最終話「それぞれの、それから」-Chap.12

1.


 海条王牙の体は暗黒世界から元の世界に還された。眠ったままバディアの隠れ家に突然現れ、バディアやブレインたちを驚かせた。

 程なくして海条は目を覚ました。服はところどころ破れ、体中はボロボロでまったく動かせなかった。

「王牙!お帰りっ!」ブレインが海条に飛びついた。

「イつっ!・・・た、ただいま」痛みに呻くも、明るい表情を見せた。

 眼だけを動かして辺りを見回すと、そこにはバディア、ブレイン、そして天母がいた。

「あれ、アイツは?」

「あのザギって少年?彼ならさっき出て行ったけど」ブレインが言った。

「そうか・・・」

「彼も急いでたみたいだったから」

 ふうん、と海条は顔を上に向けた。

「ともかく無事でよかった。死にさえしなければ、傷ついた体は治せますから」天母が海条の体に両手を添えた。

「お・・・」海条は顔を少し赤らめた。

 天母の手のひらから発せられた光が海条の体の傷を癒した。

「わ・・・すげえ・・・」海条はサッと起き上がり、治った体のあちこちを見て感嘆の声を漏らした。

「それで、ラダーは?」バディアが真剣な面持ちで尋ねた。

「ああ、もちろん」海条はニカッと笑って親指を立てて見せた。

 部屋中に安堵の声が漏れた。

「これで終わった、のか。・・・ん、いや・・・」海条はあることを思い出した。

「黄門は!?アイツはどうした!!?」


2.


 海条とブレインは黄門銑次郎と別れた場所に向かった。あたり一帯が荒野となっていて、黄門はそこで空族の長リアノス、さらに王族の騎士階級メンバーのハーデと死闘を繰り広げたのであった。

 二人が荒野に着くと、傷だらけで仰向けに倒れた黄門をすぐに見つけた。

「おい!大丈夫か!?しっかりしろ!」海条は黄門の体をゆすった。

 ブレインは彼の胸元に手を当ててみた。

「・・・だめだわ。エアストーンが完全に消えてしまっている。これでは石の蘇生能力は使えない・・・」

 続いて口元に耳を近づけた。

「・・・!!!わずかだけど、息をしてるわ!!今ならまだ間に合う!!」

「本当か!!?」

 ブレインは懐から無色透明の液体の入った小瓶を取り出した。瓶の蓋を開けて、わずかに開いた彼の口元から液体を流しいれた。そして、海条と一緒に体を少し起こして嚥下させた。

 二人は祈りながら待った。

 すると、黄門の眉がピクリと動いた。「・・・ん・・・んぅ・・・」とかすかに声を出して、瞼が少し開いた。

「はっ・・・!!」ブレインは感嘆の声を上げた。

「おい、銑次郎!」海条は彼の名前を呼んだ。

「あぁ・・・王牙か・・・」彼は海条を見た。「俺・・・死ななかったのか。・・・約束、守ったぜ」

「・・・バカ。危ねえトコだったよ」海条は頬を緩めた。


 海条が黄門を担いで隠れ家に戻ると、バディアもある少年を連れて戻ったところだった。

 部屋の隅で眠るその少年を、海条は初めて見た。

「こやつも危ないところだった。あと少し手当が遅れていたら、死んでいただろう」バディアは少年に目を向けた。

「誰なんだ?」海条は尋ねた。

「矢倉蹴斗。彼も石の力で戦士として戦っていたのよ」ブレインが答えた。

「俺と黄門の他にも戦士がいたのか」海条は矢倉の顔を見つめた。

「黙っててごめんなさい。でも彼は戦士として生きることをあまり望んでいなかった部分もあったから。あまりあなたたちと顔を合わさせないほうがいいと思って」

 海条は彼の体に巻かれた包帯に血が滲んでいるのを見た。

「・・・コイツも、とんでもねえ戦いをくぐり抜けてきたんだな」


 こうして、海条たちの長きにわたる戦いは終わったのだった。


3.


