第46話「失われた力」-Chap.11
1.
冬の終わりのある日。天気、快晴。
この日の昼下がり、矢倉蹴斗は病院で目を覚ました。以前サヤナがいた時と同じ病室である。
目を覚ますと、そこにはサヤナがいた。涙をいっぱい浮かべて見つめていた。
(サヤナ・・・)
サヤナは矢倉の手を強く握り、彼の胸に顔を押し当てて泣いた。
「シュウ・・・待ってたよ・・・ずっと」
本当に申し訳ないことをしたと思った。
「悪かった・・・サヤナ」
目は覚ましたものの、指一本動かせないような状態だったので、そのまま療養しリハビリも含めて2週間ほどで退院した。
病院を出たその日は、春の陽気だった。陽の光を全身一杯に浴びた。
サヤナは、手をつないであふれんばかりの笑顔を向ける。それを見て矢倉は決心した。
(もう、戦わない)
2.
新学期。矢倉は単位不足で留年した。2度目の高校2年生となった。
初日は登校したが、知り合いのほとんどいないクラスで新担任のどうでもいい話をぼんやり聞きながら、今後のことについて考えた。しかし、何も考えつかなかった。
王族のメンバーと戦っていたときは、復讐心以外何も考えられず、あまりにも熱中しすぎていた。今頭の中がからっぽでぼんやりしているのは、その反動かもしれない。
部活もすでにやめ、今更勉強に真剣に取り組む気も起きなかった。
(マジ、何しようか)
クラスの一番後ろの窓際の席で、ボンヤリしていたとき、目の前に来客があった。
「よお、アンタがダブったって噂のヤグラってやつ?」
長髪で耳にピアスを開けた男だった。2年の生徒だ。つまり、矢倉のひとつ年下である。後ろにも二人不良ふうの男がいた。
矢倉はだるそうに首を正面に向けた。
「アンタ相当なワルなんだってなあ。暴行事件起こして部活やめさせられたって?ここんとこ学校来てなかったようだけど、それも牢屋に入ってたからだってなぁ!」
ピアスの男たちは矢倉を指さしてギャハハハと笑った。
馬鹿にされても、なぜか怒りがわかなかった。しかし、とりあえず頭に来たフリをして、相手の胸倉を掴んだ。
周りの生徒が一斉にこちらを向いた。
ピアスは狙い通りといったふうにニヤリと笑った。「屋上だ」
学内でのケンカは、矢倉にとっては日常茶飯事だった。強いことが学校中に知れ渡っていて、挑みに来る生徒も後を絶たなかった。
屋上で矢倉とピアスはにらみ合った。
ピアスは相手に見せつけるようにシャドーボクシングをした。連れの二人がフゥゥゥ!と盛り上げる。
挑発に乗ったものの、矢倉はまるっきりその気になれなかった。ポケットに両手を突っ込んで、首をかしげている。
それを見たピアスが、近づいて肩を突き飛ばした。
「ヤル気あんのか?テメェ」
矢倉は首を後ろに傾けて、見下ろすように相手を見た。そんな態度が相手の怒りを買った。
「オラァ!」ピアスは矢倉の頬を殴りつけた。
倒れはしなかったものの、よろめいた。相手に向き直ると、二発目が飛んできた。
バシッ!また、よろめいた。頬が腫れた。
なんだか、殴り返さなければ相手に申し訳ない気持ちになって、矢倉は相手の頬を一発殴ってみた。しかし、その一発は軽かった。
「効かねーんだよ!」ピアスは矢倉の腹に蹴りを入れた。
一発。矢倉は体を折り曲げた。二発。バランスを崩した。三発。腹を抱えて床に倒れた。
(これだけやられて・・・なぜイライラもプツンとも来ない?)
それどころ、先ほど相手に入れた一発の拳。大して力も入れなかったのに、あまりにも重い一発のように思えた。
人を傷つけることに強い抵抗感を抱いていた。
「立てよオラァ!」
ピアスの罵声が聞こえた。矢倉はのろのろと立ち上がった。しかし、相手に二発目を入れることはなかった。歩いて屋上の出口に向かった。
ピアスの前を横切り、残り二人の前を横切り、出口のドアを開けた。
「何だよ、逃げんのかァ!?」
矢倉は無言でドアをくぐった。
王族の城で、あれだけ暴れていた自分が嘘みたいだった。今ではすっかり抜け殻になってしまった。
昼過ぎに学校を終えると、校門の前でサヤナが待っていた。彼女は自転車に乗っていた。川沿いを二人で並んで、矢倉は歩き、サヤナはその歩調に合わせるようにゆっくりと自転車をこいだ。3割ほど散った桜の並木が長く続いていた。花びらが風に吹かれて二人の前で舞った。
二人は幸せだった。そのことを、お互いに分かっていた。矢倉の心にはかつての燃え盛るものがなく空っぽだったが、不満やいらだちはなかった。ずっとこのままでいいと思った。
「ねえ、シュウ」
「何だ?」
「あたしたち、これからどうなるんだろうね?」
「これからって?」
「ホラ、あと一年で卒業だから、そしたら離れ離れになっちゃうのかなぁって」
「そうか。お前勉強できるから、大学に行くかもしれないしな」
「まだ将来どうするかは決まってないけど、卒業してからもずっと一緒に居られるとは限らない・・・のかな」
「俺はさらに一年あるしな」
「そうだった」サヤナは笑った。
少しかすんだ青空に、桜が映える。
「まだまだ足りないよ、あと一年だけなんて」
「そうだな」
サヤナは自転車を止めた。矢倉も少し遅れて足を止めた。
「ぜったいに・・・ずっと一緒だからね!」
「ああ!」
陽の光がたっぷりと降り注いだ。
2.
