第32話「迷う黄門」-Chap.8

1.


 程なくしてパ=ナトムとの再戦は突然やってきた。


 オルガ、ラゴークと一戦を交えたあの日から野原慧子という教師は忽然として姿を消したのだった。あまりに突然のことで生徒たちはおろか、教員たちも困惑した。まったく事情の分からないまま、とりあえず生徒たちには突然の辞職、という説明でごまかした。

 しかし、ワケを知っている海条と黄門にはそれは当然のことだと思った。しかし、浜松などは、

「あ~っ!?マジかよぉ。いくら何でも早すぎるだろぉ!?ウチに来てからまだたったの一日だぜ!?ウソだろぉ~」

と、ひどくがっかりした様子だったので、海条たちもその調子に合わせ、何も知らないふりをした。


 パ=ナトムの出現は、例によって海条と黄門に幻術を見せることから始まった。二人はいつまた術にかけられるかわからないので、常に気を張っていたつもりだったが、それでも幻影を見せられてすぐには気づかなかった。

 舞台は再び学校だった。海条と黄門が接触している瞬間を狙われた。5、6限りの体育のサッカーにて。お互い敵のチーム同士だった二人がボールを取り合っていたその時、ボールが突然形を変え見覚えのあるメンバーに姿を変えたのだった。と、同時に二人の首を左右それぞれの手で掴み、締めあげた。

「!!」「!!」不意の出来事に二人は驚いたが、それでもすぐに

(いよいよ来たか!)と冷静に判断した。

 今度は初めから怪人体である。

「やあ。元気にしていたかしら?ボウヤたち」

「・・・くっ。・・・ぜ、前回同様、だ、大胆なお出ましだな」

 二人は即座に変身して手に握られた剣でもって敵の腕を振り払った。

 オルガとラゴークが敵を挟む形で対峙する。

「前のようにはいかないわ。今度こそあなたたちの消える運命よ」

「へっ!とは言っても、あんたの武器はその幻術だけだろ?その術はもうすでにわれてんだよ」

「・・・確かに、私の使えるものはこの幻術(イリュージョン)だけよ。・・・だけど、それを知ったところでそう簡単に攻略できるかしら?」

 ナトムは挑発的なしゃべり方をした。

「何度も言うけど、前回のようには行かないわ!!」

 と言うや否や、ナトムの体は2体、4体と分裂してゆき、最終的に8体となりそれらがオルガとラゴーグを円形に囲んだ。

「また奇妙なことをしやがる」敵の分裂にオルガは少しひるんだ。

「落ち着け、海条!幻術を使ったんだ!一体のみが実体、他は全部幻影だ!それにどれが実態なのかはもう分かってるじゃねぇか!」

 ラゴーグは分裂の中心にあった個体に長剣を向け走り出した。この時すでに本気に近いスピードだった。刃は狙い通り敵の体を、

(貫いた!)

 と思った途端、敵の体はスウッと空気の中に消えていった。

(何!?これが実体じゃないのか!?)

「残念」

 次の瞬間、実体のナトムが背後からラゴークの首に腕をかけて動きを止めた。

「ぐっ!?」

「すり替わったのか!?」ますます敵の動きが読めなくなったオルガはその場から動けずにいた。

「まずはお前から始末するわ」

 ナトムはラゴーグに幻術をかけ始めた。ラゴーグから見えている6体の幻影が姿を変えた。それは、まるで頭も尻尾もない、太くて長くて真っ黒な蛇だった。その、長さ3mほどあろう蛇たちは素早く自分のもとに集まると、体をよじ登り隅々まで巻き付き始めた。

「・・・ッ!!?」それらが幻影であるため、痛みや感触はないが、この世のものとは思えない奇妙で気持ちの悪いものが這い上がってくる様子に、心が冷たく震え吐き気を催した。

 やがて蛇の形が崩れ不定形になり、ラゴークの頭からつま先まで黒い粘液のようなもので包まれた。視界が真っ暗になった。

「黄門!!」オルガは、術を掛けている最中は敵に隙ができると判断し、自身の大剣をもって背後から切りつけた。

(やったか!)