 手当を受けた翌日、矢倉蹴斗は目を覚ました。

 バディアは彼に戦いのすべてが終わったことを告げた。

「ザギのヤロウはどうした?」矢倉は尋ねた。

「あやつなら今頃、普通の人間の一人として生きていることだろう」バディアは答えた。

「・・・そうか。そういえばアイツ、そんなことが望みだって言ってたな。ようやく叶ったワケか・・・」矢倉はつぶやいた。


 それからすぐに矢倉は隠れ家を発った。その間際に、

「バディア、俺は戦士として戦ったこと、悪くなかったと思う」と少し照れ臭そうに言った。(なぜって、もしあのまま生き続けてたら、俺はいつまで経っても無意味に暴力をふるい続ける人間のままだっただろうからな)

「勘違いするな。俺は貴様の戦いに意味を見出させようなどと意図した覚えはない。それはお前自身が偶然見つけ出したものだろう」バディアは相変わらずの調子で言った。

「フン、何でもいいっての」矢倉は隠れ家の出口まで進み、そこで振り返った。

「もう二度と、お前には会いたくねえな」少し笑いかけて歩き出した。


 あれから数日。校庭の桜はすっかり散って葉が生い茂り、外の空気には緑が香り始めた。矢倉は教室の窓から吹き抜ける乾いた風を心地よく受けた。

 そして放課後、彼はグラウンドに向かった。そこでは、サッカー部がすでに練習を始めていた。

 グラウンドに姿を現した矢倉にいち早く気づいた部長の坂橋が、彼のもとに駆け寄ってきた。

「シュウ、来ると思ってたぜ」坂橋は嬉しそうに笑った。

「早速、今日からいいか?」矢倉は手に持った体操着の入った袋を見せた。

「フフ・・・遅刻したペナルティとして、まずグラウンド10周だ!」坂橋はトラックを指さした。

「ウーッス!」矢倉はサッと着替えると、軽快に走り出した。


 部活を終えて校門を出ると、サヤナが自転車にまたがって待っていた。

「連絡通り6時に到着。部活、また始めたんだね、シュウ」サヤナはニッと笑った。

「ああ。お待たせ、サヤナ」

 二人は並んで歩いた。初夏の太陽は、西のはずれで赤く燃えていた。川沿いで二人は立ち止まって、夕暮れを眺めた。

「サヤナ」矢倉は顔を彼女の方に向けた。

「ん?」サヤナは彼の目を見つめた。

「もう、どこにも行かないからな。約束」矢倉は小指を差し出した。

「なあにそれ?・・・約束っ!」サヤナは自分の小指を彼の小指に絡ませた。


4.


 ザギの怪人体としての力は、天母の能力によって跡形もなく消えた。

 ザギは今や何の力もない自分の手のひらを見つめた。(アシラよ、お前のくれた力のおかげですべてが終わった。安心して眠れ)

 

 隠れ家を発ってから数日後。ザギの周りにも初夏の季節が到来しようとしていた。

 その日の昼、ザギは大きな荷物を抱えてかねてからの住処だった喫茶店「アエレ」の戸口に立った。彼の横にはやはり大きな荷物を抱えた結希がいた。

「本当に行くの?寂しくなるわね・・・」店主のモモコさんが二人を見送りに来た。

「ああ。コイツの望みだからな」ザギは結希を見下ろして言った。

 モモコさんはうなずくと、名残惜しげに結希の顔を見つめた。

「いつまでも留守にしてたらおばあちゃんが心配するから、そろそろ帰らなきゃと思って」結希はハツラツとしながらも、どこか寂しそうに言った。

「そう」モモコさんは答えた。「おばあさんによろしくね」

「短い間だが世話になった」「毎日すっごく楽しかったよ!モモコさん優しいし、お店の手伝いも面白かった!」

 モモコさんは目を潤ませながら代わる代わる二人と握手をした。最後に結希をしっかりと抱きしめた。

「じゃ」「さようならー!また会いに来るねー!」

「二人とも元気でね!!」


 アエレを出たザギと結希は駅に向かって歩いた。途中一軒のパン屋を通り過ぎるときに、ザギは思わず店内にある少女の姿を探した。しかしその少女は見当たらなかった。その子は本当にに居なかったのか、あるいは通り過ぎざまに探したために居ても気づかなかったか、などとザギは少し考えた。

 駅から乗り込んだ電車は、二人を故郷の方向へと動き出した。しばらくの間外の景色を眺めていた結希が、ふとザギの方に向き直って言った。

「そういえばあたし、ずっと学校休んだままだった!きっとみんな心配してるだろうな。早く学校に行きたい!」

 その表情から、彼女の胸が躍るような気持ちがザギにも感じ取れた。

「学校か・・・。どんな場所なんだろうな」ザギはそう返事した。

 そして、車窓から青空を見上げた。

(アイツは無事だろうか)この時ザギは、これまでに出会った数々の「戦士」たちの顔を思い浮かべていた。


5.


