第24話「新しいパートナー」-Chap.6
1.
結希という名の少女に出会ったあの夜がようやく明けた。妙に長い夜だった、とザギは思った。駅のホームのベンチで、浅い眠りから覚めた。
通勤ラッシュの時間帯で、スーツを着た多くの人々が一人掛けのベンチ4つ分に横たわるザギを怪訝そうに見ている。
ザギは起き上がって伸びをした。そしてあたりを見渡した。
(人間どもが多いな・・・ここもあの町と一緒か)
電車が到着した。多くの人々が吐き出され、多くの人々が乗り込んでいく。程なくして電車は出た。
(人間はあれに乗って移動するのか。・・・そうか、遠距離を移動するための手段だな。近距離なら歩くからな)
ザギはしばらくベンチに座って、次から次へと来る電車、そして下車する人々と乗車する人々を眺めていた。そのうち、人はまばらになっていった。
ザギは次に来た電車に乗った。これに乗って、次の土地を目指そうと思った。とりあえず行先はどこでもよかった。
初めて乗った電車は、不思議な感じがした。自分の力で動いていないのに、体が相当なスピードで移動していくのが不思議だった。
電車は都会を出て、田舎を通り過ぎ、しばらくしてまた都会に入った。そしてまた、田舎を走った。
3県をまたいで走る電車は、時間にしてとても長かった。途中ザギは、うとうとと眠った。
目を覚ましたら、そこは駅のホームに入るところだった。都会の中にある駅だった。ザギの乗っていた車両の乗客はみな降りた。電車が発車した。
車両の中にいるのはザギと彼の目の前に座るスーツを着た男だけであった。おもむろに男は立ち上がり、ザギの方をじっと見た。
視線に気づいたザギも、男のほうを見た。
「なんだ?」
男はニヤリとと笑って、「ようやくお会いできましたね、ザギさん」
男が自分を知っていること、そして聞き覚えのある声にザギは反応した。
男は一歩、二歩とザギに近づいた。そして、姿を変えた。
その正体はカメレオンのメンバー、エレアムだった。
「フフフ・・・」エレアムは、落ち着いた紳士のように笑った。
「またテメェか。正直驚いたぜ。こんなとこまで追いかけてくるとはな」
ザギも立ち上がった。
「乗客が一人も居なくなったのは偶然か、あるいはお前の仕業か」
「さぁ、どうでしょうね」エレアムは再びフフフと笑った。
「あん時は、よくもふざけた真似をしてくれたなぁ」
「あなたなら絶対に引っかかると思ってましたよ。それに・・・」
「なんだよ?」
「どうやら、その謎も解かれたようで」
言うと同時に、エレアムは自分の舌を伸ばして、ザギの体に巻き付けた。舌の長さは、3mほどもあった。
ザギが身動きをとれなくなったところで、エレアムは顔面にパンチを食らわせた。二度、三度と。
しかし、ザギの顔にはアザ一つ突かなかった。平気な顔をしている。
「さすがにお強い・・・」
エレアムが言いかけるや否や、ザギの破壊力満点のパンチが飛んできた。一瞬のうちに体に巻き付いた舌を引きちぎって、パンチを打ったのだ。
エレアムの体は車両間を連結する扉まで飛んで行った。車両が衝撃で揺れた。
「今ので分かったぜ。テメェは、あらゆるものに変身する能力を持っているだけで、力自体は全然大したことねぇ。変身するまでもないな」
「見破られてしまっては仕方ないですね。しかし・・・」電車が揺れる中で、エレアムはよろめきながら立ち上がった。
「それだけではないですよ」
突然、エレアムの目から強い光が放たれた。
光をまともに受けたザギの目は、一瞬視力を失った。
視力が戻ると、辺りは一面真っ白な世界だった。そこには、ザギ以外誰も居なかった。いや、遠くから一人の少女が歩いてくる。結希だ。途中から少女は駆け出した。笑顔をザギに向けていた。
「お兄ちゃん!」結希はザギに抱き着いた。
「どうして突然出てっちゃたの?」結希は顔を上げた。
「心配したんだから。・・・だって、だって・・・」
「ようやくアンタを殺せるんだもん」結希の声色が変わった。
次の瞬間、結城の手はナイフのように変形した。それをザギの首元に持っていくまで一瞬の出来事だった。
「バーカ」
ザギは鋭利な手によって首を切られる一瞬前に、相手の体を思いきり蹴飛ばした。
地面に倒れたとき、結希の体はエレアムの姿に戻った。あたりも、元の電車の中に戻った。
「くっ・・・!なぜだ?」
「あのガキはな、俺の事を『お兄ちゃん』なんて呼ばねえんだよ。ヘタクソな芝居しやがって」
ザギはずかずかとエレアムに近づきながら、怪人体に変身した。
「この俺をさんざんコケにしたテメェは、力の限りでたたき殺す!!一瞬で、あとかたもなく!!」
ザギは相手の首を締めあげた。エレアムの体は宙に浮いたが、とうとう抵抗すらしなくなった。
「か・・・完敗ですね。も・・・もう万策つき・・・た・・・」
「くたばれ!!この変化野郎!!」ザギの右手に強大な水のエネルギーが貯蓄されていく。
「わ・・・私に勝った褒美に・・・い、いいことを教えてやろう」
突き出しかけたザギの右手が止まる。
「アンタの両親・・・つ、つまり人間だった時の両親はな・・・連れ去られて、王族のもとに運ばれた。そ、そこで何が行われているかと言うと・・・」
「そんなもんに興味はねぇ。あばよ」
ザギの右手から、コンクリートのビルをも貫かんばかりの、水の大砲が打ち出された。エレアムは電車の窓を破り、はるか上空へと吹っ飛んでいき、見えなくなった。
そのあまりの衝撃に、電車が停止した。そこは、眼下に海岸を望む崖の上だった。あたりには民家の一つすらなかった。
仕方なく、ザギは電車を降りた。そして線路の上を、元来た方へと歩いて行った。
2.
あたりが暗くなったころ、ザギは電車に乗った駅に戻ってきた。あの電車が停止した場所から先に歩いても仕方がないと思ったからだ。そもそも行くあてなどなかったのだ。
そのまま津尾海浜公園に来た。陸族のアジトを抜け出してからずっと泳いできて、陸に上がって最初に来た場所だった。あの時と同じように芝生の斜面から海を眺めた。
春原光子の話を思い出した。春原勇治という少年とその両親が、メンバーに捕らえられて、目の前の海へと引きずり込まれる場面を想像した。
わけもなく、ため息が出た。
その時、背後から声がした。
「勇治」
その声は紛れもなく結希のものだった。そうだ。彼女は「お兄ちゃん」なんて呼ばない。必ず「勇治」と呼ぶのだ。
ザギは振り向いた。やはりそこには結希が居た。
あの時と同じだった。ザギと結希が初めて出会った時と。
結希はゆっくりとザギに近づいてきた。ザギの前に来るとしゃがんで、じっと目を見つめた。
「あたし、ずっとついて行くから!そう決めたんだから!もとの勇治に戻らなくてもいい。あなたについて行くって決めたの。これはね、絶対、ぜーったいなんだから!!」
「・・・そうかよ」
「もちろんだよ!勇治!・・・じゃなくてザギ!」
その言葉を聞いたザギの顔に、うっすらと笑みが浮かんだ。
「じゃ、早速ここを出るとするか。付いて来るなら、好きにしろ」
「だから、付いていくって言ってるじゃん!」
歩き出すザギに、少女はぴったりと体を寄せた。
二人の間に「信頼」という名の若葉が芽生え始めていた。
第25話へつづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます