第51話「消えゆく翼」-Chap.12

1.


 王族の城にて、矢倉蹴斗と分かれたザギは、外壁を破壊して「蘇生の間」に侵入した。

 内部には誰もいなかったが、以前と比べて様相が変わっていた。以前は床の両端に十数基ほどしか並べられていなかった棺が、それに加えて四方の壁にも隙間なく埋め込まれているのだった。その数、のべ70基ほどだった。

「なんだぁ、こりゃ?」やたらと増えた棺に、ザギは疑問を投げかけた。

 ザギが棺の目の前を横切った時、それに取り付けられていたセンサーが反応して、ビーッ!と警報が鳴り響いた。

「!?」

 警報の鳴った棺の蓋がバカッと開いた。それに連動して、他すべての棺の蓋が開いた。中からバッタ型の量産メンバーが出てきた。計70体ものメンバーがザギを取り囲んだ。

「チッ・・・!こいつらか。しかし数が多くてかったりぃな」ザギは群がるメンバーをぐるりと一瞥した。

 ザギは怪人体に変化した。その時吹いた爆風の圧に量産メンバーは圧された。無数の牙の生えた大剣を両手で構えると、刃に青いオーラをまとったエネルギーが充填された。

「一気に片付けてやる」

 ザギは大剣を横薙ぎにぐるりと一振りした。刃にまとった青いエネルギーは長く伸びて、一度に数体もの敵を薙ぎ払った。たった一振りで、70体すべての量産メンバーが爆散した。

 その爆発力はすさまじいもので、ザギが外壁を破って元々もろくなっていた天上の間は、天井も壁も一気に崩れ落ちた。

 同時に、矢倉が侵入したと思しき城の階下の方でも何かが崩れ落ちたようだったが、不思議なことに城の上部がそれによって下に落ちるようなことはなかった。

 ザギは天井や壁から崩れてきた瓦礫を防いで、部屋の中に他の敵や何か重要そうな物が特にないことを確認すると、入り口だったと思しき場所から部屋を出た。


 部屋の外は円い形をした広間になっており、天井は床から7メートルほどの高さにあった。天井近くの壁には窓が4つならんでおり、そこから外光が差し込んでいた。ザギの出てきた場所の反対側に別の部屋の扉があり、同様に6つの扉が壁にそって規則正しく円形に並んでいた。部屋と部屋とをつなぐ中継ぎ部屋のような場所だった。

 円形の広間の中心部分に、一人の若い女が呆然と立ち尽くしていた。年は20歳ほどのに見え、キリスト教の修道服に似た服装だった。肌は何年も光に当たっていないように青白かった。天母だった。

 女は少し震えながら口を開いた。

「そんな・・・これほどの敵だとは・・・あれだけの量産メンバーを・・・ほんの一瞬で・・・」

「誰だ?女怪人か?」

「私は・・・王に仕える者たちの魂を取り扱う者」

「・・・??」ザギはその言葉の意味を理解しきれなかったが、目の前の女に戦う力がないらしいということは察した。

「・・・教えて。王を殺したのはあなた?」天母は強い口調で言った。

「王?王が死んだのか?」ザギは驚愕した。

(どうやらこの者ではないようね。だとすると・・・)

「答えろ。王は殺されたのか?」

「ええ。おそらくあなたたち反逆者のうちの誰かに。・・・王に敵う者はこの王族には誰一人としていない。そんな王を殺すだけの力をもつ戦士が反逆者の中にいるなんて信じられない。・・・でも、さっきのあなたを見てもしやと思った」

「残念ながら俺ではないな」

 そう言いながら、ザギも王を殺した者のことを無意識に考えていた。そして一人の少年の顔が頭をよぎった。戦士へと姿を変え、それまで負け知らずだった自分をたたきのめした、あの少年の顔が。

(いや・・・まさかな)

 ザギは妄想を振り払った。

「こちらからも質問だ。王が死んだ今、お前らは俺たちに対してどう出るつもりだ?まだこの世から一人残らず消し去るつもりでいるのか、あるいは辞めるのか」

「王の死は私しかしらないわ。霊魂を感知する力は一族の中で私しかもっていいないもの。だからラダーをはじめ、メンバーはみな王がまだ生きてどこかを彷徨っているものとして、これまで通りあなたたちを探して殺すつもりでいる」

「教えてやった方がいいんじゃないのか?」

「いえ、教えない。・・・私は王が目覚めて城内で暴れ始めた時から気づいてた。王族は遠からず滅びるであろうことを。でも上の者たちはそんなこと夢にも思っていなかった。今もきっとそう。だからあなたたちを一人残らず抹殺できるものと思っている。・・・だけど本当は逆。この一族はあなたたちに滅ぼされる運命なのです」

 王族の消滅を、自分もその一員でありながら確信している目の前の霊媒師を、強い人物だ、とザギは思った。

「確認しますが、あなたは私を殺す気がおあり?もしそうならば、今ここで殺しなさい。今死ななくても、じきに死ぬことになるしょうから。もしその気がないのならば・・・私をここから連れ出して!」

 ザギはフッと笑った。途端に彼女が可憐に思えてきたのだった。

「命乞いのつもりか?」

「私だって必死だもの」

「タダじゃする気にはなれんな」

「何を望むの?」

「そうだな・・・」ザギはしばし考えた。否、考えるふりをしただけだった。答えはすでに出ていた。

「俺から戦う力を取り除くことはできるか?」

「ええ、もちろん」


2.


