第47話「カリダ、復活」-Chap.11

1.


 王族の城内の処刑室。

 矢倉蹴斗は壁に磔にされ、身動きが取れない。胸元は深くえぐられ、血がどくどくと流れ出ている。

 痛みと多量の流血で今にも意識を失いそうだった。

(やばい・・・死ぬ)ほとんど働かない頭の中を、この一点だけが支配していた。

「君にもう用はない。死んでもらおう」

 男の声が聞こえてきた。その男の名は、ラダー・ルーカスト。王族騎士階級の中でも最強の一角を担うメンバーである。

 ラダーが、壁に立てかけた一本の槍を手にした。

(ここで・・・ここで死んでどうする?せっかく・・・せっかく穏やかで幸せな日々を手に入れたばかりなのに!!!ここで死ぬなんて・・・早すぎるだろ!!クソッたれが!!)

 槍の刃先が、矢倉の体のほうを向いた。刃先と体との距離が縮まっていく。

 僅か数秒の出来事が、矢倉にとっては何時間もの時が流れるように思えた。避けられない運命、逃げることのできない絶望がそうさせたのだった。

「あ・・・が・・・あが・・・う・・・あ・・・」(バディアぁぁあああ!!!早くしろぉぉおおお!!!)

 ドグォオオッ!!!大きく鈍い音が鳴り響いた。

(死んだ・・・か・・・)一瞬そう思ったが、すぐさまその想像を疑った。「死んだ、と思った自分」がまだ存在しているのだ。

 体が宙に浮いていた。

「呼んだか?」

 その声はバディアだった。矢倉はいつのまにかバディアに抱きかかえられていた。

「!!?」矢倉は自分が生きていることを今あらためて理解した。

 ボゴッ!壁に深く突き刺さった槍を引き抜くと、ラダーはくるりと後ろを向いた。バディアはそこに立っていた。

「君は・・・ナレニス・バドライ!」ラダーは鋭く相手を睨んだ。

「その名はもう捨てた。族の一員であったころは低級の身分だったゆえ、貴様にはお初にお目にかかる。貴様が王族随一の戦士、ラダー・ルーカストだな?」

「一族を捨てた逃亡者がノコノコと何の用だ?」

「見ての通りだ。それと、遠からず貴様らと我々は戦う時がやってくる。それに向けての挨拶だと思いたまえ」

 矢倉はぷるぷると顔を上に向けた。

「ど・・・して・・・?」

「今は寝てろ」バディアはじろりと下を向いて言った。

「遠からずと言わずとも、今消してくれる!!」

 ラダーは右手をバッ!と前に向けた。衝撃波がブン!と音速並みの速さでバディアのところまで到達した。

 バディアはそれが到達する前に、フッと姿を消した。矢倉も一緒に消えた。

「!!?逃げたか・・・」


2.


 それから1日後の昼に、矢倉は目を覚ました。

 場所は、バディアの隠れ家だった。山の中の洞窟の中を改造した石造りの部屋だ。

 床の上に布を敷いた上に寝かされていた。目を覚ますと、すぐに起き上がった。

 胸のあたりを触ってみると、傷はふさがっていた。

「目が覚めた?」

 少女の声がした。振り向くと、そこにいたのはブレインだった。石を削って作った簡素な椅子の上に腰かけていた。

「お前・・・」

「おはよう。君が矢倉蹴斗か」

 今度は初めて聞く男の声だった。ブレインの反対側に座っていた。歳は矢倉と同じくらいの少年だった。黒の学生服を着ている。

「・・・誰だ?」

「黄門銑次郎さ。お前がかつてそうだったように、俺も石の力で戦士として戦っている」

 自分以外にも戦士がいたことに、矢倉は驚いた。

「今回のことは・・・何と言ったらいいか、ごめんなさい。もうあなたのことは巻き込まないはずだったんだけど・・・」ブレインが俯いて言った。

 その言葉を聞いて、矢倉は今の自分の悲観すべき境遇を思い出した。

「そうだ、バディア!バディアはどこだ!?」矢倉は立ち上がるとあたりを見回して叫んだ。

 黄門が出口のほうをちらりと見た。

 矢倉は飛ぶように部屋を出て行った。


 バディアは奥の部屋にいた。部屋の中には、机が一つと椅子が一つ、そして壁は全面が棚になっており、薬品のようなものが入った瓶やら鉱石の収められた引き出しやらが所狭しと並べられていた。実験室のような部屋だ。

