第5話「失踪事件」-Chap.2
1.
夏の真っただ中、海岸で会ったその少女は、どこか人間離れした神秘性を帯びていた。
黒いストレートの髪は腰までの長さであった。大きな瞳は焦げ茶色。そして非常に整った顔立ちをしていた。日本人にも外国時にも見えるような外見だった。紺色の地に所々白いひらひらの付いたワンピースという、お嬢様のような格好だった。
名前は「ブレイン」というのだとその時教わった。
そんなブレインが海条王牙の自宅の前に立っていた。
「今日から私はあなたと一緒にこの家に住むわ!」
ブレインは突然そう言い放ったのだ。
「えぇぇ~っ!?」
海条は驚きを隠せなかった。
「だって一緒に生活すれば、私がいつ襲われてもあなたが変身して戦えるし、私はあなたの戦いのサポートだってできるわ」
「そういわれましてもあまりに突然なのではないかと・・・」
「いいじゃない!何事も決めたらすぐ実行するのが私の主義なの!」
この時海条は初めて彼女の強気な部分を垣間見たような気がした。
「とはいっても、鍵がかかっているし中は誰もいなさそうなのよね。それであなたの帰りを待ってたんだけど」
王牙は現在、親元を離れ兄の
「兄貴は今仕事だから部屋には誰もいない。いつも俺が先に帰るんだ」
「そう。じゃあ誰も居ないのね。とにかく上がらせてもらうわ」
「ちょ、ちょ、ちょ、待って!友達として遊びに来た、ということならまだいいけど、これから住むってなるとなぁ・・・兄貴に怪しまれるんだって!」
「何か問題あるの?あなたって意外と繊細なのね」
「むむ~」
「早く上がらせてよ!」
海条は、少し居させたらすぐ帰ってもらえばいいと思って、しぶしぶ家に上げた。
2.
港陽市から20kmほど離れた内陸のとある地方大都市。
大きなターミナル駅から延びる大通り沿いにビルがある。何のための施設か分からない。看板も出ていない。外装もほとんどなく、ただ全体が灰色に塗りつぶされただけの窓もない極めて殺風景なビルである。10階建てほどの大きなビルだ。
しかしこのビルは、毎日数十人の人の出入りがある。当然、外部から見たら何のために人が出入りしているのかは分からないが。
3.
午後8時の海条家。
「はっはは~!いや~、王牙!水臭いじゃないか、早くいってくれよ、彼女がいるならさぁ。しかもこれから同棲だって!?高校生のくせにけしからんなぁ!」
この声の主は、海条王牙の兄、海条飛沫である。会社から帰宅して自宅に入ると、王牙の部屋にいる見慣れぬ少女を発見した。事情を尋ねたところ、しどろもどろにワケを説明する王牙をさえぎって、ブレインが現在王牙と付き合っていてこれから一緒に生活する、という説明をしたのだ。
「あのな、兄貴、だからそういうことじゃなくてな・・・」おかしな方向に事が進んでいるのを気に入らない海条はなおも飛沫に説明を試みる。
「とにかく青春だな!まぁ、二人の仲を邪魔するようなことだけはせんよ。邪魔されたら気まずい時もあるだろうからな。ブレインちゃん、こいつはだらしない男だけど、そこんとこよく面倒見てやってな」
「ええ!これからよろしくお願いします!」ブレインは笑顔で返答する。
「あぁ・・・先が思いやられる」海条は何となく予想していた展開が現実になってしまったこと、そしてもう手遅れかもしれないことを胸の内で嘆いた。
「そうだ!今日は王牙とブレインちゃんの同棲開始祝いに、ピザでもとろうか!」 と飛沫は張り切って提案する。
「いいですわね!・・・ところでピザってなにかしら?」
「あれ?知らないのかい?ピザってのは小麦粉でできた円い生地に、トマトやらチーズやらが乗っててだね・・・」
ブレインと飛沫との会話を聴く気をなくして、海条は共同リビングから自室へと戻った。
結局その夜は、夜中の1時までパーティーとなった(もっとも楽しんでいたのは、飛沫とブレインだけだったが)。酒もたらふく飲んで上機嫌の飛沫は、自室で大いびきをかいて寝ている。
海条とブレインは話し合って、海条は自室で、ブレインは共同リビングに布団を敷いて寝ることに決めた。
寝る前のこと。
「あたしって、人間の世界のことよくわからないのよ。かつてこの世界にいた頃の記憶が無くて」
