第52話「すべてが出会い、戦いが終わる時」-Chap.12

1.


 海条王牙とバディアはテレポーテーションによって王族の城内に入り込んだ。

「ブレイン!!ブレイン!!」海条は精一杯の声で呼んだ。

 二人は手分けして城内をしらみつぶしに捜索した。広い城内はどこもがらんとしていた。上に上がる途中でどういうわけか城の外に出た。見上げると、その上の階が宙に浮いていた。まるで階が一つ分ぽっかりと消滅したようだった。

 二人はどうやら敵は城の上部にいるらしいことに気づいた。ひたすら上り、二人とも別々の何者かがいる部屋にたどり着いた。


 バディアのたどり着いた先は、「天上の間」だった。そこには、かつて王の魂が眠っていた水瓶があり、修復途中で中断された「王の魂が宿るはずだった体」が入れられている細かい装飾の施された棺があった。そして、似たような姿をしたメンバーが4体、棺を囲うようにして立っていた。

 すべて怪人体であった。4体のうち2体は全身に金色の鎧をまとい、残り2体は銀色の鎧を身に着けていた。そして全員が左手に盾を、右手に剣を携えていた。

「なるほど、ここが・・・」バディアは部屋全体をぐるりと見渡してから、そうつぶやいた。

 4体のメンバーは何も話さない。いや、人間体を持たないため言葉を話せない。そのため、バディアと4体のメンバーはテレパシーで意思疎通をした。

(少女が一人、この城に連れ去られてきたはずだ。どこにやった?)バディアが尋ねた。

(ラダーどのがお持ちだ)メンバーの一人が返答した。

(ラダー・・・あの男か。そいつはどこにいやがる?)

(それ以上は答えん。なにしろ、反逆者を見つけ次第直ちに抹殺、という指示なのでな)

 そう言うと、4体は瞬時に配置を移動した。おのおの部屋の四隅につき、中央にいるバディアを囲った。そして、剣と盾を構えた。

(覚悟!)

(まあいい。ヤツの居場所なら、貴様らに聞く必要はない。自分で探す)

 バディアは相手の力量を推測し、1体相手なら問題はないが、4体相手となると今の自分では厳しいと判断した。そこで、

「ぉぉぉおおおおお!!!」

 重々しい掛け声とともに、バディアの体から白い光が放たれ始めた。光は徐々に強まり、やがて体全体を覆った。

 その光のまばゆさに、4体のメンバーは手で目の前を覆った。

 光がだんだんと収まり、現れたのは一体の戦士だった。全身に黒と銀の鎧をまとい、敵と同様に一対の剣と盾をてにしている。その姿は騎士を思わせた。

バディア自身も体内に収められた「力の石」によって戦う力を得ており、またそれを強く発揮することで変身することもできるのだった。しかもそれは、オルガ、ラゴーク、カリダのものよりもはるかに強いの力を秘めていた。

(こ、この男!まさか・・・!)(戦士になりやがったぞ!)

「誰からでもかかってこい!」バディアは強く言い放った。

 4体は一斉にバディアに襲い掛かった。

 四方から振り下ろされる剣をバディアは一振りで薙ぎ払った。驚くべきことに、それによって4体の持つ剣のすべてが吹っ飛ばされた。

(な・・・何て男だ!!)

「次は貴様らが吹っ飛ぶ番だ」

 バディアは自身の剣に力を込めた。刃から白い光が放たれ、それが長く伸びた。

「食らえ!」

 バディアは剣を力強く振るった。体を軸にしてぐるりと横薙ぎに振るった。敵はみなとっさに盾で守ろうとしたが、その盾も簡単に破壊され、光の刃は体を真っ二つに切り裂いた。そして強烈な破壊エネルギーによって、4体は爆散した。

 その爆発の威力はすさまじいもので、「天上の間」の壁や天井をも破壊し、部屋全体が崩壊した。

 崩壊に巻き込まれる前に、変身を解いたバディアはとっさに適当な場所にテレポーテーションで移動した。


2.


