第33話「ザギと結希の新しい生活」-Chap.9

1.


 王族の城の一室。例のごとく、海、空、陸の三族の長たちが集められた。そして、伝令を担う王族のメンバーが一体。

「逃亡者の始末と、ノマズ・アクティスの奪還はそちらがやることになったんだろう?今更俺たちに何をしろと言うんだ?」陸族の長、テラレオが面倒くさげに言った。

 海族の長タクア、空族の長リアノスも訳が分からないという様子で相手の言葉を待つ。

「早くしてくれよ。俺は気が短いんだ」テラレオがイライラした様子で問うた。

「この度伝達することは、極めて重要な内容だ」

 そう言った伝令役のメンバーの声は、いつも以上に冷たい。それが、三体にとって少し違和感があった。

 しばし黙って三体の長の顔を眺めまわした。

「何なのだ?もったいぶらないで言っていただけるかな?」リアノスが催促した。

 すると、伝令役は口を開いた。

「既知の通り、逃亡者の始末およびアクティスの奪還任務は我々王族が直々に行うこととなった。その理由は、お前たちの力不足による任務遂行の大幅な遅延によるものだ」

 静かな部屋に、伝令役の声は大きくはっきりと響き渡る。

「そしてこの度、我らが王はお前たち三族を我が族にいくばくの利益ももたらさざる者とみなし、不要のため切り捨てるとのご決断をなされた!」

 にわかに長たちの周りの空気が凍り付き始める。

(すなわち、お前たち三族を皆殺しにせよ、とのご命令だ!)

(なっ!!?)三体は全身に稲妻が走ったかのように体をこわばらせた。

(一切の猶予はない。これを伝達したたった今から始末を開始する。まずは・・・お前たち長からだ)

 言い終えると伝令役はくるりと後ろを向き、出入り口を抜けて消えていった。そしてすぐに、薄暗い出入り口の向こうから一体の影が近づいてくる。

 つか、つか、つか、と恐怖を感じさせる足音を響かせながら。

 三体の長はこのときすでに近づいてくるものの殺気を感じた。

(な、何だやる気か?だったらまずは俺が相手だ!)テラレオが、三体並んだ状態から、一歩前へ出てきて、両の拳を合わせた。


2.


 11月のある日。

「うん。そういうことなの。・・・うん、絶対大丈夫だから、安心して。心配かけてごめん。・・・うん、分かった、ありがとう。・・・おばあちゃんも、元気でね・・・」

 電話口で話す少女。その名は春原結希。まだ13歳にもならない、幼い少女だ。彼女はこれから始まる長旅を前に、現在数少ない家族である祖母にその旨を伝えているところだった。

 電話ボックスにもたれかかって待つのは、かつてその少女の肉親であった少年。髪は、銀に近い金色。細身でありながらしっかりと筋肉のついた体の持ち主である。

 結希が電話ボックスから出てきた。

「お待たせ、勇・・・じゃなくて、ザギ」

「正直名前なんてどう呼ばれようが構わねーよ」

「でも、あたしはザギって呼ぶって決めたんだもん」

「だったらそろそろ間違えるな」

 二人は並んで街道を歩き出した。

「ねぇ、ところでこれからどこに行くの?」

「・・・さぁな」

 ザギには行先も目的もあったのだが、説明が面倒と思って適当にやり過ごした。

 こうして二人の旅は始まったのだ。


 あれから約1カ月後。

 二人は結希の故郷から随分離れた海に面した町、港陽市にやってきて、早数週間となる。

 ザギは、人間界に足を踏み入れてからは、ほうぼうを流浪しているが、以前この町には少しの間滞在したことがあった。その短い滞在期間に彼の運命を左右する重大な出来事がいくつかあったのだった。

 二人は今、街中のとある小さな喫茶店で住み込みで働いている。

 このことを提案したのは結希であった。この町に流れ着いてから、彼らは一文無しだった。もっとも、ザギはそれまで欲しいものがあれば盗み、金が必要になれば人に集って暮らしていたため、それで問題はなかった。だが、人間社会ではそのような行動は明らかに異常でありかつ違法であることは、常識的な人間である結希は当然知っていたため、ザギに「お金は働いて得るもの、そしてそれでご飯を食べていくものなのよ」と社会生活のルールを教え、市中に働き口を探したのであった。

