第26話「錯綜する心」-Chap.7
1.
病院の屋上を12月の冷たい風が吹き抜ける。
矢倉蹴人と黒服の男が向かい合わせで立っている。
「なんなんだよ、いきなり現れてさぁ。説教かよ、オッサン」矢倉が眉間にしわを寄せて、言う。
「私は私の都合でここに来た。そして今、お前に接触している」バディアが言葉を返す。
眉間のしわをより深くした矢倉が、バディアにずかずかと近づく。
「さっきからこむずかしいことをタラタラタラタラと!なめてんのか!あァ!?」矢倉がバディアの胸倉を掴んだ。
背の高いバディアが、矢倉を見下ろして言う。
「お前をその”安っぽい絶望の淵”から引っ張り上げてやる、と言っているんだ」
「見透かしたようなこと言うな。テメェなんかに俺の気持ちが分かるか!!」
バディアは胸倉を掴む矢倉の手をさっと掴み上げると、ひねり上げた。
「ぐっ!?」矢倉が痛みに顔を歪める。
「たかが人間の思考を読むなどたやすいことだ」バディアの眼光が鋭くなった。
バディアは矢倉の手を離した。矢倉が数歩後ずさる。そして、黙ってバディアを睨みつける。
「少しは大人しくなったか。では、本題に入ろう。お前に一つの使命を与える。それは」
バディアは少しの間を置いて続けた。
「戦うことだ」
その言葉を聞いたとき、矢倉の眉が少し上がった。そして、釈然としない様子で、バディアを見る。
「戦う?」
「そうだ」
「誰と戦うんだ?なんのために?戦えば、サヤナの命が救われるとでもいうのか!?」
「そんな都合のいいことは起きん」
「だったら何で!?」
「必要なのだ、お前のその感情が。深い絶望にも、強い怒りにも、燃えるような憎しみにもなりうるその熱く滾った感情が。それこそが戦いのためのエネルギーとなるのだ。そこに、私が力を与えることで強力な戦士が生まれる」
矢倉は呆れたように口元を緩めた。
「ハッ・・・何を言い出すかと思えば、そんなデタラメかよ。付きあってらんねぇ」
矢倉はポケットに両手を突っ込み、風を切るようにして屋上の出入り口に向かって歩き出した。途中、バディアの横で立ち止まり、
「俺はな、誰の力も借りねえんだよ。今のままで誰にも負けないからな」
と言い放った。そして、出入り口から中へと入っていった。
矢倉が姿を消した後の扉を、バディアはじっと見つめた。
2.
王族には、支配下に置く海族、空族、陸族の長に指令を伝達する役目を負う者があった。
木々が枯れ風が身を切るように冷たい時候、三族の長が王族の「城」に召集された。
王族の「城」と言うのは、常識では考えられない力によってはるか上空に位置している。そして、とてつもない大きさを誇る。
城の一室に、三族の長が一つの机を囲うように座っている。海族-大鯨のタクア、空族―飛竜のリアノス、陸族―炎獅子のテラレオ。錚々たる面々である。
しかし、そんな彼らより高い位置に鎮座する者がある。それが王族の伝達役である。
四者とも怪人体である。
「で、今日は何故呼んだのかな?簡潔に説明を頼むよ」テラレオが頬杖をつきながらさも退屈そうに伝達役に言った。
「相変わらず口の利き方がなってないな、陸族の長は。諸君は我々王族の支配下にあることを忘れているようだな」間髪入れず伝達役が落ち着いた様子で応える。
「ごちゃごちゃうるさいな。早く用件を言えと言っているんだ」テラレオが再度挑戦的に言う。
「口の利き方を改めるまで、用件は言わない」
「ほう。キサマ、俺たちをなめてると痛い目見るぞ。キサマのような王族の下っ端は、俺一人で十分だ」テラレオが伝達役に近づき、顔を突きだす。
「戦う気か?」
「今からでもいいぞ」
「よせ!テラレオ!」タクアが大声で注意した。
テラレオがタクアの方を向く。
「一時の感情で、戦いを仕掛けるな。いいか、ここは王族の城だ。そこの伝達係を倒したとしても、その背後には計り知れぬ力を持つ戦士がどれだけいるか分からない。頭を冷やせ」
それを聞いたテラレオは、しぶしぶと自席に戻った。
「そういうことだ。もっとも、諸君が私に敵うとも限らないと思うが」伝達役が冷静を保ちながら続けた。
