第29話「新任教師」-Chap.8
1.
ウチの学校に新しい教師が来る、という噂は瞬く間に学年じゅう、いや全校に広がっていた。
12月という半端な時期なこともあって、学校じゅうの興味を引いたのだった。
2年C組、海条王牙のクラスもその話題で持ちきりだった。
「でも正直、ただセンコーが一人増えるってだけで何でこんなに騒いでんだろうな?そんなに珍しいことか?」
昼休みにいつも通りのメンバー、海条、黄門、浜松の三人で昼飯をつつきながら、海条は例の話題を切り出した。
「おめー知らないのか?ただのセンコーが来るだけでこんなに盛り上がるわけねーだろーよ。・・・今度来るセンコーはな、女だよ女!」と黄門が言う。後半は少し声を潜めて。
「女ぁ?」
「それもメチャクチャ美人て噂だぞ!」
そう、つまり盛り上がっている人間の大半は男子である。
「・・・ふーん」
「何だよ反応薄いな、海条。美人教師と学校っつたら、夢のシチュエーションじゃねえかよ」と、浜松も食いついてくる。
「どんなシチュエーションだよ」
「ん?・・・例えば、放課後の誰もいない教室でセンセイと俺のマンツーマン個人レッスン♡、とかさぁ!」
「バーカ、マンガの読みすぎだ」
「だめだね、コイツは。男の夢ってもんを分かっちゃいない。もしかしてお前中身女だった説あるだろ?」と海条がからかう。
「ねーよ、確実に」
「なあもうほっとここいつは。ねえ、何の教科だと思う?」
「オレはー、ほけんたいーくがイイナー!!」
「バーカ。おめー欲望丸出しスギ!」途中から、浜松と黄門が二人で会話を始め
た。
その傍ら、海条は考えるともなく考えた。
(新しい教師か・・・まぁ最近校内でのネタが尽きてきて退屈だったし、ちょうどいいイベントにはなりそうだな。・・・もしかしてウチのクラスに付いたりするのかな。いや、それはねーか)
それから数日後の12月7日。朝のホームルームの時間にその新任の教師は2年C組の扉をくぐってきた。
その教師が黒板の前に立った時、学校じゅうに流れていた噂が嘘ではないことが証明された。
美貌、スタイルともに文句なしの女性がそこに立っていた。縁の赤いの眼鏡をかけ、やや茶色みがかった髪はゆるくウェーブがかかっており肩の少し下までおろしてある。しっかりと着こなした黒のスーツと落ち着いた佇まいが、その教師がベテランであることを感じさせた。
「今日から英語科の教員、およびこちらのクラスの副担任を務めます、野原慧子(のはらけいこ)と申します。初めてで分からないことも多いですが、みなさんと早く仲良くなって充実した日々を送っていけたらと思っています。よろしくお願いします。」
クラスじゅう(の主に男子)が驚きと歓喜に沸いた。
(まじかよ、ウチのクラス!?)海条も同様に驚いた。
「では早速今日英語の授業をありますので、次はそこで会いましょう」と言って教室を出て行った。
野原先生が教室を出る際にちらりと自分の方を見た、ように海条は感じた。しかし、すぐに気のせいだと思うことにした。
2.
さて、新任の美人教師の初お目見えとなったその日は、校内じゅう(の男子)がお祭り騒ぎになっていた。休み時間に職員室を覗く生徒の群れ、2年C組を訪ね彼女の一挙手一投足について聞き出す他クラス他学年の生徒の群れ。
昼休みに、海条らの他クラスの友人たちも訪ねてきた。
「それで、どんな感じだった?」
「そりゃもう非の打ち所の無いグレートティーチャーだぜ!黒板に板書するときの後ろ姿なんかな・・・」黄門は嬉々として説明した。
「まじかよ~!?ウチのクラスじゃねえのは運が無かったな~。こりゃもう、英語の授業でウチの担当になることを祈るしかねぇな」
「俺んクラスは、英語担当確定だよん」
「ほんとかよ!おい、他には!?ドコ受け持ちつってた?」A組の月村は胸倉を掴みかからん勢いで迫った。
「お、落ち着け落ち着け。朝のホームルームでちらっと言ってただけだからな。そうハッキリとは言ってなかったし。あまり信用しな方がいいぜ、俺の言うことは」
「くそ~」
「今の時間、どこにいるのかな?」D組の日和田が尋ねた。
「さぁね、職員室にでもいるんじゃん?」海条が答えた。
「なんだよ、海条。相変わらず冷めてるな。嬉しくないん?」浜松が問うた。
「嬉しくないっつーか。どーでもいーって感じ」
「みなさんみなさん、これにはチャンとしたワケがありましてですねぇ。実は海条君が何で冷めてるかと申しますと、こやつ最近カノジョを作りやがりましてねぇ」黄門がからかうように言った。
聴衆に驚きの表情が表れる。
(なっ・・・こいつデタラメを!!)
