第49話「消えゆく紅炎」-Chap.12

1.


 海条王牙は7日間、この地球上いや全宇宙から存在が消えていた。

 バディア、ブレイン、黄門銑次郎は7日間、あらゆる手をつくして彼を探し続けたが、努力虚しく、見つからなかった。

 7日間のあいだに、三人はいろいろな者と接触した。まず3日目に、矢倉蹴斗という少年を王族の手から救った。5日目には、アシラと名乗るカラスのメンバーから王の復活の情報を入手した。しかし、海条の捜索の直接的な手掛かりとなるものは何一つ得られなかった。

 三人はバディアの隠れ家を拠点に捜索を続けたが、日が経つにつれてそれが難航してゆくのを感じた。

「あの日、アイツは進路面談で遅くなるから一人で帰るって言ったんだ。それで俺は先に学校を出た。・・・こういう日はめったになかったんだ。いつもアイツと一緒に帰ってたから。だけど・・・なんであの日に限って・・・」黄門は、失踪した日の自分の行動について後悔した。

「あたしがついていながら・・・どうして・・・」ブレインも目に涙を浮かべて自分を責めた。

「・・・」バディアは何も言わないが、その心中では何を思っているのか。


 そして7日目。

 突然、バディアは海条の存在を察知した。隠れ家の中で、彼は急にすくっと立ち上がった。普段の冷静沈着さとは真逆に、眼を見開いて興奮した様子だ。

「どうしたの!?」そばにいたブレインはバディアの表情を見て何事かと思った。

「何だよ、バディア」黄門も少しハラハラした様子で尋ねた。

「小僧だ・・・。小僧の気配だ!!!」

「!!!?」

 ブレインは安堵と嬉しさのあまりに、両手で顔を覆って膝から崩れ落ちた。黄門は目を丸くしてバディアに詰め寄った。

「どこだ!?どこにいるんだ!?」

 バディアは目を閉じて精神を集中させ、海条の正確な居場所を探った。

「どうやら学校のようだ。7日前に失踪したポイントだ」

 三人はすぐに学校に向かった。


2.


 出発の日が来た。

 ザギと矢倉蹴斗は、昨日王族の手下に襲撃された繁華街に集合した。真昼であるにもかかわらず、人気が全くない。大通りは、襲撃にあった区間がテープで封鎖されていた。

 ザギは手ぶら。矢倉はボストンバッグ一つに必要な荷物を収めていた。これから挑む戦いが長期にわたるものではなく早くに決着がつくだろうことを予期していたためだった。彼らが勝つにしても、王族が勝つにしても。

「俺らが死ぬか、ヤツらが死ぬか。そんな選択肢を頭に浮かべてるぐらいだったら、今ここに立っちゃいねぇ」

「あのクソ野郎どもをぶっ潰す。最初からその未来しか見えてねぇ」

 アシラから受け継いだ力を発揮する時が来た。意識を集中させると、ザギの背中から黒い翼が生えた。しかしそれは、アシラのものと同じ黒い羽根の集合体ではなかった。不定形な黒い空気の渦のようなものが絶えず背中から噴き出しているような外見だった。ザギの本来持つ力との融合によるものだろうか。

「さて、これからお前を連れて飛ぶわけだが、俺とお前が離れていては意味がない。俺だけが飛んで行って、お前は一人地上に取り残されるハメになる」

「つまりお前につかまれと?あるいは手でもつなげと?冗談じゃない!そんな気持ち悪いこと死んでもゴメンだ」

「だろうな。ならば少し試してみるか」

 二人の上に架かる電線にカラスが一匹止まっていた。ザギはそのカラスと目を合わせた。すると、カラスはバサリと地上に降りてくると、腕が生え、足が伸び、胴体が現れ、翼が大きくなった。かつてのアシラの相棒と同じになった。

 それを見た矢倉は感心した。「なるほど。体は死んでも、その魂はお前の中に生き続けているというわけだ」

「アイツのしていたことで今の俺にできないことはないだろう。今、そう確信した」

 ザギは自分の翼で、矢倉はカラスの怪人に乗って空へと飛び立った。城への行き方は二人とも知っていた。あとはひたすら飛ぶだけだった。


3.


 その時、王族城内では。

「何者かがこちらに近づいております」天母がメンバー全員に告げた。

「数は?」

「二体でございます」

「・・・ついに来たか」

 ラダー、ハーデ、側近4体、そして天母は立ち上がった。

「事前に告げたとおりに持ち場につけ」ラダーが指示した。

「はっ!」


4.


