第28話「大地の戦士」-Chap.7
1.
その時、矢倉蹴斗の中で「力」に対する認識が変わった。
目の前に横たわる何者かの亡骸。それは炎の濃い赤に包まれていた。
その亡骸を亡骸たらしめたのが自分の手によってだと分かった時、矢倉の体は震えた。
それまで「力」とは、自分に敵対するあらゆるものをねじ伏せられる便利な道具だと認識していた。しかし、今自分が行使した「力」は直前まで生きていたものを死に追いやる恐ろしい魔物のように感じた。
そう、矢倉は未だかつて圧倒的な「力」で生あるものを死に追いやった経験がなかったのだった。たとえその相手が善だろうと悪だろうと。
だから矢倉はその立ち上る炎をしばらくの間呆然と見つめることしか出来なかった。
時は約5時間前に遡る。12月12日、午後4時。
「ブレイン」と名乗る少女と別れた後、矢倉は不意にたまらなくサヤナに遭いたくなって入院している病院を訪れた。
病室に入ると、相変わらずサヤナは眠っていた。口に付けられた酸素マスクが一定のリズムで曇ることから、浅くも呼吸をしていることが分かった。
サヤナの顔を見ていなければ落ち着かなかった。自分の知らないところで彼女の身に何が起こるかと思うと、とても不安だったから。
ベッドの横の椅子に座り、モニターに映る心拍数を見たところ危険な状態にないことだけは分かってほっと胸をなでおろした。
程なくして担当医が病室に入ってきた。矢倉の姿を見つけると、
「やあ、来たね」と言い、矢倉の真向かいに立った。矢倉は挨拶を返さなかった。
「昨日はちゃんと家に帰ったかい?」サヤナの心電図の数値を記録しながら医者は尋ねた。
「・・・いや」すこしためらって矢倉は返答した。
「それは良くないな。親御さんを心配させるもんじゃないぞ」しょうがないな、と言うふうに笑って医者は言った。
昨日と大して変わらないことを言っている医者に、矢倉は少し腹を立てた。
ふふっ、と医者はまた静かに笑った。
「なあに、心配は無用さ。とうにヤマは越えたし、今は容体は安定している。このまま行けば、きっと回復する方向に行くよ。少しずつだけどね」サヤナの患部を診察しながら、医者は矢倉に笑いかけた。
少しして、矢倉が口を開いた。
「・・・先生」
「何だ?」
「先生は・・・」
矢倉が言いかけたところで、病室の外が急に騒がしくなった。
「どうしたんだ?」診察が終わった担当医は病室の外に出た。矢倉も後を付いて行った。
室外の廊下やスタッフルーム、オープンスペースでは患者、医者、看護師みなが軽いパニック状態になっていた。
「なにがあったんだ?」担当医が手近にいた医者に尋ねた。
「まただ!蓮宮駅前で怪け物が出たらしいぞ!」
「何!?」その返答に真っ先に反応したのは矢倉だった。
次の瞬間、矢倉の中で様々な思い、考えが錯綜した。一刻も早く決断をしなければならない、そんな焦りに襲われた。額から汗が流れた。
30秒もかからずに矢倉は決心した。しばし開けっ放しの病室の中を見つめた後、病院の中であることを忘れ一心に走り出した。
「おい!矢倉君!」背後から医者が叫んだが、その声は耳に届かなかった。
向かう先は一つしかなかった。
2.
怪人の現れた場所は、2日前と全く同じだった。
病院を出てから一度も止まることなく走り続けること約10分、矢倉は事件現場に到着した。途中、道端の自転車を盗むことや適当な車を捕まえることも考えたが、結局走って言った方が早いだろうと思った。
現場を見た矢倉は足がすくんだ。路上に転がる傷を負った人の数々、それらに囲まれた中に立っているとても人間とは思えない容貌の生物。
それらの生物は三体いた。うち一体は今まさに一人の人間を手にかけようとしている。
三体の怪人たちは互いに言語を介さないテレパシーで会話をしていた。
「パーゼス、まだ人間を襲うのか。我々の目的を思い出してみろ。人間を襲うのはノマズを呼び寄せるためだろうが」
「でも来ないんだから、襲い続けるしかないでしょう、フェルコさん」
「人間を一人ひとり襲っていては効率が悪いと気づかんか。別の方法を考えるぞ」
「ではどうしましょう、フェルコさん」
「うーむ・・・」
人間の首を掴んでいた一体は、その手を離した。解放された人間は恐怖の色を露わにした声をあげながら、必死に逃げ惑った。
その様子を見ていた彼はそこから動けなかった。そして、怪人たちに存在を気づかれた。
「あやつ逃げませんよ、フェルコさん」
「珍しいものもいるもんだな。我々を見れば大抵の人間は逃げるんだが。・・・ジュバニス、お前が殺せ。この場はヤツで最後にしよう」
「承知!」
チーターのメンバー、ジュバニスが彼にゆっくりと近づく。
(お・・・俺は・・・なんで・・・ここに来たん・・・だっけ・・・)矢倉の精神は混乱していた。
敵は彼と1m無い距離にまで近づいていた。右腕を彼の顔に伸ばす。
(やばい・・・!!)