「海条!!おっ、オマエ!!俺らに内緒でヌケガケしやがったな!!」浜松が寝耳に水と言わんばかりにツッコんだ。
「おうおう、そうなのか海条!?」「隠し事はよくないねぇ~、海条!」他のヤツらも口々にツッコんでいく。
「バカ!!!んなわけねぇだろ!!」
「でも考えてみりゃそれぐらいしかねーよな、冷めてる理由って」浜松はあらためて納得したふうである。
「はぁ・・・なぁお前ら、冗談なことぐらいわかってんだろ?じゃあそろそろやめませんか?もう降参ですよぼく」海条は両手を挙げるポーズをとった。
最後に、ワハハハハハ!とひと盛り上がりして昼休みの雑談は終了した。
そして5限目。C組は英語の授業だった。
教壇に立ったのは、野原先生だった。
「では、朝にも言った通り今日から私が平岡先生に代わって英語の授業をします。みなさんよろしくね。Nice to meet you!」と言い、にっこり微笑んだ。
男子諸君の目はすでにとろん、としていた。
「授業を始める前に、前回行いましたLesson7の確認テストを返却します。40点に満たない人は今日の放課後補習となりますので、残るように。部活よりも優先だからね」
海条の手元に届いた答案を見ると、38点。採点ミスなし。居残り確定だった。他にも、黄門、浜松。補習常連組は、今回も安定の居残り確定だった。しかし今回ばかりは、黄門も浜松も内心ガッツポーズをした。
「念のため補習対象者を読み上げるわよ」そう言うと、野原先生は対象者の目を一人ひとり見ながら読み上げた。「海条君」「黄門君」「浜松君」
それから、授業の本題が始まった。教科書に載っている英文を板書しひとつひとつ文法を説明している間も男子諸君は板書でない部分にくぎ付けとなり、授業の内容など1ミリも頭に入らなかったことは言うまでもない。
3.
放課後。海条ら三人は珍しく補習にキッチリと出席した。
「まさか英語の補習がこんなに楽しみなる日が来るとは思わなかったなー。いやはや、人生何があるか分からんもんですねぇ」
「まったくでっせ、旦那」
数人しか残っていない教室で、海条は黄門と浜松のくだらない会話を聴きながら椅子にもたれて揺らつつ退屈そうにあくびをした。海条は普段から補習をサボらないタイプである。
がらり、と教室の扉が空くと、野原先生が小脇にプリントの束を抱えて入ってきた。教壇に立つと、ふふっと笑った。
「就任した初日から補習なんてツイてないわね、あなたたちも私も」
「イヤイヤそんなことないですよ、先生。僕はすっっごく楽しみです」黄門が早くも距離を縮めにかかる。
「アラそう?それって、喜んでいいのかな?」と、また微笑んだ。
「では早速補習を始めるわよ」と言うと、手持ちのプリントを配った。
「ではプリントにある英文を読んでもらうわね、じゃあまず黄門君から」
「ハイッ!センセイ!」
黄門は指示された箇所まで英文を音読した。
「じゃあ次は海条君」
海条はけだるげに英文を音読した。
読み終わるとプリントから顔を上げた。
その時、海条は明らかなる違和感に気づいた。
海条、黄門、浜松の三人は教室の一番後ろの席に座っていた。海条の視界には、野原先生のほかに数名の補習受講者が映っていた。
しかしそれが、音読が終わって顔を上げたときには、野原先生を除き誰も居なくなっていた。
不審に思って海条はすぐに左隣を向いた。驚くべきことに、そこには黄門しか座っていなかった。浜松すらも消えていた。
黄門もその奇怪な事態に目を丸くしていた。海条と黄門は顔を見合わせた。
すると、教壇の方からそれまでよりもトーンの低い、教師の声が聞こえていた。
「これでようやく、三人だけに、なれたわね」
海条らは教師のほうを見た。教師はそれまでに決して見せることの無かった表情をしていた。
端的に言えば、追いかけ続けていた獲物をようやく捕まえた、そんな表情だった。怪しい笑みを浮かべていた。
「ふふふふふふふ」
ツカ、ツカ、ツカとヒールの音を立てながら二人のもとに近づく。
「お遊びはもう、終わりよ」
眼光鋭く、海条らを睨みつけた。
斜陽が、教室の中を照りつけていた。
第30話につづく
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