第8話「強敵コープニス」-Chap.2

1.


 8月10日、午後7時。海条王牙、ブレイン、バディアの三人は敵の本拠地、招き猫の会本部ビルに向けて出発した。

 昨日海条とブレインがそうしたように、三人は電車を使って移動した。移動中ブレインは、「ね、バディア!すごいと思わない?この電車って乗り物。まさに人間の科学力が・・・」と、相変わらず電車に感動しているようで、そのことについてバディアに話を振っていた。

「まあ、人間は能力の欠陥を科学技術によって補っているようだからな」と、バディアは論理的な返答をした。

「なにそれー」ブレインは、バディアの返答が少々面白くないようだった。

「でも、お前が付いてくるってことは、今度のメンバーはかなりの強敵なんだな」海条が言う。

「あくまで推測だが、俺が戦いに加わらなければ難しい相手かもしれないからな」

「へえ、ところでお前が敵と戦う姿を見たことないんだけど、・・・強いのか?」

「お前の数段は強い」

「・・・マジで?」

「本当だ」


 かくして三人は目的のビルの前まで来た。ビルの表玄関はまだ空いていた。ブレインは、昨日と同じように能力を使って内扉を開けた。

 警報が鳴った。同時に、一階の五つの部屋からモグラのメンバーが今度は10体出現した。

「なるほど。やはり人間をメンバーに変えていたか」バディアは言った。

「前回に比べて数が多いな」海条はすぐに戦士へと変身した。

「手分けして戦うぞ」バディアは海条に話しかけた。

 そして、バディアと戦士対10体のモグラの戦いが始まった。戦士は、昨日もそうだったように二体のメンバーの相手をするのが精いっぱいだった。

 一方バディアは、生身のままでその長い腕や脚を使って突きや蹴りを繰り出し、約8体のメンバーを瞬く間に圧倒していった。相手にしたメンバーすべてが床に倒れると、バディアは手のひらに黒い光を生み出し、それをメンバー全員に向かって連続で放った。

 攻撃を受けたメンバーは火花を散らせて爆散した。

 戦士は二体のメンバーを相手にやや苦戦していた。二体まとめて倒そうとして、敵がまだ動ける状態で気を集中させたところ、剣にエネルギーを溜めることはできたが、攻撃を繰り出す前に一体に背後を取られ、身動きが取れなくなった。じりじりと近寄るもう一体の攻撃を何とかかわし、エネルギーを溜めた剣でとどめの一発を食らわせた。一体は爆散した。そして背後のもう一体は、手の空いたバディアに黒い光を放たれ、これも爆散した。


 一階の敵はすべて倒した。三人はエレベーターは使わず、階段を使って上階へと上った。

 三人は最上階を目指した。5階までは階段が続いていたため、各階のフロアに出なくとも上ることができた。5階はフロアに出て、端から端まで移動しなければ階段にたどり着けなかった。

 5階のフロアを移動しているとき、モグラが5体出現した。海条は変身したままだったので、バディアと協力してそれらを倒した。

 フロアを移動して三人が気づいたことは、どの部屋もこの遅い時間に限らず明かりが点いていることだった。

「セミナーとやらはこんな時間までやっているのか」と海条。

「メンバーに変えられ、戦力として使われる人間も出てくるワケだ」とバディア。

 5階から9階までは再び階段が続いていたので、一気に上った。途中敵が出てくることもなかった。


2.


 8月10日、午後8時。招き猫の会本部ビル5階の一室。

 その日のセミナーは、これまでで最も長く続いていた。しかし、湯島那美はもうそんなことすら何の疑問に思うことはなく、死んだ目をして細身の男の話を聴いていた。最早内容など頭に入ってこなかった。

「皆さん、今日のセミナーは特別であります。今日お集まりいただいた皆んさんは私たちが選別した特別な方々です。あなたたちは、幸せをつかみ取るまであと一歩というところまで来ました。これから、我々の会の会長とお話をしていただきます」男は言った。

「会長と話をすればいよいよ・・・ということですか?」受講生の一人が質問した。

「その通りです!いよいよ幸せの瞬間が待っています!」

 回を重ねるにつれ、セミナーの内容は次第にデタラメになっていった。楽して金を手に入れるための方法論を教えてもらえる、という当初の目的から遠くかけ離れ、まるでワケのわからない儀式を受けさせられるかのようだった。

「さあ、では前の方からお一人ずつどうぞ」男はそう促した。

 そして、受講生の一人が男とともに部屋から出ていった。

 約5分後、男は戻ってきた。しかし、同行した受講生はいない。

「さあ、次の方どうぞ」

 二人目も部屋を出ていった。

 三人目、四人目、五人目・・・

 やがて湯島の順番が回ってきた。

「さあ、行きましょう」男は促した。

 部屋を出ていった受講生が誰一人として戻ってこないことにかすかに疑問を抱いたが、朝からのセミナーで疲れ切っていた湯島は、促されるままに男ともに部屋を出た。


3.


