第30話「幻術使い」-Chap.8
1.
「お遊びはもう、終わりよ」
不敵な笑みを浮かべて歩み寄る黒のスーツを着た女。
海条王牙、黄門銑次郎は即座に身構えた。
「こいつ、まさか・・・」
「ああ、おそらくそうだぜ・・・」
野原慧子を名乗る新任教師は右手を後ろに回すと、そこから人を殺すには十分そうなナイフを取り出した。未使用のナイフが陽光を受けてギラリと光った。
「殺してあげるわ」
そう言うと、瞬時にナイフを両手に構えて海条へと突っ込んでいった。
海条は反射的に相手の動線上から避け、攻撃を免れた。
「俺ら二人をピンポイントで教室に残し、まとめて殺しにかかる。それは、俺らの『秘密』を知らなきゃ出来ない行動だよなあ」黄門は相手との距離を取り言った。
「テメェはメンバーだ。違うか?」続けて言うと、ナイフを持った教師を睨みつけた。
女はナイフを構える体勢から直って、すっと立ち上がった。
「ふふふふふ。いくらおバカなアナタたちでもさすがに気づくわね」女は赤縁の眼鏡を取ると床の上に放った。
「今度は人間に化けて来やがったか。・・・いや、それとも人間体を持つ戦士か?」海条が立ち上がって言った。
「私は人間体は持たない。前者が正解に近いわ」
女は手の中でナイフをくるりと一回転させた。
「じゃあ、おしゃべりはこの辺にして。次は・・・」再びナイフを構えると今度は校門の方に突っ込んだ。先ほどよりもずっと早いスピードで。
やや不意を突かれたものの、黄門も持ち前のスピードで攻撃を避けた。
(こいつ・・・さっきの比じゃないスピードだな)
「ふふ・・・うわさに聞いた通りの速さね」
「おい。そんなナイフ一本で俺たちを殺そうなんて、相当な自信だな。どこの族のヤツか知らねーが、俺たちを見くびりすぎだ」海条が挑発した。
「なぜ変身しない?」
「・・・そうね。あなたたちのこともだいぶ分かったことだし、そろそろ本番といきましょうか」
女はニヤリと笑うと、たちまち姿が変わった。怪人体は女型であった。
海条、黄門も変身した。二体の手には、それぞれの剣。オルガ、ラゴーク、怪人が三角形に対峙する。
怪人はなおも手にナイフを握っている。
「先ほどのように避けられるかしら」
「来るぞ」「ああ」
怪人は飛び出した。
と思ったら、ナイフはラゴークの体に突き刺さっていた。
「!!!?」
ラゴークは、床に崩れ落ちた。「ぐっ・・・テメェ!?」
(は、早ぇ!!さっきとは比べ物にならない速さだ。まるで瞬間移動じゃないか!!)オルガは驚愕と恐怖を同時に味わった。
「どうしたの?スピードの戦士さん。私が変身した途端ついて来れないじゃない。さっき強がった自分が恥ずかしいわね」倒れるラゴークを見下して嗤う。
「う・・・うるせえ!!」ラゴークは自力でナイフを抜き取ると、ふらふらと立ち上がった。胸元から血が滴る。
「お前!無理すんなよ!」オルガが叫んだ。
「大丈夫だ、これしき。そのうち傷口も塞ぐだろ」
怪人にわずかな隙を見つけて、オルガが大剣を構えて突っ込んだ。背中を狙った。
しかし、怪人は攻撃をはらりと避けた。終始余裕を見せつけた。
続いてオルガは剣を縦に振り下ろした。怪人はそれを右腕一本で受けた。腕は若干の切り傷を負っただけだった。
すかさず怪人はオルガの腹に一撃の蹴りを加えた。オルガは大きく飛んだ。
「ぐっ・・・」
怪人はなおも余裕を崩すことなかった。
(コイツ・・・今までのヤツらとは段違いだ)それまでのやりとりでオルガは確信した。
オルガは怪人の背後にいるラゴークに合図を送った。相手に気づかれないように。
オルガは再び相手に突っ込んで、剣で攻撃を仕掛けた。
真正面からの攻撃だったため、怪人はするりとそれをかわしオルガの右腕を掴んだ。
「この剣がなくなれば、一体何ができるのかしらね」空いた片手で剣を払い落とした。
オルガが相手に捕まっているその間に、ラゴークは背後から攻撃を仕掛けた。彼の持つは、攻めの長剣と守りの短剣。その長剣で背中を斬りつけた。
はずだった。
次の瞬間怪人の姿はそこにはおらず、数メートル離れた教室の隅に移動していた。
未だかつて体験したことの無い敵の動きに二体の戦士は言葉を失った。
「これは・・・」「瞬間移動というヤツか・・・」
「違う」返答は即座に返ってきた。
「瞬間移動じゃないなら、何なんだ」
「それはそのうち見せる機会があるでしょう」
明らかに今までの相手とは違う戦いの感触に、二体は恐怖と同時に疑問を抱いた。
「テメェは・・・一体何もんだ?」
「私はある逃亡者の造り出した二体の戦士を抹殺するためにここに来た・・・」
少しの間を空けて続けた。
「王族の戦士、パ=ナトム」
(何!?王族だと!?)