 バディアは椅子に座り机に向かって、腕を組んで目を閉じており瞑想をしてるようだった。

「バディア!てめえ!」

 ドアが勢いよく開いて、矢倉がずかずかと中に入ってきた。バディアが首だけをその方に向けると、いきなり胸ぐらを掴まれた。

「どういうことだ、おい!!?」

 バディアは話さない。

「俺はもう戦士を辞めたのに・・・何であんな目に遭わなきゃならないんだよ!!!」バディアを掴んだまま、強くゆすった。

「もうあんなのウンザリなんだよ!!・・・なんでだよ・・・」矢倉は膝から崩れ落ちた。胸ぐらを掴む手もするりと落ちた。うなだれた。

「初めて会った時の威勢のよさに比べて、ひどい弱りようだな」バディアは口を開いた。

「あぁ?」矢倉は上目遣いでにらんだ。

「結局、あの威勢のよさや好戦的なところはすべて偽りで、その弱さがお前の本性ということか?」

「・・・なんだと?」

「そんな人間に石を与えても、ろくに力を発揮できまい。グランドストーンは取り上げて正解だったな」

「俺が・・・弱いだと!?」矢倉はカッとなって立ち上がったが、すぐに心の中でバディアのいう通りかもしれないと思い始め、気分が落ち込んだ。

 バディアは再び背を向けた。

「グランドストーンについては、あらためて適合者を探す。万が一再度お前を襲ってくるものがあればいつでも守れるように、しばらく俺が見張っている。・・・お前はもう戦う必要はない。大人しくただの人間として生きるがいい」

 今となっては自ら戦うことを望まない矢倉にとって、それはとてもありがたい言葉のはずなのに、なぜか今一つ心が晴れなかった。

「これまで何度もつらい目に遭わせてきたことを、ここで詫びさせてもらう」

 これがバディアが発した別れの言葉だった。


2.


 こうして、矢倉は日常に戻った。

 王族の手先に襲われたサッカー部員は病院に運ばれたが、皆命に別状はなく傷の手当をしたのちに数日ほど入院するだけでいいとのことだった。

 矢倉は自分のせいで部員たちを傷つけたという罪悪感から、病院に行って彼らを見舞った。

 病室で、ベッドに横たわる部員たちに謝罪した。すると、意外にも彼らから矢倉に向けられた言葉は優しいものだった。

「とっつきにくいヤツだと思ってたけど、案外思いやりのあるヤツなんだな」「怖くて全然話しかけられなかったけど、想像してたより優しいカンジっすね」「是非部に戻ってきてくださいよ」「矢倉センパイ、よろしくおねがいシヤっす!」「待ってるぜ!」

 人に好かれるのも悪くないな、と思った。部に戻って、こいつらとサッカーがしたいとも思った。

 病室から出て、坂橋と二人で話した。

「あのグラウンドでのこと。どうやらお前、人に話せない事情があるらしいな。だがそれを詮索しようなんて気はないぜ。いつでもいい、気が向いたときに部に顔だしてみてくれ」

「ありがとよ」

 坂橋は微笑んでうなずくと、病院を出て行った。


 休憩スペースのソファに腰かけて、一人考えた。

(バディアから言われた後・・・。もう俺が戦う必要はないのに、もう痛い目に遭わずに済むのに、なぜこうモヤモヤするんだ・・・?)

