第22話「強者VS強者」-Chap.6
1.
どれだけ眠っていただろうか。
ザギが目を覚ましたのは、陸族のアジトの中だった。
壁に両手両足を鉄の輪で括り付けられ、磔にされていた。
その一室には、カメレオンと二人のメンバーがいて、奥の椅子に腰かけているのは長のテラレオだった。
その光景を目にしたザギは、自分の置かれた状況を理解した。
「ハッ・・・そういうことか」
「ようやくお目覚めですか、坊や」カメレオンのメンバーがザギの顎を持ち上げた。
「気安く触るな、変化野郎」ザギはカメレオンを睨みつけた。
「なんですって?もう一度シメてあげたほうがよさそうですね」カメレオンがザギの首元に手を伸ばした時、
「よせ。そいつはもう、そう簡単には動けん」声を張り上げたのは、長のテラレオだった。
四方八方にはねた赤い髪。堀の深い顔立ち、顎を覆いつくすヒゲ。筋骨隆々の体は、大地の皇帝を思わせる華やかかつ荘厳な装束に包まれている。人間体のテラレオの風貌を説明するならば、これで十分だろう。
カメレオンはテラレオの方を見ると、ザギから離れた。離れ際に、「言っておきますが、私の名前はエレアムだ。変化野郎なんかではないのですよ」と言い残した。
「お前たちは部屋を出よ。ヤツと差しで話したい」と、メンバー全員に言い放った。
すぐに、エレアムと二体のメンバーは部屋を出て行った。
テラレオはザギをじっと見つめた。
「さて・・・海族の連中は、我々陸族、そして空族にも貴様の捕獲要請をした。我々陸族の方にも、族を脱走した異端者がいてな、そいつの捕獲を他族にも要請したこともあった。つまりお互い助け合っているというわけだ」
「それで?そんなどうでもいい話を聞く気はねぇ」
「この度は、めでたく我々陸族が貴様の捕獲に成功した。この手柄は他族間との力関係においてとても重要でね。とても喜ばしいことだ。・・・それはさておき、本来ならば貴様を今すぐ海族の方に送るわけだが・・・」テラレオはニヤリと笑うと、立ち上がってザギの方に歩み寄った。
「海族最強と謳われ、長の座をも脅かしたその力、是非とも知りたいものだ」
テラレオが手をかざすと、ザギの両手両足を固定していた鉄の輪が外された。ザギは磔から解放された。
テラレオの右手に一本の槍が出現した。柄は黒色で金や赤の筋が走るような装飾がなされ、刃には太陽の彫刻が入っていた。
「ふん。何かと思えば、この俺と戦うってか。・・・せっかく捕えた獲物をわざわざ逃す気らしいな」
「そう簡単に勝てると思うなよ」
「後悔するぜ」
ザギはそう言い終わらないうちにザギは弾丸のごとく飛び出した。相手に突っ込む直前に大剣を手にした。
ザギは剣を振り下ろした。テラレオは槍の刃でそれを受け止めた。すぐに次の一振りを決めた。またも、それを受け止められた。感情と戦闘意欲の爆発に任せて、ザギはがむしゃらに剣を振るいまくった。
「俺は今サイッコーにイライラしてんだよ!テメェんとこのカメレオンの世話になってからはなぁ!」ザギは笑みすら浮かべていた。
「だから、今の俺は脅威そのものだ!!」
剣を相手の胸元目掛けて突いた。テラレオはすばやく後方に跳んで攻撃を回避した。
両者は距離を置いてにらみ合った。
「脅威か」テラレオはニヤリと笑った。
「見せてもらいたいものだ、その脅威とやら!!」
今度は、テラレオの方から攻撃を仕掛けた。
ダイヤモンドすら貫き通しそうな鋭く強固な刃を容赦なく相手に向ける。それは力を試す、という目的の裏に、本気で潰しにかかるという意図を覗かせていた。
攻撃の仕方には個性が現れる。ザギは若さに任せてがむしゃらに剣を振るう。対してテラレオは、幾度の戦いより得た経験と経た歳月による、落ち着きつつも無駄のない動きで、槍を突き出す。
ところで、両者は初めからずっと人間体で戦っている。それでも、すさまじい力と力がぶつかり合う様は、まさに強者同士の戦いである。
テラレオは単純に槍で攻撃しても相手に防がれるばかりだった。ならばと、今度は槍を深く引っ込め、エネルギーを集中させた。すると、刃から紅い炎が現れ、たちまち覆いつくした。
「これも凌げるかな?」
ザギはテラレオをじっと睨みつつ、横歩きして間合いを取った。テラレオもザギに合わせて動いた。
テラレオは炎の刃でザギの胸元を貫いた。・・・つもりだったが、そこにはザギの姿はない。刃は、壁に深く突き刺さった。
部屋じゅうを見回すも、ザギの姿はなかった。岩でできた部屋には、窓は一つもなく、扉は一つしかない。その扉は外側から厳重に施錠されている。
(一瞬で・・・どうやって逃げたというのか・・・)
テラレオは部屋を見渡しつつ考えた。すると、ザギが最後に立っていた場所のすぐ横が小さな水汲み場がであることに気づいた。その水汲み場は水道につながっていて、アジトの外へと通じている。
(確か、ヤツは水中では己の身体を自在に操ることができる、と聞いたことがある)
ザギの逃走手段が分かったところで、テラレオは別室にいるメンバーに追跡を命じた。
テラレオは、部屋の中でじっと立っている。
「ザギか・・・おもしろいヤツだな」
2.