 海条ら三人は、9階のフロアで最上階への階段を探していた。

 フロアの端に階段を見つけた。

 しかし、その階段から、モグラが三体出現した。

 三人は一度立ち止まって後ろを振り返ると、後ろからも同じく三体現れた。

「海条、使いなさい!」ブレインは海条に向かって光の玉を投げつけた。

光を受けた戦士は三体に分身した。

「おっ!これか。ブレイン、最初からそれ出してくれよ!」三体の戦士は声をそろえて言った。

「そっちは任せたぞ」バディアが戦士に言った。

「おっけい!」戦士は答えた。

 戦いなれたバディアと戦士はあまり時間をかけずに敵を倒した。そして、三人は最上階への階段を上った。


 ビルの最上階。そこは大きな一つの部屋となっていた。

 部屋の中央奥に、一人の男が革張りの回転椅子に座っている。

 細身で長身の男。髪はオールバックにセットされ、高級そうなスーツに身をまとい、高級そうな金の時計を腕にはめていた。招き猫の会の会長である。

「こちらに向かってきているようだな」その男は言った。

「はい。配置していたメンバーもすべてやられました」手下の男が答えた。

「なるほど。昨日の侵入者で間違いないな。それにしても想像以上に強い」

 男がそうつぶやいた次の瞬間、階段から三人の人影が現れた。

「ほう!よくここまで来られたな。歓迎するよ。ようこそ、招き猫の会へ!」会長は声を張って言った。

「貴様か!何の罪のない人から、金を巻き上げ、さらにはメンバーへと姿を変えさせたクズ野郎は!」海条が怒気を含んだ声で叫んだ。

「こちらの事に詳しいじゃないか。話が早いよ。さて、一つ確認だが、お前らは昨日もこのビルに侵入したな?」

「ええ、来たわ。ただし、その時は私と彼の二人でだけどね!」ブレインは変身を解いた海条を指さして言った。

「なるほど。では、その男は今日が初めてなわけか。・・・ん?」ここで会長は言葉を詰まらせた。

「・・・貴様、まさかバディアというやつではないだろうな?」

「いかにも俺がバディアだ。そして貴様は陸族の上級メンバー、コープニスだな?」バディアが言った。

「ほう!俺のことを知っているのか?まあ、話に聞けばお前は王族の出らしいからなあ。手下のことはすべて知っているわけか」

「貴様はなぜ、このような団体を作り、人間をメンバーにするようなことをしている?何が目的だ?」

「特に目的なんかないさ。まあ、トライブ全体では今お前とそのブレインってのを追って捕獲するという動きがあるが、俺はそんなものに興味はないのでね。それよりも、上級メンバーとして与えられたこの素晴らしき知能を利用して、弱き人間どもを支配する。そのほうがずっと面白いと思ったのさ」

