第11話「芽生える心」-Chap.3

1.


 ザギは、人間よりもはるかに強大な力を持つ「怪物」でありながらも、わずかに人間の心を持っていた。

 8月28日、昼。昨日、コンビニで出会った少女と話した公園。

 ザギは、昨日と同じベンチに座っていた。

 ザギは、トライブの世界から人間の世界に来て、今までずっと孤独だった。いや、「孤独」という言葉は彼には無用だった。たまに人間と触れ合うことはあっても、それは己の力を向ける時のみだった。暴力なしで、人間と触れ合ったことがなかった。あの少女と話したことが、初めての経験だった。

 そして今、わずかに人間の心を呼び起こされたザギは、初めて「孤独」を感じた。そして、少し退屈になった。

「ふん、何考えてんだか、俺は」ザギは初めての感情に少し戸惑った。

 その時、

「やっほー!やっぱりここにいた。何となくそうじゃないかと思ったんだよねー」

 声の主は香村水里である。昨日は学校帰りで制服を着ていたが、今日は私服である。

 香村は公園に入ってきて、ザギの前に立った。

「昨日はどこで寝たの?」

「・・・さあな」

「何ー?教えてよー。あたし、少し心配してたのよ」

「俺は、どこででも寝られるんだ」

「ふーん。そうなの、案外頑丈なのね。見た目によらず」

 香村はザギの横に座った。

「そういえば、名前訊いてなかったね。何ていうの?」

「・・・山田花子」

 香村は噴き出した。

「ねぇ、そんなのどこで覚えたの?マジで名前教えてよ」

 ザギはトライブの中でいつの間にか付けられていた自分の名前を言った。

「『ザギ』かあ・・・。和風って感じじゃないけど、外国生まれなの?それともハーフ?」

「知らねえな」

「ま、いいわ。私は、香村水里。よろしくね」

「おまえ、どうしてそんなに俺に構う?」

 予想外の質問が飛んできて、香村は少し戸惑った。

「んー。なんていうか、あなたって一見ワルそうに見えるけど、心の底は純粋そうって感じたのよね。それで、もしかしたら仲良くなれるかなって思って。それにホラ、私ってお節介焼きなところあるし」

「・・・言ってることがわからん」

「ハハハ!いーの、いーの、今の忘れて」

 それから、二人の間にしばし沈黙が訪れた。

「なあ」初めて口を開いたのはザギの方である。

「何?」

「昨日のように、また色々教えろ。・・・この世界のこと」

 それを聴くと、香村は嬉しそうに笑みを浮かべた。

「『この世界の』って、また変なこと言うね。いいよ、もちろん!」

「あいつらは、何をしているんだ?」ザギは、子供たちがサッカーをして遊んでいる方を指さした。

「あれは、サッカーというゲームをしているんだよ。二つのチームに分かれて、協力して相手のゴールにボールを入れるゲーム」

「じゃあ、あれは何だ?」今度は、公園内の遊具が並んでいる方を指さした。

「ジャングルジムに、鉄棒、うんてい、ブランコ。どれも自由に使っていいんだよ」

「この公園のなかだけども、知らないことだらけだな」ザギは言った。

 香村は、「次は?」と言わんばかりに、ザギの顔を見つめる。

「公園を出るぞ」ザギは立ち上がった。

「よっしゃー!そうこなくっちゃー」香村も立ち上がった。


2.


 二人は公園を出て、駅前の大通りに来た。二人が、初めて出会った場所である。

「ここは人間がやけに多いな」ザギがつぶやいた。

「繁華街だし、駅から降りた人、あるいはこれから駅に向かう人たちが行きかう場所だからね」香村は説明した。

 それから二人は、大通りにある様々な店に入った。カフェ、服屋、本屋、ゲームセンター、CDショップ・・・。ザギは、分からないことがあるたびに質問し、香村はそれらに丁寧に答えた。

