第2話「戦う理由」-Chap.1

1.


 その建物の中は薄暗く、気味悪さを帯びていた。ここは、怪人たちのアジトである。壁や天井は岩で作られ、中もほとんどが岩を削ったもので作られていて、腰を掛けるところなどが木材や草木でできてるような、そんな建物だ。

「数日前に送ったスクイレルが何者かによってやられた。」怪人の一人が言う。

「やられた、という報告は初めてだな。ということは・・・」別の怪人が言う。

「奴らはとうとう動き出した、とういことか。」また別の怪人が言う。

「おもしろい。ついに戦いが始まったわけか。いよいよ楽しくなる。すぐに、新たな戦士を送り込め。次は、ジェリルだ。」と、リーダー格の怪人が言った。


2.


 夕日の沈みかかった海岸で少年と少女が佇んでいる。

「君は一体・・・?」少年が少女に尋ねた。少年の名は海条王牙うみじょうおうがという。

「あたしがオーシャンストーンを投げ込まなかったら、あなた死んでたわね。でも、あなたのおかげで私も助かったから感謝してるわ。ありがとう。」少女は言った。

「さっきからワケのわからないことだらけで、頭がこんがらがっているよ。今の怪物みたいなやつのことも、俺が突然謎のパワーを手に入れたことも。」海条は頭を掻いた。

「戸惑っているみたいね。無理もないわ。じゃあ、私の自己紹介ね。私の名前はブレイン。ちょっと、ある組織から追われているの。さっき怪人に襲われたのもそのため。追われている理由はちょっとまだ言えないんだけどね。」

「追われている・・・?組織・・・?怪人から・・・?」

「どう、信じられないかしら?でも、あなたは石の力を使って怪人を倒した。その事実は確かでしょ?それでもやっぱり信じられない?」

「まぁ、確かにこの手で怪物を倒したことは実感としてあるけど・・・。夢だったんじゃないかと疑っているよ。いや、絶対夢だろこれは。」

「あなたたち人間には理解しがたい現実かもしれないわね。でも、追々理解していくと思うから安心して。」

「どう安心すればいいかわからん・・・。それに『追々』って・・・これからもまだ何かあるのか?」

 ブレインはしばし海条の質問に対する返答を考えるような素振りを見せたが、すぐに顔を上げた。

「まぁ、もう日も暮れたことだし、早く家に帰ったほうがいいわ。それじゃ、さよなら。」

「・・・さいなら。」

 そう言って、お互い分かれようとしたとき、

「あ、そうだ。最後に一ついいかな?」少女はたずねた。

「何?」

「あなたの名前は?」

「・・・海条王牙。」


 二人が去ったしばらく後、浜辺に残ったイカの怪人の死体を回収する者の影があった。死体を抱えたそいつは、海の中へ消えていった。


 帰宅した王牙は、不思議な気持ちを抱えたまま、寝床に入った。

 絶対夢だ、これは。次に目が覚めた時は、いつも通りの日常に戻っているだろう。そう心の中でつぶやきつつ眠りについた。


3.


 夢ではなかった。

 あれから1週間ほどが経った。あの時の怪人との戦い、そしてブレインと名乗る謎の少女の記憶はいまだ鮮明に残っている。あの日の出来事が現実であると信じざるを得なくなった。

 しかし、この1週間の間怪人は出現しないし、少女も姿を現さなかった。そうなると、やっぱりあの日のことは自分の頭の中で作り出した幻想か何かで、現実ではなかったのではないか、という考えになっていた。

 しかし今日、その考えは、覆されることとなる。


 結局海条の期末試験の成績は相変わらずで、9教科中5教科赤点という結果になった。授業は午前中のみっであったが、赤点補習が放課後あったため学校を出たのは夕方になった。

「あー。補習もやっと今日で終わりだー。でも、もうすぐ待望の夏休みが始まる!一日中遊べる日々がやってくるぞー!」帰り道、海条は大きく伸びをしながら歓喜の声を上げた。

「なんだよ。補習が終わったと思ったら、やけに張り切ってやがるぜ。まるっきり小学生だな、お前は。」そうからかう黄門銑次郎こうもんせんじろうも一緒に補習を受けていた。

「でーも、本当に開放感半端ないぜい。待ちきれんよー。なー、お前ら、この夏休み何するかもう決めてるかー?」今日は同じ補習仲間の浜松はままつも同行している。

「高校生に与えられた青春の時間はわずか3年。満喫しなきゃもったいないったらありゃしない!当然もう決めてるぜー!えーと、まず旅行だろ。軽井沢あたりがいいな、涼しいところ。あと、ディズニーだな。ここからだと遠いから夏休みくらいじゃないと行けないしな。」と海条。

