第25話「第三の少年」-Chap.7
1.
不良少年というものは、いつ、どの時代にもいるものである。
宮北高校の
クラスの不良仲間四、五人でグループを作り、放課後、時には学校をさぼって昼間から街中をたむろしている。ゲームセンターでしこたま遊び、金がなくなれば親の財布から盗み取り、あるいは気の弱そうな中学生やオヤジからカツアゲする。学校の外ではタバコを吸い(もっとも教師に見つかることをそれほど恐れてはいないが)、時には酒を飲み、仲間と夜更けまで遊び倒す。むしゃくしゃしたら、そこら辺のガードレールや、ビルの壁や、コインロッカーなどを叩き壊す。補導されたことも何度もある。
高校生にして相当に自由奔放な日々を送っていたのだった。
矢倉にはガールフレンドがいる。宮北高校の近所の女子高に通う子で、名前はサヤナという。
「シュウ、デートに誘ってくれたのは嬉しいんだけどさ、明日試合でしょ?部活出なくて大丈夫なの?」
「あぁ?部活?いいんだよ、あんなの出なくて。どうせ弱い連中の集まりだしさ。試合だって一回戦で負けるに決まってるしな」
矢倉はサッカー部に所属していた。しかし、サボり癖があり、ごくたまにしか練習に参加しない。
「もう、いっつもそうじゃん。そんななら、いっそやめちゃえばいいのに」
「だな。正直、とっくに飽きてるしな」
「試合は出るの?」
「うーん・・・明日の気分による」
「なにそれ?ずいぶん勝手じゃない」
「いつものことだろ」
矢倉とサヤナは学校から駅に向かって歩いていた。映画を見て、そのあとカフェでお茶をする予定だ。
サヤナは、不良の矢倉とは対照的に、清楚で面倒見のよい女の子だ。矢倉がやんちゃをするたびに、「そんなことはやめなよ!」と制止するのが常だった。彼のせいで、迷惑を掛けられたことも多い。それなのに、サヤナは矢倉に付き合い続けている。
二人は多様な店やビルがひしめく大通りにでた。映画館まであと少しのところまで来ていた。
「でも珍しいね。シュウの方から誘ってくるなんて。だって、いつもやんちゃな友達と遊んでばっかりで、ちっとも私のこと見てくれないじゃん」
「なんつーか・・・。気分だよ。たまたま今日はそういう気分なんだ」
「ふふっ。何事も気分次第なんだ。変なの」
二人は、映画館の入り口に来た。すると通りの向こうから、人々の叫び声が聞こえてきた。同時に、逃げ惑う人々の群れが押し寄せてきた。
「何?なんかあったのかな」サヤナが不安げに、叫び声のする方を見た。
矢倉も、何かと思って、人々が押し寄せてくる方を見た。
「・・・ねぇ、シュウ。何か気味が悪いよ。私たちも逃げた方が・・・」
サヤナがそう呼びかけた時には、矢倉は叫び声の方向へ歩きだしていた。矢倉の、騒動に対して好奇心を示す、悪い癖だ。
「ちょっと待って、シュウ!そっちは危ないかもしれないのに!」サヤナはシュウの後を追いかけた。
サヤナが矢倉の腕を引っ張って引き戻そうとするが、構わず矢倉は歩き続ける。そして、矢倉が見たものは、
地面に倒れた数人の人間。そして、今まさに人間を襲おうとしている一体の怪人の姿だった。
「・・・っ!!!きゃああああっ!」怪人を見たサヤナは悲鳴を上げた。
怪人は、掴んでいた人間の首を離すと、体がどさりと地面に落ちた。
信じられない光景に、矢倉は言葉も出ずに、立ち尽くしていた。
「ねぇ・・・シュウ!シュウってば!!」固まる矢倉の腕をサヤナが引っ張った。しかし、矢倉は石で固められたようにそこから動かなかった。
怪人は、次なる標的を矢倉に定めた。怪人がゆっくりと歩いてくる。
(襲われる・・・。何なんだこいつは。人殺しめ。強いのか、こいつは。だが・・・俺だって強いはずだ。こんなやつ、すぐに叩きのめしてやるさ。なのに・・・なのに、なんでこんなに・・・)
矢倉はぶるぶと震えていた。
あっという間に、怪人と矢倉の距離は1mないまでに縮められた。怪人の腕が振り上げられた。
矢倉の全身から汗が噴き出した。
振り上げられた怪人の手は、矢倉の首へと伸びてきた。
矢倉は両目をつぶった。やられた、と思った。
そして両目を開けると、すぐそばに石畳の地面が見えた。矢倉は地面に横たわっていた。
(ん・・・?)