 時は初夏。辺りは緑が茂り始め、人々は初夏の到来を感じた。

 海条の場合、持病の花粉症による鼻詰まりがふと無くなったことで初夏の到来を感じた。

「最近むずむずしねーんだよ」海条は鼻の下を指でこすりながら言った。

「へぇー。つか、花粉症患者の気持って実際に自分がなってみないと分からんよな。まー見るからにお気の毒そうだけど」黄門が若干の茶化しを含めて返した。

 登校中に繰り広げられる二人の会話は、相変わらずくだらない内容ばかりだった。それは二人が戦士になる前でも、戦士になっている間でも、戦士を終えたあとでも変わることはなかった。

「ところでお前らどうしちゃったの?最近ちっとも来なかったじゃん。担任すっげー心配してたよ」浜松が海条と黄門の顔をのぞき込んで尋ねた。

 答えづらい質問だったので、二人は話の方向をそらすことにした。

「違うクラスのお前が何でウチの担任の反応を知ってんだよ?」「そうだよ、はままつぅー」

「日和田と月村から聞いたんだよ」

「日和田に月村か」「ほほぉ、懐かしい名前だのぅ」「あいつら元気にしてるかねぇ」「会ったらコロッケでもおごってやるかのぅ」海条と黄門はひたすら話題をそらした。

「お前らぁー、俺の質問に答えろぉー!!」浜松は二人をヘッドロックした。


 三人でふざけ合いながら教室の中に入ると、日和田と月村がすでに机を挟んで駄弁っていた。

「お!海条に黄門じゃーん!」「何してたんだよー!まさか女漁りに日本一周とかじゃないだろうな!?」海条と黄門を見るや否や、二人はここ最近の彼らの不在を問いただし始めた。

 海条と黄門はその問いを適当にあしらうと、5人で普段通りの雑談を始めた。

(ま、俺らの話はな・・・)(もう少し経ってから、こいつらに話してやるとするか)二人は目配せした。

 それから少しして、教室のドアが開いて一人の男子生徒が入ると、室内の空気が少し変わった。誰も大きな声は出さないが、その男子生徒をちらちら見ながらあちこちでヒソヒソ話始めた。

 男子生徒はうつむきがちに自分の席に向かうと、一切の物音を立てずに座った。そこは新学期が始まって以降、ずっと空席だった場所だった。

「おい、岸波だぜ。久々に見たなー」月村が声を潜めていった。

 海条は席へと向かう彼の顔をちらりと見た。その一瞬で、海条の記憶の中からあるシーンが強烈にフラッシュバックした。

 暗闇の中に浮かぶ、子供のように純粋な、それでいて邪悪な笑み。それはまさにその男子生徒の顔と一致していた。そして彼の手によって命を奪われた、あの戦いを思い出さずにはいられなかった。

(だけど・・・)海条は立ち上がり、ぼうっと机を見つめる男子生徒の方へ歩いて行った。

(アイツが必死に抵抗してくれたおかげで、俺も今ここにいるってことだもんな)

 周囲の視線が海条に注がれた。それでも平気な顔をしていた。

 海条は岸波ハヤトの前の席に座って、彼の方を向いた。岸波は驚いた顔で海条を見た。

「おはよう」

「・・・おはよう」

 それが、「海条」と「岸波」との初めての会話となった。


6.