 しかし、それも幻影だった。ナトムとラゴークは消えた。敵はオルガにはまた別の幻術をしかけていたのだった。


 目の前が真っ暗になった瞬間、ラゴークの戦意はやや失われた。パ=ナトムという王族のメンバーは、物理的な攻撃力はそれほど高くない。その代わり、幻術を用いて相手の精神を錯乱させること、それが最大の武器であった。

(くそ・・・強さを知っていたとはいえ、ここまで食らいつけないなんてことがあるか?俺だって・・・俺だってかつてはコイツと同じ城の中に居たんだぞ。こんなすぐに負けるのか?いや・・・)

 ラゴークの精神は、怒り、悔しさ、恐怖、その他様々な感情がせめぎ合っていた。そして本来の冷静さを失いかけていた。

 周囲に広がる暗黒の空間は、瞬く間に姿を変えた。七色の絵の具をかきまぜたようなマーブル色になったり、万華鏡の中のような複雑な幾何学模様に塗り替えられたり。豪雪地帯になったかと思えば、灼熱の砂漠の中にいた。しまいには、重力の方向が180度変わり、天空に向かって落下してゆく感覚に襲われた。

「はぁ・・・はぁ・・・」体中が汗にまみれ、張り裂けそうに鼓動が早くなり、強い吐き気とめまいがした。

 すでに戦うどころの精神状態ではなくなっていた。

 再び真っ暗闇に戻った。

 何か箱の中で横になっているらしい。やがて箱のふたが開いて、光が差した。起き上がると、目の前に誰かが居る。それはノマズ=アクティス、すなわちブレインだった。自分の入っていた箱というのは棺だった。自分の誕生の瞬間に立ち帰っていた。そこからは、自分が王族に居たときに行ったことをすべて繰り返し体験した。自分に与えられた使命だった人間界での調査。自分自身が人間の姿になってしたのだった。戦う力を持たぬ自分が、力を持つメンバーたちから受けた暴力の数々。そして、バディア、ブレインとともに王族から抜け出し、手先に追い回された日々。それらすべてを早送りに、ただ見ているだけではなく実際に自分が再体験したのだった。

 ラゴークはすでに、幻影に殴られたり蹴られたりしても痛みを感じるようになっていた。当然、それらは幻影であるがゆえに実際には触れてすらいないのだが。

 地面に両手を突いたまま肩を震わせながら動かないラゴークを見下ろし、ナトムは笑った。

「もう殺したも同然ね」

 そしてオルガの方に向き直った。「本当に殺すのはコイツからね」


 一方、オルガが見ている幻影というのは以下のものである。

人一人、家一つない荒野にオルガは立っている。木や草は枯れ、冷たい風が吹き、空は厚い雲に覆われて、辺りは暗い。

 オルガの周りには、これまでに戦ってきたメンバーがすべて立っている。

 イカのスクイレル、クラゲのジェリル、蜂のヘモニー、モグラのルピタ、鉄砲魚のテクソート、そして上級メンバーであるサソリのコープニス。

(・・・!!?)現れた6体のメンバーを見渡して、冷や汗を流した。

 現実に起こりえないはずのことなのに、現実に思えた。まるで夢の中にいるときのように。

 6体の敵は相手が一体であろうと容赦せず、一斉に襲った。

 オルガの頭の中はメチャクチャになりそうだった。襲ってくる6体の敵を前に、確実に殺されるという絶望感に支配され、ムチャクチャに剣を振った。

「あああああっ!!ぐあああああっ!!だああああっ!!」

 それは、誰を狙って振るわけでもなく、まるで襲い掛かるものを必死で振り払うようだった。

 しかし、実際はそれらのメンバーはあくまで幻影であるので、オルガの体に傷ひとつつけることはないのだが。

(死ぬ・・・!!死ぬ・・・!!死んだ・・・!!もう死んじまった・・・!!)

 やがてオルガは剣を振り回すことを止め、全力で走り出した。

(生きてる・・・まだ生きてる・・・!!逃げないと・・・早く逃げないと殺される!!)

 敵から離れようと必死に脚を動かすも、思うように体が進まない。その間に敵はすぐ後ろまで迫っていているように思えた。まるで悪夢だった。

 前すらろくに見ず、必死に逃げるオルガ。すると、急に目の前に一体の影が現れた。それにぶつかったオルガは顔を上げた。

「さようなら」

 パ=ナトムだ!、と思うか思わないかのところで胸のあたりを何かが貫いた感触がした。

 次第に視界が黒に染まっていった。


 暗闇の中でラゴークは肩を震わせていた。戦意はすっかり失われていた。

 高速で繰り返される悪夢。彼は目の覚まし方すら忘れていた。

(俺が・・・こんなに弱いはずはない!!少なくとも・・・ヤツとは対等に渡り合えるだけの・・・力はあるはず・・・)

 その時、声が聞こえた。

(違うな。お前はヤツより弱い)

 声の主はすぐに分かった。バディアだ。暗闇の中からバディアが語りかけた。

(お前は自分の力量を図り違えている)

(どういうことだよ、バディア!!)

(お前は確かに元々王族の者だった。しかし、戦士ではなかったはずだ。お前の戦闘経験は、ラゴークの力を手に入れた時から今までの、ごく短い期間だ!)

(・・・)

(一方、相手は戦いのために生み出され、戦いこそが生涯そのもの、というようなヤツだ!いくらお前が戦う力を手に入れたとはいえ、力に差があって当然だろう!)

(・・・)ラゴークは徐々に正気を取り戻す感じがした。

(戦い慣れぬお前に一つ忠告してやろう。自分は確実に相手より劣っている!これを自覚しろ!自分の造り出した無意味な幻想に縛られるな!!)

(・・・!!!)ラゴークはついに何かを悟った。

 途端に、体の震えは止まり、目に見える景色が変わった。そこは前回の戦いの時と同じ、雑木林の中だった。

 そして目にしたのは、目の前でパ=ナトムが剣を振り上げているところだった。ラゴークの剣だった。

(コイツっ!俺にとどめを!!)

「!!・・・おや、目を覚ましてしまったのね。あと少しであなたも殺せるところだったのに」

「あなたも・・・?」

 奇妙な予感がして、目を遠くに転じると血塗られて倒れているオルガの姿が見えた。

「!!!」ラゴークの中で怒りがマグマのように駆け巡った。

「てnnnnんめぇえええええええ!!!!!」

 腰に装備した短剣を素早く取り出し、ナトムに突き出した。一撃一撃が刺されば倒せるほどの重みだった。

「はああっ!!だああっ!!」

 ナトムは最初の数度は攻撃を長剣で受けたが、剣の扱いに慣れておらず、すぐに剣が弾き飛ばされた。つい先ほどまで強烈な幻術をかけられていたにもかかわらず、何事もなかったかのように動き回るラゴークを見て、狼狽した。

「ぐっ・・・!」

「くたばれええええええ!!!」

 ラゴークはついに刃をナトムの胸元に突き刺した。鮮血が噴き出す。

「があああっ!!」どさり、と倒れた。

「くぁぁぁ・・・なぜだ・・・なぜだ・・・こんなはずじゃ・・・くぁ・・・絶対にこんなはずじゃ・・・」

 ラゴークが血に染まり横たわる敵を見下ろす。

「脱走者ごときに・・・裏切者ごときに・・・誇り高き・・・王族の戦士が・・・」

「口の減らないヤツめ」

 ナトムの手から離れた長剣で胸から腹まで一気に引き裂いた。敵はすぐに石のように動かなくなった。


「海条!!」

 黄門は変身を解くと、倒れるオルガの下に駆け寄った。

「起きろよ、お前!!」もしかすると死んでしまうのではないかと思った。

 オルガの変身が解けた。

「・・・黄門。何・・・してんだ?」

「聞けよ海条。ばっちりやっつけたぞ!だから・・・無理に動くんじゃねぇ!」

「ハハ・・・何言ってんだよ、お前。・・・安心しろ、こんな程度じゃ死なねぇから。・・・石のおかげでな」

 途切れ途切れながらも力強く言ったその言葉に、黄門の心は少し安らいだ。

 すると、どこから現れたのか、バディアとブレインが駆けつけた。

「ハハ・・・いつも一足おせーんだよ・・・お前ら」海条が苦しそうに笑った。

「あなたたち見てると、なんかこう、ゆーじょう!!!って感じがするわ」

「ふざけてないで・・・何とかしてくれよ・・・俺を」

「はいはい。今、何とかするからね」ブレインは海条の体に手を触れると、そこから透明な膜が出てきて、たちまち体全体を包み込んだ。

「これで一時的に傷口の悪化は防げるわ。本格的な治療は、戻ってからね」

 黄門はようやく一安心すると、バディアに言った。

「ありがとよ。お前の忠告がなかったらあの悪夢から覚めることはなかった」

「うむ」バディアは戦いの状況をすべて知っているようだった。

「しかしお前の力にはいつも驚かされるぜ。どうしてあんなことができたんだ?」

「王族にもなると敵の感知するのは難しい。だがお前ら戦士のことは感知できる。今回はお前らの精神状態が突然著しく乱れ出したことに気づいて、手を貸した」

「へぇー。何か分かんねーけどすげーわ、やっぱ」


 突然、林の中に風の渦が発生した。

 バディアらが振り向くと、渦の中から一人のメンバーが現れた。

「キサマも王族だな?」バディアが冷たい声で尋ねた。

「やってくれましたね。我らの優秀な戦士を一人・・・。はっきりいって想像以上ですよ、あなたたちの力は」

 そのメンバーはナトムの死体を担いだ。

「さらなる対策を練らねばなりませんねぇ」

 言い放つと、再び巻き起こった風の渦に包まれて消えていった。

 バディアは渦の消えた場所をじっと睨みつけた。

(いずれ俺も戦うことになる、か)


第33話につづく


 



 

 

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