 海条のたどり着いた先は、処刑部屋だった。中には、ブレインが両手両足を縛られ、目隠しをされ、壁に固定されていた。

「ブレイン!!!」

 海条はブレインのもとへ一直線に駆けていった。彼女のことしか目に入っておらず、部屋の中にもう一人いることに気づかなかった。

「王牙、気を付けて!ラダーが・・・」ブレインが叫んだ。

 両手を縛る縄を解こうとした海条の背後を襲い掛かるものがあった。

 ドグオッ!!海条は痛みに呻いて床に倒れた。

「王牙っ!」ブレインが悲痛な声を上げた。

 ラダーは倒れた海条の髪を引っ張り上げて、自分の目の前まで持ってきた。

「よく来た。ナレニスも来たことだし、私の目論見通りだ」

 ラダーは海条をブレインの横にたたきつけた。

「二人そろって死ぬがいい。きっとあの世でもご一緒できるだろう」海条の胸元をめがけて片腕を構えた。


 その時だった。部屋のドアが破壊され、二人の人間が入ってきた。ラダーは手を止めて、後方を振り返った。

 それはザギと天母だった。

「・・・タイミングが悪いな。今来られては少々面倒だ」ラダーが言った。

「何つう修羅場だよ、こりゃ。大荒れの予感しかしねぇな」ザギは頭を掻きながら言った。

 そしてザギはラダーに水砲を放った。ラダーはそれを片手で弾き飛ばし、海条を掴む手が離れた。

「今だ!逃げろよ!」ザギは怒鳴った。

「ありがとよ」海条は壁際から離れた。

「ノマズ!あなたね!?」天母は壁に磔にされた少女に向かって叫んだ。

「その声は・・・天母ね!?」ブレインも叫んで返答した。

「何だ、知り合いか?・・・まぁ、その辺の話は後だ。今はこの黒服男をチリにすることが先決だ」ザギがラダーを睨んで言った。

 天母はブレインのもとに駆け寄って、彼女を自由にしてやった。

「行くよ!!」そしてブレインの手を引っ張って部屋の入り口まで逃れた。

「お前はそのガキを連れて逃げろ!それとお前も逃げ・・・。!?」ザギは海条の顔を見ると、言葉が途切れた。

「テメェ・・・!!!」ザギは絶句した。

「お前・・・!!!」海条もザギを見て言葉を失った。

 昨年の夏、二人は地上で死闘を繰り広げた。ザギにとっては、生まれて初めての敗北を経験した苦い思い出だった。

「なぜここに!?」海条は疑問を投げかけた。

「・・・こんなところに来る理由なんて、そういくつもないだろ?」

 天母とブレインはすでに部屋から離れ、城の出口に向かって急いでいた。

「あの二人、大丈夫かな?」

「天母がいるんだ。心配はいらんだろう」

 海条とザギは、キッとラダーを睨んだ。

 気味の悪いことに、ラダーは先ほどから全く攻撃をしかけてこない。どういうわけか、ただ突っ立っている。

「どういうつもりだ?」

「クククッ・・・。今更ながら、始末すべき相手が多さに煩わしくなってきたのだよ。だからもう個別に殺すのは止めだ。まとめて消してやることにしたんだ」

 そのころ、城の内部を知り尽くした天母の誘導により、二人は城の出口へと出たが、どういうわけか外へ出られない。外の景色は見えているのに、まるで出口の外側に見えない壁が取り囲んでいるようだった。

「城全体に結界を張ったのだよ」

 ラダーが攻撃を仕掛けてこなかったのは、結界を張っていたためだった。

「何をする気だ!?」

「君たちはもう袋のネズミだ。全員まとめて、この城もろとも消してやる!!!」

「てっ、テメェ!!!」

 ラダーは飛び上がった。部屋の天井を突き破り、上の階を次々と突き破って城よりもさらに上空に浮かび上がった。そしてその位置から、直径5メートルほどの大きさのギラギラと黒く光る球を城に向かって放った。


 城は大きく波打ち、猛烈な爆風を放ち、山火事のように黒く燃え上がって、爆ぜた。

 ラダーは上空からすうっと下に降りてきた。黒い炎に焼かれた瓦礫の中に降り立った。

 そして目を疑う光景を目にした。前方に白く光る球があった。人間が十分に入る程度の大きさだった。やがて光の球は消え、その中に人影があった。その数5人。

「まさか・・・」ラダーは驚きと焦りを交えた表情になった。

 バディア、海条王牙、ザギ、天母、ブレイン。全員が両足で立ち、眼を開いて、そこにいた。5人を包んでいた光の球は、バディアが作り出したシールドだった。

「ばかな・・・」

「自分が巻き込まれることをおそれて力を弱めたな。おかげで、私はシールドを張る程度で十分防げた」バディアが言った。

「助かったよ・・・バディア」海条は心底ほっとした様子だった。

 ザギはバディアを見上げて不思議そうな顔した。

 天母とブレインは毅然としてラダーを睨んだ。

 空に浮かぶ荒涼とした大地の上には、この6人を除いて何もない。

 三人の戦士を前にして、ラダーは次の手が出せないでいた。

「お前、さっき自分こそが新しい王にふさわしい、とかいってたよな?」海条が前に進み出て尋ねた。

「ああ。それが何か?」

「なのに城まで破壊して、どういうつもりだ?」

「城など必要ないのだよ。いいか?一族を再興するために必要なものはただ一つ。・・・これなのだよ」ラダーは懐からおよそ15センチ大の鉱物でできた立方体のものを取り出した。