 カフェの中で、ザギはふと言った。

「つくづく不思議だが、人間は定期的にものを食べる習慣があるらしいな。お前は前に、エネルギーを体に取り込むため、とか言ってたが」

「そうだよ。でも、私たちは普通、エネルギーが足りないから何か食べよう、という風には考えないけどね。そこは本能というか」

「俺は、こんなものを食べなくても、エネルギーが枯渇することはない体だ」

「じゃあ、どうやってエネルギーを得てるの?」

「・・・考えたこともないな」

「ねえ・・・あなたって人間ではない・・・、のよね?」香村がおそるおそる尋ねた。

「ああ」

「じゃあ、何なの?」

「・・・人間は俺のようなヤツことを『怪物』と呼ぶらしい」

「怪物・・・」香村はやや緊張した声で言った。

「俺のことが恐くなったか?」

「・・・いや、どちらかというと信じられないというか・・・」

 二人はしばし沈黙した。

「この、コーヒーってやつ・・・」

「ん?」

「何だか気に入った。この舌がしびれるような感覚が」

「それは、苦味っていうんだよ。食事っていうのは、単にエネルギー補給のためじゃなくて、味を楽しむためでもあるわね」香村は、気を取り直して言った。


 その時だった。

 カフェの外から悲鳴が聞こえた。

 見ると、大通りにいる人々が逃げ惑っている。そして、人々が離れる中心には一体の「メンバー」が居た。

 カニの姿のメンバーはゆっくりと、ザギと香村の居るカフェへと近づく。ザギの居場所はすでに特定されていた。

「何よ・・・。何よ、あれ・・・」香村は、おびえて、とぎれとぎれに言った。

「ちっ・・・来やがったか」ザギは自分を狙っている者だと悟ると、舌打ちをした。

 カニのメンバーは、通りに面した大きなガラス窓を破り、店内に侵入してきた。

「きゃっ!」香村が悲鳴をあげて、身をかがめた。

 客や店員は、悲鳴をあげて逃げ去っていった。店内には、ザギと香村だけが残った。

「見つけたぞ、ザギ。今度こそ抹殺する。俺は、海族の中でも一際つよい戦士だぞ」カニのメンバーが言い放った。

「こんな時に来やがって。戦いづらいったらねえな」ザギが言った。

 カニのメンバーとザギとの会話は、香村には聞こえてなかった。両者が言語を用いない方法で会話しているためだった。

「ほう?後ろにいるのは人間か。貴様、人間を庇うつもりなのか?」

「てめえには関係ねぇだろ」

「こいつは意外だった。タクア様に良い報告ができるぞ」

「さて・・・その報告とやらができるといいがな」

「あなた・・・一体?」香村が震えながら、ザギに尋ねる。

 カニが腕の大きなハサミで、ザギに攻撃した。

 ザギは、そのハサミを片腕で受け止める。そして、相手の腹部にパンチを食らわせた。素手で、である。

 カニは、店の外まで吹っ飛んだ。ザギがゆっくりとと近づく。

 カニはすぐに立ち上がると、両腕のハサミをがむしゃらに、交互に振り回した。

 ザギは、余裕そうにその攻撃を、腕で受けるか避けた。傷一つ負っていない。そして、相手の腹部に強力なキックを一発食らわせた。カニが地面に転がる。

「早いとこ片付けるか」ザギはゆっくりと倒れたカニに近づく。

 その時、カニは口から泡を弾丸のように勢いよく発射した。その泡は、ザギの体に当たると爆発した。いくつもの泡が立て続けに爆発した。

 ザギは、この不意打ちに対応できず、すこしダメージを食らった。

 ザギが動きを止めている隙に、カニはまだ店内に残っていた香村を捕えていた。

 それに気が付いたザギの表情には、怒りの色が浮かんだ。

「貴様が大事そうにしていたこの人間を殺したら、果たしてどうするだろうな」カニは高笑いしながら、挑発するように言った。

「テメェ・・・!!!」ザギは、香村を人質に取ったカニに対して怒り、香村をそのままにしていたことを悔いた。

 しかし、ザギは攻撃するのをためらった。香村に当たることを恐れたからである。

「やはり攻撃できないようだな」

(落ち着け・・・俺は誰だ?海族No.1の実力者、ザギじゃないのか?ガキを避けて攻撃することくらいどうってことないだろ・・・?)

「人間などに情が移った自分を恥じるんだな!」カニは必殺技を繰り出そうと、空いた右腕のハサミをザギに向けた。ハサミから稲妻が走った。

 その時、意を決したザギは、手に体験を出すと、目にもとまらぬスピードでカニに向かって走った。

 カニが攻撃する間もなく、ザギの剣はカニの背中を斬った。一瞬のうちに相手の背後に回り、渾身の一撃を食らわせたのだ。

「ぐわぁぁっ!」カニは唸り声をあげた。体からは、火花が散った。

 ザギは、香村を爆発に巻き込まれないように、一瞬のうちに店の外へ抱えて脱出した。次の瞬間、店の中で爆発が起こった。


 ザギと怪人の一連の戦闘に、香村はすっかり気を失っていた。

 ザギが香村を抱えてその場を離れようとしたとき、彼の目の前に一人の少年が現れた。

 それは、海条王牙であった。


第12話へつづく

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