第9話「アクター海条」-Chap.3
1.
8月25日。午後11時頃。港陽市の駅前繁華街から少し外れた裏路地。
一人の少年が数人の警官に追われていた。
走って追いかける10人ほどの警官。しかし、少年は走って逃げることもなく、悠々と歩いている。警官が少年にあと少しで手が届くというところで、少年は普通の人間では到底できないようなスピードで一瞬にして姿を消す。
やがて警察は、パトカーで少年を追いかける部隊も追加した。走って追いかける警官から逃れる少年を反対側から回り込んで挟み撃ちにして捕まえる、という作戦に出た。
そして、その作戦はあと一歩で達成するところまで来た。裏路地に逃げ込んだ少年を出口でパトカーが待ち伏せする。背後からは警官が走ってくる。
「ほう、そういうことか」相手の作戦に気づいた少年は面白そうに頬を緩めた。
「しっかし、ちょっと人間を吹っ飛ばしただけで、執念深く追いかけてくるなぁ、警察ってのは」少年は余裕そうに言う。
「ここまでだ!大人しくしろ!」パトカーから降りた警察官が少年に言う。
「ハイハイ。大人しくしますよ。何とでもしろよ、オラ」少年はけだるげに立ち止まった。
すぐに、少年の前後に拳銃を持った警官たちが取り囲む。警官の一人が、少年に近づいてその腕を取ろうとする。
その時、少年は並外れた跳躍力で警官ごと飛び上がり、建物の屋上に降り立った。そして、ぶら下がる警官を払い落とした。
「ひええええっ」警官が落下していく。
下にいる警官たちは、少年の人間離れした行動にしばし唖然とした。
「ギャハハハッ。何だよ、武装してるとはいえ所詮人間は人間だな。弱いことに変わりはねえじゃん。すこし遊んでやろうと思ったけど、そんな気も失くしたわ。あばよ」少年は言うと、警官たちの視界から姿を消した。
この少年は、あるものに追われて常に街から街へと移動している。追われているのは、警察にではなく、少年が抜け出してきたとある組織からである。
その組織の名は、「トライブ」である。
2.
「ねえ、呼び名を決めましょうよ、戦士に」
ここは、海条家。声の主は、ブレインである。
「俺が変身する戦士にか?」海条王牙が尋ねる。
「そうよ。変身しているときにも、海条、って呼ぶのはなんか変だもんね」
「そうかあ?」
「うん。で、何にしようかしら」
「どうせ付けるなら、カッコイイ名前がいいな。例えば・・・、スプラッシュ・メシアとか」
「『オルガ』なんてどうかしら!」
「おい!俺の意見は無視かよ!」
「『オルガ』に決まりね!!」
かくして、戦士の名は「オルガ」と決まった。
8月25日、午後1時ごろ。海条が、ゲームもやり飽き、宿題もする気が起きなく、退屈していたところへ携帯が鳴った。
着信は、海条のクラスメイトの女子からだった。
彼女はおそらく友人づてで海条の連絡先を得たのだろう。
「・・・はい。もしもし」
「あ、海条君ね。香村だけど、ちょっといいかな?」
「うん。何?」
「クラスの劇の事なんだけど、海条君に役をやってもらおうと思って」
9月の文化祭でクラスで発表する劇のことである。海条は、裏方役に決まっていた。
「え~!?どうして?配役はもう決まったじゃん」
「あのね、急遽役がひとつ追加されたの。役付きの人で集まって話し合った結果なんだよね。それで誰がいいかって話になって、海条君に決めたの」
「マジかよ・・・。正直なところ、面倒なんだよな・・・」
「勝手に決めちゃって申し訳ないんだけど、どうかお願い!」
「うん・・・考えとく・・・」
「とりあえず今から学校来てくれる?そのことについて話し合いたいから」
「・・・わかったー」
そこで電話は終了した。
海条は学校へ向かった。ブレインも付いてきた(海条がどこかへ行くたびにいつも付いてくる)。
「そういえば、海条の通う学校って行ったことないわ」
「そうだっけか。まあ、夏休みに入って初めて学校行くしな」
