第27話「大地の石」-Chap.7

1.


 矢倉蹴斗、17歳、高校生。

 結局、朝までクラブに居た。ウィスキーソーダから飲み始めて、カシスオレンジ、レモンサワー、ジンジャーハイと飲み続け、またウィスキーソーダに戻った。クラブにいる間は一度も踊らなかった。客は矢倉を含めて数名にまで減っていた。

 クラブから出ると、昇ったばかりの朝日の光が矢倉の目を突き刺した。眩しさに目を細めた。

 昨日は所属しているサッカー部の試合があったが、サヤナの事故のことがあり欠席した。元々参加する気もなかったが。

 何もする気が起きなかった。体を動かすことすら億劫になるほどくたくたになっていた。頭の中も常に真っ白な状態だった。昨日あれほど心配していたサヤナのことも、今となっては何も考えられなくなっていた。

 ふらふらと裏路地から表通りに出た。平日だったが、通勤の時間より少し早いため人通りは多くなかった。

 一晩中眠らなかったので、どこか眠れる場所を探そうと思った。歩いていると、小さな空きビルを見つけた。入り口の軒下の影になっているところに横になった。上着を折りたたんで枕にした。

 矢倉は程なくして眠りに落ちた。サヤナと過ごした様々の出来事が夢に現れた。夢でのシーンは実際の出来事と少し違っていた。サヤナは時には笑って、時には拗ねて、時には涙を浮かべていた。そんなサヤナを見て、矢倉はあることに気づいた。それは、それまで自分はサヤナのことをよく見ていなかった、ということだった。サヤナと一緒の時でさえ、自分勝手に振舞っていたのだった。

 徐々に、周りの騒音が耳に入ってきて、矢倉は目を覚ました。あたりは昼になっていた。酔いがまだ残っており、少し頭が痛かった。しかし、眠る前まで心の中にあったもやもやはだいぶ晴れていた。

 ひどく腹が減っいたので、その辺のカフェに入って500円のモーニングを食べた。パンとベーコンエッグ、オレンジとサラダを平らげた。腹が膨れたら、少しずつ思考が纏まるようになってきた。そこで、ふとあることを思いついた。それはサッカー部を退部することだった。自分を束縛するものを一つずつ切り離していきたい、そんな気分だった。

 思いついてからはすぐに実行に移した。矢倉は二日ぶりに学校に行った。当然授業を受けるためではなかった。昼休みが終わり午後の授業が始まっていたため、校内は静かだった。職員室に入り、適当に机に座っていた教員に退部届の用紙をくれるように頼んだ。頼まれた教員は怪訝そうに矢倉を見た後、用紙を渡した。渡す際に、「君、授業の時間だが教室に戻らないのか?」と尋ねた。矢倉はその言葉を無視してサッカー部顧問の机の上で退部届を記入し始めた。後から教員が「おい」とか何とか言ってきたがやはり無視した。書き終えると届をそのまま机の上に置いた。用が済んだため、職員室を出、学校を出た。校門へと歩きながら校舎を見上げると、何だかもう永久に学校に来なくなるような気がした。


2.


 校門の前に一人の少女が立っていた。年は15歳くらいに見えた。少女は校門を出てきた矢倉と目が合うとすぐに駆け寄って話しかけた。

「あなたがヤグラシュウトね」

 矢倉ははっとした。矢倉はその少女を知らなかった。しかし、相手は自分を知っているようだった。少なくとも名前は。昨日も見知らぬ謎の男にあたかも自分のことを知っているようなことを言われた。奇妙な出来事が続いていた。

 矢倉は立ち止まって、人を引き付けないような眼差しで少女を見た。

「バディアから話は聞いているかしら。あなたを戦士に選んだ、ということ」

 矢倉の中で、奇妙な出来事の連続が一つの線につながった。

(昨日の男はバディアというのか)

