第12話「交わる刃」-Chap.3

1.


 8月28日、午後5時ごろ。

 海条王牙は、バディアからテレパシーでメンバー出現の知らせを受けた。その時、海条は前日の劇の練習による疲れから、自宅でごろごろしていた。ブレインは、前日からバディアのもとへ行っている。

 海条は、すぐに現場に駆け付けた。場所は、駅前大通りだった。まだ日も落ちていないのに、大通りには人気が全くなかった。メンバーらしきものも見当たらなかった。

 目に留まったのは、窓ガラスが割れ、中が散乱している一軒のカフェ。そして、少女を抱える一人の少年。

 海条はその少女を知っている。昨日、海条に熱心に演技指導をしていた香村水里であった。香村は気を失っていた。

 そして、見覚えのない少年の右手には、刃にいくつもの棘が生えた大剣があった。

「・・・!」それを見た瞬間、海条はこう解釈した。この少年が今回のメンバーで、今まさに香村を襲おうとしているところだった、と。

 「招き猫の会」の一件で、人間の姿から怪人体へと変身したサソリのメンバーを見ていた海条は、目の前の少年がメンバーであっても不思議ではないと思った。

「おいっ!」海条は少年に怒鳴った。

「ああ?誰だテメェは?」その少年、ザギは言葉を返した。

「今すぐ香村を放せ!」海条は眉間に深いしわを寄せて、ギンと相手を睨んだ。

「・・・ほう。こいつのこと知ってるのか」ザギは抱えた香村の方に目を向けた。

「当たり前だ!香村は俺のクラスメイトだ!」

「クラスメイト?何だか知らねえが、ただでさえ人間がいることが鬱陶しいのに、知り合いと来たら余計に面倒だ」

 ザギはため息交じりに続けた。

「今すぐ消えろ。俺に消されたくなかったらな」

「何だと!」海条はすぐ戦闘の体勢に入った。握った右手には、紺碧の大剣が現れた。

「ほう?やるのか、この俺と?」

「・・・!」海条は戦う気に満ち溢れていたが、香村を庇いながら戦うことに自信が持てなく、相手に突っ込むことに踏み切れなかった。

「なら場所を変えるぞ。この女や、他の人間を巻き込む気はないからな」

「・・・分かった」海条は一瞬、相手の言葉に意外に思ったが、すぐに同意した。


 ザギはその場に香村を残し、二人は人間離れした身体能力であっという間に人気のない廃作業場に移動した。

「テメェ、どうやらただの人間じゃないらしいな」

「それはお互い様だ。おまえも、人間の姿をしたメンバーだろうが」

「ほう!よくご存じだ。メンバーについても知っているということは・・・テメェも俺の始末に来た使いだな?」

 海条は相手の事情を知らないが、わざと知ったふりをした。

「さあ、どうだろうな。いずれにしろ、俺はお前を倒すだけだ!」

「ハァーッ、ハハハハッ!面白い冗談だ。どの族から来たか知らねえが、この俺の強さを知らないヤロウがいたとはな!」

 海条はザギを睨む。(そうやって余裕こいていられるのも今のうちだ)

「まあ、すぐにわかるぜ。分かった次の瞬間、あの世に行ってるかもしれねえがな!」そう言うと、ザギは海条に向かってものすごいスピードで突っ込んだ。

 目にも止まらないスピードで振り下ろされる相手の大剣に、海条は咄嗟に自分の剣で受け止めた。背中に冷や汗が流れた。

「ハハッ」ザギは海条のがら空きの腹を勢いよく蹴飛ばした。

 海条の体ははるか遠くまで飛び、建物内の壁際にあった大きな機械に強く打ち付けられた。

「がはぁっ!」海条の体にこれまで感じたことの無い激痛が走った。口の中に血の味が広がった。

 このわずか数十秒で、海条は相手の恐るべき強さをまざまざと感じた。このままではすぐにやられる、と思った海条は激痛に耐えながらも精神を集中させて変身した。体じゅうを青い光が包み、次の瞬間戦士「オルガ」の姿に変わった。