学校に着くと、海条はブレインに校門前で待つように言った。
海条の教室では、役付きのクラスメイトだけで集まっていた。
「来た来た。海条君、ちょっとそこ座って」香村が言った。香村は、役付きではないが、作品の総監督役を務めている。
「役のことは、すぐには引き受けられないなあ。まず、どんな感じの役なのか知ってからじゃないと・・・」海条は言いながら、席に座った。
「初めに言うと、海条君の役は主役級。もともとの主人公が二重人格を持っている、っていう設定にしたわけ。だから、裏の人格役を追加したんだけど」香村が説明する。
「なんだよそれ。裏の人格?まあ、主役っちゃ主役なんだろうけど、微妙だなあ。だいたい、何でその役に俺が適任だと思ったんだ?」
「そうね・・・なんとなくだけど、海条君ならやれそうって気がしたのよ。ほら、海条君って感情表現が豊かじゃん?」
「そうかなあ・・・。そんなに感情豊かな役なの?」
「主人公の裏の顔ってことだから、何というか、迫真の演技が必要なのよ。あ、裏の人格って言っても、別に闇を抱えている人格とか、そういうわけじゃないからね」
「へえ・・・喜ぶべきとこなのか分からんけど」
「まあ・・・あたしとしては是非お願いしたいわけ」
「台本は?」
「今作り直し中。出来てるところまで見せるわ。りっちゃん、ちょっと台本貸して」香村は脚本係から台本を借りて、海条に渡した。
海条は、台本の全体をパラパラと読んだ。
「ふうん、要するに主役のお姫様が実は裏の人格を持っていて、姫自身はそのこと知らなく、周りの重臣たちはそれを悩ましく思っているのか」
「そういうこと。で、そのあとから隣国の王子様が登場して、姫のことを救うんだけど、そこは今書いている途中ね」
「ま・・・やってもいいけど」
「ホント!?うれしい!ぜひお願いね!きっと良くなるから!」
「そこまで頼まれれば・・・ね」
「じゃあ、台本書きあがったら早速練習に入るから、そのときはまた連絡するね」
「ほーい」海条は、やれやれせっかくの残り少ない夏休みが潰れちまうよ、と少し暗い気分になった。
打ち合わせが終わると、海条は校門を出た。ブレインは行儀よく待っていた。
「遅かったじゃない。何してたの?」ブレインは少し退屈していたようだった。
「待たせたな。まあ、ちょっといろいろあってな」海条はあいまいに答えた。
二人は、海条家へ帰った。
3.
8月26日、午後11時。少年は、今度は警官ではなく、怪物に追われていた。その怪物とは、トライブのメンバーだった。
「来やがったな。昨日からずっと追われっぱなしだぜ」少年は逃げる。この時は、警官から逃げる時のように悠々とではなく、やや急ぎ足だった。
「あまり街中で戦うと、警察のヤローが来て面倒だからな。人気のない場所へ移るぞ」
少年は、街はずれの雑木林に来ると、メンバーを待ち構えた。
「逃げ続けるよりも、その都度倒したほうが、手っ取り早そうだからな」少年はニヤリと笑った。
「光栄に思え。海族No.1の実力者が相手してやるんだからな」
メンバーは少年に向かって突っ込んでいった。
少年は、構えることもなく、ただ手に剣を出現させるだけだった。
その剣は、刃の部分に鋭い棘がいくつも付いていた。
少年は、その自分の背丈ほどもある剣を軽々と振り、メンバーの体を一瞬で真っ二つにした。
戦いはあっけなく終わった。
「おいおいおーう。人間と比べてすこしは手ごたえがあるかと思ったら、全然大したことねぇな。俺を殺すなら、もっと腕の立つ戦士を送り込めってんだよ」
少年はメンバーの死体からゆっくりと遠ざかる。
「俺をもっと楽しませてみろよ・・・」
ギャハハハハッ、という甲高い笑い声が林に響きわたった。
第10話へつづく
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