第35話「カラス男 アシラ」-Chap.9
1.
「偶然通りかかったとは思えないがな」
ザギは黒服の男に言う。
傀儡師のメンバーとの戦いで、窮地に陥ったザギを助けた男である。
「『戦い』を初めて見たとも思えん。それに、人知を超えたモン同士の戦闘に割って入れるほどの力を持つ。それに・・・妙な能力を持ってやがるしな」
「もちろん偶然通りかかったんではないよ。実は俺もお前と同じ、追われている身でね」
今、二人は黒服の男の隠れ家にいる。戦闘のあった廃作業場から、十数キロほど離れた人気のない山の中である。ザギが戦いの疲れを癒しているうちに、日付が変わっていた。
そんな朝。
「追われている?トライブの手先にか?」
「ああ。・・・その手先もな、それまではてんで大したことなかったんだが、最近になって急に骨のあるヤツが来やがるんだ。・・・お前、知ってるか?王族のメンバーが、ついに動き始めたようだぜ」
「王族だと?」
「そうだ。まあ、下っ端ではてんで役に立たないもんで、いよいよ親玉の出番、てことなんだろう。」
「あの傀儡使いもそうか?」
「おそらくな。俺も王族とやり合うのは初めてだったから、実力のほどはまだ分からんが」
「チッ・・・クソったれどもが」
それからしばらく男は考え込んで、言った。
「なあ、親玉が相手ならさすがに今まで通りにはいかんぜ。俺もお前もな。・・・そこでだ。出会ってすぐこんなこというのもナンだが、二人で組まんか?」
「・・・フン。唐突だな。悪いが俺は、だれかとつるむのは苦手だ。せっかくの誘いだが、俺は今まで通り単独で行動する」
と、口では言ったが、実のところ、結希を危険にさらすおそれがあると考えたからだ。
「つれないねえ、お前。・・・でもそういうトコ、俺とちょっと似てる」
「何だテメェ、なれなれしいな」
男はハハハと笑った。
「だいたいトライブを抜け出すモンてのは、どこかひねくれている。要は、『組織』を嫌うトコがあるわけだからな。わざわざ危険を冒してまでな」
「危険なんて、ほとんどネェよ。俺は、海族で1、2を争う力の持ち主だったからな」
「俺だってそうだった。空族で、じきに長の座を奪いとるのではないかと怖れられた。ま、実際は権力なんて興味なかったけど」
「ふん」(境遇は少し俺とにてやがる)
「でもな」男は立ち上がり、日の差し込む出口へと歩み出た。
「これからは、自分の力に慢心するのは危ないかもしれん。と俺は思うんだ。噂によると・・・」
男はザギのほうを向いた。
「王族の連中が、三族を潰し始めたらしい。一体残らず」
「何!!?」寝耳に水だった。
「各族の長たちは、王族の強力なメンバーと死闘を繰り広げた。そして・・・」
男は顔を強張らせてこう続けた。
「三体のうち一体はやられた、と」
衝撃だった。各族の中で一番の力を持つ長が倒された。その知らせは、瞬く間にザギの精神から余裕を失わせた。
(いずれ・・・その強力なメンバーは俺を殺しに来る・・・のか)
男はザギの目の前まで近づき、しゃがんで顔を突き合わせた。
「二人で、組まないか?」
しばし考えた後、ザギは返答した。
「仕方ねぇな」
男はニッと笑って、手を差し出した。
「ザギ、と言ったな。俺は、『アシラ』だ!よろしく!」
ザギは手を握った。
2.
ザギがアエレに帰ったときには、出て行ってから丸一日たっていた。
「ザ・・・勇治!!!」
店に顔を出すや否や、結希が飛びついてきた。
「何してたの!?ずっと探したんだよ!」うるんだ目でザギをみた。
奥から、店主のモモコさんも駆け寄ってきた。
「アンタねぇ!あれっきり帰ってこなくて!もう、心配かけるんじゃないよ!」
「いろいろあってな・・・」ザギは特に表情を変えず、中に入る。
「いろいろって、何を?」
結希が尋ねたが、ザギは答えなかった。
ザギはそのまま2階へと階段を上がっていった。
「勇治!?店の手伝いは!?」下からモモコさんが叫んだが、
「そんな気分じゃねぇ」とぶっきらぼうに返事しただけだった。
ザギと結希の住む下宿は、1階が喫茶店で、2階が店主夫妻の家になっている。ザギと結希の部屋も2階にある。
ザギは部屋に入ると、ベッドに寝転がった。
アエレを出てから起こった出来事を一つ一つ思い出してみた。
(何てこった。「アイツ」を探すために外に出たのに、依然として見当たらなかった。それどころか、余計な厄介ごとが増えちまった)
いずれまた自分を追ってくる、王族からの刺客。そして、手を組むと約束したアシラと名乗る男。
(あのガキだけには・・・危険が及ばぬようにしないと)
それが今一番彼の思っていることだった。
(アイツをここに置いて俺だけ出て行くか・・・あるいはいっそのこと、元いた家に帰すか・・・)
低い陽の差してくる窓から外を眺めながら、ザギは考えを巡らせた。
しばらくして、下から階段を上ってくる音が聞こえた。足音は、ザギのいる部屋の前で止まった。
静かにドアが開くと、結希が中に入ってきた。客の入りが一段落着いたという。