 空に浮かぶ大地が見えてきた。二人はそのまま上に上り続けた。城を見下ろせる位置まで上がったところで静止した。

「敵はもう残り少ないはずだ。下から登っていくよりも、上から一気に攻め込んだほうが手っ取り早いだろう」空中から城を見ながら、ザギは言った。

「行くぞ!」

 二人は城の上部の外壁に降り立った。

「俺はさらに上に上がって、以前メンバーを倒した場所から入る。おまえは?」ザギは言った。

「俺はここから入る。二手に分かれて攻めたほうがいいだろう」

「大丈夫か?」

「心配無用だ」

「死ぬなよ」

「互いにな」

 ザギはフッと笑みを浮かべると、上に飛んでいった。

 矢倉は変身し、三又の槍で外壁を破壊して中に入った。


 ザギが侵入した場所は、ちょうど貴族階級メンバーの集う部屋だった。

 部屋の中には、男が一人立っていた。

 以前ザギを殺そうとした男とは違う者だった。それとはまったく対照的な外見だった。銀髪の長い髪、彫りが浅いながらも整った顔立ち、銀の線がいくつも入った白いマントを着ている。ラダーとともに王族最強の双璧を担うハーデ・ビショットだ。外見で言えば、ラダーとハーデはまるでオセロの黒と白のようなのだ。

「ようこそ。愚かなる反逆者よ」ハーデは両手を広げた。

「邪魔するぜ。そして、この城ごと消して帰るぜ」

「気概だけは立派なものだ。君の戯言が戯言で終わらないことを祈る」

 挑発され、矢倉は歯をギリリと噛み締めた。

「いつまでも世間話する気はねえんだよ」

 刃には赤く燃える炎。カリダは槍を逆さに持ち、刃を石造りの床に突き刺した。瞬間、床が裂け、亀裂は炎に満たされ、火口のごとき様相となった。炎の亀裂は素早く相手の足元まで広がり、そこで一気に噴出した。

 マグマのような紅炎をハーデは避けることなく食らった。さらに、床が大きく避けたことによって城全体がバランスを崩しグラグラと揺れた。

(避けない?)

 ハーデは人間体のままで全身が燃えていた。平気な顔をしていた。不思議なことに、肉体も服も隅になることはなかった。ほどなくして火は鎮まった。

「コイツ・・・!」

「なるほど・・・そういう攻撃か」

 次に仕掛けたのはハーデのほうだった。空族には及ばずも陸族よりは早い程度の走力で相手に突っ込んでいった。相手の顔面に突き、胸部や腹部に蹴りを交互に放った。

 カリダは相手のスピードについていけなかった。突きも蹴りもほぼすべて食らった。しかし、一発一発の攻撃の重さはそれほどなく、よほど連続で撃たれない限りは倒れない、という程度だった。攻撃に耐えつつ刃を大きく振り上げ、相手を力強く突いた。ハーデは軽々とすっ飛んで床に倒れた。

 床がガタガタと崩れ始め、二体の足元が危うくなってきた。天井からも破片がバラバラと落ちてきた。

(俺と比べて、スピードは早い、攻撃は弱い、防御も弱い、ってところか。コイツ・・・以前俺が戦った王族メンバーよりも格段に強いはずなのに、今は何とか勝てそうな見込みがある。・・・まだ本気は出していないか?)

「なるほど・・・そう受け、そう攻撃するか・・・」

 今度仕掛けたのはカリダのほうだった。槍を背後に回し、右手を前方にかざし火炎を放射した。今度はハーデは攻撃を避けた。しかしすぐに相手の位置を確認し、再び放射した。また避けられた。再び放った。やはり避けられた。

 こうしてハーデは幾度にもわたる火炎放射を避けつつ、気づかれぬようにじりじりと相手に近づいていた。円を描くように場所を移動していったため、カリダもその都度体の向きを変えて攻撃しなければならず、徐々に相手との距離感を掴み損ねていた。そしてついに、カリダの背後から両腕を回して、相手の動きを固めた。

「ぐっ・・・いつの間に!!」

 ついに部屋の床が抜けた。二体は足場をなくした。上からも大きな瓦礫が無数に落ちてきた。

 ハーデはカリダを掴んだまま、崩れた壁から城外に脱出した。そのまま城の建つ陸地も越えて下へ下へと落下していった。雲の中を、大気の中を落下していった。重力による加速に加え、ハーデ自身の力で加速することによって、落下距離が延びるにつれて速度がとてつもなく伸びていった。地上に達する直前に、ハーデはカリダを放した。ハーデは宙に浮き、カリダは隕石が衝突するように地上にたたきつけられた。


 カリダは、岩壁を突き抜けて内部のトンネルの中に落下した。落下の勢いで地下に体全体が埋まった。

 カリダの落下地点に、ハーデはふわりと舞い降りてきた。

 数分後、カリダは地上に這い上がってきた。あれだけの衝撃で落とされたにもかかわらず、驚くべき生命力だった。しかし、その体はすでにボロボロだった。

「ぐぁ・・・あ・・・」よろめきながら立ち上がった。ところどころカリダの鎧が破れ、矢倉の肉が露わになっており、そこには血がにじんでいる。

「こうなったのは君が悪い。君が我が城を破壊してしまったのだから。やむを得ず、地上で戦うことにしたのだ」トンネルの中で、ハーデの声はよく響いた。

「くそ・・・やろ・・・」

 矢倉の中のグランドストーンが燃え盛った。全身にエネルギーが送り込まれ、打撲による痛みが和らいだ。

「クソやろおおがあああ!!!」

 カリダの全身が紅炎に燃え上がった。炎をまとったカリダは飛び上がって、両足を相手の胴体を目掛けて蹴りの体勢をとった。飛び蹴りだった。今までに出したことのない、とてつもなく強大なエネルギーを秘めた飛び蹴りだ。

