第21話「甦る記憶」-Chap.6

1.

 

 初めての敗北。

 戦いこそが己の核であるザギにとってそれは大きな衝撃であり屈辱であった。

 8月の末のこと。ザギは突然現れた一人の少年に敗北した。その少年はどことなく自分と似ていた。右手に握られた大剣、人間の姿から変身すること・・・。

「クソッタレが」あの時のことを思い出したザギは胸中に沸いてきたムカつきを吐き出した。

 かつて海族の中で最強を誇っていた。王族のメンバーにも負けない自信があった。その自信が、一人の見知らぬ少年によって打ち砕かれた。あれから、ことあるごとにその記憶がよみがえり、そのたびにイライラが募った。

 しかし、たとえ信じられなくとも、それは紛れもない現実だった。


 ザギは数少ない人間の死体から造られたメンバーであった。

 本来トライブのメンバーは、戦って死んだ別のメンバーの死体に新たな魂を吹き込むことで造られている。各々の族に死体蘇生を担う者がいる。蘇生係は、戦死したメンバーの死体を回収し、それをアジトにある蘇生室に運び込む。蘇生室には棺がいくつも並んでおり、死体はその棺の中に入れられる。蘇生係は棺に入った死体に特殊な術をかけ、新たな魂を与える。それからおよそ一週間経つと、新たな戦士が目覚める、という仕組みだ。

 元々、海族、空族、陸族がそれぞれの領域を支配していたのが、ある時王族の侵略を受けた。各々の族は戦って王族に抵抗した。しかし、王族の圧倒的な力に敗れ、三つの族は支配下に置かれることとなった。

 その戦いの時、三族の多くのメンバーが跡形もなく消された。そして新たなメンバーを造るにも、死体の数が足りなくなった。そこで各族は、古来より禁じられてきた人間の死体を用いての蘇生を行った。人間の死体から生み出されたメンバーは、そうでないメンバーに比べてはるかに強い戦闘能力を持つ、という特性があった。それは王族との戦いにおいては強力な戦力になったが、一方で好戦的な傾向が強いという一面もあった。ゆえに、力でおしのけて部族の長になろうとするメンバーや、部族に反発するメンバーがしばしば現れた。

 王族の支配下に置かれた後でも、いつか再び戦って支配から逃れるために、三族は人間ベースのメンバーを造り続けた。ザギもそうして生み出されたメンバーの一人だった。ザギはその抜きんでた戦闘能力から、次の長の候補に挙げられたほどだった。しかし、ザギ自身には、長の座への興味がなく、部族への反発心も無かった。

 その時海族の長のタクアは、ザギがすぐにでも長の座を奪い取ろうとしているのではないかと怖れた。そしてある日、同族の部下にザギの暗殺を命じた。その暗殺は、あと少しで遂行されるところまで行った。しかし、ザギ本人にそのことを気づかれたために失敗した。この事件をきっかけに、ザギは海族のメンバーに強い不信感を抱き、海族から逃げ出した。長はザギが逃げ出した後も、度々メンバーを人間界に送り込み、ザギを消そうしている。


「クソッタレが」自分の過去を思い出したザギは、再び胸中のムカつきを吐き出した。

 結局自分は飽くまで独りで、信じられるのは自分しかいない、ということをよく分かっていた。

 しかし―

 いつだったか、自分に近づいてきた人間が一人いた。

 名前は香村美里といった。

 あれほどまでに、自分に近づいてきた人間は初めてだった。あの時ザギは、誰かと一緒に居ることによる充足感、そして「孤独」という感情を知った。

 そしてザギは今、孤独を感じている。

 廃墟の屋上に一人寝転がりながら、孤独を感じている。


 その日は何だか、夜空に浮かぶ星を眺めて孤独を紛らわせたくなった。


2.


 11月のある日。夜11時頃。

 ザギは人通りの少ない道路を路地の陰から見張っていた。愛飲している缶コーヒーを買うための金を通行人からたかるためだった。物を買うための金を人からたかるのはよくやることだった。あるいは、金を持たずに店で万引きなどをした。

 中年の会社員風の男が一人歩いてきた。ザギはその男に決めた。男が路地の前を通り過ぎた瞬間、男を路地へと引きずり込んだ。

「おあっ!・・・むぐむぐ」

 男が大声を上げる前に口を塞いで、建物の壁に押さえつけた。

「金をありったけ出せ。痛い目に遭いたくなかったらな」

 男は恐怖の色を見せるも抵抗する様子はなく、すぐに財布から1万円札を抜き出した。

「ようし、いいオヤジだ。そうやって素直に言うことを聞けば何もしない」ザギは男の手から1万円札を奪い取った。

 その時、1万円札が1匹の蛇に化けて、ザギの体を這い上がり、首元を目掛けて飛びついた。

「ぐっ!これは・・・」ザギは首元を噛みつかれる前にとっさに蛇を振り払った。

「テメェ!」見ると、そこに男の姿はなかった。

 次の瞬間、ザギの首は見えない何かによってきつく絞めつけられた。

「がっ・・・何をしやがる!」

 首を絞めつける何かは、腕であることが分かった。いつの間にか、ザギの背後に回っていたそいつの体は無色透明だった。

 そいつが正体を現した。カメレオンに似た緑色の体をしていた。

「テメェ、どこの回しモンだ?」

「陸族より派遣されました、あなたを殺すよう命じられた者です」

「随分セコい手を使いやがるな。だが、そう簡単に殺せると思うなよ」ザギは相手の腹に肘打ちを入れると、首を絞める腕の力が緩んだ隙を見て、蹴りを入れた。

 カメレオンのメンバーは、裏路地から道路に転がった。

 ザギは倒れるカメレオンの胸元を掴み、空中に引き上げた。

「テメェら下級戦士がよ、何匹俺にかかろうが同じことだ。いい加減学習しないものかねェ」ザギは空いた右手に棘の生えた大剣を出した。

「ま、奇襲作戦に出ただけでも幾分賢くなったってことか」剣を相手の腹部目掛けて突き刺そうとした。

「ふっ・・・それだけではないんですがね」

 相手の言葉にザギが剣を持つ手を一瞬止めたとき、

 カメレオンの姿が変わった。

 体全体が粘土のように融けて、新しい形を形成していった。元の怪人体よりもだいぶ小さな体に変化した。

 相手の突然の変身に呆気にとられていたザギの視界に入ったのは、10歳ぐらいの少女だった。気づいたら、ザギはその少女の首を掴んでいた。

 その時、ザギの頭の中で何かが湧きだす感覚がした。

 途端に、ザギの視界が闇に染まり、強い頭痛と錯乱に襲われた。

「がっ・・・あああああああっっっ!!!」

 ザギは首を掴む手を放し、その場に倒れこんだ。そこで意識が途絶えた。


 それはまさに、ザギの中の古い「記憶」が甦った瞬間だった。


第22話へつづく



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