「ザギ・・・何か嫌なことでもあった?」心配する声で尋ねた。
「・・・何も」ザギは寝転がりながら、背を向けたまま答えた。
「ふうん。でも無事でほんとによかった」
「まるで人間のことのように心配するな」
「え?」
「前にも言ったが、俺は人間じゃねェ。とんでもない戦闘能力を身に着けた怪物だ。それを分かってて、そんなこと言ってんのか?」
「・・・それ、すっかりわすれてた」
「俺は常に何かしらと戦っている。それも単なる人間同士の戦いじゃねェ。怪物と怪物の・・・死闘だ。俺の近くにいるってことは、それだけ危険な目にも合うってことだ」
「でも、ザギが戦ってるところなんて一度も見たことないよ?」
「嘘だと思うか?」
「思わないよ。だってザギは嘘ついたりしないもん」
「お前がまだ戦いに巻き込まれていないのは、単に運がいいからだ。これからいつ、そうなるとも分からないぜ?」
結希はだまりこんだ。
「そこでだ。お前はどうしたい?これから」
すぐには返事はない。
「希望があるならその通りにすればいい。必要なら俺も手を貸す。俺にここを出て行ってほしいなら、そうする」
ザギは首だけ後ろを向いた。結希は立ったまま少し俯いている。
「どうなんだ?」
「・・・あたしは・・・ザギのこと好き。お兄ちゃんと同じくらい」ようやく口を開いた。
「だからずっと一緒にいたい。ザギがどこに行こうと、あたしついて行くって決めた」
顔を上げて力強く続けた。
「だから、危険な目に遭ってもいい!怖いけど・・・それ以上にザギと一緒にいる方が楽しいから!」
ザギは心のどこかで、この答えを予想していた。だから、少し笑った。
「フッ・・・頑固もんだな、お前は」
3.
王族の城にて。
「ワイヤ・ドリューク卿。早い帰りだな」
ここは騎士階級メンバーの集う大部屋である。城で待機していたメンバーの一体が、戦いから戻った傀儡師に話しかける。
話はそれるが、王族に所属するメンバーには2つの階級がある。下位に位置するのが、「騎士階級」。戦士の数は9体。各々に固有の特殊能力を持ち、全員が人間体と怪人体の両方の姿を持つ。騎士階級の上には「貴族階級」がある。戦士の数は6体。みな、騎士階級の者が具える性質はすべて具え、なおかつ騎士階級の者よりもはるかに強い力を持つ。メンバーの役目は階級に関係なく、王族に敵対するものと戦うこと、そして一族の中枢たる「王」を護衛することである。細かく言うと、騎士階級が敵との戦闘中心、貴族階級が王の護衛中心ということである。その二つの役目に加えて、一つの絶対遵守すべきルールが存在する。それは、王の指令は何よりも優先して遂行する、ということである。
話を戻そう。
「相手は、かつて海族で最強と謳われたほどのヤツだが、そなたの前では無力も同然、ということか」
「いや・・・それが・・・」傀儡師のメンバー、ワイヤ・ドリュークはもごもごと話す。
メンバーはみな、城の中では怪人体である。
「どうした?」
ドリュークはきまり悪そうに黙っている。
「まさか、始末はしていないと?」
「・・・ああ」
「ガッハッハッハ!!のこのことやられて戻ってきたか、このお調子者め!」
「予想外のことが起こったんだよ!!ザギのヤロウだけかと思ってたら、途中からワケのわからんヤツが乱入してきやがって・・・」
「ん?それはどんなヤツだった?」別のメンバーが尋ねた。
「人間だ。長髪で、ヒゲを生やして、黒服の・・・。だが、特殊な能力を持っていた。カラスに手足を生やして・・・とても人間とは思えなかった」
尋ねたメンバーは、それを聞くと、ああ、と言った。
「そいつも逃亡者だ。知らなかったのか。空族でトップの力を誇った人間ベースのメンバー、アシラだ。俺は少し前にアシラと戦ったが、ついに始末できなかった」
ここで、部屋の中に誰かが入ってきた。
「フフフ・・・尻込みせずに、ふたりまとめて始末すればよかったのに、ドリューク」
幻術のメンバー、パ=ナトムだった。
「フン・・・お前だって、逃亡者の造ったガラクタ相手にやられてきたんだろ?」ドリュークは煽った。
「バカを言いなさい!あのガキども、あっさりと私の術を見破りやがって・・・」
「予想外だったと?それじゃあ、俺のことは言えんなァ」
「ぐ・・・」
二人は一旦言い争いを止めた。
「ともかく、ここで終わる俺ではない。作戦を練って、今度こそはブッつぶす!!」
「私もよ。今度こそは始末してやる!!」
再び、部屋の中に誰かが入ってきた。
それは貴族階級のメンバーの一人だ。
騎士階級の者はみな、頭を垂れた。
「指令だ。俺が相手した三族の長のうち二体が脱走した。今任務を与えられている者以外はみな、脱走した二体の追跡、加えてアジトに待機しているメンバー全員の始末を開始せよ」声高らかに言った。
「はっ!!」
第36話につづく
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