「それに毎年恒例の市内の花火大会。今年こそは彼女と二人きりで花火を眺め、将来を語り合う・・・。そんなシチュエーションを作り上げるぜ!」と黄門。

「え?でもお前彼女いねぇじゃん。」と浜松が反論。

「バ、バカ!花火までには作るさ、絶対に!あるいは当日に出会うっつー可能性もあるだろ!」

「どーかね、去年もお前そんなこといってたけど、結局出来ずじまいだったじゃん。結局口だけなんじゃないのー?」

「だっ、黙れ海条!お前だっていねーくせに!・・・くそっ。絶対お前らより先に彼女作ってやるからな・・・」

 恋愛にはなかなか縁のない男3人組なのであった。

 そんな会話を繰り広げ、途中ゲームセンターによって一人300円ずつゲームをした後別れ、それぞれの帰路についた。

 海条は、補習が終わった解放感がなかなか抜けず、今日はいっそ帰りを遅くしようと、海辺近くの公園へと立ち寄った。

 自動販売機でジュースを買い、ベンチに座って飲んでいると、

「おい、貴様。」

と、背後から突然声がした。

「おわっ!」海条が驚いて振り向くと、そこには全身に黒い装束をまとった背の高い男が立っていた。髪は長く、肩甲骨あたりまであった。

「先日ブレインと接触した海条王牙だな?」

 海条は瞬時に理解した。目の前の男は、この前海岸であったブレインという少女に関係のあるヤツだと。

「ああ・・・そうだけど。お前はだれだよ。」

「その前にもう一つ質問だ。オーシャンストーンを体内に取り込んだのは本当か?」

「本当も何も、そのブレインってコが俺の体の中に取り込ませたのさ。それで俺は、どういうワケか戦う力を手に入れたというか・・・。」

「そうか。もし本当ならば、この攻撃を受け止められだろう。」

 そう言うと、黒服の男の片手は強いエネルギーを持った光を放ち出し、その手を勢いよく海条に向かって振り落とした。

「なっ!?」海条はとっさに腕で攻撃を受けた。と同時に、前に怪人と戦った時と同じようなパワーがあふれ出し、腕に集中するのを感じた。

 男の攻撃は、すぐに弾かれた。

「ふむ、どうやら嘘ではないらしいな。では、名を名乗ろう。俺はバディアだ。普通、俺がお前のようなただの人間に遭遇しても名は名乗らないのだが、お前にはこれから俺の下で働いてもらうのでな。」

「何?働くだと?どういうことだ。」

「お前が体内に取り込んだオーシャンストーンは二度と取り出すことができない。お前は戦士となり戦う使命を背負ったのだ。お前には俺たちともに、迫りくる敵対組織『トライブ』と戦ってもらう。」

「な、なんだと!?いきなり何だ、俺に戦えって。俺はな、これから人生の中でそう長くない貴重な夏休みを満喫する予定なんだぞ。」

「知るか、そんなもの。こっちにも事情があるのでね。慎重に戦士となる人間を選べなかったのはいささか後悔しているが、戦士と決まった以上はお前に戦ってもらうぞ。」

「だからなんだよ、俺に戦えって?俺は、今まで空手もボクシングもレスリングもやったことがない。戦う経験なんてまるでゼロだ。・・・それに戦うのはどちらかといえば好きじゃない。」

「経験ならこれから積めばいいだけのことだ。それにお前は戦いが好きではないかもしれないが、人間を守るためなら戦う気を起こす、違うか?」

「お前・・・」

「あの時ブレインを守ろうとしたお前の姿を見させてもらったよ。俺はお前のその戦う原動力を必要としているのだ。」

「・・・。」

「わかっていただけただろうか?」

「・・・戦う理由がない。」

「理由ならそのうち教える。では近いうちまた敵と戦うことがあるだろうから、その時はお前を呼び出す。あばよ。」

 黒服の男はそういうとたちまち姿を消した。

「何だよ・・・戦うって・・・」海条は手に持ったジュースの缶をギリリと握りしめた。


4.


 海条がバディアと出会ったその数日後、港陽市の駅前の繁華街-。

夜の繁華街は、多くの人が行き交っていた。仕事帰りの人、買い物を楽しむ人、店で食事をする人・・・。

 そこに突然、クラゲの姿をした怪人がビルの屋上から飛び降りてきた。

 街に降り立った怪人を見た人々は、恐怖を覚え、その場から走って逃げてゆく。

逃げ遅れた小さな子供のいる親子が地面にへたり込んで震えている。怪人はその親子に向かってゆっくりと近づいていく。親子は大きな悲鳴をあげた。

 そのとき、

怪人の背後が大きな剣で切りつけられた。

 怪人はうなり声をあげて、切りつけきたほうを振り向く。そこには、鋭い目つきで怪人を睨む海条王牙の姿があった。


―その少し前のこと。

 その日終業式であった海条は、夕暮れ時になっても友達5人と街中で遊んでいた。駅前の繁華街で、ゲームセンターで遊んだり、服屋やビデオ屋を物色していた。

 ハンバーガーショップで友達と小腹を満たしていると、どこからか聞きなれた声が聞こえてきた。バディアという黒服の男の声だ。

「海条。敵が現れた。戦うぞ。今から指定する場所に来い。」

「なっ・・・バディアか!?」海条はハンバーガーをくわえたまま思わず立ち上がった。

 その声をきいた友人たちは、一斉に海条の方を向いた。

「どしたー?海条」と黄門がたずねる。

「ちょっ・・・何でもない。ちょっとトイレ行ってくる!」そういって店を飛び出した。

 幸い怪人が出現した繁華街に居たため、現場までは1分ほどで着いた。

 そこには、逃げ惑う人々の中にクラゲの姿をした怪人が立っていた。

 すぐさま海条の背後からバディアが現れた。

「さあ、お前の二度目の仕事だ。剣を使って戦え、海条!」

「おまえ・・・だから俺は戦わないと言っただろ」

「いいのか?このままだとヤツはこの繁華街にいる人間を殺し始めるぞ。いいか、あの怪人はブレインを狙っているんだ!ブレインを探し出すまで、関係のない人間を襲い続けるぞ!」

「何!?」

「さあ、悩んでいる暇があるのか・・・!」

 怪人は逃げ遅れた親子に向かって歩いていく。親子は恐怖の表情で震えている。

「・・・うるせえ!黙れ!」そう海条は吐き捨て、バディアを押しのけると、手元に紺碧の大剣を出し、怪人に向かって走り出した。


―そして今。

 海条はがむしゃらに剣を振り、怪人を攻撃した。最初怪人は海条のふいうちによって押されたが、海条に隙が見えると触手をにゅっと伸ばして体に巻き付け体液を流しこんだ。

 たちまち海条の体は麻痺して倒れこんだ。すると、二体目の同種の怪人がビルの屋上から降りてきた。怪人二人によって海条はかわるがわる殴られた。

 (どうした・・・!オーシャンストーンに眠る力はまだまだこんなものではないはずだ!)バディアは袋叩きにされる海条を見ながらつぶやいた。

 海条は起き上がる力も残っていないほどボロボロにやられていた。クラゲの怪人2体がとどめを刺そうと海条に手を伸ばしたその時、

 海条の体が強い青い光に包まれた。怪人たちは光に驚き数歩後ずさった。海条の体には再び大きなパワーがみなぎった。海条の生に対する強い執念が、オーシャンストーンの眠れる力を引き出したのだ。

 強い青い光は海条の体全体を変化させた。光が消えると、そこには紺碧の体を持った戦士の姿があった。

 その体は怪人と同じように硬い皮膚で覆われ、強靭な筋肉を具えている。しかし、怪人との違いは「破壊」ではなく「守る」ために戦うという意志をどことなく伺わせる顔つきである。

 海条は最初自分の体の変化に驚きと戸惑いを感じた。しかし、次の瞬間それまでにない勢いで怪人たちに向かって走り出した。そして、2体をかわるがわる剣で切りつけた。

 一度に与える剣の威力がそれまでよりはるかに強くなった。そのため怪人たちは一度攻撃されただけで、大きく身もだえた。

 再び、怪人二体をかわるがわる切りつける。怪人たちはあまりのダメージによろめく。

 間髪入れず今度は二体まとめて横なぎに切りつけた。怪人たちのからだからは火花が散り、次の瞬間爆散した。

「ふん・・・」バディアは予定どおり、といった笑みを浮かべその場を立ち去った。


5.


 夏休みに入ってすぐのこと。

 海条は例の海岸でブレインと話していた。

「どう?戦士としての自覚は持ち始めたかしら?」

「いや、まだ実感ないっていうか・・・。でも、俺じゃなきゃ怪人は倒せない気がするんだ。」

「へえ・・・」

「うん・・・なんとなくだけど」

「いい感じね」

「何の罪もない人たちが殺されるのはやっぱゆるせないし。ところで、バディアのやつが言ってたんだけど、俺がこの前戦った怪人はブレインのことを狙っていた、って。それに君、前にここで言ってたよな、追われているとかなんとかって。もしかして、敵の組織が君を狙っているのか?」

「そうね。そういうことよ」

「・・・どうして?」

「・・・まだ、それはいえないかなっ」

「だぁーっ・・・なんでだよ。気になるんだけどぉ」

「もうすこししたら・・・ね」ブレインは片目を閉じてみせた。


第3話へつづく


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