 そんな時に、仕事を尋ねがてら一服しに入ったのがその喫茶店だった。店名は、「アエレ」。物静かな中年の夫と、対照的に元気ハツラツで剽軽者の同年くらいの妻が営んでいる。店に入ると、ザギはブラックコーヒー、結希はミルクティーを注文した。ミルクティーを大事そうに味わいつつ、結希が、このあたりにいい仕事はないか、と二人にきいた。

 夫妻は、まだほんの子供である少女の口からそんな質問がでてくるとは夢にも思わず、幼い二人を見て哀れな気持ちになり、住み込みで店の手伝いをさせることにしたのだった。それに夫妻には子供がいなかったため、自分たちの子供のように可愛がりたいという気持ちもあった。

 ところで、「喫茶店」という呼び名は今時やや廃れつつあるが、この「アエレ」と言う店はどことなく一昔前の懐かしい雰囲気を感じさせるため、あえて「カフェ」ではなく「喫茶店」と呼ぶことにする。


 二人が働き始めてしばらく経った、ある日。

「勇治君?もうちょっと気合入れてさぁ、掃除しなねぇ?」奥さんのモモコさんがやんわりとザギを叱った。

 ザギは、夫妻には「勇治」の方を名乗っている。これは以前ザギがそうだったという、結希の兄の名前だ。夫妻は、初めてザギと結希を見た時から二人と兄妹と思い込んでいたし、ザギとしてもその方が便利だと考えたからだ。

 ザギは、当然今までテーブル拭きや、床の掃き掃除や、洗い物などをしたことがなく、さらに自分が今やっていることへの不可解さも相まって、手つきがぎこちないことこの上ない。そして常に文句を垂れている。

「接客もよ。もうちょっと愛想よくできないかねぇ」

「好きでやるなら、もうちょっとマシにやるさ」ザギは不機嫌そうにに言い放った。

「まぁ、困った子」モモコさんは両手で口元を覆った。

 確かに残念ながら、ザギの元来の目つきや態度は接客向きでないことについては、擁護できない。

「それにひきかえ・・・」モモコさんはくるりと後ろを向くと、

「結希ちゃんは、ほんとうによく働いてくれるわぁ!」と、帰った客の食器を片付ける結希の頭をなでまわした。

「食事までいただいているから、せめてものお礼です!」結希はいった。

 すると、ザギがさも疲れたように肩を回しながら店の出入り口に向かう。

「ちょっと、どこいくのぉ?」

「休憩だ」ぶっきらぼうに言い放つと、店を出ていった。


3.


 外は本格的な冬の風が吹く。ザギは毛皮の外套を羽織って歩く。

(あんな店でチマチマ働いてる暇はねぇんだよ。この町に来た目的は何だ?)

 頭に一人の少年の顔が浮かぶ。一度戦えば負け知らずのザギを、打ちのめした唯一の人間。

(あの野郎に・・・あの時の借りを返すためだろ)

 だがザギはその男の居場所を知らない。

(何か手掛かりは・・・)

 しいて手掛かりを挙げるとすれば、あの場所に行くことだけだった。

 かつてあの少年と雌雄を決した場所。廃作業場。

 その日もザギの脚は自然とそこに向かって行った。

(何度もここに来ているが、ヤツはおろか依然として人気がねぇな)

 ザギは積みあがった鉄骨の上に座った。早く戦いたくてうずうずしていた。


 すると、横合いから何者かの足音が近づいてくるのが聞こえた。

(来たか!)目当てのヤツが来た、ザギはそう直感した。

 ザギは鉄骨から降りると、近づいてくるものの影を睨んだ。おのずと口元が笑い、握った拳が震えた。一気に興奮してきた。

(!?違う・・・!)その影の輪郭がはっきりしてくると、そいつが「ヤツ」ではないことに気づいた。

 しかし、そいつはザギに用があることは間違いないようだった。

「誰だテメェは?」

「ビンゴ!リスト記載の逃亡者はっけーん!」そいつは子供のような調子で言った。

 若い男だった。白地に七色の絵の具をまだらに吹き付けたような大きめのパーカー、スポーツ用のスウェットパンツを身に着け、耳にはリングのピアス。さらにフードをかぶっている。渋谷をぶらつく若者のようないでたちだ。

 リスト記載、という言葉を聞いてザギはそいつがトライブの者であると直感した。

 がっかりすると同時に、期待の反動からイライラが湧いてきた。

 若い男は、ザギの今にも殴り掛かりそうな眼付から考えを読み取った。

「どーやら説明いらねーみてーじゃん。そーゆーのダルイから助かるわ。んじゃ、早速いくけどいいよな?」

 左右に軽快にステップを踏んだのち、常人ならざる高さまで飛び上がった。

 自分を狙って高速で落ちてくる男に目を向けつつ、毒を言い放った。

「テメェが、『アイツ』に匹敵するだけの強さを持ってんなら殺し甲斐があるが。てんで弱かったら・・・マジ粉々にしてやるからナァ!!!!!」

「ひゃあっ!!」

 男は空中からドロップキックをかました。スピードはそれほどなく、ザギはゆうゆうとそれをかわした。そして間髪入れず相手の胸倉を掴み、腹に強烈な蹴りを入れた。

「ナメてんのかあぁ、キサマァ!!」

「ぐふっ・・・」男は蹴られた腹が強烈に痛み、顔を歪めた。

 しかしすぐに、男の顔に笑みが戻り、握った拳を構えてザギに向かって走る。

 依然としてそのスピードは大したものではない。

 攻撃の筋も読みやすかった。ザギは避けるまでもなく相手のパンチを掌で受けた。

(コイツ・・・てんで大したことねぇな。一体どういうつもりだ?)

「うりゃっ!おらっ!」

 男は立て続けにパンチを繰り出すが、それは少し喧嘩慣れしたチンピラのそれのようだった。

「オラァ!」

 ザギは再び相手の腹に蹴りを入れた。男はいとも簡単に吹っ飛ばされる。


「おい・・・テメェやる気あんのか?」ザギはドスを聞かせた声で言った。

 男はドラム缶の山の中からのそりと起き上がった。

「イヤァ、さすがだねアンタ。ちょっと手合わせしただけで、大物だって分かるよ。これは楽しみだなぁ・・・」

(・・・コイツ、メンバーのくせにさっきから人間体で戦ってやがる。妙だな。見るからに上級メンバー以上のはずだが・・・)

 男は首や手首をコキコキいわせながら、悠然と近づいてくる。

 その余裕さが、ザギには奇妙に思えた。

「せめて変身したらどうだ!?」

「イヤ。実は俺、自分の怪人体が好きじゃなくてね。変身したくないんだよ。それに・・・」

 男はニヤリと笑うと、片手を顔に当てた。眼が青く光る。

 そしてその手をサッと前方にかざした。

 すると、かざした手の下の地面に半径2mほどの青い魔法陣が出現した。

「!!?」

 魔法陣の中から人型の生物がワラワラと出てきた。

 背丈は大人の人間と同じくらい。そして全身がまんべんなく光沢のある黒色である。顔面には、眼のくぼみや耳、鼻と思しき盛り上がりなどがあり、胸や腹や脚の筋肉や骨の輪郭がはっきりと浮き出ている。そのことから、まるで人間に黒のペンキを塗りたくったか、黒い全身タイツを接着剤でぴたりと貼り付けたような外貌である。全身が黒であるなか、顔面だけが白くなっており、そこにインディアンのお面に描かれているような人の顔の模様がある。

 そんな奇妙な生物がおよそ30体。

 たいていの事では驚かないザギも、これらには奇怪さを感じずにはいられなかった。

「数はこんなもんだろ」と男が言うと、魔法陣はすうっと消えた。

「何するつもりだ!?」

「俺、ほんとは自分で直接戦わない主義なんだよね。まぁ、さっきはアンタの実力を見るためにそうしたけど。代わりに、コイツらがお前の相手をしてくれるよ」男は黒い生物を指さした。

「卑怯なヤローだ」

「やり方は何だっていいんだよ、勝ちゃあよ。コイツらは俺の傀儡。つまり操り人形さ」

 傀儡たちは、背中を丸め、両手をゆらゆらと動かしている。

 眉間にしわを寄せていたザギは、フッと口元を引き上げた。

「まあいい!何体相手だって同じだ!秒で片付けてやる!そしてその次は・・・」

 指をまっすぐ男の方に差した。

「テメェが死ぬ番だ!!」


34話につづく

 

 

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