んだことによって、魔法陣が現れ、中からこれまでに傀儡にされた人間たちが解放された。その数は実に500体ほどだった。

 戦いが終わると、すぐに空は晴れた。青空をのぞかせ、光が差し込んだ。


4.


 二人は、アシラの住処に行き、椅子にぐったりと座った。

「トドメを俺に差させたのは、お前なりの思いやりかな?」

「フン・・・そんなもんじゃねぇよ」


 前にここで、ザギはこんな話を聞いた。

 アシラがトライブを抜け出した理由。それは、王族に対しての恨みだった。

「ヤツらは人間を使って実験を行っている」

 ザギは驚きのあまり言葉が出なかった。

「ある時偶然知ったんだ、その事実を。王族のメンバーはみな、怪人体と人間体をもっているだろう?お前と俺もそうだが、ヤツらはみな人間ベースで造られている。ヤツらには、我々三族のようにオリジナルの戦士を持たないからだ。・・・驚くべき事実はここからで、人間ベースで蘇生させる場合、誕生する戦士の力を自在にコントロールすることができる。つまり、思い通りの強さを持った戦士を生み出すことが可能なんだ。ヤツがみなとんでもなく強いのも、それが理由だ」

 ザギは黙って聞いていた。

「しかも、ヤツらは信じられないことに、メンバーがやられて死体が残ってても、それを捨てて、代わりとなる生きた人間を捕まえてくる。それで新しいメンバーを造るんだ。つまり人間を使い捨てにしているのさ。それを知ったら・・・俺の中に眠る人間の血が怒り出したんだ」

 ザギの中に流れる人間の血も、今怒りを覚えた。

「そして、あのワイヤ・ドリュークというメンバー。ヤツは、人間を傀儡に変える能力で、数えきれないほどの人間たちを戦いの道具にしやがった。命を落とした者も大勢いただろう。・・・人間の命を粗末にすることを許せないのは、自分が人間ベースであることの宿命だろう。でも・・・本当に許せなかった。俺はヤツをこの手で仕留めたいんだ!!!」

 ザギは、アシラの目的を知るとともに、それに強く共感した。これも、ザギが人間ベースであることの宿命か。


「なんだかんだ、人間臭いところがあるんじゃん、お前も」

「不本意だが、それは認めざるを得んな」ザギはきまり悪そうに笑った。

「あのときの話の続きになるけど、恨んでいるのは王族だけじゃないよ。その下につく三族だって同じことをしていた。そのせいで、俺やお前が生まれたわけだからな」

「皮肉な話だな。自然、自分自身を恨むことになるだろうからな」

「ああ、だから・・・。俺は、王族だけでなく、トライブをのものを根こそぎ焼き払いたいと思っている。そして俺自身も・・・消えてしまおうと」

「・・・そうするしかない、か」

「宿命だ」

「宿命か」

 二人は黙って、空を見上げた。真っ白な雲が、陽の光を受けてキラキラと光り、流れる。

「ひとつ聞いていいか?」ザギが尋ねた。

「何だ?」

「オマエには・・・守るべきものって、あるか?」

 その質問を聞くなり、アシラはハハハと笑った。


37話につづく

 

 

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