第7話「怪しいセミナー」-Chap.2

1.


 湯島那美ゆしまなみは今日もそのセミナーへと通った。

 事の発端は、5年間勤めている会社の仕事量のわりに給料が少ないことに不満を感じていて、ぼんやりとした将来への不安と、おまけについこの前彼氏に振られたことから来た虚無感など、いろいろな負の感情が積み重なって、ふとああ幸せになりたい、と思っていたことだった。

 そんな時に、駅の前で配っていたあるビラを受け取った。「招き猫の会」のセミナーの紹介のチラシだった。そこに書かれていた「誰でも楽してお金を手に入れ、幸せになれる」という一文が目に入った。

 そのとき、自分の心が少し揺らいだことは事実だった。しかし、そんなに手っ取り早く儲けて、幸せが手に入ったら楽なことはないとも思った。だが、こんな胡散臭そうなセミナーで一体どんなことをしているのだろうと少し興味がわいて、一度だけ冷やかしに行ってみようと思ってセミナーに参加したのがきっかけだった。もしかしたら、ビラに書かれていた文言の通りのことが起こるのではないかと、わずかな期待を抱きながら。

 セミナーに初めて参加した日、まず玄関口の音声に誘導されてビルの3階にある会議室のような部屋に入った。その隣の部屋からは、セミナーの参加者らしき人たちが一斉に大声で何かを唱えているのが聞こえた。

 部屋には、自分の他に10人ほどの参加者がいた。初めて参加する人だけが集められた部屋だった。少し経つと、背の高い細身の男が入ってきて、はきはきとした声で次のようなことを言った。

「このセミナーに参加したあなた方は、もうそれだけで勝ち組です。幸せな将来が約束されたも同然です。さあみなさん、私たちと一緒に幸せな未来を勝ち取りましょう!」

 これを聴いた湯島は、ああやっぱりな、思ってた通り胡散臭いセミナーだわ、次からは参加するのやめよう、と思った。

 それからしばらくの間、セミナーの男は先のような耳障りのいいことを並べ立て、これからの内容について言った。

「あなた方お客様が何もしなくてもお金を手に入れ、幸せを勝ち取ることを、我々は『Get Happiness』と呼んでいます。さて、お客様方がGet Happinessを成し遂げるには、今後何度か当セミナーに足を運んでもらう必要があります。次回からは、当会会長が執筆しましたこちらの書籍をご購入いただきまして持参してください」

 その後、参加者は一人ひとり自己紹介をした。名前、出身、好きなもの、将来の夢や希望など。そして最後に、何の意味があったのか分からないが、椅子を並べてフルーツバスケットを行った。

 これで本日のセミナーは終了です、と男が言った時、湯島はああこれでやっと解放される、と思った。彼女はすっかりくたびれていた。

 そして次の瞬間、男は信じられないことを言い放った。

「それでは最後に本日のセミナー受講料を回収いたします。1万円になります」

 湯島は驚愕した。配られたビラにも、電話での説明にも、受講料のことについては説明がなかった。今思い出せば、「無料」であるとも言われていなかったが、勝手に無料のものだと思い込んでいた。

 受講料のことに驚いたのは、自分だけでなく他の参加者たちも同じことだった。たまたまその日持ち合わせがあった人は払ったが、半分くらいの人は払えなかった。

 そこで男は、受講料が払えなかった参加者に向けて言った。

「本日の受講料は、次のセミナーの時にお支払いいただいても構いません。ただし、本日のセミナーを受講した以上は必ず支払いをしていただきます。もし、お支払いいただけなかった場合は、法に抵触しますので、しかるべき措置を取らせていただきます」

 それを聴いた半数の参加者は、一抹の不安と恐怖を胸にビルをあとにした。

 受講料を支払はなければ何をされるか分からない、不安を覚えた湯島は、次のセミナーの日に前回の受講料と次回分の受講料1万円を持って、二回目のセミナーに参加した。前回受講料を払えなかった参加者が、全員今回も参加していた。

 二回目でも例の男は、ひとしきり抽象的な綺麗ごとを述べ立て、その後に意味の分からない共同作業などを参加者にやらせた。

 そしてセミナーの終わりには受講料を徴収した。

 全員分の受講料を回収し終え解散となった後、男は湯島に近づいて言った。

「あなた、一回目に言った書籍を持ってきませんでしたね?」

 湯島は、会長が書いたという本を買っていなかった。どうせろくでもない本なのだろうと思っていたからだ。

「書籍を持参せずにセミナーに参加することは、契約違反になります。契約違反をした際は、違約金を頂きます。しかし、一度だけ猶予を与えましょう。次回までに、書籍を購入して持参しセミナーに参加してください。いいですか、必ずですよ。もし、そうしなかった場合は・・・、しかるべき措置をとらせていただきます」

 本当はこの日限りでセミナーを辞めようと思っていた湯島にとっては、逃げ道を塞がれた思いだった。契約にそんなことが書かれていたかも覚えていないし、嘘なのかもしれない。いや、自分の見落としなのかもしれない。そもそも、契約というものを交わした覚えもないのだが、それも自分が忘れているだけなのかもしれない。金を払わなくてはいけない。何をされるか分からない・・・というふうに、彼女の頭の中で何が正しく、何が間違っているのかの収拾がつかなくなっていた。焦りと不安が幾重にも重なり、わけがわからなくなった。

 以降、彼女はセミナーに参加するたびに何かしら辞められない理由をつけられ、思考を止められたままずるずるとセミナーに参加し続けた。


2.


 とあるビルの屋上。

 招き猫の会本部ビル帰ってきた海条王牙とブレインは、そこでの出来事をバディアに報告した。

「お前の推測通り、あのビルにはトライブのメンバーが潜んでいた。さっき戦ったのは二体だったが、まだ中に居る可能性もある」海条は言った。

「それで次の突撃に向けて作戦を立て直したほうがいいと思ったわけ」とブレイン。

「ふむ。トライブが潜んでいたことに加え、ブレインが入り口の扉を突破したことによって、結界が破れ、中の情報をいくつか感知することができた」とバディア。

「駅前配られていたビラから、なにやら悪徳そうなセミナーを開く怪しげな会が運営しているビルみたいなんだ。絶対何か裏があるぜ、この会は」と海条。

「そのビルに出入りして失踪した人間はみな、モグラのメンバーへと姿を変えられたと推測した。現在あの中には20体ほどのモグラが潜んでいると考えられる」

「何っ!?」

「その招き猫の会とやらの会長は、モグラを束ねるリーダーと見て間違いないだろう。そいつはきっと人間をトライブに変化させる能力を持っている。厄介そうな相手だ」

「これまでの敵は、ただ私たちを襲ってきただけだけど、今度の相手は組織を作りあげて、複雑かつ巧妙な手口で人間を襲っている。つまり、かなり知能が高いメンバーと言えるわね」

「なあ、そのメンバーの特徴とか分からないのか?」海条はバディアに尋ねた。

「残念ながらそこまでは分からない。敵自身が強力な結界の中にいるかで、情報が読み取れないのだ」バディアは答えた。

「今度の敵は強敵である可能性が高い。俺もついていくことにしよう」とバディアが締めくくった。

 再出発は、明日の夜と決まった。


第8話へつづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る