 長きにわたる壮絶な戦いが終わり過ぎ行く平穏な日々がその記憶を少しずつ薄れさせていった、ある日。

 「王牙、散歩に行こ」学校帰りの海条を校門前で待っていたブレインが誘った。

 ―いつものように、何気なく、誘った。


 夕日が海岸線に半分ほど沈み、浜辺が燃えるように紅く照らされていた。5月の乾いた風が海条とブレインの髪をなびかせた。

(ああ・・・あの時と同じだ・・・)海条は、ブレインと出会ったあの日の風景を再び見ているようだった。まるでデジャヴだった。

 二人は浜の中ほどに立ち止まって、紅く染まる水面を見つめた。

「今、はっきり思い出したんだ。昨年の夏からの事、全部。・・・でも、ここに来るまでは少し忘れかけてたよ。あれだけのことがあったのにな」海条はブレインの方を向いた。

「私も。同じこと思った」ブレインも海条に向き直った。

「・・・これからもきっと、何かの折に思い出しちまうんだろうな。忘れちまいたいことばっかだったけど」

「だよね。王牙にとっては、そういう思い出だよね」

 ブレインはそこで言葉を切ったかと思われたが、わずかに言葉をつないだ。

「・・・王牙は忘れるべきだよ・・・」風の音に遮られそうなほど弱く、言葉をつないだ。

「え?」海条はききなおした。

 ブレインは少し俯いた。それを見た海条は表情を少し曇らせた。

「・・・どした?」

 ブレインは答えなかった。


 「王牙は忘れるべき」ブレインのその言葉の意味を海条は考えた。自分が忘れるべきでも、では目の前のブレインはどうなのか?彼女だって忘れるべき過去じゃないのか?なぜ「俺は」なんだ?・・・。

 考えた末に、海条はある一つの疑問にたどり着いた。

(この子は・・・一体何者なんだ?)

 ブレインについてだけではなかった。バディア、そして天母。彼らがトライブと戦う目的のもとに動いていることは知っていた。しかし、王族が滅びた今、彼らは一体何に向かって動き出すつもりなのか?そもそも、彼らはトライブに関わる前は、何者だったのか?

 海条がついに一度も考えつかなかった疑問だった。ごく当たり前に海条の日常の中に溶け込んでいるブレインの存在が、彼にその疑問を抱かせなかったのだった。


「王牙・・・もしかして・・・」いつの間にかブレインは海条を見ていた。

「お前・・・」

 ブレインはフフとほほ笑んだ。

「あたしに聞きたいことがあるのね?違う?」

 海条はゆっくりとうなずいた。

「言わないで。その質問を一番恐れてたの。いつくるかと、いつもドキドキしたわ」

 ブレインはどうやら海条の疑問に気づいたようだった。

「言わないでって・・・どうして?」

「今日は・・・そのことでここへ来たのよ」ブレインの表情に寂しさが現れた。

「そのことって・・・?」海条の疑問は深まるばかりだった。

「あたし、行かなきゃならないの・・・」


「・・・1000年前に」


 それを聞いた海条は自分の耳を疑った。

「せん・・・ねん・・・?」その途方もない年月はブレインをどこか遠くの世界の者と思わせた。

「あたしはある大きな目的を果たすために、。そして今、ついにその目的が果たされたのよ」ブレインは衝撃的な言葉を続けた。しかしその眼差しは真実を語るものだった。

「それが・・・王族の・・・?」

「そう。そして目的が果たされた時には、あたしは元居た時間ばしょに帰る。それが1000年前での約束だった。」

 海条は話を聞かされてから終始全く訳が分からなかったが、ただ一つ、今目の前にいる一人の少女がどこかへ行ってしまうというこは、はっきりと予感された。

「ブレイン・・・」海条は胸が締め付けられるような気がした。

「ごめんなさい。最初から決まってたことだったんだけど、あなたとは仲良くなりすぎてしまった。・・・それであたしも辛くて、ほんとはあのあとすぐに行かなきゃいけなかったんだけど・・・言い出せなくて・・・」ブレインの声も震えた。

「そんな・・・嘘だろ?」その予感はいよいよ現実味を帯び始めた。海条はふらふらとブレインの肩に手を回した。「ブレイン・・・」

「王牙・・・」ブレインも両腕を海条の背中に回した。

 海条は強く抱きしめた。彼女をどこにも行かせたくなかった。

「何でだよ!!・・・何でだよ!!」

「さよなら・・・王牙・・・」ブレインの眼から涙が一筋流れた。

 次の瞬間、海条の両腕から一人の少女の温もりが消えた。

 海条は声にならない声を上げた。

 夕焼けを背に、両腕で虚空を抱きかかえる少年の影だけが、寂しく残った。


― 次章につづく

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ΩRGA -海の戦士- ダミアン・モラレス @damien_morales

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