第48話「王の消滅」-Chap.12
1.
俺が死んですぐどうなったかを話そう。
視界は真っ暗。いや、「視る」という感覚すら忘れている。自分が「体」を有しているという感覚すらない。ただ、「意識」のようなものはあった。前の記憶、思考だけはあった。
生前に聞いたことがあった、死んで肉体と魂が分離された感覚。それが今なのかもしれない。自分は肉体を捨て、魂だけになって物理的空間を超越し、全宇宙、観念、思考、そんな限りなく広い世界に再び産み落とされた。そんな気がした。
自分の意思次第では生前有していた肉体を持つことが出来た。そうしたら、視ることも体を動かすこともできるようになった。
生前に存在していた物理的空間を支配していた物理法則をすべて超越した。だから今の自分はものの数秒で地球を一周できる。岩だって水だって人間だってマグマだってすり抜けられる。数十キロメートル先の物が見え音が聞こえる。「世界」と「自分」はまったく同一のものとなった。
そんな自由な俺が行先をどこに選んだかというと、日本の知らない町の知らない駅のホーム。なんでそんなところを知っているか自分でもわからない。でも、なんだかそこに行かなくちゃならない気がした。
どうやら朝8時ごろで、ラッシュアワーでホームには人が多かった。乗車位置に一列5人くらいで規則正しく並ぶ人々。みな次の電車を待っていた。人の群れをすり抜けながら見ていると、ある少年が目に留まった。知っている少年だった。少年は真っ青な顔をして、何か思いつめた表情で線路をじっと見ている。
俺の記憶の中から、とあるワンシーンが引き出された。真っ暗な空、何もない荒野、人一人いない世界。そこには俺とその少年のたった二人だけで、少年はこの世界を創ったと言っていた。俺は少年を殴った。俺も少年にやられた。そうだ、やられて死んだんだ。
「なんでアイツがここに・・・?」
駅のアナウンスが流れ、電車がホームに入ってきた。先頭車両はもうすぐ、少年のたつホームに到達するところだった。
少年は、一人ホームの際まで進み出てきた。あと一歩踏み出せばホームに落ちる、というところで立ち止まった。
「何してんだ、アイツ?」俺は嫌な予感がした。先頭車両と少年の位置まであと10メートル、5メートル、3メートル・・・。
少年は吸い込まれるように線路に落ちていった。
「バカ!!!」俺はたまらず走り出した。
落ちていく少年の腕を掴み、引き上げた。間一髪のところで間に合った。どうやったかというと、少年の一番近くに立っていた会社員ふうの男に入り込んだんだ。それで実態を持つことが出来て、少年に触れた。
俺(会社員ふうの男)と少年は重なってホームに倒れ込んだ。
「間に合ったあ・・・」
息を切らす俺を少年は驚いた顔で見た。周囲が騒ぎはじめた。
安堵したのち、俺は怒りのような悲しみのようなよくわからない感情になった。少年を立たせ、俺も立ち上がり、少年の肩を強くつかんだ。
「何してんだよ!!!死んじゃダメだろ!!!死んだら困るんだよ、オイ!!誰が困るって俺が困るんだよ!!なぁ、分かってくれよ!?お前は死んじゃダメなんだ!!何があったか知らないけど、死んじゃダメなんだ!!なぁ!?たのむから生きてくれ!!生き続けてくれ!!世界を・・・これ以上闇に染めないでくれ!!俺からのお願いだ!!君が生き続けるだけで世界は救われるんだ!!なぁ!?・・・」
自分でも何を言っているのかわからなかった。言葉が洪水のように口から流れ出てどうしようもなかった。少年の肩をゆすりながら、何とかコイツの考えが変わってくれるようにと祈って言い続けた。だって・・・あの暗闇の世界でアイツはこんなこと言っていたんだもんなぁ。
「アンタが死んだら、あのウスギタナイ世界のゴミのように多い人間どもをこっちに呼び寄せてみんな殺してやるんだ。俺以外には誰もいらないからね」
涙目でまくしたてる俺のことを、少年は仰天したような薄気味悪いような顔をして見ていた。俺はそんな少年の顔を見て思った。
(コイツ・・・あっちでは世界の支配者であるかのようなツラしてたくせに、本当は暗くて弱虫みたいじゃないか)
突然、眼に間近にライトを当てられたように視界がホワイトアウトしていった。あまりにも眩しくて、俺は目を細めた。ついに少年の顔も、何も見えなくなった。
何も見えなくなったと思ったら、今度は急に暗くなった。自分が立っているのか、寝ているのかも分からなくなった。方向感覚も失った。
(今度はどうなるんだよ)
ところで、俺ずっとアイツのこと「少年」って呼んでたけど、やっぱちょっとおかしいよな。でも仕方なかったんだ。だって俺、アイツの名前知らないんだもん。
2.
