第45話「アシラの最期」-Chap.11
1.
ザギと結希の出会った場所、津尾海浜公園。海を背にした砂浜で二人の男ががにらみ合う。
海族の長、タクア。そしてザギ。タクアの腕には、気を失った結希がいる。
ザギは変身した。サメの力が宿る戦士。全身が硬質な皮膚で覆われ、顔はその凶暴さが表れている。
変身すると、サッと海の中に飛びこんで姿を消した。
(何を考えている・・・?)タクアは一瞬うろたえた。
その隙を見て、ザギは水中から飛び出した。タクアの懐に飛び込み、腕に抱かれた結希をすばやく取り返した。
「何っ・・・!!」
ザギは結希をしっかりと両腕で抱いた。
「そういうことだったか・・・!こざかしいやつめ・・・」タクアは相手の方を向き直った。
「ハァ・・・!!」再びザギは高く飛び上がって、相手の頭上を飛び越え海の中に潜り込んだ。
ザギは自身の能力で、水中に人一人分が入れるほどの球形の空間を作って、結希をその中に閉じ込めた。その空間の中は、外敵や海水の侵入を防ぎ、酸素も十分に補填されていた。結希を戦火に巻き込ませないためだった。
用が済むとザギは海中から出て来、砂浜に降り立った。
「これで心置きなく戦えるなァ、ザギ。まぁ、もともとあのガキには用はなかった。お前を始末したら、ついでに殺そうとは思っていたがな」
結希を殺そうとしていたことに、ザギは腹を立てた。
「あまり俺を怒らせないほうがいいぞ。お前の死が早まるだけだからなァ」
「哀れだ。己の実力すら正確に測れないとは」
タクアも怪人体に変身した。クジラの力を持つタクアは、同じ海族のメンバーよりも一回り体が大きく、屈強だ。手には、銛を模した刃先の鋭い武器がある。
両者見合って、一気に走り出した。
「ハァァァアアア!!!」
「ウラァァァアアア!!!」
ザギの右手に握られた大剣。その刃には、サメの牙を思わせる棘がびっしりと埋め込まれている。二つの刃がぶつかり合って火花を散らせた。
ザギの力は、タクアの想像よりもずっと強かった。いくら押してもビクともしない。
ザギは相手のがら空きな腹部を蹴飛ばした。両者離れる。タクア、倒れる。
「おのれ!!」タクアはすぐに起き上がると銛を構えた。
ザギが身構える。銛を放った。
銛は高速で空中を突っ切り、まっすぐザギの体を狙った。
ザギは間一髪のところでそれを避けた。
しかし、タクアにとって銛は劣りに過ぎなかった。銛に気を奪われたザギのすぐ目の前まで移動してきた。
ザギがハッと気づいたときには、目の前に相手の手のひらがあった。
タクアの手のひらから強力な水の大砲が放たれた。
「ぐっ・・・!!」ザギの体は強大な水圧に押され、砂浜の奥に生えた木々のところまで吹っ飛ばされた。
全身を打撲した。起き上がるときに、所々痛んだ。立ち上がって、相手の方に歩み出た。
タクアは相手の出方を伺っている。
ザギは片手を天に突きあげ、手のひらから水の砲を放った。水は砂浜へと落ち、それが怪人体のザギとそっくりの形に変化した。水で分身を作ったのだった。
「!!?」
戸惑うタクアを二体のザギが両側から挟むように移動した。そして二体が同時に動き出した。
タクアは双方から襲ってくる相手を交互に見、やむを得ずまず片方の一体を相手した。振り下ろされる敵の刃を銛で受け止め、背後からくる敵の突きを空いた片腕で受け止めた。両手がふさがった。
身動きの取れないタクアを、二体のザギはそれぞれの空いた片腕で思いきり突き上げた。タクアはたまらず膝をついた。一体のザギがタクアを背後から両腕で固めて動きを固めた。そして、もう一体が大剣で胸のあたりを斬った。
「ぐあっ!!」タクアは痛みに声を上げた。体をぐったりとさせた。
それでもなんとか堪えて、油断した相手を銛で相手の体を突き刺した。しかしそれは本体ではなかった。刺された敵は水となって砂浜に消えた。
「お前が・・・!?」タクアは背後のザギをキッと見た。
「そう、俺が本体だ」ザギはタクアの背後を剣で斬った。
「がぁはっ!!」タクアは前につんのめり、砂浜に両手をついた。
タクアは痛みで起き上がることができなかった。その背中を、ザギは片足で踏んずけた。タクアは顔だけを横に向けて、片目でザギを睨んだ。
「ハァ・・・ハァ・・・若僧が・・・生意気な・・・」
「生意気だから、殺さないでくれってか?ククククッ」ザギがタクアを見下ろす。
大剣を構えた。
「そんなモンが通用すると思ったか?」ザギは剣を振り下ろした。
しかしその剣はタクアの体に届く前に、ぴたりと止まった。
ザギは背後に気配を感じた。振り返ると、100本ほどの銛が自分に向かって飛んできていた。タクアが倒れている間に、密かに海水で作り上げたものだった。
「!!!」
ザギは剣を捨てて、両手両足を大の字に開き、とっさに水の防御を全身に張った。
しかし、銛の半分ははじき返せたが、半分は体に突き刺さった。血が流れ出た。
「ぐっ・・・ぐぁぁぁあああ!!」ザギは倒れた。
「フフフフフ・・・」タクアはよろよろと立ち上がった。形勢が逆転した。
「お、俺が・・・俺が王族の仲間入りを果たすときも・・・ち、近いぞ!フフハハハ・・・」
「ぐ・・・そういうことだったか・・・」
「さて・・・そろそろくたばってもらおうか・・・」
うおおおおおおおお!!!タクアは唸り声を上げた。すると、海水面から水の塊がドドドドドと立ち上がり、タクアの下に集まってきた。
「俺の全エネルギーをかけてキサマを粉々にする!!」
海から集まってきた大量の海水は、倒れるザギの真上で巨大なパイプ状になった。
タクアは、そのパイプ状の水の塊に飛び乗った。
(な、何をしやがる・・・)
タクアは水のパイプのなかをサーフィンのように滑り出した。片端から滑り出して、もう片端に着いたら方向転換してまた滑り出す。最初はゆっくりと滑り出し、往復するにつれてスピードを増していった。
やがてそれは、目にもとまらぬスピードとなった。
「死ねぇぇぇえええ!!!」
パイプ状の水の塊が再び変形し、今度は垂直に流れ落ちる滝のような一枚の板となった。その水の板の終わりには身動きの取れないザギがいる。
猛烈なスピードを保ったまま、タクアはその水の板を一気に滑り降りた。高さ10メートルほどもあるのを、一秒たらずで滑り降りた。
ザギはそれを避けることなどできるはずもなかった。死を覚悟した。脳裏に、結希の顔が浮かんだ。
(俺が死んだら・・・アイツは・・・)
ドグゥオォォォッッッ!!!
タクアの着地点から半径10メートルほどの砂浜が深くえぐれた。押し寄せる波が、その巨大な穴にザバザバと流れた。
「やったか!!!」タクアは下を見た。
しかしそこにあるはずのザギの死体はなかった。あたりを見回してもいない。もしやと思って、空を見上げた。
ザギは空中にいた。黒い翼の生えた怪人に抱えられていた。
「ハァ・・・ハァ・・・た、助かったぞ。・・・アシラ」息も絶え絶えに言った。
「危なかったな。あとすこしでチリになっちまうところだったぞ」アシラもほっとして地上に降り立った。
「キ、キサマは・・・?」初めて見るメンバーにタクアは疑問を投げかけた。
「助っ人さ。これは格闘技の試合なんかじゃなくて、生死を賭けた戦争だ。フェアじゃないとか言うなよ」
「話には聞いていたが・・・キサマが空族の脱走者アシラか?」
「よくご存じで」
「二人掛かりで戦おうという作戦だろうが、ソイツはもう戦闘不能じゃないか?」
「どうだかな?ザギを甘く見ないほうがいいぜ」
アシラはザギを少し離れたところに寝かせた。
「いくぞ」アシラは目つきを鋭くした。たちまち体を黒いオーラが包み、戦士の体が形作られていった。オーラが消えると、現れたのは黒い羽根をまとい、屈強なる翼をもつ姿が現れた。アシラ怪人体、見参。
「一気に片付けてくれる!!」
タクアは手のひらを前に出し、水の大砲を発射した。スピードを誇るアシラはふわりと飛んでそれを回避した。
タクアは立て続けに5本の銛を放った。空中にいるアシラはそれらも軽々と避けた。
(くそう・・・チョロチョロとすばしっこいヤツだ!・・・しかし、空族の連中はスピードが強い分、防御に弱いと聞く。つまり一発でも当たれば大きなダメージを与えることが出来る!)