「一族に古くから伝わる文言があった。・・・王に仕える者が命を賭しても守るべきものが二つある。一つ目は王、二つ目は秘宝。秘宝は王のみが手にすることを許され、他の者が手にすることは固く禁じられている。この掟を破ることはすなわち死に値する。秘宝は普段強固な入れ物に守られ、それを開くことが出来る者は王自身と王の側に仕え彼の魂を看る者のみ。一族に危機が訪れた時、王は秘宝を使って元来の勢力を取り戻す。・・・と」ラダーは説明した。

 そして手に持った立方体のものを掲げてみせた。

「そして今、この秘宝を用いてそれを実行するときなのだ。新たなる王は私だ。私がその役割を担うのだ!・・・おい天母!貴様いつまでそこにいる。今こそ私の手となり働く時ではないか。この箱を開けるのだ!知っているはずだ、開け方を。さあやれ!今すぐだ!」ラダーは興奮した。その眼は赤く血走っていた。

「再興なんてありえない!私には一族が消滅する未来しか見えない!無駄よ!・・・私はこの者たちとともに行く!」天母は力強く拒否した。

「貴様、裏切る気か?・・・ならば、貴様も反逆者だ!殺してやろう」ラダーは眉間にしわを寄せ、青筋を立てた。

 そして秘宝の入れ物を拳で破壊した。「秘宝が傷つくおそれがあったが、やむをえまい!」

 しかし入れ物の中には何もなかった。

「どういうことだ!?」

「その中身は『生命の石』よ。そしてそれは、王族を抜けていくブレインに託した。いつかこの忌まわしき一族を根こそぎ消し去ってくれることを祈って」天母が言った。

「忌まわしきだと・・・?貴様、いつから?」

「ずっと前から考えは一緒だった!バディア、ブレイン、そしてリジェ・ピエスと。だからこの時をずっと待ち望んでいたわ!」

 ラダーはガクリと膝をついた。「何ということだ・・・」

「哀れね、あなた」ブレインが言い放った。「自分たちの力の強さゆえの驕りが、結果的に自滅へと追い込んだのよ。あなたたちは人間を圧倒するだけの力を持つがゆえに、人間を虫けら程度にしか扱わなかった。元々ただの人間だった私や天母があなたたちのそんな態度を許すと思う?」

 バディアがラダーの目の前まで進み出た。

「貴様の負けだ」

「その通りだ。私の負けだ」ラダーはむくりと顔を上げた。「素晴らしいことを知ったよ。君たち人間は同族を傷つけられると、それほどまでに怒りをあらわにするのだね。それは愛、というやつだろうか」

 そう言い終わると、ゆっくりと顔に笑みが浮かんだ。「実に不思議だよ。なぜ同族をそれほど愛せるのか。その理由を教えてくれないか?」


 次の瞬間、6人の足元がぐらぐらと揺れ出した。宙に浮いた大地が動き出したのだった。そして間もなく、大地は地上に向けて落下し始めた。

「!!!?」バディアらが事態に気づくのには十数秒を要した。

「まずいぞ!このままでは地上に被害が!!!」バディアは叫んだ。

「キサマァ・・・!!!」ザギはラダーを睨んだ。

「クククククククク」ラダーは愉快そうに笑った。

 海条は刹那のうちに考えた。自分に何ができるか、何をすべきか。そして結論を出した。

「バディア、俺ラダーを倒す。あとは任せていいか?」落下に巻き込まれながらも海条の目は強気にあふれていた。

「・・・分かった。行ってこい」バディアは海条の目をじっと見ると、そう返答した。

「おっしゃああああっ!」

 海条はラダーに飛びつき、ともにこの時空間から消え去った。


3.