 黄門銑次郎と別れたバディア、海条王牙、ブレインの三人は隠れ家に戻った。

「だけど、ここでのうのうとしてられねえよ!黄門も戦っているんだ。俺も何かできることを・・・」海条は焦り、悩んだ。

「だがお前はあと一回しか変身できない。使いどころは慎重に考えるべきだ。感情が先走ってその判断を見誤るなよ」バディアが注意した。

「それはよく分かってるさ!」しかし、はやる気持ちとせめぎ合っていた。

「王牙、あなたと初めて出会った時、あたしはあなたにならオーシャンストーンを託せると強く確信したの。きっと石の力を最大限に引き出せるって。・・・王牙あのね、あなたの最後の戦いはどうしようもない運命を覆してくれる、そんな戦いになるって、そんな気がする。だから・・・」ブレインが力強く言った。

「だから・・・?」

「信じてるわ、私」


 その時、バディアが何か邪悪な気配を感じ取り、その方向に身構えた。

「誰だ!?」

 床面からすうっと何者かが影のごとく現れた。

 海条とブレインもその方を向いた。

「キサマか・・・!」バディアは見覚えがった。

 ラダー・ルーカストだった。

「バディア、ヤツは!?」海条が尋ねた。

「王族のメンバーだ。おそらく、集団の中で最上級レベルの力を持つ」

「何だと!?」海条は警戒した。

 ラダーは、三人をみるとニヤリと笑った。

「どうしてここが・・・!?」ブレインは相手に問いかけた。

「それだけ異能の力をもつ者が密集していれば、場所を特定するなどたやすいことだ。ノマズ・アクティス」

 ノマズ・アクティスと言う名前を聞いたとき、ブレインの眉がピクリと動いた。

「ノマズ・アクティス・・・?」海条は聞き覚えの無い名前に疑問を抱いた。

「キサマがここに現れた理由などそういくつもあるまい。我々をまとめて消しに来たか、あるいは・・・」

 そこまで言いかけて、バディアはサッとブレインを見た。

「まさか・・・!?」

「私自ら言うまでもないようだ」

 そう言うと、ラダーは左腕をゆらりと上げた。

「!!?お前ら、伏せろ!!!」バディアが怒鳴った。

 ラダーの左手から、漆黒の渦を巻いた球が発射された。

 バディアは対抗して右手から、光の渦を巻いた球を発射した。

 二つの球はぶつかり合い、水しぶきのような火花を散らせて消えた。

 海条はブレインを守るようにしてかがんだ。そして目だけをちらりとラダーの方に向けた。

「はぁ・・・。そうはさせんぞ・・・!!」バディアが相手をキッと睨んだ。

「私も急いでいる。手早くノマズを頂いていくぞ」

「なぜキサマは今になってわざわざ城を出てまでブレインを捕えに来た!?」

「どうやら時間がないようなのだ。ここに来て、栄光が続くはずの我が一族の未来に、なぜだが陰りがちらつき始めたのだ。不吉な予感がするのだ。君たちを今すぐに始末しなければ、我々の未来を揺るがす宿敵となるであろうと」

 三人は身構えつつも、相手の話に耳を傾けた。

「なあ、知っているか?テメェらの親分は、王は死んだんだぜ。もうすでにテメェらは終わりだ!絶対的な後ろ盾がなくなったテメェらにこれから何ができるってんだ!!?」海条は背後にブレインを隠しながら言った。

「そうか・・・フフフフフ・・・陛下が・・・お亡くなりに・・・フフフフフ」ラダーは不気味に笑った。

「なぜ笑う!?」

「何てことはなない。我らが王がいなくなったのならば、新しく王を立てればよいだけだ。そしてそれは・・・この私こそふさわしい!!」ラダーは揺れんばかりに高笑いした。

「・・・ッ!!?」三人は少し身を引いた。

「そのためにも、まずは君たちを消すことが先決!まっておるぞ、バディア、そして小僧!」

 ラダーは手のひらから火炎を放射した。炎は爆風とともに部屋中に燃え広がった。

 バディアと海条は高熱と爆風に目をつむり、片手で防いだ。その後すぐに、バディアは水砲を発射して炎を消した。二人は黒煙に視界を奪われながらも、部屋の中を見渡した。

「!!?バディア、ブレインが!!」

 海条の背後に隠れていたはずのブレインの姿が無かった。二人は瞬時に事態を把握した。

「くそう!!!やられた!!!」バディアは大声を上げた。

 海条とバディアは、ブレインを救出すべく王族の城へと急いだ。


3.