その時だった。彼の後ろから声がした。
「何してるの!!このままじゃやられるわよ!!」
ブレインだった。たった今ここに駆けつけたのだった。
その声に反応するように彼のポケットの中のランドストーンが熱を帯び輝きだした。すると間もなく彼の体の中に吸い込まれていった。
「ぐっ!!」その痛みに彼は呻いた。その時彼は既に敵の手によって宙に浮いていた。
体内に入り込んだランドストーンが彼の精神に訴えかけた。するとそれまでの混乱と恐怖は一転し、怒りの感情が芽生えた。
目に映ったのは、傷ついた人々の体。それらは同じ怪人に気づ付けられたサヤナと重なった。
(もう、こんなヤツらに傷つけさせはしない!!!)彼の体の中から莫大なエネルギーが沸き上がった。
そのエネルギーは熱となり、彼の体表面を包み込んだ。
突然の高熱にジュバニスは手を離した。
後ろにいたフェルコは、ブレインに気づくとその方へ走り出した。パーゼスも後に続いた。
「ジュバニス、そいつは任せたぞ!我々はヤツを捕まえる!」
敵が自分に迫ってくるにも関わらず、ブレインは冷静を保っていた。逃げる様子もなかった。
突如、ブレインの背後から一人の男が現れた。バディアだった。
「ぐ!!コヤツっ!!」フェルコは二日前の記憶がよみがえった。
「今度は逃がさぬぞ!!」バディアは二体に逃がす隙を与えず、それぞれに両足で飛び蹴りを食らわせた。
矢倉の体は真っ赤な炎に包まれた。炎の中で彼の体は変化した。炎がふっと消えると、そこから分厚い鎧に包まれた巨体の戦士が現れた。
その赤い体は、常に高熱を放ち、右手には刃が三又に分かれた槍を握っていた。
ジュバニスはその変身に圧倒され、後ずさった。
戦士の心は一つに固まっていた。敵はただ一つ、まっすぐに見定まっていた。
「おのれ!!まさか貴様が!!」敵は嘆きつつも、がむしゃらに手を出した。自慢の脚力によって高速で相手に襲い掛かった。目にもとまらぬ速さで、強力な爪で攻撃した。
その高速の攻撃は、動体視力・俊敏性に劣る巨体の戦士ではよけられなかった。しかし、全身を覆う強固な鎧によってダメージはほとんど受けなかった。
それに気づいた敵はさっと遠ざかって距離を獲った。
(な・・・なんだコイツは。びくともしないじゃないか・・・)
「今度は・・・」
力に満ちた戦士の声に、敵はびくっ!とひるんだ。
「こっちから行くぞ」
ずん、ずんと戦士は敵に近づいた。その圧倒的な力のオーラによって、敵は戦意を失いかけていた。
敵は逃げようにも逃げられず、必死に腕を振り回して抵抗するのが精いっぱいだった。そんな敵の体深くまで灼熱をまとった三又の槍を突き刺した。
「はがああっ!!」敵は大きく呻った。
ずっ!と槍を引き抜くと、敵の中に入り込んだ炎の破壊エネルギーが全身を駆け巡った。敵は倒れ込むと、その体はたちまち真っ赤な炎に包まれた。
同時にバディアも二体のメンバーにとどめの一発を入れたところだった。手のひらから出した黒く光る球をそれぞれに打ち込んだ。その強大なエネルギーは二体のメンバーを砕け散らせた。
敵は一人残らず消し去った。後に残ったのは、矢倉、バディア、そしてブレインだけだった。
矢倉の変身が解かれた。しかしそれでも、彼は真っ赤に燃え続ける敵の体を呆然と見つめ続けた。ここで初めて正気に戻ったような気がした。
「力」。それが持つ恐ろしさが矢倉の精神に暗い影を差し込んだ。
ブレインはにっこり笑うと、彼のもとに駆け寄った。
「やっぱり信じてよかった。あなたならきっとやってくれるって思ってた」彼の目をじっと見つめながら言った。
矢倉はブレインの方を振りむいた。その表情は魂を吸い取られたかのようだった。彼の心情を察したブレインは、表情を硬くした。
「初めての戦いだったものね。無理ないわ」
全身の力が抜けた矢倉はその場にへたり込んだ。
3.
それから数日後。サヤナは目を覚ました。
その時病室では矢倉が彼女を見守っていた。
「シュウ・・・」
矢倉は彼女を抱きしめる代わりに、彼女の手をぎゅっと握った。
サヤナは微笑んだ。矢倉の新たな心の一面を感じ取ったのだった。
彼の手にはやさしい温もりがあった。
病室の片隅にあるテレビでは、今回の蓮宮駅前での一連の事件について報道していた。
第29話へつづく
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