不思議に思った矢倉の体に、上からのしかかる重みを感じた。
それは、サヤナだった。
サヤナは、矢倉を庇って代わりに攻撃を受けたのだった。重傷を負っていた。
「サヤナ・・・?おい!」
「シュウ・・・だめ・・・じゃん・・・また・・・」そこでサヤナの意識は途絶えた。
「サヤナ・・・サヤナあああああああっ!!!」矢倉はサヤナの体を抱きながら、叫んだ。
叫び続ける矢倉の横で、一人の男の影が怪人の方へ向かって行った。その男は、黒い装束を身に纏っていた。
次こそは矢倉を襲おうと身構えていた怪人は、その男の存在に気づくと後ずさりし、すぐに逃げ出した。あっというまに姿を消した。
2.
病院に運ばれたサヤナは、いつ命を落とすかもわからない重体だった。
ガラスの壁で囲われた治療室の外から、眠り続けるサヤナを呆然と見つめている矢倉だった。
深い自責の念が矢倉を襲った。
(なぜ・・・なぜ、サヤナが・・・俺が・・・俺のせいだ…あの時俺が、バカなマネを・・・なんでだよ・・・こんなのアリかよ・・・)
矢倉の心を凍らせるような、長く冷たい夜が過ぎていった。
翌朝、サヤナの治療は終了し、病室に運ばれた。医者の説明では、それでもまだいつ意識を取り戻すかも分からず、まだ命の危険が十分にある、とのことだった。
眠り続ける青白いサヤナを矢倉は見つめた。
(俺なんか・・・俺なんか・・・最低だ・・・)
矢倉の頭の中で、サヤナと出会ってから一緒に過ごしてきた日々の思い出が一つ一つ流れ出てきた。そして、深く後悔した。
(なぜもっと、一緒に居てやらなかったんだろう・・・。こんなにいい子は、きっと他にいないだろうに・・・)
そして、数時間が経った。サヤナの両親が病室に来たところで、入れ替わりに矢倉は病室を出た。そして病院の屋上に向かった。
屋上の柵にもたれながら、矢倉は町の景色を眺めた。しかし、その眼は焦点が合っていなかった。様々のことが、頭のなかで流れてはぶつかり合った。
屋上から地面までは数十メートルの高さがあった。飛び降りれば確実に死ぬ高さだ。矢倉ははるか下の石畳の地面を見つめた。ずっと見つめ続けると、石畳に吸い寄せられそうに思えた。
(生きてて・・・どうするんだ・・・それなら・・・いっそ・・・)
その時、背後から声がした。
「ずるいな」
その声はかすかに矢倉の耳に届いた。のろのろと顔を後ろに向ける。
そこには、黒い装束をまとった一人の男が立っていた。バディアだった。
「人間とはずるいものだ。一人の人間を傷つけた罪を、自らを傷つけることで責任をとれるものだと思い込むとはな」ゆっくりと矢倉の方に歩み寄りながら言う。
「・・・あんたは?」
「今から貴様に正しい責任の取り方を教えてやる」
「・・・」矢倉の目は虚ろながらもバディアの方を向いていた。
「命を捨てるなら、その命を燃やして人間を救え!それこそが償いではないのか!!」バディアは声を張り上げた。
矢倉には全く訳が分からない事態だった。
12月の冷たい風が、病院の屋上を吹き抜けた。
第26話へつづく
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