 空族のリアノスをやっとのことで倒した黄門銑次郎のもとに、すぐにまた新たなる敵が姿を現した。

 名はハーデ・ビショット。ラダーと並ぶ王族最強のメンバー。

 ラダーは口を開いた。

「リアノスとの戦いは一部始終見せてもらった。君はついに己の真の力を呼び覚ました。立派なことだ。しかし、その戦いで君も随分疲弊したことだろう。私はそこを狙って君を殺しに来た。悪く思うな」飽くまで感情のない顔で言った。

 実際黄門はほとんど限界に達していた。そこへさらに戦えば確実に身を滅ぼすことになるのは容易に想像できた。しかし、逃げる力も残っているか危うい今、目の前の敵と戦うことは避けられぬ運命だった。

(はぁ・・・。ここで・・・ここで終わりか・・・)その運命を受け入れる以外に道はなかった。

「だったら・・・どうせ終わるなら・・・最善を尽くすのみだ。すなわち・・・テメェを倒す以外ねぇってことだ!!!」

 ブゥゥゥンと黄門の体からエネルギーの波動が放たれ始めた。その波動は次第に大きくなっていった。限界に達した黄門の体に力を注いでいるのは、彼の中のエアストーンだった。石は自らの身を削りながら、最後の戦う力を与えた。

「うぉぉぉおおおおお!!!」再び黄門はラゴークへと変身した。

「君のデータは先の戦いから取らせてもらったよ。空族に共通したスピードに特化した戦闘力。その他、攻撃力、防御力、特性、戦いのクセ、さらに翼を得た時の急激な能力上昇をもコピーする」

 ハーデは姿を変化させた。やはりラゴークによく似た、しかしどこか邪悪な怪人体となった。

「そしてすべての数値において君の1.2倍が私のそれだ。君には絶望とともに死んでもらおう」

 ハーデの恐ろしい言葉を聞いても、ラゴークは冷静だった。相手の戦闘上の性質を理解し、頭の中で対策を練り始めた。

 先に動き出したのはハーデだった。初めからラゴークの限界より上のスピードで突っ込んでいった。突き、蹴りを次々にマシンガンのように繰り出した。

 ラゴークは当然それらの攻撃を防ぎ、避けることはできなかった。相手が攻撃を止めると、長剣を振り回したがすべて避けられた。相手がわざと長剣に当たったこともあったが、それによって相手の防御が自分より上であることを思い知らされた。

「君がいくら攻撃を仕掛けても無駄、いくら私の攻撃を避けようとしても無駄だ。ならば、君が今の私を超えるにはするべきことは一つしかないだろう?」ハーデは挑発した。

 二体は双方離れて、距離を取った。

「これだろ?」

 ラゴークは再び気を集中させた。エアストーンの力がグンと全身に送り込まれた。ラゴークの背中にはエメラルドグリーンのオーロラのような双翼が生えた。

「そうだ。それだ」ハーデはうまく相手を乗せられたと思った。

 ラゴークは空に浮かび上がった。ハーデも空に上がった。

「さあ、君の本気を出せ!リアノスを倒した時のあの力を!」ハーデは煽った。

「いわれなくとも、そうするさ」

 双方飛び出して、ぶつかり合った。ラゴークはスピード、攻撃、防御ともに著しく上昇した。

 そしてそれは、ハーデにとっては計算済みのことで、自分はその2割増しの力で当たった。

 当然、ラゴークはハーデに押された。

「どうだ?君がいくら本気をだそうとも、私はその上を行くのだ。その絶望は次第に君から戦意を失わせていくのだよ!」

 ハーデの攻撃がたてつづけに5発、ラゴークに入った。ラゴークは地上に落ちていった。

 落ちていくラゴークに追い打ちをかけようと、ハーデはハイスピードで相手に迫っていった。殴りつける右拳をグッと構えた。

 二体の距離はすぐに縮まった。ハーデがラゴークの鼻先まで近づいたところで、

「はあああああ!!!」

 ラゴークの作戦が実行された。体内のエアストーンが爆発し、エネルギーのすべてが一気に全身に行き渡った。光のごとき速さで、山をも斬らんばかりの力で、相手の頭部に刃を突き立てた。刃先は完全に頭の向こう側まで貫き、刃から伝わった破壊のエネルギーが体内に流れた。

 ラゴークは剣から手を放した。ハーデは刃が突き刺さったまま落下した。

「そ・・・んな・・・バカ・・・な・・・」

 流れ込んだエネルギーが体の内側から破壊しつくして、ついに爆散した。


「や・・・った・・・」ラゴークは変身が解け、地面に落ちた。

 エアストーンはついに枯れた。黄門の体もすでに空っぽの抜け殻だった。

 空を見上げると、夜が明け始めていた。

「へ・・・へへ・・・」彼の最期は幸せだった。

 王族に仕え、王族を憎み、王族を抜け出し、王族に盾つき、命を賭けて滅ぼした。自分の過去を反芻し、彼は笑った。

(これでいい。これでいいんだ)

 死の恐怖すらかき消す、とてつもなく大きな野望の達成が彼の目の前にあった。

 空が次第に狭まっていく。闇と光のコントラストが狭まっていく。

 そして黄門銑次郎は荒野に散った。


第52話につづく

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