無残な姿になったオルガの体は、どういうわけか突然再生を始めた。ちぎれた両腕はひとりでに動き出して、胴体の断面とぴたりと合わさり、不思議な青い光を放ってくっついた。破れた心臓も青い光によって修復され元通りになった。その他あらゆる傷口も同様に修復された。
オルガは再び無傷の戦士として復活した。
その再生の様子を見て、王が驚かないはずはない。
「何!?・・・どういうことだよ!?」
オルガはついに意識を取り戻した。
むくり、と起き上がり少し呆然とした様子で王の方を見た。
「俺・・・やっぱ生きてたのか。・・・いや、生き返ったのか?」
王はあまりの想定外の事態に、足がからまるほどうろたえた。
「なんで・・・?死んだよね?アンタ、死んだよね?そうだよね?心臓コナゴナになったもんね?・・・なんで?」
オルガには、もうやるべきことはそうなかった。今更、力を尽くして相手を打ち砕く必要もない、と確信した。
「なあ、王様よ。えらあい、えらあい王様よ。自分の作った、自分に都合のいい世界でしか威張れない惨めな王様よ!・・・そろそろ返してくれねえか?俺のダチの体をよ!!」
王は虚勢を張るように、ひきつった笑いを浮かべた。
「バ、バカめ!俺にはまだ奥の手がある。とっておきがあるんだよ!今度こそ死にやがれ!!」
王は体を動かそうとする。しかし自分の思うように動かない。腕を動かそうとしても動かない。それどころか、代わりに足が動くのだ。足を動かそうとしたら、体が後ろにつんのめる。
「あ・・・ほ、あ?」(ど・・・どういうことだ!?)
ついには、思うように言葉も発せなくなった。
王の意識が支配していたはずの体に、それまで眠っていた「別の意識」が動き出したのだ。今や二つの意識が一つの体の中でせめぎ合っている。
海条が死の淵で「少年」と接触したことが、時空を超えて、その体の本来の持ち主の意識を呼び起こさせたのだった。
それまで「王」だった何かは、ぐねぐねとわけのわからない動きをし、しどろもどろな言葉を発している。そして、少年の体からギラギラ光る何かが押し出された。そう、それはまさに「少年」自身が体内に住み着いた有害物を「押し出した」のだった。少年はばたりと倒れた。
その形のない物体は、黒々とし、それでいてギラギラと自ら光を発していた。
「ガッ・・・!!!テメェェエエエエエ!!!」その黒い光の発する声は断末魔の声のようだった。
黒い光は宙に浮かんだまま、くるりと助走をつけると、天に向かってヒュンと飛んでいった。
「逃がすかよ!!!」
オルガは地面を強く蹴った。まるで羽毛になったかのように、体が軽々と飛び上がった。たちまち、黒い光に追いついた。
「ガガッ・・・!!ナニッ!!?」
「消えろおおおおおおお!!!」
海の力宿る大剣で一刀両断。
「ウギャアアアアアァァァ!!!」
王の霊魂は、パアアアアアッっと砕け散り、砂粒よりも細かくなって消えた。
オルガは地に降り立った。息があがっていた。
「終わった」
次の瞬間、暗黒世界の空間が歪み、地面に巨大な亀裂がはしり、やぶれた。地面と地面が真っ二つに割れ、その間の黄金の光を放つ巨大な谷間にオルガと少年は落ちていった。
王は消え、王の作った暗黒世界は無に帰し、海条と少年は元の世界へと戻っていった。
第49話につづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます