第10話「怪物少年 ザギ」-Chap.3

1.


 ここは海族のアジトである。

「『ザギ』の始末はそろそろ終わったころか?」海族の長たるメンバー、クジラのタクアが他のメンバーたちに尋ねた。

「報告によりますと、始末に向かったものはみなやられたということです」メンバーの一人が言った。

「ふむ・・・やはり手ごわいか」タクアがうなった。

「やはり、相手は『人間ベース』のメンバーゆえ、我々『リサイクル』により生まれたメンバーでは敵いません。対抗できるとしたら、やはり同じ『人間ベース』のものであるかと」

「ふむ・・・しかし、現在『人間ベース』のメンバーは一人も残っていない。かといって、この私が行くには少し早すぎる」タクアが言った。

「どうされますか?また、これまで通りメンバーを送りますか?」

「そうしよう。今はしばらく様子を見たい。・・・偶然、バディアのヤツも人間界をうろうろしている。うまいこといけば・・・その二体が衝突して、お互い潰し合うかもしれんしな」タクアは名案が浮かんだというような笑みをうかべた。


2.


 少年の名は、「ザギ」という。

 プラチナ色の耳が隠れる長さの髪。細身の体。格好は黒のTシャツに細めのジーンズである。年齢は、18歳くらいに見える。

 海族から追われて、町から町へと転々と移りわたっている。現在は海沿いの町、港陽市に落ち着いている。

 8月27日、昼過ぎ。ザギは港陽駅前から続く繁華街の大通りを歩いていた。

「しっかし、人間界に来てしばらく経つが、未だに人間の生態ってもんがわからねぇな」

 例えば、今歩いている大通りの両側には、沢山の店が軒を連ねている。コンビニ、ファミリーレストラン、居酒屋、ビデオレンタルショップ、本屋、パチンコ店、ブティック、などなど。

 店に入れば、いろいろなものが陳列している。人間はどうやら必要なもの、欲しいものをそこから選び取るらしい。

 そう解釈したザギは、試しに、とコンビニの中へ入った。

 中は、空調が効いていて涼しく、並んだ棚には所狭しと品物が陳列されていた。しかし、それらの商品の用途すらよくわからないザギは、飲み物が陳列されている棚から、缶コーヒーを一本取り、そのまま出口へと向かった。

 ザギは、人間社会での「ものを買う」というルールを知らなかった。会計を済ませないまま出ていこうとするザギを見た店員が「あっ」と声を上げようとした時、

ザギの腕をつかむ手があった。

「ちょっと、あなた、会計済ませてないでしょ?」

 その声の主は、海条が通う高校のクラスメイト、香村水里だった。

「あぁ?」

「お金を払うのよ」香村はザギの鋭い目つきにひるむことなく注意した。

「オカネ?」

「もしかしてあなた、お金を知らないの?」

「何のことだかさっぱりだ」

「じゃあ、こういうのは持ってないのね?」香村は自分の財布から千円札を取りだすと、ザギに見せた。

「持ってねえな」

 そう言いながら少しそっぽを向いたザギを見て、香村は彼に悪意がないことを直感した。彼のことを何だか面白い人とすら思った。

「じゃあ、私のお金貸すから、ちょっとお会計、やってみなよ」

「・・・ああ」

 そして、香村に会計の仕方を一通り教わったザギは、実際にレジで缶コーヒーを買った。

「わかった?これで、缶コーヒーはあなたのものなのよ」

「もの一つ手に入れるのに、やたら手間がかかるな」ザギは手入れた缶コーヒーを見つめて言った。

「それにしても変ね、あなた。いい年してそうなのに、買い物の仕方も知らなかったの?」自分も買い物を済ませた香村は尋ねた。

「まあな」

「ふうん」

「ついでに、こいつの使い道を教えろ」ザギは缶コーヒーを指さして、香村に言った。

「えー!?缶コーヒーもしらないの?一体これまでどこで生活してたの?」香村は驚いて尋ねた。

「人間の居ない場所でだ。ここでは、分からないことが多すぎる」

「ほんっとおかしーい!ねえ、私が分からないこといろいろ教えるよ。一旦コンビニをでましょ」香村は腹を抱えて笑った。

 そうして二人はコンビニを出て、大通りから脇道に入ったところにある小さな公園に行った。

 香村は自分の少し後ろを歩く少年に対して親切をしたい、という気持ちが湧いてきた。

 公園のベンチに座り、まず香村は缶コーヒーの開け方を教えた。

「ね?開いたでしょ?開いたら、飲み口からそのまま飲めばいいのよ」

「人間はよく、こういうものを飲んだり食べたりするよな?どうしてだ?」ザギは少し不思議そうな顔をした。

「どうしてって・・・おなかが空くから食べるし、のどが渇くから飲むのよ。まあ、生命維持のために必要、とも言えるけど」香村はザギがそのことを知らないことが不思議だった。

「なるほどな。人間ってのは、こんなものを摂取しなければ死ぬってわけか。効率の悪い体だな」

「なんかまるで、自分が人間じゃないみたいな言い方だけど・・・」

「ああ、俺は人間じゃない」

「・・・冗談?どこからどう見ても人間じゃない」

「そこは話すと長くなるから話さん」

「何ー?そう言われるとすごく気になるんだけど。・・・まあいいわ。あなた、家はあるの?」

「家?住処の事か。そんなものはないし、無くても別に問題ない」

「問題なくないよ。・・・そうだ、私の家に来なよ。数日だけなら、泊めてあげられるから」

「結構だ。あまり長く俺といると、危険な目に遭うぞ」

「危険ってどういうこと?」

「知らねえほうが幸せだ」

 ザギは、そう言うとベンチから立ち上がり、その場を去った。

 ザギにとっては、ここまで深く人間と接触することは初めてだった。それまでザギにとって人間とは、自分よりもずっと軟弱な生き物で、邪魔に思ったら力でなぎ倒し、その無力さをあざ笑う対象に過ぎなかった。しかし、この時初めて、かすかにだが、人間に対する情というものが芽生えた。香村からの誘いを断ったのも、彼女を危険にさらしたくないという気持ちからだった。同時に、人間の生活というものに初めて興味を持った。


 その夜、ザギは廃墟となったビルの屋上で、今日あった少女との出来事について考えていた。その日は、トライブからの追っ手は来なかった。


3.


 8月27日、午前11時。海条王牙は、劇の新しい台本が出来上がったから、早速練習を始めるという旨の連絡を香村から受け、学校に向かった。今日は、ブレインはバディアのところに行っている。

 教室に入ると、先に集まっていた海条以外の役者たちがすでに練習を始めていた。

「あっ、来た!海条君、早速君も練習に加わってもらうよ」海条を見つけると、香村が元気よく言った。

「へいへい。なーんか気分乗らないけどなぁ」海条はあくびをした。

「最初はそんなもんよ。演技って慣れだから、慣れ」

「で、まず俺は何をすればいいの?」

「衣装はまだ製作中だから、とりあえず格好はそのままで、みんなで読み合わせから始めよう!」

 役者全員が椅子に座ると、全員で読み合わせを始めた。

 海条の出番が回ってくると、

「えーと・・・『ガハァッ!ハアッ・・・ハアッ・・・この瞬間を待っていた!オレは、昼間の大人しい姫の演技に反吐が出そうなところだったのだ!さあて、今宵はたっぷりと暴れてやるぞ!ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・』・・・」

「全然キャラになってないよ、海条君!」香村がダメ出しした。

 午後1時ごろ、その日の練習が終わると、各自解散した。

 香村水里は、帰りに駅前大通りのコンビニに寄った。


第11話へつづく

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