 矢倉の隣に誰かが座った。

「矢倉君」

 話しかけられて数秒後にその声に気づいた。見ると、以前サヤナが事故で入院していた時の担当医だった。

「元気かね?」

「まあ、ボチボチ」

「そうか」医者はふふんと笑った。

「サヤナさんは?」

「元気です」

「そうか」医者はまた笑った。

 二人はしばし沈黙した。

「こないだ、君が搬送されてきたときには驚いた。相変わらずムチャしてるんだね?」

「ええ、でももうやめました」

「そうかそうか。それがいいよ。体はね、大事にしなくちゃ」医者はウンウンとうなづいた。「元気でいることが一番だ。それは自分のためだけではない。自分に関わるあらゆる人のためでもある」

 その言葉が、矢倉にもわかる気がした。

「じゃあね。しっかりやれよ」医者は矢倉の肩をたたくと、どこかへ行った。

 日が西に傾き、大きな窓にかかったブラインドの隙間から、オレンジ色の日差しが漏れていた。矢倉はボンヤリとその光を眺めていた。

 その時、休憩スペースの隅に置かれたテレビから、臨時ニュースが流れ始めた。矢倉はなんとなくテレビに目を移した。

 ニュースキャスターが焦りを含んだ口調で読み上げた。

「たった今入りました情報によりますと、午後3時ごろ、全国五カ所の市にて、謎の生命体が突如現れ街の人々を襲うという事件が発生している模様です。その数、それぞれ10~20体程度。襲われた人々の中には、数名の重傷者、死亡者もでた模様です。港陽市、白船市、平松市、七郷市、千代原市にお住いの皆さまは、不用意な外出を避けご自宅にて待機してください。特に市の中心部への移動は大変危険ですので、絶対におやめください。繰り返しお伝えします。・・・」

 矢倉は目を大きく見開いて、食い入るようにニュースの映像を見た。鼓動が早まり、息が詰まった。

 画質の粗い映像に映っているのは、人の密集する繁華街の映像だった。逃げ回る人々。倒れた人々。今まさに襲われている人々。そして、襲っているのは見覚えのある暗い緑色をしたバッタの怪人。先日矢倉自身が戦ったものと同じ、王族の手先のものだった。

 同じテレビを見ている周囲の患者たちからどよめきが起こった。

 映像からは逃げる人々の姿が消え、代わりにパトカーが数台到着し、出てきた警察官らがピストルで対抗している様子が流れた。怪人は、何発かの弾が当たった程度では倒れず、警察官をもあっという間になぎ倒していった。

 矢倉は焦った。体中から冷や汗が出た。動き出そうとする意志と、それを抑えつける意志とがせめぎ合い、体が痙攣したように震えた。

(こんなところでじっとしてる場合か!!?今まさに、人が次々に襲われているというのに!!・・・でも、俺はもう戦う力がない。いや!本当は戦いたくなど・・・ない・・・)

 重機で体が押し潰されるような葛藤が心の中に生まれた。

 そしてすぐに、彼は一つのことを決心をした。

 立ち上がると、病院の屋上まで全力で走った。


 屋上から広がる空に向かって叫んだ。

「バディアァ!!どこにいる!!?出てこおおおい!!」

 バディアはすぐに現れた。

 飛びかからん勢いで駆け寄った。

「たのむ!!連れってくれ、俺を!!」

 バディアは刹那、矢倉の目を見ると、すぐに右腕を差し出した。

「つかまれ」

 右腕につかまった。瞬間、二人の体が消えた。


 ワープした場所は、当然矢倉のしらない土地だった。つい先ほどテレビに映っていた、あの繁華街だ。

 映像と実際に見る光景とではまったくの別物だった。道端に倒れる生々しい人の体。なぎ倒された街路樹、割れたガラス。駆けつけた警察官も全滅し、道をうろつくのはあのバッタの怪人のみだった。