「ふん、やはりそうだったか」ザギの予想通り、相手はメンバーなのだな、と思った。しかし、普通のメンバーとどこか違う、とも思った。

「せいぜい楽しませてくれよっ!」ザギは再び突っ込んだ。相手の胸元を目掛けて斜めに剣を振った。

 今度はオルガは対応できた。相手の攻撃を読んで、胸のあたりに横に剣を構え、攻撃を防いだ。ガキィィッ!!という、甲高い音が響き渡り、火花が散った。

 先ほどとは相手の反応速度が違うことにザギは気づいた。

 その一瞬をついて、オルガは構えた剣で押し返し、相手の剣を振り払って、今度は自分から相手に剣を振った。同じように胸元を狙って。

「おっと!」ザギは、瞬時に攻撃を読み、後方に飛んだ。その距離およそ5m。

 二人は再び距離を置いてにらみ合う形となった。

「うおおおおっ!」今度はオルガの方から突っ込んだ。相手の胸元目掛けて、刃先を突き刺すように突っ込んでいった。

「ふん、いいぞ。そう来なくちゃな」ザギはニヤリと笑って、剣を後ろに、左手を前に、腰を少し落とす体勢で構えた。

 疾風のごとく迫り来るオルガ。しかし、ザギは全く動じず、不敵な笑みを受けべながら待ち構えた。

 オルガの渾身の一突きを、構えた剣の一振りで振り払った。

「はぁっ・・・はぁっ・・・」(これまでに戦ったメンバーとは明らかに格が違う)

 ザギは不敵な笑みを崩さない。

「テメェがすこしは手ごたえがある相手だと信じていいんだろうな?だったら・・・」ザギは剣を地面に捨てると、両腕を上に挙げた。

「俺も本気を出すか」

 すると、ザギの体に変化が起こった。それは以前戦った、サソリのメンバーの変身とよく似ていた。

 ザギは、強靭な皮膚、そして体中にするどい牙のような棘をいくつも付けた怪物に変身した。それは、見ただけで圧倒されそうな脅威を放っていた。

「おまえ・・・やはり・・・」オルガは、やっぱり相手はメンバーだったか、と思った。

「さあて、まさか暇つぶしくらいにはなってくれるんだろうなぁ?」

 変身したザギは 腕を片方ずつ回すと、目にも止まらない早さで突っ込んできた。

「!?」

 オルガは、全く反応できなかった。一瞬の間に、何が起こったのかも分からなかった。気づいたときは、自分の体は壁に打ち付けられていた。

「ガハッ!はあっ・・・はあっ・・・」オルガは、その一回の攻撃で相手が人間体とは比べ物にならないほどパワーアップしていることに気づいた。

「久しぶりだな、こうして変身して戦うのは・・・」ザギはさも気持ちよさそうにつぶやいた。

「一度攻撃したら・・・体がウズいちまってよォ!」ザギは再び目にもとまらぬ速度で突っ込み、これまた目にもとまらぬスピードで大剣を振るった。

 オルガは、反撃はおろか、抵抗すらできなかった。

「そら!そら!ソラァ!」ザギは調子づいて、剣で相手を滅多切りにした。

「ぐ・・・っ!はぁ・・・はぁ・・・」オルガは身動きも取れなくなった。

「おい!」ザギは、オルガの首をつかむと、体ごともち上げ、壁にたたきつけた。「どうした?こんなもんかぁ?もっと俺を楽しませろよ!」

 それでも微動だにしないオルガを見て、ザギは呆れたようにオルガの体を地面に落とした。

「なんだよ!なんだよ!なんなんだよ、なあ!!!結局こんなもんかよ、どいつもこいつも!!!」ザギがオルガに背を向けて、目の前にあったコンテナを蹴飛ばした。

「ったく・・・つまんねぇ・・・」

 オルガは、ザギが後ろを向いている隙に、この一撃にすべてを懸けようと、全身全霊の力を込めて突っ込んだ。剣は青く光っていた。

「ん?」ザギが後ろを向くと、オルガはすでにザギの目の前まで来ていた。

 オルガの渾身攻撃をまともに食らったザギは、よろめき、後ろに倒れた。だがそれだけだった。

「はあっ・・・はあっ・・・なんて防御力・・・」全力の攻撃を受けても大して聞いていないザギを見たオルガは、再び呆然となった。

「・・・おもしれえことするじゃん。ナメた真似しやがって!・・・教えてやるよ。なぜ俺が、海族最強を誇るかをな!!!」

 そういうとザギは、片腕を天に向けた。指先が、空を指すようにして。

 すると、たちまち晴れていた空に分厚い雲が現れだした。瞬く間に、空は雲に覆われ、大雨が降りだした。

「!?・・・どういう・・・ことだ?」オルガは呆気にとられた。

「それは、雨雲を自在に呼び大雨を降らせることができるからだ!」ザギは声高らかに言った。

 廃作業場の壊れた屋根から大雨が降り注ぎ、たちまち地面は洪水状態になった。

「ワケもなく雨を降らせるわけではない。今できつつあるこの広い水たまり。これが、俺の真価を発揮するフィールドとなる」

 そう言うとザギは、一瞬のうちに姿を消した。足元の巨大な水たまりに潜り込んだのだ。ザギは、水の中では体の大きさを自在に変えることができ、ほぼ瞬間移動とも言える圧倒的なスピードで動けるようになる。