 海条とラダーが時空を超越して飛んだ先は、王が作り上げた暗黒世界だった。しかし、そこに王の姿はない。

「どこだ・・・ここは?」ラダーはどこまでも暗闇が広がる周囲を見渡してつぶやいた。

「ここは、テメェの死に場所だ!」海条は立ち上がると、力強く言い放った。

 ラダーは怒った。怒りは熱気のようにラダーのまわりに立ちこめた。ラダーは顎をいからせ、拳を震わせ、全身を震わせた。

「戦士になったことを後悔するがいい!弱き人間が!」ラダーは片足を引いて、腰を落とした。

 海条はオルガに変身した。無論、これが最後の変身になることは分かっていた。そして、手に握っていた大剣を放り捨てた。

「いくぞっ!!!」オルガは走り出した。

「貴様相手に本気などいらぬわ!!!」ラダーは人間体のままで走り出した。

 拳と拳が、それぞれの頬と頬にめり込んだ。両者は吹っ飛んだ。そしてまた立ち上がった。

 オルガの顔面は歪んだ。ラダーは口元から血を流した。

 両者はまた近づいて、拳をそれぞれの腹部に突き入れた。筋肉と内臓がガクンと揺れて、骨が軋んだ。両者は再び吹っ飛んだ。

 オルガが殴り、ラダーがよろめく。ラダーが殴り、オルガがよろめく。両者とも、骨が折れ、肉が裂け、血が流れた。

 不意に、オルガがラダーの頭部を掴んで引っ張った。態勢を崩したラダーの顔面に、オルガの渾身の突きが幾度も幾度も入った。

 今度はラダーがオルガの頭部を掴んだ。やられたとおりに仕返しするように、オルガの顔面にマシンガンのように突きを入れた。

 ラダーは人間体の時でさえも、オルガを対等に渡り合えるだけの力を持っていた。相手の突きのマシンガンに、オルガは一瞬の怯みを見せてしまった。

 その隙をついて、ラダーはオルガの顔面に頭突きを入れた。オルガは大の字に倒れた。

 ラダーは起き上がる隙を作らせず、オルガの胸やあばらを幾度も踏みつけた。骨が軋み、折れた。それでもラダーは止めなかった。

 いつしか、オルガはだらんと力なく横たわった。その姿を見て、ラダーは自身の勝利を確信した。

 しかし、ラダーはそれでもまだ足りなかった。オルガに対する怒りがそうさせた。傍らに落ちていた大剣を拾い上げると、一息にオルガの胸部を突き刺した。

 最後に一瞬、ビクリと体が跳ねたきり、オルガは干からびたカエルのように動かなくなった。

 ラダーは大剣の柄から手を放して数歩後ずさると、笑った。

「フハ・・・フハハハハ・・・・フハハハハハハハ・・・グハハハハハハハッ!!!」笑いは後になるほど狂気を帯びた。

 笑う背後に、わずかに動く気配を感じた。

「!!?」おそるおそる振り向くと、そこにはオルガが胸に剣が突き刺さったまま立っていた。

 刹那、オルガは電光石火のごとく拳をラダーの腹に入れた。速く、それでいてとてつもなく重い一撃だった。

「ハ・・・・・」ラダーは笑いの切れ端を残したまま、どさりと倒れた。

 その逆転劇は、寒気がするほどあっけないものだった。

 それからまもなく、オルガも気を失って地面に倒れた。

 永久の暗闇の中、唯一の光源である天頂の月が寂しく光っていた。


 それからしばらくして、どこからか黒く光る球が倒れる二体のもとにやってきた。それは王の魂だった。

「オマエガヒラケトイウカラ、ココヘノミチヲヒライテヤッタンダゾ。ソレガナンダ、ナニヲスルカトオモエバ、コンナクダラナイコトカ。・・・シカシ、コウサセタイチバンノセキニンハ、オレニアル。ソノツグナイトシテ、オマエノノゾミヲキキイレタ。オマエノスベキコトガオワッタノナラ、イクガイイ」

 オルガの体は暗黒世界からふっと消えた。王がもとの世界に還したのだった。

「オレハエイエンニココデイキル。ヒトリデナ」


4.


 落下する大地が地上に到達するまでに残された時間はそう長くはなかった。海条が消えたのち、バディアとザギはすぐに円盤状の大地の下部に廻り、落下する巨大な岩石を支えた。力の限り上に押したが、それでも大地は落下しつづけた。

「ぐ・・・ダメか・・・」ザギは苦しい声を上げた。

「ならば破壊するしかない!お前は上の二人を頼む!」バディアがザギに叫んだ。

 ザギは天母とブレインを両脇に抱えて宙に浮いた。バディアは落ちる大地の下側から巨大なエネルギー波を放った。

 ドグゥオオオォォォ!!!大地は跡形もなく消え去った。

「無事か!?」バディアはザギに尋ねた。

「ああ」ザギは答えた。


 四人は地上に降り立った。天母とブレインは気を失っていた。バディアとザギは眠った二人を抱えて隠れ家に移動した。

 地上から離れていたのはおよそ2日程度だったが、彼らはとても久しぶりに帰ってきたような気がした。


― 次回 最終話

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