その夜。サヤナを家に送ってから、矢倉はあてもなくぶらぶらと歩いた。歩道橋の柵に寄りかかって下の道路を流れる車をボンヤリと眺めていると、横に誰かが来た。
見ると、それは長髪で長身で黒ずくめの男、バディアだった。
「何か用か?」
「グランドストーンを返してもらおう」
「グランドストーン・・・?」聞いたことのある名前だったが、何のことだか思い出せなかった。
「お前の体の中にあるものだ」バディアは矢倉の体を指さした。
矢倉はそれでようやく思い出した。自分に戦士として戦う力を与える源、それがグランドストーンだった。
「このごろになって、お前と石の融合度合いが著しく落ちている。今のお前では、カリダとして戦うどころか変身することすら難しいだろう。お前がいつどこで何と戦ったかはすべて把握している。しかし、お前の体が石の力をほとんど引き出せなくなった以上は、別の適合者を探すしかない」
「フン・・・何だよ。石だか戦士だかをよ、勝手に人に押し付けといて、使えなくなったらポイかよ。全部テメエの都合じゃねえか」
「そうだ。我々の都合で、お前を利用していた。それだけだ」
矢倉は、バディアのほうに向きなおると、虚しそうに薄笑いを浮かべた。
「ふざけんなよ。テメエらのせいで、俺は今まで・・・」
「俺は今まで、何なんだ?」
「・・・いや。・・・くれてやるよ、グランドストーンなんか。俺もちょうどいらなくなったところだ」
「よろしい」バディアが矢倉の前で手をかざすと、胸のあたりから紅く光る石がすうっと出てきた。バディアはそれを手の中に収めた。
「ご苦労だった。もう二度と会うことはない。あばよ」バディアは身をひるがえして、歩き出した。
「ちょっと待てよ!」バディアの背中に呼びかけた。
バディアは振り向いた。
「敵のヤツらは・・・メンバーは一体残らず消すんだろうな!?俺がやめてからも、お前らは戦い続けるんだろうな!?人は襲われなくなるんだろうな!?誰も傷つくことのない平和な日々が来るんだろうな!?」矢倉はたまらず、一息に叫んだ。
「・・・当然だ」バディアは表情を変えず言った。
3.
それから数日後。
することもないので、とりあえず学校には毎日通った。授業はひとつも聞いていなかったので昼頃にでも帰ろうかと思ったが、サヤナには4時をすぎないと会えないためボンヤリと窓の外を眺めながら放課後を待った。
そして放課後。今日はサヤナの家に上がった。
部屋で話す最中、彼女はこう切り出した。
「シュウ。あんたの将来の夢、ちゃんと覚えてる?」
「なんだよ急に」
「ねえ、言ってみて」
将来の夢。忘れてはいないが、口に出すのも照れ臭かった。
「・・・言わねーよ」
「恥ずかしいんだ?しょーがないなあ。・・・サッカー選手、でしょ?中学の時に、毎日のように言ってたじゃん。俺は将来絶対プロになるって」
「そうだったか?」本当はそのことも覚えている。忘れたふりは、照れくささゆえだ。
「あのときは毎日部活頑張ってたよね。カッコよかった。・・・ねえ、今はなんかこう、心変わりでもしたの?」
「高校に入ってから、なんだかおもしろくなくなった。別に俺、大して上手くもねーし」少し目を背けてボソボソと答えた。
「そっか。じゃあ、新しい夢でも出来たの?」サヤナは興味深そうに身を乗り出して訊いてきた。
「夢なんかねーよ、何も」
「じゃあさ、もう一回サッカーやってよ。今はノリ気じゃなくても、少しずつ楽しさが戻ってくるかもしれないよ?何かに熱中してるシュウ、あたしすっごく好きなんだけどなあ」
「ふん」正直なところ、サッカーをとりあえず始めるだけの原動力すらなかった。
ボンヤリ考え事をしていると、小さいテーブルをはさんで向かい側にいたサヤナがいつの間にか矢倉の側に寄ってきた。肩と肩が触れ合った。
「ねえ、シュウ」サヤナは頭を矢倉の胸元にもたせた。
「サヤナ」矢倉はサヤナの肩をそっと抱いた。
翌日。放課後まで学校に残っていたが、この日はサヤナが用事で会えなかった。することもないので、ぶらぶらと校内を歩いた。
グラウンドでは、サッカー部が練習していた。試合形式の練習をしていた。矢倉はなんとなく、フェンスにもたれかかってその様子を眺めた。
昨日のサヤナの言葉が思い出された。「何かに熱中してるシュウ、あたしすっごく好きなんだけどなあ」
理由なんてそれだけでいいと思った。また、かつてのようにあの群れの中でボールを蹴って走り回ってもいいかな、と思えた。
ボンヤリとそんなことを考えていると、休憩時間に入ってユニフォームを着た男子生徒の一人がこちらに歩いてきた。
部長の坂橋だった。昨年まで矢倉と同学年で、今は3年だ。
「久しぶりだな、シュウ」
「坂橋・・・」
矢倉の不良ぶりは1年で部に入ってからからずっと変わらず、同学年や後輩からはもちろん、先輩からも距離を置かれ続けていた。そんな中、坂橋だけが矢倉を怖がらずに友人であり続けていた。
坂橋の背後では、離れたところから他の部員たちが矢倉のほうを見て、げっヤグラが来たよ、などと言い合っている。
「どうしたんだよ、突然辞めたりして。心配したぞ」
「なんか、だるくなってな」
「今からでも間に合う。また部に戻ってこないか?俺が引退したら、お前が部長になれよ」
「人望のない俺が部長になったところで意味ねーだろ」矢倉はフフンと笑った。
「ハハハハハ」
その時、坂橋の背後で悲鳴が飛び交った。
「うわああああっ!!」「ぎゃああああっ!!」
二人が振り向くと、どこから現れたのか、10体ほどの黒いバッタの姿の怪人たちが部員たちを襲っていた。
「なっ!なんだありゃあ!?」坂橋は驚きと恐怖のあまり、地面にへたりこんだ。
(メンバーども!!!)矢倉はすぐにそれと分かった。
穏やかだった心に火がつき、無意識のうちに体が走り出していた。
「キッサマらぁああ!!」
怪人のうちの一体に掴みかかった。相手の胸部を思いきり殴りつけた。
しかし、怪人はびくともしなかった。そこで初めて、自分はもう変身することができないことを思い出した。
愕然とする矢倉に、怪人は容赦なく襲ってきた。突かれ、蹴られ、体当たりを食らわせられ、肉弾戦でパターンの少ない攻撃だったが、いかんせん生身の矢倉には十分に重い攻撃だった。
あっという間に、矢倉は伸びて、気を失った。
4.
目が覚めると、そこは暗い場所だった。しかしその場の雰囲気が、矢倉の知っているものだった。
石の壁で囲まれ、明かりは壁につるされたランプが数個だけ。矢倉は壁に両手両足を固定されて、身動きを取れなくさせられていた。自分の両側を見ると、左右に槍が一本ずつ壁に立てかけられていた。部屋の中には、それ以外何もなく、人影もなかった。
(処刑場・・・)矢倉はそう直感した。
ドアが開いて、部屋に何者かが入ってきた。黒い長髪で、背が高く、彫りの深い顔立ちで、黒字に金色の線の入ったマントを着た、男だった。
名は、ラダー・ルーカスト。王族騎士階級メンバー最強の一角。しかし、矢倉にとっては初めて見る男で、名前も強さも当然知らなかった。
ラダーは、矢倉の目の前すれすれまで顔を近づけて言った。
「我が族の脱走者、ナレニス・バドライの作り出した三体の戦士。そのうちの一体が君で間違いないな?」
「・・・言ってる意味が分からねぇな」
ドズッ!ラダーは、手に持っていた杖で矢倉の腹を突いた。
「ゴホッ!ゴホッ!」
「そうと言わぬのならば、こうして確かめればよいことだ」
ラダーは、杖のとがった先で矢倉の胸のあたりを思いきり突き刺した。肉や骨を突き破り体の奥まで入っていった。
「ぐぎゃああああっっ!!!」矢倉は甲高い悲鳴を上げた。杖から、血が滴った。
何かを探るように、杖の先ををぐりぐりと動かした。
「うが・・・!!ぎゃぁあああっ!!」
「おかしい・・・見当たらないな」
ラダーは、戦士として戦うための力の供給する「何か」が矢倉の体内にあることを突き止めていた。そして今、それと思しきものを探している。
杖を動かすのを止めると、それを引き抜いた。
「うっ・・・はあっ、はあっ・・・うっ・・・」矢倉は口から血を流して呻いた。
「君は我々が送り込んだ手下と、変身もせずに戦った。それは生身で勝てると確信したからではなく、もしや・・・君はもう変身できないからなのではないか?」
「はあっ・・・はあっ」
「違うか?」
矢倉は答えない。喋ることすら困難なのだ。
「ならば、君にもう用はない。死んでもらおう」
第47話へつづく
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