「では、本題に入るとしよう。現在、諸君らには二つの指令を出している。第一に、そちら三族及び王族からの逃亡者の討伐。第二に、第一の指令にも関わることだが、現在外界にいるであろう王族の霊媒師、ノマズ=アクティスの奪還だ。
だが、それらの進捗状況は極めて悪い。現状、逃亡者は誰一人として処分出来ておらず、ノマズも姿を消してから1年が経とうとしてるのに還っていない)
三人の長に沈黙が訪れる。
「一体いままで何をしていたのだ?多くのメンバーを有していながらこの体たらくか。我らが陛下も機嫌を損ねておられる。諸君らの造り出すメンバーはみな無能の・・・」
バァン!耐えかねたテラレオが怒りをあらわにして机を叩き、立ち上がった。直後、タクアがテラレオを制止した。
それまで沈黙を貫いていたリアノスがすくっと立ち上がり、伝達役の方へ近づいた。
「指令の遂行が遅延していることに関しては異論はありませぬ。我々の力不足であることを素直に認めましょう。しかし・・・」
伝達役の方をきっとにらんだ。
「我らのメンバーを侮辱するような発言はお控えいただきたい。我々三族は何をされても黙ってそちらに従っているわけではない」
語気を強めて言い終わると、ゆったりと自席に戻っていった。
気を取り直すと、伝達役はまた話をつづけた。
「・・・以上の理由から、この度二つの指令にさらに条件を付けくわえることにした。それは期限だ。まず、逃亡者リストにある10体。それらを半年以内に始末すること。そしてノマズ=アクティスの奪還。これは急を要しているため、ふた月以内を期限とする。奪還の際、逃亡者バディアとの戦闘になることが予想される。その時は王族から戦士を派遣する」
「その期限とやらを守れなかった場合は、どうなる?」タクアが尋ねた。
「諸君ら三族に対し王族幹部による懲罰を行う」
室内に緊張が走った。
3.
矢倉は昼間に自分の前に現れた黒ずくめの男について考えた。考えるうちにあたりは暗くなっていた。
(まるで俺のことやサヤナの怪我のことをすべて知っているようだった。何なんだアイツは・・・)
あれからまた何時間も病室でサヤナのそばにいた。時計を見ると、7時を指していた。
病室の扉が空いた。サヤナの担当医が入ってきた。
「おや、まだいたんだね。矢倉君、気持ちは分かるがそろそろ帰った方がいい。親御さんも心配するだろう」
矢倉は帰る気分になど慣れなかった。サヤナが早く目を覚まさないか、あるいはサヤナにもしものことがあるのではないかと思うとそばを離れられなかった。
しかし、矢倉はその気持ちを素直に言わなかった。
「親なんてどうだっていい。家に帰らないことなんてよくあるしな」
担当医はサヤナの眠るベッドを挟んで矢倉の真向かいに座った。
「それでも帰った方がいい。君がいつまでもここに居続けたって、何も変わらないさ。悪いけどね。それよりも君は普段通りの生活を送るべきだ。明日学校が終わったらまた来なさい。それとね、親御さんにしばらく会ってないなら、顔を見せてあげなさい」担当医は飽くまで優しい声で言った。
何だか居心地が悪くなった矢倉は、挨拶もせず少しふらふらと病室を出ていった。
病院を出ると、夜風が冷たかった。サヤナのこと、黒ずくめの男のこと、その他いろいろなことで矢倉の頭の中はぐちゃぐちゃだった。思考がまとまらなかった。
そのもやもやを、電柱、ガードレール、植木、シャッター・・・色々なものにぶつけながら歩いた。吐く息の白さがより濃くなった。
矢倉は結局自宅には帰らなかった。誰にも会う気にならなかったため、街中の裏通りにあるクラブに入った。
爆音に合わせて若い男女が入り乱れて踊る中、矢倉はウィスキーソーダを片手にただ突っ立っていた。自分を囲む知らない人間たちや耳を貫く爆音が矢倉の心を少し落ち着かせた。
(今日は朝までここに居よう)矢倉はそう決めた。
飲みなれないウィスキーソーダの味に顔を少し歪めた。
第27話へつづく
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