「・・・っ!」海条は怒りに震えた。

「楽しいぞ。人間どもが少しずつ抜け殻になって、俺の操り人形となっていく様を見ることは」

「ふざけんなっ!」海条は即座に変身して、コープニスに向かって剣でもって襲い掛かった。

 が、しかしコープニスは人間体のままその攻撃をはじき返した。

 戦士は元居た場所に転がった。

「俺が上級メンバーとして得た能力。一つ目は、人間の姿のままで相当な戦闘力を持つこと。そして、二つ目は・・・」コープニスは指をぱちんと鳴らした。

「人間をメンバーに変える能力」

 そういった次の瞬間、階段からモグラが5体現れた。それらは、つい先ほど5階でセミナーを受けていた受講生たちであった。

 海条はまだブレインが放った光の効力が残ていたため、五体に分身してモグラの相手をした。

 コープニスはバディアに近づいた。

「俺は貴様に興味がある。貴様を殺せば、俺の手柄になるからなぁ!」そう言うと、コープニスは怪人体に変身した。

「お前は下がってろ」ブレインを自分の背後に隠し、バディアも戦闘の体勢を取った。

 コープニスはサソリの能力を持ったメンバーであった。尾、腕、脚、体の至る所に毒針がある。コープニスは手に槍を出現させると、バディアに向かって突いた。

 バディアはその攻撃を受け流す。そして、パンチや回し蹴りを組み合わせて反撃する。

 バディアの戦闘能力はすさまじいもので、繰り出したパンチや回し蹴りはことごとくコープニスに当たり、ダメージを食らわせた。

「・・・くっ!さすがは王族。これは、手ごたえがありそうだ」

「あまり俺をなめるなよ」

「はあああっ!」再びコープニスはバディアに向かって槍を何度も突き立てた。

 その攻撃をバディアはすべて避けるか腕で受けるかした。

「・・・くそっ」コープニスは自分の攻撃が全く当たらないことに怒りを覚えた。

 そして、また槍をもってバディアに突っ込んでいった。

「何度やっても同じことだ」バディアは攻撃を受け流した。

 しかし、今度は槍による攻撃はフェイントに過ぎなかった。バディアが攻撃を受け流した次の瞬間、コープニスは口から毒ガスを吐いた。

「ぐはっ!」毒ガスを吸ったバディアはその場に倒れこんだ。すぐに毒が全身に回り始めた。

「はぁっ・・・はぁっ・・・」バディアは全身の感覚がなくなり、身動きも自由にとれなくなった。

「バディアっ!」ブレインが叫んだ。

「あまり上級メンバーをなめるなよ。さあ、これでお前も終わりだ」コープニスが倒れるバディアを目掛けて槍を構える。その先端にも毒が塗ってあった。

「ぐっ・・・!」バディアは唸った。

「いずれは王族の上に立って、すべてを支配する。それが俺の野望だ!」コープニスは槍を振り下ろした。

 前方から何かが飛びかかってきた。

「!?」コープニスは槍を振り下ろす手を止め、飛びかかってくる者の攻撃を受けた。

 それは、紺碧の戦士だった。すでにモグラ五体を倒して、こちらに向かってきていたのだった。

「貴様は・・・?何者だ?我々トライブとは少し違うな」コープニスは戦士の方に向き直って言った。

「俺か?俺はただの人間さ」戦士は答えた。

「お前が散々もてあそんだ人間と同じさ!」戦士は怒りを込めて怒鳴った。


4.


 湯島は、ある部屋の前まで来た。

「さあ、お入りください。会長がお待ちです」男は入室を促した。

 湯島はためらった。

 そして、部屋の奥から悲鳴が聞こえた。先に入った受講生だった。

 次の瞬間、湯島は目が覚めた。この部屋の先には何か恐ろしいものが待ち受けている、そう直感した。

「どうしました?お入りなさい」男は再度促した。

「いや・・・」湯島は震えながら一歩後ずさった。

「いやあああっ」湯島は走って逃げ出した。

「こらっ、待て!」男も走って追いかけた。

 湯島は階段を見つけると、ひたすら下へと降りた。玄関口までもどり、ビルから逃げ出そうと思った。しかし、背後から男が追いかけてくる。湯島は恐怖に震えながら逃げた。この会に関われば生きて帰れない、彼女の本能がそう叫んでいた。

彼女は階段で転んだ。腰が抜けて、逃げる気力も失った。男は湯島に追いつき、ゆっくりと近づく。

「お前はもう逃げられない。これから人間として生きることはない・・・」男はそうつぶやきながら近づく。

 次の瞬間、男の体が階段に倒れた。湯島は、不思議に思って階段を見上げると、そこには紺碧の戦士の姿があった。


5.


 すぐに戦士はコープニスに押された。複数体のモグラのメンバーを倒す力をつけたからといって、上級メンバーの力には及ばなかった。

 戦士は床に倒れこむ。

「すぐにあの世に送ってやるさ」コープニスは槍を構えた。「弱き人間よ」

 その時、コープニスの体を青く光る一本の大剣が貫いた。

「ぐはっ!?」コープニスは信じられない事態にたじろいだ。

 攻撃したのは、分身した戦士の一人だった。一人の戦士がコープニスと戦っている間、物陰に隠れ隙を伺っていたのだ。

 コープニスは床に倒れた。

「あまり人間をなめるなよ」戦士はコープニスを見下ろし言葉を吐きかけた。

「まさか・・・俺が・・・人間などに・・・」コープニスは最後の力を振り絞ってそう言うと、爆散した。

 建物の中だったので、爆風により建物が大きく崩れ始めた。

「逃げるぞ!バディア、ブレイン!」戦士はバディアを担ぐと、ブレインとともに走り出した。


 ビルから脱出するべく走って階段を下りる途中、3階の階段のところである女と分身したもう一人の戦士に遭遇した。戦士はコープニスとの戦闘中に、階下で悲鳴を聴くと、分身の一人がその場所まで向かったのだ。

「一緒に逃げるぞ!」二体の戦士は一つになり、女も連れて一緒に逃げた。ついに四人はビルの外へ脱出した。

 ビルの上部は崩れ、そこから炎が上がっていた。四人は無事だった。

時刻は、午前0時だった。


6.


 それから数日後。

 バディアの体内の毒は完全に抜けきった。ブレインの力により治癒したのだった。


 海条らの助けにより、湯島那美は危機一髪のところで助かった。危うくメンバーにされるところだった湯島は、現在手っ取り早い幸せには少しでもすがるものではない、と心に深く刻みつけ、それまでの生活に戻った。


 招き猫の会は、閉会となった。現在、本部ビルは取り壊しが始まっている。


 いつもの海岸で海条とブレインが話す。

「あなたは今回の戦いでまた一つ強くなったわね。ここで初めてメンバーと戦った時とは別人みたいよ」

「そうかなあ。でも、きっとこれからも強い敵が沢山でてくるよな」

「それは間違いないわね。でも、あなたも強くなっていることだし、心配はいらないわ」ブレインは海条を勇気づけた。

「それにあたしだって付いているもの」

「そうだな!先の見えない未来を心配したって仕方ないもんな!」海条は力強く言った。

「あーそれに、うかうかしてると夏休みも終わっちゃうよ。まだやり残したこと沢山あるのに。残された時間、ガンガン遊ぶぞー!」

「ねえ、その『やり残したこと』に私も加わっていいかしら?」

「ん?ああ、もちろん。・・・あっ、ただしあまり怪しまれないようにしないと、な?」

 今日の波は穏やかで、遠くに白い船が見えた。


第9話へつづく

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