海条は以前ブレインが言ったことを思い出した。ブレインとバディアは海・空・陸三つのトライブを支配する「王族」から抜け出して、人間界にやってきた。その「王族」は三族より強い力を持つ。
ラゴークは隣でフッと笑った。
「・・・まさかテメェが王族のメンバーとはな」
「そういえばあなたには抹殺するもう一つの理由があるわね」パ=ナトムはラゴークの方を向く。
「あなたも王族の逃亡者なのだから。ねぇ、リジェ=ピエス」
ラゴーグは誤算だった、と言わんばかりに首を下に向けている。
「ヘッ・・・どおりで初めましてなはずだ。俺が王族にいた頃、テメェのようなメンバーはいなかったからな」
「当たり前よ。あなたの知っているメンバーが来るものですか」
怪人と黄門の一連の会話を聞いていた海条が尋ねた。
「つまり・・・お前でも分からないのか。ヤツのことについては」
「ああ。アヤツの能力も技も力量も、まったくの未知だ。王族ってのは内部の情報を一切漏らさない。鉄壁の防御によってそれを守っているんだ」
それを聞いた海条は相手の優勢を感じずにはいられなかった。
「リジェ=ピエス、私から一つ提案があるわ。今は敵とはいえ、あなたは元々私たちの仲間。私は仲間をこの手で殺めるのは心が痛むわ」
優しくなだめるような口調でラゴークに話し始めた。
「心を入れ替えるのよ、ピエス。逃亡なんて馬鹿げたことはやめて、昔のあなたに戻るのよ。そして一緒に帰りましょう、王族に」
歩み寄るように、一歩前に踏み出す。迎え入れるように両腕を広げる。
「争いなんてやめましょう。さあ、こっちへ来るのよ」
海条は思った。黄門がアイツなんかに寝返るはずがない、と。黄門もバディアと同様に強い意志を持ってここに来た、と信じているから。
しかし、ラゴークはためらいつつもゆっくりとパ=ナトムの方へと歩いて行った。
「黄門!!!」オルガは叫んだ。信じられない事態だった。
「そうよ。おいで」
ついにラゴークはパ=ナトムの隣に立った。
「おい!!!何してんだよ黄門!!」
「ふふふふふ。アハハハハハハハハッッ!!!」パ=ナトムは高らかに笑った。
「いい子ね、ピエス。さぁ、早速仕事を命ずるわ」
と言うと、指をオルガに向けた。
「あの敵を抹殺しなさい」
(黄門が・・・まさかな・・・俺を・・・そんなはずはない)
しかしラゴークは長剣を構え、オルガに向かって歩き出した。
「海条・・・済まない」
その声は確かに黄門の者だった。
信じられない事態にオルガは身構えることすらも出来なかった。
それでも容赦せずラゴークは剣を振り下ろす。攻撃を受けたオルガは倒れた。
(何でだよ・・・)
ラゴークは間髪入れず剣を構える。
「何でなんだよ!!!」
オルガはさっと立ち上がると。相手の刃に自分の刃を当てた。大きく火花が散った。
「絶対に・・・絶対何か間違ってるって!!こんなの!!」
今度はオルガがラゴークの胸を斬りつけた。ラゴークが倒れる。
休む間もなくラゴークの胸元を掴み上げた。肩を揺さぶった。
「こんなのおかしいって!!全然おまえじゃねぇよ!!」
そう。実際のところ海条は戦闘が始まった時から、いや新任教師に扮した敵が教室に姿を現した時から言いようのない違和感があったのだった。
「目を覚ませ、黄門!!」
そう叫んだ後にふと気づいた。
(そうか・・・目を覚ますのは黄門ではない)
オルガはラゴークから手を離すと、教室の隅で腕を組むパ=ナトムに向かって猛攻した。剣の刃先、もっとも鋭いところを相手の体に!
「ウッ!?」不意の攻撃にパ=ナトムはとっさに身構えるも、攻撃を防ぎきれなかった。パ=ナトムは尻餅をついた。
次の瞬間。
海条の視界に映っていた景色が一瞬にして変わった。そこは教室の中ではなく、雑木林の中だった。
「!?」オルガの様子の変化にパ=ナトムはたじろいだ。
「なるほど。そういうことだったのか」
海条の違和感は的中した。
「まさか、俺らは幻を見せられていたとはな。それがテメェの能力か。いつからだ?」
「フッ・・・術が解けてしまったようね。・・・いつからかって?私が学校に来た時からいろんなところに術を散りばめていたわ」
そう、生徒が突然消えた現象、自身の瞬間移動、そして黄門の寝返り。すべてパ=ナトムが見せていた幻影だったのだ。
「おかしいと思ってたんだ。俺らが教室の中であんなに派手に暴れていたのに、だれも駆けつけてこなかったからな」
隣を見るとラゴークも術に気づいたようだ。
「何てことだ・・・。海条、お前はヤツに寝返って俺に襲い掛かってきやがったんだぜ」
「黄門、俺が見せられていたのはその真逆の光景だったんだよ」
「フン・・・いやらしいことしやがんなぁ」
「でもこれで前より戦いやすくなったんじゃねーの?・・・さぁ、黄門!!」
「あぁ、反撃といくか!!」
「残念ながらそうは行かないわ!」
苦しい声で叫ぶと、パ=ナトムは瞬時に姿を消した。
「作戦は失敗に終わったわ。でも覚えておきなさい、これで終わりじゃないってことを」姿は見えずとも、声だけが響いた。
「くそっ!逃げられた!」
二人は変身を解いた。
沈みかかる夕陽の光が林の中を射した。どうやら時間はそれほど進んではいないようだった。
「海条・・・」
「あぁ。術のことが分かったところで、どうしようもできなかった。あのまま戦いが続いていたら」
「でも次また戦うことになるぞ。必ず」
「そうさ。だからそのために立てるんだ、対策を」
二人は歩き出した。
第31話につづく
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