「よくわからないっつーのは、何となくそんな気がしてたけどな。そういや前も話してたけど、トライブとお前らの関係のこと。結局どういう関係なんだ?」
「私とバディアは、もともとトライブの中で生きていたの。いや・・・正確には海、空、陸のトライブではないんだけどね」
「・・・?また別の族があるのか?」
「そう。『王族』っていうんだけど、今、海、空、陸の三つの部族を支配している部族ね。前に、元々三つの部族はみな独立して各々の領域を支配していたって言ったけど、ある時それらよりもはるかに強い力を持った王族が武力をもってその支配下に置いたのね」
「三つの部族よりも強いのか、その王族ってのは」
「そう。私たちはその王族から抜け出してきたの」
「どうして?」
「・・・そこにいるヤツらのしてきたことが、許せなかったから」
「許せないことって、具体的にどんなことを?」
「・・・ごめんなさい。今は言いたくないわ。いずれ必ず説明するから」
「そうか。なら無理にとは言わないけど」
「あなたにはこちらの事情に勝手に付き合わせてしまっているわね。ごめんなさい」
「いや、いいさ」
二人は話を終えると、各自の寝床についた。
4.
数日後、海条は自宅でごろごろしていた。今日は特に予定もないし、今からだれか誘って遊びたい気分でもないんだよなー。こういう時に夏の課題を少しでも進めたほうがいいんだよなー、でもやる気ないなー、というふうに考えを巡らせていた。
「ねえ、海条。あなた本当にだらしないわね。夏休みだからって、遊ぶかだらだらするかじゃいけないわよ。飛沫さんからきいたけど、宿題というのがあるらしいじゃない。暇ならやりなさいよ、宿題」
「今やろーかなーって思っていたところなんだよ。あー、お前がそういうこというからやる気なくした。もう今日は絶対やらない」
「そのくらいでへこたれるの、あなたって!?これまでの戦いで見せていた根性はどこいったの?」
「それとこれは話が別」
「もう・・・」
ブレインはまるで面倒見のいい妹のようである。
その時、
「あ、バディア?・・・うん、・・・うん、分かった。今から海条連れて向かうわ」ブレインはテレパシーで話しかけてきたバディアと会話した。
「ん?何だ、バディアか?」海条もバディアにテレパシーで話しかけられてことがあるので、今のブレインのやりとりには特に驚かなかった。
「今から指定の場所に来てほしいって」ブレインは言った。
「もしかしたら、トライブ関係かもしれないから」
三人は海条家の近くのとあるビルの屋上に集合した。
「どうした?バディア」海条は尋ねた。
「うむ。これからある場所を調査してもらう」
「ある場所?」ブレインは言った。
「ここから約20km離れたこの地方の中心都市、穂高市にあるビルが目的の場所だ」バディアが答えた。
「ビルか・・・。今メンバーがそのビルで人を襲っているのか?」海条は尋ねた。
「いや、それは分からない。可能性はあるが。そのビルに出入りする人間が突然姿を消す事件が発生している。不自然なことだ」バディアが言う。
「ふうん、お前その情報をどこで仕入れたんだ?」と海条。
「警察だ。何人かが失踪しているからその家族などが警察に捜査を依頼したらしい。しかし、警察はビルの中に入ることすらできず、中の真相が全く分からないという状態だそうだ」
「なるほど」
「人間の仕業ではない気がしてな。トライブの可能性を考えたわけだ」
「ひとつ気になるんだが、警察の情報をどうやって知ったんだ?直接行って訊いたのか?」
「ブレインからも聞いただろうが、俺やブレインは人間とは違う。テレパシー能力、人間の会話や行動を離れた場所から感知する能力を持っている。その他にもいくつかあるが」
「ふうん・・・」
「ただ、そのビルの内部までは感知できなかった。まるで結界かなにかで情報をシャットアウトしているかのようだった。そこでお前に直接乗り込んで調査してほしい、というわけだ」
「だいたい理解したよ」
「うん!じゃあ早速向かわなくちゃね!」ブレインが力強く言った。
第6話へつづく
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