「その様子だと話を聞いたようね」

「あんた、バディアって男の仲間か」矢倉は初めて少女に対して口を開いた。

「まあそんなところね」

「バディアといいあんたといい、戦士になれだとかおとぎ話のようなことをいいやって」

「戦士の存在が信じられないかしら?人間の中でも戦士と呼べるものはいるじゃない。警察官だとか自衛隊員だとか」

「俺は警察にも自衛隊にも入る気はねぇよ」

「もちろん私たちが言っているのはそれらとは違う戦士よ」

 見た目の幼さのわりに大人びたしゃべり方をする女だな、と矢倉は思った。

「あなたを選んだのもちゃんと理由があってのことよ」

「そういや言ってやがったな、バディアってやつも。俺の感情がエネルギーになるとかなんとか」

「そうよ。戦いの原動力。それは誰もが持っているわけではないわ。あなたの場合、大切な人が傷ついたことでその力が引き出されたのよ」

 矢倉には俄かに信じがたい話だった。

「それに・・・」少女の掌から深紅に輝く小さな玉が現れた。

「このランドストーンだってあなたに強く反応しているわ」

 生まれて初めてみるその不思議な玉は強く矢倉の目を引いた。すると、だんだんどこか懐かしいような不思議な気分になってきた。まるでその玉の中に自分の記憶のすべてがつまっているような。

「この石はあなたに渡すわ」

 少女はグランドストーンを矢倉の手に握らせた。石は発熱がピークのカイロのように熱かった。

「だってそうするしかないもの。その石はあなたのそばにある時にしか反応しないんだから。本当よ。あなたを探し出すのだってこの石をたよりにしたんだから」

 少女はじっと矢倉の目を見つめた。人間とは思えないような澄んだ美しい眼だった。

「今はあなたにその気がないかもしれないけど、私は信じてるわ。きっとあなたが戦士として目覚めることを」

 言い終わると矢倉に背を向けて歩き出した。振り向いて「じゃね」と言った。

「おい」

 何か?とでも言うように少女は再び振り向いた。

「さんざん訳の分からないこと言って、こんなものまで渡しといて、名前ぐらい言えよ」

 忘れてた!、というような表情を浮かべて少女は言った。

「私はブレイン!じゃね!」

 少女はタッタッタッと駆け出すと、突然ふっと姿を消した。



3.


 ヤマネコの力宿りしメンバー、フェルコ。

 12月10日午後2時頃、蓮宮(はすのみや)駅前中央通りにて、通行人数名を襲撃。目的はノマズ=アクティスの捜索と奪還。しかし、途中逃亡者バディアの出現により退却を余儀なくされた。

 そして今、フェルコは陸族アジト内族長の間にてテラレオの前に跪いている。

「ノマズ=アクティスの奪還にバディアの妨害が入るのはもはや必然的だ。かといってバディア相手にお前レベルのメンバーが到底かなうはずもない。だからバディアの目が届かぬうちに実行するのが肝であるとし、現れた際は直ちに退却するよう指示してきた。今まではな」王座に座るテラレオがフェルコを見下ろして言う。

「しかしこれからは今まで通りのやり方を変えざるを得なくなった。奪還を急げとの上からの命令だ。つまり・・・」テラレオはここで少し間を置いた。

「これからはヤツと戦う覚悟を持って向かえ」

 突然の指令にフェルコは驚き、顔を上げた。

「ヤツと戦うことは想定内に入れておけ。・・・かといって、何の準備もなしでは依然として無謀だ。・・・パーゼス!ジュバニス!入れ!」

 すると、二体のメンバーが部屋に入ってきた。二体はフェルコと同様にテラレオのまえに跪いた。

「これからは3体一組の小隊でもって奪還に向かってもらう。当然ヤツとの戦闘に備えてだ。そして・・・」

 テラレオは懐から3つの黒い玉を取り出した。

「各自これで戦闘能力の強化を図るのだ」

「はっ!」横に並んだ三体は一つずつ玉を受け取った。


第28話へつづく


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