 矢倉はサヤナが怪人に襲われた、あの時を思い出した。

「バディア!石だ!石を寄越せ!!」

「・・・よかろう。今のお前なら、きっと力を引き出せるだろう」バディアの目には、彼を突き放したときにはなかった、信頼の色が表れていた。

 バディアはグランドストーンを取り出し、彼の胸にぐっと押し入れた。

 矢倉は体の中からエネルギーが沸き上がるのを感じた。懐かしい感覚だ。

「ここは任せた。俺は他の被害地域に向かう」バディアは姿を消した。

 矢倉は怪人の方を向くと鋭く睨みつけた。

「ぉぉぉぁぁぁあああああ!!!」気合とともに体中に熱気が立ち上りやがてそれは真っ赤な炎となって燃え盛った。

 紅炎の中から現れたのは、大地の肌に炎の血を通わせた戦士、カリダ。その右手には、唯一にして必殺の武器、三又の槍を携えている。

 カリダの存在に気づいた20体ものバッタの怪人たちは、一斉に襲い掛かった。

 槍の三本の刃に炎がともされた。襲い来る敵を、そのひと振りで薙ぎ払っていく。たった一度の攻撃で、敵の体は炎に包まれ、跡形もなく焼き尽くされた。そうして5体の敵はカリダの手によって倒された。

 襲い掛かる敵の群れの後方が途中で動きを止めた。群れの背後から何者かが攻撃を仕掛けたためだった。その者も強烈なる刃の力で怪人たちを圧倒した。

 その者の名はザギ。怪人体のザギは、サメの牙のごとき大剣を振るった。大した時間もかからず、5体を倒した。

 バッタのメンバーの数は10体。群れとなって固まっているそれらを両サイドから二体の戦士がじりじりと追い詰めて来る。逃げ道をなくした怪人たちはカリダ、そしてザギの協力によって、あっという間に全滅した。


 通りには戦士が二人立っているのみ。他は誰もいない。

 ザギは人間体になり、カリダも変身を解いた。

「お前は、たしか・・・」矢倉はザギを指さした。

「ああ、あの時の」ザギも矢倉の顔を見て言った。

 以前、矢倉が王族の城で窮地に陥っていたときに、彼を助けたのがザギだった。二人はその時初めて知り合った。

「あの時は助かった。・・・で、どうしてお前がここに?」矢倉は質問した。

「近所なんでな。・・・というか、近くに俺がいたせいでコイツが街を襲ったのだろう」ザギは地面に倒れるバッタの怪人の死体を見下ろした。「しかし分からん。だったらなぜこんなザコを送り込んだのか。もっと強いメンバーが城に控えているだろうに」

 今や敵の動きについては謎が多すぎるということは二人の共通理解であった。

 そこで矢倉はあることを決心した。

「俺はもう一度あの城に乗り込む。ヤツの謎を解くにはそれしかない。そうでもしなければ、またどこかで人が襲われ続ける」

「俺も同意見だ」ザギは目をつむって言った。

「協力してくれるか」

「当然だ」

 二人は敵の牙城に挑む決意を固くした。出発は明日と決めた。


3.


 そのころ王族の城内では、カリダとザギの手によって港陽市に送り込んだメンバーが全滅させられた、という情報がすでに伝わっていた。

 貴族階級メンバーの集まる一室にて。

「やはりソナタの逃がした人間は、変身する力を有していたようだな。ラダー」ハーデ・ビショットが言った。

「その者の体内に戦う力を引き出すようなものは確かに無かったのだが。まあいい、再び消すまでだ」ラダーが返答した。

「陛下の捜索のために急造した量産型のメンバーを送り込んだのはいいが、反逆者たちによって消されてしまっては意味がない。もっとも、可能性の一つとして、あの者たちの集中するコウヨウシという場所に陛下もおわせられると考えての策だったが」

「我々は城の外に出るわけにはゆかないからな。我が命に代えても護衛すべきもの。それは陛下の御体だけではない。それに・・・」ラダーは部屋の扉を睨みつけた。

「もうすぐ敵のほうがこちらに乗り込んでくる。そんな予感もすることだしな」


第48話につづく

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