「うらぁ!」

 信じられないことに、先ほどまで目の前にいたザギが、あっという間にオルガの背後に回り背中に剣を切りつけた。

「ガハぁぁっ!」オルガには相手の行動が全く信じられなかった。圧倒的なスピード、どこから攻撃してくるか分からないトリッキーさ、すべてが謎だった。

 それでも、必死に相手の姿を捕え、攻撃しようとした。

 しかし、それは最早無謀というものだった。

 姿を捕えようとしても、捕えられない。なぜなら、一瞬のうちに水の中に身を隠し、次の瞬間は全く違うところに立っているからだ。

「てめえには、圧倒的な絶望とともに死んでもらうぞ!」指先一つ動かせなくなったオルガにゆっくりと近づきながら、ザギは言った。

「このヒーロー気取りが」ザギの剣は、オルガのものと同じように、青白く光った。剣には大量のエナジーが集中した。剣をオルガの体に突き刺すように構えた。

 海条の頭の中は、意識が遠のきそうになりながらも、様々な考えがよぎった。自分の死、兄飛沫のこと、黄門や浜松のこと、香村のこと、親のこと、バディアのこと、ブレインのこと・・・

「あばよ!」ザギは、光る剣をオルガの体に突き刺した。

 突き刺したつもりだった。

 だが、そこにオルガの姿はなかった。

「!?」

 次の瞬間、ザギの目が捕らえたのは、オルガの姿だった。自分から20mほども離れた位置にいるオルガの姿だった。

「何!?」ザギは、そのことが信じられなかった。

 それはまるで、先ほど自分が水中を高速で移動したのを、相手もやったかのようだった。

 実際にオルガは、水中をザギと同じ高速で移動したのだ。

 オルガの体は、青白い光に包まれていた。その光は、長い間消えなかった。

 オルガは、光を身に纏ったまま、水たまりの中に潜った、一瞬で。そして、次の瞬間、ザギの目の前に姿を現した。

 そしてすかさず相手を大剣で切りつけた。そのパワーは、光に包まれる前と比較にならないほど圧倒的だった。

 ザギは水たまりの中に、倒れた。光をまとったオルガがゆっくりと近づく。その光の中に隠れた姿は、もとの姿とは少し違っていた。さらなる力を得たようであった。

「くそったれが!!」ザギは怒りにまかせて、光のオルガに突っ込んだ。

 オルガは、ザギの剣の刃先を片手で掴んだ。ザギがいくら力を込めて引っ張ってもびくともしなかった。オルガはザギの剣を遠くに捨てた。

「!!?」

「海族のNo.1だかなんだかしらねえが、浮かれてるんじゃねぇよ!」海条は言った。

「強さってのはな、順位をつけるもんじゃないんだよ!そんなものは、本当の強さじゃない」一歩ずつ後ずさるザギに、オルガが迫ってゆく。

「絶対に負けないと心に誓い、大切なものを守ってこそ、真の強さなんだよ!!」

 オルガは、これまでにないほど光輝いた大剣で、ザギを横なぎに斬った。ザギの体は、工場の壁を突き破り、その先100mほどまで吹っ飛んだ。

 ザギの体はぴくりとも動かなかった。すぐに、雨がやんで、もとの青空に戻った。

 姿を変えたオルガは、横たわるザギの姿を見下ろしながら、変身を解いた。そこには、かつてない強敵を打ち破った凛々しい海条の姿があった。

「人や物を破壊するためだけに、力を使うなよ・・・」


2.


 その戦いから3日後の8月31日。夏休み最終日の海条家。

 海条の携帯に香村から連絡が来た。

「今日も、練習するよ!夏休みも今日で終わりだし、そろそろ本腰をいれなくちゃね!」

「いや、あのう・・・俺はまだ宿題が・・・」

夏休みの宿題を半分以上残していた海条は、劇の練習をキャンセルした。香村は、当然宿題を優先すべきだ、といって承諾した。

 そして、その日海条は地獄を見ることとなった。

「まったく、先が思いやられるわね。夏休みって1カ月半もあるのに、その間にたったこれだけの宿題も終わらせられないなんて」海条が必死にノートを埋めるのを横で見ていたブレインは、呆れたように言った。

「たった1カ月半て・・・。おまえ、この夏休みいろいろあったんだぞ!旅行先での戦い、変な組織での戦い、突然劇の役を任されたりもするし、3日前だって死にそうになりながら戦って・・・もう体ボロボロなのにさぁ」

「何よ!それらを乗り越えてこそ戦士でしょ!」

「お前最近ちょっと、口の利き方が生意気になってきたんじゃないか?」

「そうかしら?それは人間の世界に溶け込んできている証拠かもね」

「やめてくれよ・・・説教ばっかのオカン気質にでもなったら困るぜ」

「なによそれー!?」ブレインは筆箱からシャーペンと定規を取り出すと、海条を追いかけまわした。海条はノートを頭にかぶって逃げ回る。


 せわしない夏がようやく終わったのであった。


第13話へつづく

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