「こっちからも行くぞ!」アシラは猛スピードで上空から突進した。
タクアはそれを回避できなかった。突進をもろにくらった。
「ぐっ!!」
動きを止めたタクアに、アシラは間髪入れず高速の突き蹴りを何発も入れた。タクアは膝をついた。ザギとの戦闘によるダメージが蓄積されていた。
「食らえ!!!」アシラの掛け声とともに、どこからか10羽ものカラスが集まってきた。
カラスたちは、アシラを囲うように配置し、一斉に相手に飛びこんだ。
「ハアアッ!!!」タクアは自分の周囲に水のバリアを張った。
飛びこんでいったカラスたちはことごとくはじき返された。そのうちの一羽がぶつかって、アシラは体勢を崩した。
「チッ!しぶといやつだ!」アシラは舌打ちした。
「今だ!!」アシラが隙を見せた一瞬のうちに、タクアはそれまで準備してきた「作戦」を発動させた。
「ハッ!?」
アシラが立ち上がって周囲を見回すと、四方八方から銛の刃が自分を狙っていた。その数30本。
「逃げ道が・・・!!」アシラは呆然とした。
「くたばれい!!」
30本もの銛が一斉に飛んできた。アシラは全力で避けた。しかし、すべてはよけきれず10本ほどが体に突き刺さった。
「ぐあああっ!!」痛みに呻いた。
「フ・・・フハハハッ!!二人そろっておんなじ姿じゃないか!無様だ!結局これが脱走者の運命なのだよ。強大な組織に逆らった者の運命なのだ!」
タクアは腹の皮がよじれるほど笑った。
「だが俺は違う。たとえ組織に見捨てられたとしても、決して反逆の道は選ばない。王族に入ることで、己が命を守るのだ。それが賢い選択なのだ!」
「まずは・・・海族の小僧から。いや・・・その前に死よりも残酷なものを見せてやろう」そう言うと、タクアは海の中にずぶずぶと入っていった。
「な・・・にを・・・。!!!」途端にザギはタクアのしようとしていることを直感した。
「や・・・やめ・・・ろお!!」這いながら、海に入っていくタクアの腰を掴んだ。
「邪魔だ!!」タクアはつきまとってくるものを振り払った。そして海の中に潜っていった。
ザギもそれに続いて潜っていった。5本もの刃の刺さった体で。
ザギの直感は当たった。タクアは、海中に浮かぶ結希に一直線で向かって行った。
タクアは空気の球の中の結希を引きずり出して、上へ上がっていいった。
その後をザギが重傷からは考えられないほどのスピードで追いかけた。みるみるうちに両者の距離が縮まっていった。
「何!?」タクアもスピードを上げた。
しかし、海水面からでるときには、ザギは追いついた。浜に上がると、ザギは結希からタクアを引きはがした。
そして、その面を拳で殴りつけた。何度も何度も。
「はああっ!!うらああっ!!おりゃああっ!!」相手の反撃の暇も与えずに殴り続けた。その心のなかには海も乾くほどの熱い怒りが満ちていた。
5発、10発、20発・・・。タクアの顔面の筋肉や骨が壊れて、顔面が崩れていった。それでも殴る手を止めなかった。
「この!!クソったれがぁあ!!クソッたれがぁああ!!!」
タクアは仰向けに倒れ、ぴくりとも動かなくなった。
ザギの拳からは血が滴っていた。ドサリと膝をついた。もう立つ力すら残っていなかった。視界がぼうっとぼやけていった。
だから、ザギはタクアの動きに気づかなかった。タクアの片手はふらふらとある方向に向けられた。
その先には眠った結希の姿があった。
「ぐ・・・は・・・あ・・・」タクアは何か言って、手のひらから一本の銛を発射させた。その刃はまっすぐ結希の方に飛んでいった。
2.
戦い始めた時に真上にあった太陽は、ザギが目覚めた時には真西で赤い光を放っていた。
ザギはハッと起き上がった。
周囲を見回すと、相変わらず人一人いなかった。すぐ近くで倒れている体が3つあった。いずれも微動だにしなかった。
ふらふらと立ち上がって、まず一番近くに倒れた体を見た。それはタクアだった。顔面は血だらけで、左胸には自分の武器である銛が深く突き刺さっていた。死んでいるようだった。
残る二つの体は折り重なるようにして倒れていた。上側にかぶさる黒服の男の姿を見て、ザギはハッとなって駆け寄った。
体を起こしてやると、アシラは目をつむって冷たくなっていた。左胸に何かが突き刺さったような傷口があり、血が流れて血だまりを作っていた。
「アシラ!!!おい!!!」
ザギの呼びかけにアシラは薄目を開けた。
「い・・・生きてたか・・・ザギ。し・・・死んじまってたら・・・この俺の・・・犠牲が・・・ムダに・・・」アシラは虫の息のような声で、絶え絶えに言った。
「テメェが・・・」
そう、あの時タクアから発射された一撃をアシラは自ら受けて、結希を守ったのだった。
「まさかテメェが・・・」ザギはアシラに迫る死が信じられなかった。同時に自らの手で結希を守れず、さらにこれまで共に戦ってきた仲間を死に至らしめたことに、とてつもないやるせなさがこみあげてきた。
「死ぬべきは・・・俺だ・・・」ザギは低くつぶやいた。
「バカを・・・言うな」アシラは笑った。「お前が・・・死んだら・・・このコは・・・どうなる?・・・悲しむぜ」
夕日が長い影を形作る。
「俺は・・・満足だ・・・やることべきことは・・・できた・・・。最後に・・・お前に・・・置き土産だ・・・」
アシラの体からザギの体へと目に見えない何かが流れていった。すると、いつの間にかアシラはザギの中から話しかけていた。
「おまえは本当に面白いヤツだった」
その声は、打ち鳴らした鐘の音のように深い余韻をしばらく残して言った。
我に返った時には、アシラの体は冷たい石のようになっていった。
化け物から徐々に人へと変わっていったザギの終着点が、まさかここだったとは。
アシラの死体は海の深くに還した。日が暮れて、ザギは眠った結希を抱えて歩き出した。
第46話につづく
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