 ハーデは体を半分横に向けて、左腕を構えた。そして、驚くべきことに、カリダの飛び蹴りをたった一撃の裏拳ではじき返したのだった。その時、ハーデの拳からも赤い炎が上がった。

 カウンターを受けたカリダは、相手に向けるはずだった超エネルギーをそのまま自身が食らった。すさまじい爆発とともに、カリダは後方にゆうに50メートルは飛んだ。

 依然として、ハーデは涼しい顔をしている。

「君の戦闘に関するデータはすべて取り終えた。攻撃力、防御力、スピード、能力、特性、そして武器。君はやはり陸族と同様の性質を持つ戦士で、防御と攻撃に特化し、代わりにスピードが弱い。火炎の能力を兼ね備え、肉弾戦ならびに槍を用いた攻撃を行う」仰向けに倒れるカリダにゆっくりと近づきながら、ハーデは説明する。

「取り終えたデータをもとに、私自身が君と同様に防御、攻撃に特化した肉体へと変身。また、火炎の能力もコピーする。このように・・・」

 ハーデは怪人体へと変身した。その姿は、堅牢な鎧に身を包み、全身から熱を放つ、カリダとそっくりのものだった。違う点は、全身にただよう邪悪さのみだった。

「君の能力値をそのままコピーしたわけではない。防御、攻撃、スピードのすべてを、君の1.2倍にした。つまりだ、君とそっくりな、すべてにおいて君の力よりも少し上を行く戦士が今ここにいるのだよ。これが私の戦い方だ。」

 ハーデはカリダの胸元まで来た。傷と焼け跡だらけのカリダの顔を、真上から見上げる。

「すでに死んでいるか?」

「!!!」カリダは相手の足をガッと掴んで、腹部を目掛けて槍を突きあげた。

 ハーデは刃先が自身に当たる寸前に受け止めた。

「まだ・・・死ぬ・・・かよ・・・」

 グランドストーンはここへきて一気にその寿命をすり減らした。秘めた力のほとんどをカリダの生命エネルギーへと変えた。カリダは死に絶えるぎりぎりのところで、命がつながった。

「驚いたな」

「うおおおおお!!」カリダは立ち上がると、三又の槍を力強く振った。通常時と変わらぬ力を発揮した。

 刃はハーデに当たった。しかし、かすり傷を与えた程度で、深くは斬り込められなかった。

「くっそおおおおおお!!」今度は相手を貫かんと、槍をまっすぐに突き出した。

 しかし、刃先が胸元に数センチ入り込んだだけで、深い傷を与えることはできなかった。自身の2割増しの防御がそこにあった。

「だあああああ!!」槍がダメならと、炎をまとった右拳を突き出した。

 ハーデも同様に、炎をまとった拳を突き出した。

 二つの拳がぶつかって、火花を散らせた。しかし、押されたのはカリダだった。2割増しの攻撃がカリダをよろめかせた。

「どれだけ君が防御を固めても、私はその1.2倍の防御へと変化させる。またどれだけ君が攻撃を強くしても、私はその1.2倍の力で攻撃する」

 何度攻撃しても、効かない。それなのに、相手の攻撃は受けるごとにズンと重たいダメージを与えてくる。カリダは徐々に、強化された自分と戦っているような錯覚を覚えてきた。

 自分の目の前にいるのは、自分よりもすこし先を行く自分。永遠に力の並ぶことの無い絶望。それはカリダの戦意を削ぎさえした。カリダの攻撃の手数は徐々に減っていった。

「ふん!!」ハーデはカリダの喉元を掴むと、トンネルの壁に体を叩きつけた。そしてカリダの手から、三又の槍を奪った。

「自分自身に殺される。その恐怖を存分に味わえ、反逆者よ」

 ハーデは槍を突きだした。三つに分かれた刃は、すべてカリダの体を貫き通した。

「は・・・が・・・」

 カリダの変身が解かれた。矢倉は倒れた。そしてそのまま動かなかった。

 カツ、カツ、カツとハーデの足音が遠ざかっていく。


 うつろな目はアスファルトに広がる自分の血だまりを見つめているが、彼の視界には別なものが映っていた。

 自身の過去。生れ落ちてから今までのこと。

 特に、サヤナと出会ってからのこと。

(バカだ、俺は。戦わないと誓ったのに、結局また戦っちまった。・・・そしてコレだ。俺は死ぬんだ。・・・戦はなければ、もう少し、サヤナと過ごせる時間があったはずなのに・・・)

 最後のあがき。矢倉は地面を這った。1メートル、1センチでもここから動いて・・・。

 サヤナにもう一度だけでいいから会って・・・。こんな姿じゃなくて、元気な姿で。

(ごめん・・・な・・・って・・・)

 意識が途絶えた。


第50話につづく

 

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