体を細長く変化させて細い水道管の中を泳いで、ザギはアジトの外へ通じる出口にたどり着いた。
外へでると、アジトの敷地の周りを広大な密林が囲んでいるのが見えた。アジトは、密林の中に身を隠すように建てられていたのだった。
「エラい遠くまで連れてこられたようだな」
ザギは後から追っ手がすぐ来るだろうと予測し、走って密林の中に逃げ込んだ。密林の中で河を見つけると、泳いで密林を抜けた。
アジトを出たときに昼だったのが、密林を抜ける間に夜になり、人里に出たころには再び昼になっていた。
そこは人もまばらな、小さな集落だった。その辺を歩いていた住民に、ここはどこか、と尋ねた。すると、ここは日本の南部にある内陸の村であることが分かった。続けて海へ行くにはどうすればよいかを尋ねた。住民からその行き方を聞き出すと、休憩もせずにすぐに海へ向かった。
その日の夜中に海辺の町に到着した。その町には港があって、船で移動することもできたが、ザギは泳いでいくことに決めた。その方が早いからである。
日が昇ったら出発することに決め、ザギは船着き場に泊めてあった船の中で眠った。
その夜、ザギは夢を見た。夢の中でエレアムが変身した少女が現れた。夢を見ながらザギは考えた。その少女を見た瞬間、自分の頭の奥底にあった「記憶」が突然あふれ出てきた。自分はその少女を知っている、そう確信させる記憶だった。懐かしさ、という初めて味わう感覚を伴っていた。ザギはこの少女が何者なのか、それを知りたくなった。
朝になった。ザギは人の居ない場所で変身すると、海に潜った。
行先はどこでもよかったが、何となく、それまで居た港陽市へと向かった。ただ、ここから港陽市までは随分距離があるようだったので、途中で一旦陸に上がり休憩を挟むことにした。
泳ぐこと数百km。ザギが休憩地点に選んだのは、海沿いにある大都市だった。
しばらくの間、人間の少ない土地を移動してきたため、人恋しさを感じていたのだった。
3.
ザギは港に着くと、人間体になって陸に上がった。あたりはすっかり日が暮れていた。じつに十数時間もの間、海を泳いでいたのだった。人間をはるかに超えた泳力を持つザギでも、相当の体力を使い果たしていた。
港は都市の中心からやや離れたところにあった。漁船や旅客船が並んで泊められていた。人はほとんどいなかった。
ねぐらを探しに出る前に、しばし休憩しようと、港のすぐ近くにある公園に行った。
その公園はすぐそばに海があり、展望台や浜に面した芝生から海を眺められることで人気のスポットである。昼間は、多くの家族連れやカップルでにぎわう。しかし、今は人がほとんどいなかった。
斜面になっている広い芝生に腰を下ろした。11月の海から吹く風はかなり冷たく、長時間そこに座っていられないほどだ。しかし、ザギにとってはその冷たい風など大したことではなかった。
しばらくの間、湾の向こう側の夜景を眺めていた。ここはすっかり人間の住む場所なんだな、と思った。
その時。
「勇治?」背後から声がした。幼い女の声だった。
芝生にも浜辺にもザギ以外は誰も居なかった。少なくともザギの認識した限りでは。だから、ザギはその声のした方を振り向いた。
ザギの背後20mほど離れたところに、一人の少女が立っていた。斜面の上に規則正しく並んだ外灯に照らされたその少女の顔を見た。
その瞬間、ザギの中に衝撃が走った。
それは昨晩夢の中に出てきた少女だった。
第23話へつづく
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