第23話「ザギの過去」-Chap.6

1.


 そこに立っていたのは、昨晩夢にでてきた少女だった。

 ザギは見間違いではないかと、再度目を凝らして少女を見た。しかし、それは確かに知っている少女に相違なかった。

(何て偶然だ!いや、偶然なんてもんじゃない。あの変化野郎に初めてその姿を見せられ、昨晩の夢に出て来、そしてついに本人とご対面かよ。・・・何だか、出来すぎているな)

 驚愕して固まっているザギに、少女が駆け寄ってきて抱きついた。

「やっぱり勇治だ!生きてたんだね!」

 少女は目にうっすら涙を浮かべた笑顔を向ける。

「何だか、ずいぶん変わっちゃったね。でも、すぐに分かったよ。ずっと忘れなかったもん」

 少女はザギを大切な人のように、ぎゅっと抱きしめた。

 ザギには少女の言動が理解できなかった。

「ねえ、どこで何してたの?ずっと心配してたんだよ。・・・でもよかったぁ」

「・・・いい加減離せ」ザギは少女を少し乱暴に突き放した。

 少女はきょとんとして、ザギを見る。

 ザギはふう、と息をつくと少女に問いかけた。

「お前は俺を知っているのか?」

「・・・当り前だよ、勇治。見た目変わったけど、すぐに分かったもん。・・・それとも、人違い?」

「いいや、人違いではないかもしれん。俺もどういうわけかお前のことを知っている。断片的にだがな」

「だよね、やっぱり勇治なんでしょ?脅かさないでよ」少女の顔にすぐに笑顔が戻った。

「お前と俺はどういう関係なんだ?」

「勇治・・・忘れちゃったの?あたしのお兄ちゃんだよ」

「オニイチャン・・・?」

「どこかに行ってた間に、記憶失くしちゃったのかな?」

「お前の顔だけは記憶にある、らしい。それ以外は知らん」

「なんだか、昔の勇治じゃないみたい」

 ザギは、少女が何度か口にした「勇治」という言葉が引っかかっていた。

「ユウジってのは何だ?」

「お兄ちゃんの名前だよ。それも忘れちゃったの?」

(名前、か)

 そこでザギは合点がいった。自分が、人間ベースで造られたメンバーであることは、海族の連中から聞いていた。おそらく、「勇治」とは以前自分が人間だった時の名前なのだ。そして目の前にいる少女は、その妹。

(人間ベースの弊害、か)

 ザギは少女への精一杯の配慮をもって、言った。

「悪いが、お前の言う通り今の俺は以前の俺とは違う。それは確かだ。その『勇治』とかいう人間とはまったくの別人と思え」

 その言葉を聞いた少女の顔が、悲哀の色に変わった。

「どうして・・・。せっかく・・・また会えたのに」

「悪いがこれは事実だ。俺に責任を求められても困る」

 ザギは一人ですべてを納得していた。なぜ、この少女の顔を見るたびに、頭の奥の方に妙な引っ掛かりを覚えたのか。その疑問が大方解消したように思えた。ゆえに、少女に対する興味もすっかり消えていた。

「じゃあな」ザギは立ち上がり、公園の出口へと歩き出した。

 少女の横を通り過ぎてすぐ、ザギの服の裾を少女が掴んだ。

「何だよ」

「あたしも行くもん」

 ザギはため息交じりに、また歩き出した。


2.


 ザギの歩く後ろを、少女がついてくる。

 公園から市街地までは歩いて30分ほどだった。少女はいつまでもザギに付いてくる。

 しばらくお互い無言だったが、市街地に入ったところでザギが話しかけた。

「お前、親は?」

「いない」

「死んだのか?」

「勇治と一緒に・・・」それから先を少女は言わなかった。

「一人なのか?」

「おばあちゃんと一緒に住んでる」

「だったら帰ればいいだろ。鬱陶しいんだよ」

 少女は黙った。そして、立ち止まった。何か言いたげな様子を察知して、ザギも止まった。

「あたし・・・あなたとずっと一緒に居るから。もとの勇治に戻るまで」少女の目には、強い意志が表れていた。

 ザギはやれやれと前を向いた。

「・・・好きにしろ」

 少女の表情がぱっと明るくなった。

「ねぇ、勇治」

「あん?」

「あたし、お腹すいた!お家に帰ろ!」少女は今度は打って変わって、ザギの手を引っ張って調子よく歩き出した。


3.


 少女がザギを引っ張って歩き出してから30分ほどで、少女の家に着いた。閑静な住宅街の中に佇む一戸建てだった。

 和風の造りの立派な家だった。家と庭の周りを塀が囲い、その南側の中央には歴史の深さを思わせる門があった。豪邸とは言わぬまでも、十分な広さを持つ家だった。

 二人は門をくぐり、玄関口の前まで来た。ザギは「春原」と書かれた表札が目に入った。

「どう?勇治が住んでた家だよ。思い出した?」

「いいや、まったく」

 少女はまた少ししょんぼりした。しかしすぐに気を取り直すと、玄関の扉を引いた。

「ただいまー」少女は家の奥まで聞こえるように声を張って言った。

 程なくして、玄関から通じる廊下の奥から一人の老女が現れた。ピンと伸びた背筋と艶のある声、そして年齢の割りに派手な服装が若々しさを醸し出していた。「おや結希ゆうき、帰ったの。遅かったじゃないか」

 ここでザギは、「結希」というのが少女の名前だと知った。

「おばあちゃん、見て見て!勇治だよ、勇治!」少女はザギの体を前に押し出した。

 ザギを見た老女は目を丸くした。

「まぁ・・・ほんとに勇治かえ?・・・良かった・・・わたしゃてっきり死んだのかと・・・ほんとに良かった・・・。それにしてもお前さん、エラく不良になっちまったねぇ。髪なんかホラ、まっ金金でさぁ。一体どうしてたんでぇ?」老女は最初涙ぐみながらも、立て続けにやや早口に言った。

 ザギには何が何だかさっぱりだった。

「でもねおばあちゃん、勇治ってば昔の記憶をすっかり失くしちゃってる。あたしのことだって曖昧なんだもん。もしかしたら、おばあちゃんのことも・・・」

「生憎だが、さっぱりだ」ザギは結希の言葉に続けるように言った。

「おやおや、しゃべり方も何だか悪ぶっちゃって。・・・でもほんとに良かったねぇ、結希。まさか、いなくなった今日に戻ってくるなんて。奇跡のようじゃないか」

「うん」

「まぁ、ともかく上がんなさい二人とも。外は寒かっただろ」

 三人は廊下を進んで、居間へと向かった。

(まぁ、今日の寝床はここでいいか)ザギはそう思った。


 その夜ザギは、三人で夕食を囲みながら、結希の祖母光子みつこから、「勇治」という人間についてのいろいろな話を聞いた。

「あんたが突然いなくなったのは、ちょうど3年前の今日だったんだよ。結希は9歳で、あんたは17歳だった」

「なぜいなくなったんだ?」ザギはあまり気が乗らなかったが、理由を尋ねた。

「その日、あんたと結希、そしてあんたのお父さんとお母さんの4人で、津尾海浜公園へ遊びに行っていた」

「すべて結希から聞いた話だけど、お父さんとお母さんは突然海から姿を現した怪物にさらわれた。そして、結希をかばったあんたも・・・」

「なるほどな」(やはり、トライブが絡んでいたか・・・)

 光子が話している間、結希はザギの方を見たり、光子の方を見たり、時には俯いたりした。そして、ほとんど言葉を発さなかった。

「とても信じられない話だと思ったが、結希を信じるしかなかった。あんたが戻ってきてくれて、あたしゃ本当にうれしいよ。・・・でも、何も憶えていないんじゃ、仕方ないね」

「確証はないが、俺はその怪物らの下で、人間から怪物にされた」

 ザギが発したその言葉を聞いた結希と光子は凍り付いた。

「人間の時の記憶もおそらくヤツらに消された。まさか、こんなところで自分の過去とつながるとは思ってなかったけどな」

「あんたが・・・怪物!?」光子は少し震えた声で言った。

「ああ、そうだ」

 この時ザギは、二人からかすかに自分に対する恐怖と嫌悪を感じ取った。

「あまりいい気分ではないようだが、紛れもない事実だ。俺は人を気遣うなんて芸当じみたことはできない。だから隠すこともしない」そう言うとザギは立ち上がった。

「今晩ここに泊まろうと思ったが、やっぱり帰ることにした」ぴくりとも動かない二人の背後をザギが通り過ぎる。光子がザギの方を向いた。

「勇治・・・」

「俺は勇治なんかじゃねえ。残念だったな」

 部屋を出て行くとき、小さな箪笥の上に立ててある一枚の写真がザギの目に入った。そこには4人の人間が映っていた。一人は結希だった。にっこり笑ってVサインをしていた。結希よりもだいぶ年上に見える二人は、おそらく父親と母親だと思った。そして残る一人の少年。自分によく似ているが、髪が黒くて短いところ、服がブルーのシャツであるところが違う。表情は優しく穏やかであった。自分とはまるで別人だと思った。

「邪魔したな」ザギは家を出た。

(やれやれ、結局寝床探しか・・・)

 ザギは街灯の少ない薄暗い夜道を彷徨い歩いた。


第24話へつづく



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